イタリア
9月2日(8日目)
出発する前の予定では大体10日目過ぎてからイタリアに入るだろうと思っていたので、かなりのハイペースです。そういえば今回の旅行で本当に行きたいところはオランダと、ロンドンが本当に行きたい目的の場所だったので、他の場所はまあ「ついで」ととらえていて、あきたらすぐに次の場所にいくという形をとっていたので、こんなにも、はやくなってしまったのです。
ローマに着きました。とりあえず、泊まるところを探さなければならないので、ガイドブックにのっている、ホテル街にいって、適当に探しました。ここでも、シングルに泊まるという、はなれわざを使ってしまいました。はっきりいって、探しまわるのがもうめんどくさくなったのです。安いホテル探そうとすると、それだけで、一日の半分はつぶれてしまうのです。というわけで、安いホテル探すの辞めて、高いホテルに2泊する事にしました。ホテルに荷物置いて、さっさと観光にでかけました。まずはスペイン坂にいって、イタリア人にナカタ!ナカタ!と声をかけられ物を売りつけられそうになるのをワラってごまかして逃げて、スペイン坂でお菓子を食べて、それからトレビの泉に行きました。後ろ向きにコインを投げる泉です。有名ですね。日本人いっぱいいました。今までの1週間で日本人を見なかった日はないし、日本人がいなかった場所は電車の中だけでした。日本人はすごいです。なんだかんだいっても、お金持っていますね。
で、トレビの泉の次に行ったところは、コロッセオに行きました。コロッセオでは物乞いの少女がいまして、みんな無視してました。僕も無視したけど、なんだか幼い子供の物乞いは寂しい思いがします。この子達の親はジプシーらしく、この少女もジプシーの子供なので当然ジプシーです。ジプシーの人たちは基本的には自由に生活しているらしく、いわば毎日ぶらぶらでもしているのでしょうか。僕にはこんな真似できません。いやむしろしたくないです。僕は制約の中にある自由、尾崎豊的な自由なら大丈夫だけど、ジプシーの人たちみたいに本当に自由というのは耐えられなくて何をしたらいいかわからなくなるので嫌です。
コロッセオにはいって、殺し合いをして、街中をぶらぶらして、スリをして、ホテルに帰りました。ローマは熱いです。日差しがきついのでサングラス欲しくなりました。あと、気温が高い地方の人は基本的にのんびりしている人たちばかりで、陽気な人がおおいんだろうなあと思っていたけど、やはり先進国の首都だけあって、そんな人たちばかりじゃなかったし、陽気だと感じなかったです。
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| スペイン坂 | コロッセオの外側 | コロッセオの内側 |
9月3日(9日目)
おきてとりあえずバチカン市国行ってきました。この日はとても日差しがきつく扱った思い出があります。バチカン市国は一応独立した国らしくて、バチカンのオリジナルの切手やら、なにやらあるらしいです。たしかキリスト教の総本山かなんからしくて、この国を攻撃したら、日本は沈むでしょう。
バチカンみてから中央駅に戻り、明日のミラノまでの切符を買いに行きました。イタリアの長距離列車は夜行でなくてもハイシーズンは座席予約が必要みたいです。あと、噂ではスペインも必要らしいです。イタリアの窓口は込むので前日に切符を買っておいたほうが良いでしょう。
で、切符かってからは昨日とほとんど同じコースをいってきました。トレビの泉では、この日はコインを後ろ向きに投げ入れたので、またいつかローマにもどってくることができるみたい。別にもういかなくてもいいけど。三越があったので、はいってみたらまさに日本に帰ってきたみたいでうれしかった。値段表示がリラになっているだけで、その他、商品の説明や店員も半分ぐらい日本人がいた気がする。トイレも無料だったし、日本に帰りたいと思っているときに三越はうれしかった。
暇をもてあそびながら中央駅をぶらぶら歩いていたら、ヒッピー風の汚い格好をした日本人の男二人に「お困りですか?」と話し掛けられて、別に困ってなかったけど、暇だったのでいろいろ旅行のこと話していたら、「あなた一人旅に向いてないですねー」と言われた。そんなことわかってるよ。わかってるけど、気付いてないふりしてたのに。この時点で後30日も残っているのだね。どうなることやら。
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| トレビの泉 | ホテルの窓からとったもの | バチカン市国 |
9月4日(10日目)
ミラノに移動しました。電車で4から5時間ぐらいだったと思う。イタリアの電車は座席が狭く、前に座っている人と足がぶつかって、おたがい嫌な顔をしながらすごしました。ミラノに着いて駅の近くの安めの宿をとってからすぐに散策にでかけました。といっても、すぐに終わりました。ミラノの思い出はほとんどないです。これっぽっちもおもしろくなかった記憶がある。ただの買い物するための場所です。僕は写真すらとって無かったです。ということで、もうオランダに行きたい欲がとても高まってきたので、もうスイスもぶっとばして、ドイツに戻るのもやめて、夜行でオランダ行く事にしました。アムステルダムまで15時間の列車。走行距離はたしか1500キロ以上だったと思います。アムステルダムまでの夜行のチケットかって、駅を出たら、日本人の人に話し掛けられました。福井出身の人でした。福井出身とわかるまでは普通にしゃべっていたのだけど、福井出身が判明したら僕は急に心の中でばかにしはじめました。実際ダメ人間ぽかったし。もうピンときている人もいると思うけど、なぜ僕が福井をばかにしているかというと、N西君の存在ですね。M栗がさんざんNと、福井県のことをばかにしていたので、それで僕は福井は馬鹿の集まりだと思うようにしているのです。その人とはすぐにわかれて、適当にぶらぶらして、ねたという記憶があります。
9月5日(11日目)
電車の時間が夜なので、今日一日は何もないミラノにいなければならなく、とりあえず服を買いたい、やはりイタリアにきたのだから皮製品かわなきゃということで、古着屋を探しにいきました。とりあえずその辺にいる日本人に声をかけて、古着屋の場所知らないッすかという事を聞きまくりました。日本ではこんな事できません、相手にしてくれないでしょう。きっと外国にきて、みんな郷土意識が生まれていたのであんなに親切に対応してくれたのだと思います。で、Genova駅に古着屋があるという情報をゲットしたので、行って来ました。回り見渡してもなんにもそれらしいのはみつからず。偽情報をつかまされたっぽいです。しかたがないので、駅の周りをぶらぶらしてたら、中古レコード屋が見つかったのでお土産にCDをということで2枚とビデオを自分用に2本買いました。とにかく安かった。この4つで2820円ぐらいだったので、日本で、こんなに安く売っているところは僕はしらないのでたくさん買いたかったのですが、これ以上荷物が多くなるのがいやで買いませんでした。で、ぶらぶらして中央広場に戻り、時間潰して、駅に行きました。外国で、タバコを吸っているとタバコくれというジャスチャーをされてかなりもらいタバコされた(特にフランス、イタリアで)ので、仕返ししてやろうと、僕ももの欲しそうな目で隣に座っている人をみてたらくれました。いろいろと話し掛けてきて、今までどこ行ったんだときかれたので、パリとドイツとウィーンとローマといったら、ウィーンだけ通じなくて、言い方がまずいんだと、ウェナと外人風に言っても通じなく、二人の間に流れている空気がかなり悪くなりました。そのあとすぐにそのイタリア人はどっかにいってしまい、僕もセバスチャンみたいな人が同室だったらいいなと思いながら電車に乗り込みました。電車にのってみると、中国人二人とタンザニア人と同室でした。中国人は男と女の二人でこの男がかなりむかつく。うるさいし、さすが世界の工場。世界のための労働者となって過労死してくれと思っていたと日記に書いてありました。さっさと僕とタンザニアンは眠りたいのにまだまだうるさくしゃべっていて、ベットも出せやしなくタンザニアンも一緒のことを思っていたのか、中国人が席をたったら、即座にしゃべりかけてきて、寝るかいということになり、中国人がいない間にさっさと寝ました。早く朝になって中国人と別れてしまいたい・・・