オランダ
9月6日(12日目)
12日目でオランダ突入。早いかなり早い。
起きたら電車はドイツを走っていました。ドイツのケルンで中国人の男のみがおりて、別れ際はなんだかさみしそうにしてました。今思うとあいつは英語しゃべれないのだろう。女の方しか僕らと会話しておらず、それを訳して男のほうに伝えていたから、さみしそうにみえたのはあいつの不安だったのだ。
お昼過ぎには僕らはアムステルダムに着いて、さっそく両替してインフォメーションセンターに行き、とりあえず路面電車の回数券を買ってから、ユースの予約しようと、回数券の窓口に行きました。回数券はストリッペンカールトといって、ストリッペンカールトくださいと言ったら、NO!NO!といわれ、えっなんでと思ったけど、すぐに発音が違うスツリッペンカールト笑いながら言い直され、僕もほんわかした気分になり、さすが大麻と売春が合法の国だ。みんないいひとたちばかりかも、と思いこれならユースもすぐみつかるかもとホテル予約の列にならんで、ガイドブックよんでいたら、やられました。スリに・・・
僕が読んでいる本の下にウエストポーチがあったのだけど、本を盾に一人がわけのわからない事を話し掛けてきて、そっちに気をとられているうちにもう一人が横からスルという手口でした。現金1万円ぶんぐらいと、クレジットカードと、国際学生証がやられました。現金と国際学生証はもういいやとすぐに頭を切り替え、クレジットカードをどうしようということでパニックになりました。電話ですぐとめようにも、なぜか今までの電話のかけ方と勝手が違うらしく、電話もかけられない。困った。とりあえず鉄道警察に行き、すられた、と言ったらここじゃなくて、街の警察署にいけ、と断られました。しょうがないので警察署探して、重い荷物を担ぎながら走りました。途中でいろいろな人に道を聞き、ついにたどり着いたと、中に入って、ここはポリスオフィスですか?と聞いたらいきなりNOといわれあっちだと、道を説明されました。NOといった人は警察官らしき服を着ていて、おっかしいなと思っていたのだけど、とりあえず説明されたとこに行きました。そして説明されたところにいくと、そこにはポストオフィス、郵便局がありました。どうもオランダではポリスオフィスではなくて、ポリシットオフィスと発音しなければ通じなかったみたいです。結局最初にたどり着いたとこが警察署で即座にカードを止めて、コーヒー飲んで、トイレにいって、それからいろいろ聞かれました。もう僕はその時点ではくたくただったので、もう適当に答えて、わけのわからん紙もらいました。クレジットカードは1000円分ぐらい電話に使われていて、なんでもっと使わなかったのだろうと疑問に思ったのだけど、そのクレジットカードは写真つきのカードだったのでそれぐらいの被害ですんだっぽいです。あと、警察でもらったわけのわからん紙もカード会社にスリにあった証明になるので役に立ちました。何らかの被害にあったときはめんどくさくても警察にいってほうがよいでしょう。警察ではコーヒーを飲みまくれるので、まあ落ち着けます。警察署で一緒になったオランダ人が笑ってきてむかつきました。警察官に注意されていたのでざまあみろ。
で、スリ事件もまあ一段落つきユース探しに。この時点ではまだ昼の1時ぐらい。警察署の近くにユースがあったので飛び込みではいっていって、部屋ありますか?と聞いたらインフォメーションセンターで電話予約してくれと言われたので、しかたなく忌まわしき場所インフォメーションセンターに再び行きました。インフォメーションセンターでユースありますかと聞いたらユースはいっぱいで、他の町のユースか、ホテルしかないですと言われ、ホテルの値段聞いたらあきらかに予算オーバー。しかたがないので、他のユースとってくれ、と言おうとしたけど、英語が浮かんでこない。もうめんどくさいのでインフォメーションセンターでてきました。はっきりいって絶望でした。かもちくんが空港に泊まっていたと聞いたので最悪空港いって寝ようと思い、かすかな希望をのこして、オランダ第三の街デンハーグに行く事にしました。電車乗り間違えたり、頭が疲れてもうくたくた。この時点ではほんとにへこんでたと思います。とりあえずデンハーグ駅に着いて、インフォメーションセンターにいき、ユースのことを聞いたら、直接行って予約してということで、直接いこうとしました。ユース方面にいく電車に乗ろうと、電車のホーム探したけど、全然見つからない。30分以上探しても見つからない。しかたがないので、別の方法で行きなんとか着きました。祈る思いで、部屋はありますか?と聞いたら、部屋は無いと帰ってきて、愕然とその場に倒れこみそうになったその時、部屋は無いけど、ベットはあるよ。といわれました。そうですね、そりゃ相部屋でシングルルームなんかないですもんね。でも、部屋はあるかと聞いたらここに泊まりたいこと大体わかるもんでしょ。アムステルダムに着いたばかりだったら笑えたかも知れんけど、今の状況であのジョークは辞めて欲しかった。
泊まるとこも確保でき、しかも、とてもとてもきれいなユースでうれしく部屋に行ったら、日本人のが二人寝転んでました。うれしかった。ここで日本人に合えるとは。ほんとにうれしかった。なみだがでそうでした。スリのこととか愚痴り、すこしはすっきりして、ユースにあるバーにご飯食べに行きました。他にも日本人が泊まっていて、その人と、アメリカ人で黒人のキーシャと一緒に食べる事にしてたのだけど、キーシャはなぜかどっかいったままかえってきませんでした。キーシャは太っているけど、かなりがたいがよく、怒らせたら人を殺しそうなタイプです。キーシャ抜きでご飯食べ、そして、近くに飾り窓という売春街があるので、いこうよと誘われ4人で見に行きました。飾り窓にいったらびっくり。女の人がガラス越しに下着姿で立っているではありませんか。僕は変な病気もらいたくなかったので、やる気もなかったけど、他の人たちはやるきまんまんで一人は昨日やってきたよと言ってました。結局その日は全員やらなく帰りました。他の3人はキーシャとライブハウスいく約束をしていたらしく、うわーやっぱさっさと寝たいから行きたくねえ、でもキーシャ怖いしなあと、結局ライブハウスいってしまいました。僕は疲れていたしお金すられていたので、行かないということで、夜暇だったので、バーにいったら、また日本人がいました。法政大学のTシャツを着てる男と、女の人二人で話してました。男は人のよさそうな顔をしていたので、きっといい人だと思い込んで話し掛けに行ったら、これがまた曲者で、ねちっこいしゃべりかた、今日スリにあったんだよと同情してほしいのでその事を言ったら、女の子達は同情してくれたのに、そいつはなんだか馬鹿にしてきたようにしゃべってきやがりました。まあ気のせいだろうと話していても、なんだがおもしろくないことばかりならべ、女の子達もそいつには引いてました。女の子達はそいつに愛想がつきたのか部屋に戻ってしまって、僕とそいつの一騎打ちになり、食うか食われるかのトークバトルして、この長い日は終わりました。
書いている量からもわかるように、この日はほんとに濃い一日でした。
9月7日(13日目)
昨日一緒にご飯食べた人は大学生の福光君と、直樹君、会社を辞めて旅にでてる29歳のヌルキさんの3人で、その中のヌルキさんと一緒にアムステルダムに観光に行きました。僕が泊まっているユース(デンハーグでは4泊する事にしてます)のデンハーグからは1時間ぐらいでアムステルダムにいけるので、気軽にいってきました。
アムステルダムに着いてまずすぐに運河ツアーに行き、運河を回ってきました。オランダは土地の低いところで、先人達が運河を切り開いて、土地を作り国を作ったので、その行動力をオランダ人は誇りに思っているようです。運河はとてもきれいでした。ヌルキさんは僕より英語ができるので、英語での説明の部分を訳してもらってました。それからアンネフランクの家にいきました。たしかアンネフランクは第二次世界大戦のナチスドイツの虐殺を逃れたユダヤ人で、アンネフランクの家というのは隠れ家だったらしいです。
アンネフランクの家にいったけど、大して興味が無かったのと、人がいっぱい並んでいたのでいくのやめました。ご飯を食べにさがしていたら、中華料理屋があったので、二人で米が食いたいということになり、この旅行にきて初めて米を食べました。久しぶりに食べる米は格別で、決して日本で食べたらおいしくないのだけど、異国の地で食べたせいか、二人して感動してました。
アムステルダムではあとは、コーヒーショップいって、飾り窓みて帰ってきました。アムステルダムの飾り窓はデンハーグの飾り窓の2倍以上の規模で、すごかったです。ヌルキさんがいろいろ値段交渉したり、女の子と話してました。僕にはそんな勇気はありませんでした。あと、みなさん飾り窓では写真撮影は禁止なので、やめましょう。写真撮影したら、身があぶないっすよ。後もう一つ、飾り窓にいる女の人に政府がエイズ検査をしようとしたら、飾り窓の協会が猛反対したらしいので、もし女の子を買おうとするならそれなりの覚悟が必要かもよ。この辺の話は実際買った事がある人に聞いて下さい。
やはり二人とも観光はあきたよね。なんだか観光地って同じようなとこばっかりだし。と言いながら3時過ぎにはさっさとユースに戻りました。ヌルキさんとご飯食べたりして過ごしていると、福光君と直樹君がロッテルダムから帰ってきて、電車で罰金取られたといってました。どうやら、切符を自販機で買うときに、一番安い障害者用の切符を買ってしまったらしく、罰金を取られたとのこと。この二人の旅行は聞いている限りチン道中と言う感じでとても楽しかった。どうしても福光君が今日は飾り窓でヤルといっていたので、着いていきました。福光君はなかなか煮え切らない人で、「あの子にしましょうかねえ」「いやあのこの方が・・・」とかとても迷ってました。しかも僕と一緒の小心者で、なかなか踏ん切りがつかないようでしたが、僕らで励まし30分ぐらい迷って、ようやく行ってきました。僕は近くの売店で牛乳飲んでヌルキさんと15分ぐらい待って、福光君が満足した顔で帰ってきました。「いやあよかったですよ〜(福光談)」
そしてユースに戻り、コーヒーショップで買ったものを試しながら、直樹君としゃべってました。お互いバンドをやっていた事が判明し、まあがんばれと励ましてきました。直樹君と福光君はオランダには買春と、大麻をしにきてたらしく、二人とも小心者でこの二つの目的が果たせなくて今まで煮え切らなかったけど、今日で目的が達成されもう満足です。ありがとうございました。と感謝され明日には旅立ってしまうそうです。
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| ダム広場で結婚式みたいなのしてました。 | アンネフランクの家 | ハイネケン博物館にて |
9月8日(14日目)
福光君と直樹君を見送りに駅まで行きそれからデンハーグを回ろうとヌルキさんといっていたので、とりあえず二人を見送りに行きました。二人はどうやら英語が本気でできないらしく、切符を買うのにもかなり手間取ってました。片道?往復?と聞かれているのに、N「おいなんていってるかわかるか」F「さあ」と困る様子も無くのんびりとしてました。このふたりの適当さ具合はすばらしいと感じました。そして二人と今生の別れをして、僕ら二人はデンハーグを回りました。なぜか僕はとてもつかれていて、途中でスーパーでタバコを買うまでかなり機嫌が悪かったらしく、タバコを吸ったら元気になったねといわれちゃいました。スーパーでかったリンゴを食べて、マドローダムに行きました。マドローダムはミニチュアの町で日本にもどっかにあったと思います。まあ楽しかったっす。そのあと北海にいって冬の日本海並みに海が荒れてて、近くのマクドナルドでご飯食べて、路面電車にのってユースに帰ろうとしたのだけど、電車を乗り間違えてわけのわからんとこに行ってしまいました。僕はああ迷ったなとまあいいやと言う感じだったのだけど、ヌルキさんがとてもあせってたのを思い出しました。まああせるほど遠くにきていたわけではなくて、すぐに知っている場所まで戻る事ができました。そして帰り道にある図書館によって朝日新聞を読み、ホームシックにかかってしまいました。ユースに戻ると、女の子のバックパッカー山岡さんに始めてあい、あと、小谷野君という東京の人にもあいました。あとで遊びましょうといっておいて話していたのに僕はさっさと寝てしまいました。
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| デンハーグにて外人にあこがれてりんご食べてます | デンハーグの王宮かなんかだったとおもいます | 北海らしいです。ヌーディストビーチで有名らしい。時期はずれでそんな人いませんでした。 |
9月9日(15日目)
小谷野君はベルギーのブルージュにいくといっていたので、朝に別れ、ヌルキさんは夜行バスでアムステルダムからロンドンに行く事になっていたので今日でお別れ。とりあえず、山岡さんと僕とヌルキさんでアムステルダム行ってきました。雨が降っていてとても寒い日でした。最初にハイネケン博物館に行き、入場料10ギルダーぐらい?で、ビール三杯とグラスがお土産でついてきました。そのあと、山岡さんは別に行きたいところがあると言う事で、僕とヌルキさんで行動してました。僕ら二人になったら行くところはひとつ。飾り窓の方にいってぶらぶらしてました。ヌルキさんがトイレにいきたいといっていたので、仕方が無くその辺のバーにはいってそこでもまたビールを飲んでしまいました。ここまでのむとしんどい。飾り窓でぶらぶらして、ヌルキさんは本当に買おうかどうか迷っていた。多分僕らと別れた後にいっていただろう。4時ぐらいにヌルキさんとわかれ、僕と山岡さんだけになったけど、会話がはずまなかったのでちと気まずかった。
オランダはいろいろな事があってとても楽しかったです。一つの場所にゆっくり腰を据えるというのも初めてで楽しかった。初日はなんだかストレスたまる事書いてあるけど、基本的には楽しかったのです。今ではいい思い出となっております。もう一度本当に行ってみたい場所でもある。
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| 左から山岡さん、小谷野君、ヌルキさん | ハイネケン博物館にあったドラム。音はなりません。 | マドローダムというミニチュアの街 |