スポーツ法の諸問題

 

「スポーツ」とは、自由時間を用いて楽しみを目的に自主的に行う、多少とも競技的要素をもった身体運動であると定義されている。スポーツ実施者は、種目に内在する一定のルールやマナーを承認して自主的に競技・運動を行うが、ルールやマナーを定めるスポーツ団体も、また実施者が結成する団体も、参加を強制されない団体であって、スポーツに関与する個人・団体共に自律性があり、またそれを前提にしているところにスポーツの特色がある。

スポーツは、伝統的に、個人の自律性に基礎を置くものとして、本来は社会からの干渉の少ないまた干渉が差し控えられるべき「私事」に属するものと解されてきた。しかし、近年になって、憲法が優先的な価値を認める「健康で文化的な…生活」(憲法25)の一要素としてスポーツが認知され、余暇の有効活用を目指す国の政策的な推進目標になると共に、スポーツにも、公的に組織化され、制度化される部分が次第に目立つようになってきた。さらに、ゴルフやスキーのように、多数の市民が参加することによって、それ自体は私事でありながら、取り巻く環境との関連で、社会的諸問題を惹起することも増えてきている。そして、スポーツの変貌に伴なって、スポーツと法律学との関係にも、変化が生じている。すなわち、スポーツを単に私事として放置するのではなく、社会におけるスポーツのあり方を法的に考えようとする動きが生まれてきている。

日本スポーツ法学会は、このスポーツと法律学の新たな関係を考える中で創立されたものである。そこでは、個人の自律性に基礎を置くスポーツの理念を念頭におきつつ、文化的要素であるスポーツを推進するために、その社会的な条件を整備することを目的として、スポーツに関わる法的諸問題を一つの独立した法領域、「スポーツ法学」として考察している。

近年、スポーツが民法と関連する問題を提起する事態は次第に増加しつつあり、既存の民法学においても、カズイスティックな処理として、スポーツの特質に配慮した解決策を模索せざるを得ない状況は生まれてきている。または、個別・具体的な解決を総合する中から、将来的に、スポーツを対象にする際に特有な民法学上の理念が帰納されていくのかも知れない。

民法総則上の問題

 個人的に行う運動を別にすると、スポーツ実施者はルールを共有する団体を結成し、あるいは団体に所属して競技することになる。また、大小は別として団体への所属は、相手方の予定されている格技スポーツ実施の必然的な要素である場合においては、競技資格を一定期間停止したり、あるいは、ある試合への参加者を選抜したりするような、スポーツ団体が所属競技者たる会員に当てて下す処分や決定は、当該競技者のスポーツを実施する権利に大きな影響を与えることになる。したがって、スポーツ団体の下す処分・決定に対して不服のある競技者たる会員が、団体に不服審査を求め、更にそれに納得できない場合に、司法的判断を求める事態も生じる可能性は十分に考えられる。

 スポーツ団体による処分と救済の問題は、団体法の特殊問題として研究が進められている。団体の享受する一般的な自治権とスポーツの持つ自律性から、司法の介入に一定の制約が働かざるを得ないにしても、公正でない不利益処分を受けた競技者の権利保護が司法機関により図られる方途も確保されねばならず、両者の調整は難問である。この問題に関しては、日本のスポーツ団体の組織形態や具体的な処分手続きに踏み込んで、更に研究が深められる必要がある。

不法行為法上の問題

 スポーツに関わる不法行為法上の問題については、幾つかの論点が存在する。まず第一には、スポーツ選手の「人格権」の保護の問題がある。これはスポーツ選手のパブリシティの権利と、スポーツ選手のプライバシーの権利に分けて考えることが出来るが、前者においては、選手の指名や肖像が他人により無断で営利目的に利用された場合に、後者では、選手の私事に関して不当な侵害があった場合に、不法行為が成立する(侵害行為に対する妨害排除請求権も生じる)。しかし、これらの不法行為については、いずれも俳優・歌手などの有名人における場合との共通性があり、スポーツに特有な判断要素は希薄である。しかしながら、スポーツ選手の写真や名称が無断で広告などに使用されて、選手が使用許諾をしたときに得られる氏名・写真の使用料収入が得られないというような、パブリシティ権の侵害については、アマチュアスポーツ選手では、アマチュアリズムにより営利活動に制約を受ける側面や、プロスポーツ選手では、所属チームへの肖像権等の帰属を認めている契約条項(プロ野球統一契約書16条など)との関係から、スポーツに特有な要素を考慮しなければならない。

 不法行為法に関連して第二に問題になるのは、スポーツ事故に対する損害賠償責任である。この分野は、具体的な裁判例も多く、現在のところ最も研究が進んでいる個所である。スポーツ事故といっても多様な形態があり、仮に区分けするならば、@競技中に競技者間に発生する人身事故、A競技観戦中に観客に生じる事故、Bスポーツ用具・器具の欠陥から競技者などに生じる事故、Cスポーツ施設の欠陥から生じる事故などに分けることができる。

 このうち、@競技中に競技者間に発生する人身事故は、必然的に危険を内包するスポーツの特質が最も責任判断に反映される事例であって、正当行為による違法性阻却、あるいは、被害者の危険引受等の法理により、加害者側の責任成立に制約が加えられるべきであるとの見解が主張されている。

 A競技観戦中の観客の事故についても、危険への接近の要素が認められ、スポーツの特質を考えた適切な責任制限が必要になる事例である。

 Bスポーツ用具・器具の欠陥から運動者・競技者などに生じる事故は、製造物責任の問題として把握することが出来る。用具・器具の設計・製造上の欠陥による事故では、過失責任の下でも、注意義務の高度化を通してメーカーの責任が肯定されるべきであろうが、スポーツ用具・器具にもハイテク製品が増えてきている状況に鑑見ると、運動・競技をする者に用具・器具の使い方や性質を十分に知らせる必要があり、スポーツ用具・器具に関する指示・警告上の欠陥も今後は問題になるものと思われる。

 Cスポーツ施設の欠陥から生じる事故の場合には、土地工作物の欠陥として、施設占有者・所有者の工作物責任(民法717)が追求されることになる。裁判例としても、最近では、スキー場・ゴルフ場・自動車レース場などのスポーツ施設について、工作物責任が肯定されている。

 このほか、スポーツ事故としては、学校スポーツにおける監督者・指導者の事例も存在している。この分野では、危険を内包するスポーツの特質と共に、管理者たる学校や、監督者・指導者の競技者に対する安全配慮義務も考慮に入れた判断を形成しなければならない。

 

 スポーツが民法に関わって提起している種種の問題のどの分野も、まだ裁判例も少なく、研究が始まったばかりの状況にある。日本スポーツ法学会の創立は、これらの問題に対する取り組みを促す新たな刺激となり研究の急速な進化の契機になるものと期待されている。

 

 

<参照>  法律時報65巻5号 特集スポーツ法学