書評
ノーベル経済学者の大罪
 私も、経済学を勉強する学生という立場柄、多少なりとも経済学の研究にふれてきた。そんな私にとって、本書中でたびたび登場する「その何が重要なの?だから何?(So what?)」という、経済学界の現状に対する痛烈な批判は、爽快だった。というのも調べ物があるときなど、それに関する研究をデータベースで検索にかけたりして見にいくと、(私の勉強不足のせいか。。)この論文はなんの意味があるのだろう?だからなんなの?というような疑問を抱かされることが多い。特に私の場合、論文などを理解するのに、かなりの時間がかかってしまうので、理解できたときはそれなりの充実感があり、何かちょっと偉くなったような気にはなれるのだけれど、友人にその内容について話してみたりして、よくよく考えてみると、どうでもいいことのように思えてしまうことがたびたびあり、すごく損をしたような気がすることが多い。
なんでこんな変なことがまかり通っているのだろう?そんな素朴!?な疑問を、著者は、現状に対する批判とともに、しつこく問いかけている。この問題の根は深い、なぜなら著者のいう砂遊びに興じる経済学者たちも最初からそういうつもりで、研究をし始めたわけではないだろうし、多くはそういう自覚もないからである。実際に、本書で槍玉にあげている3人のノーベル経済学者の業績自体に対しては著者も、とても高く評価している。私はこの辺の話をしっかり勉強したわけではないので、詳しいことはわからないけれど、推測として、彼らのように新しい理論なり手法を生み出せるほどの賢い人物たちは、それが現実に対してどういう位置にあり、どういう含意があるのかという点を抑えていたのは間違いないと思う。なぜならどう考えても、そういう視点を持ちうる人物でなければ、新しいものを生み出すことはできないはずだからだ。しかしそれを学ぶものたち、そしてそれを学んだ人たちから学ぶ人たちというように、その過程自体が職業化していくころになれば、もともとの仮定などは、ほとんど忘れられ、その本質的な意味が遠くにいってしまうというのもわかるような気がした。そして結果として著者のいう「砂遊び」になってしまったのだろう。
こういうことを考えていくと、本書での著者の問題意識そしてその背後に見え隠れする考え方は、学問の世界以外でも通用しそうな重要な視点を含んでいるように思え、改めて福沢先生の学問に対する姿勢などを考えさせられた。
きれぎれ
 ちょっと考え事があり、気分転換に小説が読みたかったので、地元の図書館にあったこの本を手にとってみた。昔同じ作家の小説を読んでなんとなく好きだったので、これも読んでみた。
 よくわからないといえばよくわからない話なんだけど、読み始めたら、とまらなくて、読み終わったらなんともいえない安心感があった。
日本経済新聞は信用できるか
 一般的に新聞に書いてあることはそれだけで絶対的に正しいというイメージは強い。それが日経ならなおさらである。本書はそんな大嘘を大嘘と気づかせてくれる一冊である。
 バブル後の経済観の変転に始まり、日本的経営の賞賛から攻撃への変転、アメリカ経済政策礼賛、中国熱狂と、いかに日本経済新聞がその時、その時で意見を変え、ニュースを作り、世論をかき回してきたのかということが述べられている。日経も、商売でやっているのだからそれ自体は非難しても仕方ないのだけれど、メディアへの対峙の仕方という意味でとても勉強になる内容であった。本書を読みおえて、マスコミが広告商だということを改めて思い出された。それは当たり前と言えば当たり前のことなのであるけれど、ついつい忘れてしまい、時に、無邪気に腹を立ててしまう自分がいる。実際この本を読んでいても胸糞悪くなるのだけれど、それはポイントがづれていて賢くないように思う。まぁそういうことが色んな意味で自分に原動力を与えてくれているといえば、そうなのではあるけれど。。
 ちなみに、この著者の本は以前にも何冊か目を通したことがあって好きなのだけれど、この本の性格上、今後この著者の物書きとしての生業が脅かされるのではないかとちょっと余計なお節介を感じてしまった。
経済論戦
この本の作者に関する文章は、日本の構造改革について調べていくときに何度も目にした。この人ほど構造改革に関して明確に批判的姿勢を示している、論者はあまりいない。
この本での主張も基本的には、同じであり、日本経済はデフレにあり、その問題点は需要にあることを示し、その手段として、財政金融政策の必要性を述べている。いわゆるマクロ経済学の教科書にかいてある基本的なな話ではあるのだけれど、こうも明確にその姿勢をしめしていると読んでいて気持ちがいい。
また日本で進行する構造改革の舵取り役である竹中大臣の論理の矛盾に対する批判も論法も筋が通っているように感じられ、とても参考になった。
誰が日本経済を救えるのか!
この本の作者自身は、経済学者ではないのだけれど、この本は経済学界の大まかの状況をつかむのにとても便利である。日本で有名な経済学者といえば、竹中平蔵、中谷巌、リチャードクー・・・、といったところだけれど、そういう人物達がどういうバブル以降の不況に対し、どういうことを主張してきたのかという議論の流れがとてもわかりやすく述べられている。
これを読むと、いかに世間で有名なエコノミストと呼ばれる人達の意見が左右してきたのかということがわかる。
またこの本では、現在の日本の構造改革の流れがどういうプロセスで産まれてきたのかという流れを掴む上でもとても便利な本で、その潮流として、私が研究するレーガノミックスやアメリカの最先端の生産性論争にも言及している。
著者自身はエコノミストではないと冒頭に書いたけれど、中身をみると膨大な情報が含まれており、著者のカバー範囲の広さにおどろかされる。またエコノミストではないゆえに、客観的な目線が含むことができて、こういう鋭い視点が組み込めるのかもしれないとも思ったりした。
ローマ人の物語13 最後の努力
混迷の3世紀も最後に近づく頃になり、帝国の抜本的な見直しに取り掛かる皇帝が出現する。それがこの巻でまず登場するディオクレティアヌスである。ディオクレティアヌスは安全保障という国家のもっとも基本的な部分を建て直すことにとりくむ必要があった。というのも、隣国ペルシアの増大、国内の盗賊、海賊などの出没と、ローマ帝国はかつてのパクスロマーナの時代とはすっかり様変わりしていたからである。そしてその際採用したのが2頭政、4頭政といった分業の縦割りシステムである。これは塩野氏が述べているように、組織体として整然しており、もはや共同体が崩れかかっている状況において、広大なローマ帝国を治めていく上では、より現実的な選択に見える。(とはいえ、結局はディオクレティアヌスが全ての区々に決定権をもっている)。そして安全保障の一貫としてなされたのが、兵力の倍増、価格統制といったまさに戦時の緊急体制のような施策である。これは疲弊したこの時代のローマ帝国の安全保障を磐石にするためには不可欠であり、実際に、こうした施策によってローマ帝国には再びひと時の平和が訪れるのだった。そしてこのような統制体制を進める上で不可欠だったのが、統治者の権威の強化である。その際にディオクレティアヌスが用いたのが自らを神とする、しかもユピテルという最高神とすることであった。いわゆる絶対君主制のような形へと移行したのである。
ディアクレティアヌスは生前に引退し、彼の引退後は再び、闘争がおこり、その後に再び唯一の最高権力者として登場してくるのがコンスタンティヌスである。コンスタンティヌスはキリスト教を公認した皇帝として後世のキリスト教社会での絶対的な評価うける人物である。コンスタンティヌスはディアクレティアヌスが築いた平和の下、その治世の間でキリスト教の振興に尽力した。とはいえ、それは、何もキリスト教をローマ帝国の国教にしたというわけではない。あくまで公認したのだった。しかしその後の政策は明らかにキリスト教を振興を促すようなものであった。しかもそれは経済的うまみをうまく利用し、かつそんなに表ざたにはしないという極めて巧妙なやり方である。ここでうかんでくるのが、なぜコンスタンティヌスはこのようにキリスト教を支えたのだろうか?という疑問である。コンスタンティヌスがキリスト教徒だったかどうかという話はどちらでもいいとして、当時のキリスト教徒というのは所詮5%で、それらを支持基盤とすることによる即時的効果というのはそんなに大きかったと思えない。この疑問に対し、塩野氏はキリスト教の司教階級を懐柔することにより、皇帝の立場をキリストと結びつける可能性を伺い、まずはキリスト教徒を増やそうと考えていたのではないかというようなことを曖昧ながらも述べている。
これは正直なかなか説得力があると感じた。3世紀からの改革からもはや帝国の共同体を意識的にも実質的にも壊してきた。そしてそうした状況のなかで、再び平和をとりもどすためには、ディオクレティアヌスがやったような絶対君主制への移行は不可欠だったし、そういう方向に進む上で、キリスト教は都合がよかったのだ。
これはもはやローマではない。という印象をうけずにはいられないが、この本で長いローマ史を追っていくとこうした巨大な変化すら必然に思わされるから面白い。
ローマ人の物語12 迷走する帝国
迷走する帝国というタイトルの通り、この時代のローマ帝国は目に見えて衰退への道を歩み始める。巻頭で述べられているように、これまでもローマ帝国は何度も危機に直面してきたが、ここでの危機はそれらとは性質が異なるのだった。それは「自分達本来のやり方で苦労しながらも危機を克服できた時代のローマ人と、目前の聞きに対応することが精一杯で、そのためには自分達の本質まで変えた結果、機器はますます深刻化するしかなかった時代のローマ人のちがい」であった。まずその致命傷を与えてしまったのが、セヴェルスの子、カラカラであった。それはアントニヌス勅令である。この政策により属州民は誰でもローマ市民権を得ることになり、響きはいいが、結果としては属州税をなくすことになり、結果として市民税をあげることになってしまった。またこうした即時的な経済的変化の一方心理的な変化もあった。ローマ市民権は誰でももてることになったために、そのありがたみはなくなり、ローマ市民権を得るための属州民の努力のインセンティブをなくしたばかりか、既存の市民権所有者の自尊心を傷つけてしまったのだった。今風にいうならば、ローマ帝国の強みであった市民権のマーケティングで失敗したのである。そしてこの影響は、ローマ社会の階層構造や、軍隊の正規兵と補助兵の区別をも破壊してしまい、ローマ社会全体に亀裂をいれてしまった。まさにこれこそ思慮に欠けた安易な政策である。そしてその後は再び目まぐるしく皇帝が変わる混乱の時代に突入し、ヴァレリアヌスの時代にはついに、皇帝が捕虜になるという事態にまで陥り、それをきっかけに、ローマ帝国は分裂してしまう。結果としてアウレリアヌスによって帝国は再び統合されるのではあるが、その疲弊は目に見えてくるのだった。
この時代多くの皇帝がわずかな期間で、去っていったけれど、彼らが無能だったとは思えない。むしろ、もはやトップの交代ごとき短期的な変化ではどうにもならないほど、帝国は崩れ始めているのだろう。その意味で、アントニヌス勅令の影響はあとにもどれないという意味でも決定打に近かったように思える。
ローマ人の物語11 終わりの始まり
再び、帝政ローマに戻る。アントニヌス・ピウスによる平穏の時代を継ぐのは哲人マルクス・アウレリウスだった。この人物は哲人と呼ばれるだけあって賢帝としてのその評価はきわめて高い。ストア哲学を殉教者で死ぬまでその精神を体現しようとした人物であった。しかしその治世は歴史家カシウス・ディオが述べるように「次々と難問に襲われ続ける」時代であった。
賢帝の時代のローマの繁栄は外部のものからすれば、羨望の対象であり、ローマ帝国は狙われの身となったのである。蛮族の侵入、隣国との戦争は断続的に起こる。敵はこちらが危機にある時にこそやってくるのだ。とわいえ、アウレリウスは共同統治者ルキウスを失いながら、その政治力で、ローマ帝国をしっかりと守りぬくのだった。
ところでこのアウレリウスは最後の賢帝として扱われる人物で、後世の皇帝達の多くがその目標に掲げたほとの高い評価をうけているわけだけれど、この人もトライアヌス、カエサルといった稀代の賢帝達と同様に「自省録」という著書を残している。これらが彼らの統治にどれほどの影響を与えたかはわからないが、メディアの効果というものに、注目し、自らそこで価値のあるもの生み出せた(クラディウスも著作は残したがあまり評価されていない)という点で彼らの現世、後世の評価にはかなり影響を与えた。そしてそれが当時の統治コスト下げることに寄与したことは間違いないのではないだろうか。
賢帝アウレリウスであったが、その息子であるコモドゥスは彼とは対照的に悪帝として名を高めた。まずコモドゥスは父の遺言にそむき、ゲルマニア戦線を講和により停戦し、次に共同皇帝のマルクスを殺してしまう。屈辱的な講和で人気が落ちたばかりか姉による暗殺計画を知ってからのコモドゥスはどんどん内向きになっていき、剣闘に熱中したりわが道を進んでいく。ただそのようにしてる内はそんなに害はないのだが、ついには側近の召使などにそそのかされて、実際の政務者を殺すという暴挙にでる。そして他の多くの悪帝達がされたように暗殺され、記録抹殺刑に処されるのだった。
悪帝を殺したわけであったが、後継者にはアウレリウス―コモドゥスという世襲の正統性に対抗できるだけの手腕が求められるという過酷な条件が待っていた。つまり、時期皇帝には普通ではだめなのだ普通+アルファがあって始めてその正統性が認められるのだった。しかしそれだけの人物は簡単にはあらわれない。そしてローマ帝国は再び度重なる皇帝の交代という混乱の時代に陥るのだった。そしてそれにひと段落をつけたのが、セプティミウス・セヴェルスだった。
セヴェルスは内乱の時代を勝ち抜いてきた人物だけあって軍事的な能力にはとても優れていた、しかし統治力という意味ではそれほどではなかったようで、結果的にはパルティア(ペルシアの脅威を結果として生んでしまった)、軍務改革(軍を優遇するあまり弱体化させてしまった)とローマ帝国衰退の足がかりを築いてしまうのだった。
塩野氏は「賢者は歴史に学び愚者は経験に学ぶ」とい故事に対し、賢者にはその両方が不可欠であると述べている。
ローマ人の物語10 すべての道はローマに続く
この巻はこれまでとは少し異なり、ローマ帝国におけるインフラストラクチャーに焦点を当てている。ローマ帝国のインフラとしてまずあがるのはなにより街道である。ローマ人は領土が拡大するとまずは街道を整備した。これが、都市間の有機的な関係を生み、経済的にも政治的にもつながりを強めることになり、結果としてローマ帝国全体の共同体としてのメリットを存分いかせることになるのだった。
しかし、これはリスクもともなう。なぜなら、交通の便がよくなるということは、外的の侵入も容易であるということである。実際にハンニバルが襲来した際には縦横無尽に動かれてしまう理由ともなるのだが、そのときも共同体としての機能はうしなわず、戦闘には破れながらも戦争には負けず、ついにはハンニバルすら追っ払ってしまったのだ。これがもし都市間の結びつきが弱かったならば、オリエントの国々のように、都市ごとに強い方になびくというような混乱状況になっていただろう。
こうして改めて見せられると、帝国じゅうに網の目のように張り巡らされた街道こそまさにローマ帝国をローマ帝国たらしめたという塩野氏の主張はとても説得力がある。
ここでは街道の他にも水道、それにソフト面では法律、医療、教育に関するローマ人の取り組みが紹介されているが、これらを総じて思うことは、生活水準の高さである。これならあらたにローマ帝国に加えられた属州の人々がそれを受け入れる気持ちは理解できる。征服された側にとってはなにより、ローマ帝国の一員であることの方が良い暮らしができることが示すことが一番のクスリになっただろう。
ちなみにこの巻の最後はローマ帝国のインフラの写真が掲載されているのだけれど、そのなかでも最初を飾っているアッピア街道が他のなにより、ローマ帝国の精神を象徴しているように感じ、イタリアを訪れた際に見に行かなかったことを悔やんだ。
ローマ人の物語9 賢帝の世紀
ネルヴァの死とともに後継者となったトライアヌスに残された課題はなんといってもダキアであった。そしてたたき上げの軍事司令官であるこの男は、完全な勝利とともについにはダキアを制覇し属州に組み込むのであった。そして次にはパルティアに遠征しそこでも破竹の勢いで勝ち進み、ついには前人未到のペルシア湾にまで兵を達するにいたる。この時代は全ローマ史の中で、勢力範囲が最大になった頃であり、まさにローマ全盛の時代といえる。(逆にいえば、ここからは下り坂ともいるのだが)こうした業績に元老院もトライアヌスに「至高の皇帝」の尊称を与えることによって報いるのだが、トライアヌスの帰路アンティオキアにまでいたったところでメソポタミア全土が再び、蜂起し、しかもトライアヌスは急病に倒れ、そこで死んでしまうのだった。トライアヌスは極めて誠実に皇帝職をまっとうしたように思うけれど、これだけ評価が高いのはやはりダキアの征服にあるだろう。(しかもカエサルのガリア戦記にならいダキア戦記を書き、業績をアピールすることも忘れなかった)。やはり領土の拡大、すなわち属州の拡大はやはりナショナリズムを喚起し、わかりやすく市民達を熱狂させることができるし、経済的にも属州税により潤うという特典がある。それが古くはスキピオしかり、少し前ならカエサルなどの後世、現世の圧倒的な評価の高さ、生んでいるのだ。そしてここで逆に考えるのはアウグストゥスの評価である。彼は領土的から言えば、基本的にはカエサルの規定した防衛ラインを守ったに過ぎない。むしろエルベ河への防衛ラインの拡大には失敗するしている。にも関わらず、その後のローマ帝国においてアウグストゥスはまさに神君であり続けたし、後に続く皇帝達も彼のやり方を模倣しようとしていた。それは初代皇帝という特殊な条件を抜きにしても、アウグストゥスの行った軍事的業績とは異なる「地味」な内政的業績の際立った評価の高さを象徴しているのではないだろうか。
ともあれ、トライアヌスの死を後を告ぐのがその養子であったハドリアヌスであった。ハドリアヌスは就任直後の粛清、晩年の同性愛の傾倒とスキャンダルによるせいか当時の人気はそれほどだったようだが、どうやら賢帝の名にはじない有能な統治者だったようだ。ハドリアヌスはもはや広大となったローマ帝国全体をその治世の3分の2にも及ぶ期間、旅してまわり、ブリタニア、及びゲルマニア防衛線の整備、それ以外にも常に火薬庫であったユダヤに対する「離散」政策と、しっかりと巨大なローマ帝国のメンテナンスが行われたのだった。そして安定し始めた帝国を受け継いだのが、慈悲深い皇帝とよばれたアントニヌス・ピウスであった。皇帝の人格に象徴されたかのようにこの時代は平穏な時代であり、塩野氏にいわせると「ニュースのない時代」らしい。実際に、治世の長さの割りにこの皇帝にさかれた部分は異様に短い。しかしこういう「ニュースのない時代」こそまさに幸福の時代なのかもしれない。
ここで、ふれなければならないのは、トライアヌス、ハドリアヌスは属州出身(イベリア半島イタリカ)の皇帝であったということだ。これこそプルタルコスがいうローマ人の強み「敗者をも同化させてしまう政策」を象徴している現象で、塩野氏がよく比較にあげる大英帝国とインドなどの植民地などの関係と比べるとその独特さ際立っている。
ローマ人の物語8 危機と克服
「悪帝」ネロを国家の敵として、死に至らしめたローマ帝国であったが本当の危機はそこからだった。
軍団を背景にネロを追い払い、皇帝になったガルバであったが、彼は皇帝任命後にただちにローマに戻らないというミスを犯した。アウグストゥスを血を引くという目に見えない権威すら持たないガルバにとってこのミスは致命的であった。これがローマ帝国を内乱の時代に導き一年の間にガルバ、オトー、ヴィテリウスと3人も皇帝が入れ替わるという事態を招く。この時代の象徴的な描写をタキトゥスがしている。そこではオトー派の兵士とヴィテリウス軍のローマ市内での激闘を横目に市民達が見世物を楽しむかのように戦いを眺めている様子を嘆いている。これに対し塩野氏は「どちらが勝とうと変わるのは皇帝の具備だけであることを彼ら(市民)は知っていたのである。」と述べているけれど、まさにこれこそ平和の後によくおこる権力闘争、それによる市民の政治へ無関心という状況をよくよく示している印象をうけた。
そしてローマ帝国ないの混乱をただちに外に広がるのだった、それは属州の反乱、蛮族たちの蜂起である。こうした事態を見の前にしてローマはやっと目を覚ます。その帝国建て直しの任についたのがヴェスパシアヌスである。軍務経験を豊富で実力者である彼のもと、帝国は再び共同体としてのまとまりをとりもどしていくのだった。「健全な常識人」であった彼は着実に帝国の基盤を再構築していき、内乱のもとである後継者問題も、2人の息子に託すことによってしっかりと決着をつけ、久しぶりの平穏とともに死を迎えたのだった。ヴェスパシアヌスによって帝王学の英才教育をうけた長男ティトゥスは公僕に徹しようとした聖人君子であり、長い治世を父をはじめ多くの人々が期待していたが、わずかな期間で病に倒れてしまう。そしてそのあとを継いだのがドミティアヌスであったわけだが、彼は兄と違い、皇帝として十分な教育をうけていないのだった。それも無理がないのである、父は兄の治世がしばらく続き、その期間に父が兄にしたように兄が弟に経験をつませると考えていたからである。
とはいえ、ドミティアヌスは教育改革、ゲルマニア防壁「リメス・ゲルマニクス」建設など帝国維持に不可欠な仕事もしたが、やはり軍事経験の欠如からか金を払ってダキア族との平和協定をしたり、また晩年の恐怖政治などから、評判は失墜し、暗殺、そして死後にはカリグラ、ネロ達がうけた「記録抹殺刑」に処されてしまう。こうして2番目の世襲皇系もおわり、賢帝の時代へと突入していくのだった。
賢帝の時代の最初を飾るのはネルヴァだ。といっても、ネルヴァは野心のない老人皇帝で、本命トライアヌスへのつなぎといえ、いわゆる黄金の世紀はそこからといえるだろう。
花神(上)
酔って候
幕末の風雲の中、賢候と呼ばれた大名達がいた。本書はそんな、大名達―土佐の山内容堂、薩摩の島津久光、伊予宇和島の伊達宗城、肥前の鍋島閑艘―の物語である。それぞれ、賢候と呼ばれるだけあって、教養にあふれ、一癖ある人物達である。彼らに共通していえるのは(島津久光の場合は部下に踊らされていただけに思えるが)、長い太平でどこの藩も平和ボケしているなか、ペリーの到来という重大事件から外敵に大して強い危機意識を抱き、藩政を改革、ひいては幕府を中心とした幕藩体制の改革にまで、尽力したということである。とわいえ、実際に奔走していたのは、志士と呼ばれる、書生や剣客に毛がはえたような部下達である。そして、その結果起こったのが、明治維新である。そしてこれは封建制度の終わりを意味した、つまり、藩の存在もなくなったことを意味する。皮肉なことに、賢候たちは倒幕の片棒を担ぐことにより、自らの大名という概念すら壊してしまった。しかもそれは彼らにとって望んだものではなかっただろう。明治維新という事業に関して、彼らのような聡明な大名達の活動がどれほど貢献したかはともかく、
変革期における旧体制の統治者(徳川慶喜に代表される)の人生というのは、特に彼らが聡明であればあるほど、(本人自身が自分達の運命に対する予測がついてしまうため)なんともいえない哀しさがある。
あと、この小説を読みながら地図を見て、ふと思ったのだけれど、ここで紹介されている4藩はいずれも、海に面しており、そういう地理的条件が、人間の危機意識そして、志士達を生むような風土に影響するんだろなぁといまさらながら、ふと納得した。
世に棲む日々4
勤王の先駆けから一転して四面楚歌に陥った長州藩は再び、保守派が台頭し、佐幕派へと変転する。そのような状況に対し、高杉らは奇兵隊を使って大博打にでる。なんとたったの80人で、藩政府に対して反逆を起すのだ。窮地にあるとはいえ、依然として圧倒的な人数を持つ藩政府であったが、激戦の末、ことごとく、高杉及び、山県にしてやられ、連勝を続けていくうち、革命派をどんどん勢力を増やしていき、ついには、藩主の根拠地、萩においても勢力を伸ばし、ついには藩革命に成功してしまう。
ところが、不思議なことに、革命が成ると張本人の高杉は首相各の座を断るばかりか、洋行すると言い出す。こういう高杉の性格は、「栄達というものに関心がない男で、行動を欲するがために行動する」という本文の表現が象徴的である。ともかく、海外に出ようと高杉は長崎にいくわけだが、そこで、英国商人に洋行をやめ、英国と長州との関係の仲介に奔走するように説得されるとあっという間に変転し、国に帰って藩政府を説得する。しかし、いまや攘夷の総本山にある長州において、開国主義は死を意味し、藩政府は高杉の意向を汲みながらも答えに窮する。それどころか高杉らの主張は外部に漏れ攘夷気違い達によって命を狙われることになってしまう。やむ終えず、高杉は他国を放浪しながら気が熟すのを待つが、やがて、長州に帰国する頃には、藩は幕府との緊張関係にあり、高杉は早速、重役に登用される。そして幕長開戦。幕府の大島占拠の報が伝わるやいなや高杉は奇兵隊を率いて戦線に登場する。戦にでれば高杉は鬼神のようなもので、九州での幕府艦隊襲撃、小倉戦争と連戦連勝を重ねていった。しかしそんな中、高杉は病魔におかされ続け、そして長州の勝利とともに戦線が落ち着くとともに、役目を終えたように高杉は歴史舞台からひっそりと消えていく。
時世の句「おもしろき こともなき世を おもしろく」こそ高杉の性格をとてもよく描写しているように思えた。
松蔭が思想を生み、高杉が現実化する。本書では思想家である松蔭と現実家である高杉がとても対比的に描かれているけれど、両者がいて、初めて事がなされたのではないだろうか。書中に「思想とは本来、人間が考え出した最大の虚構虚構―大嘘―」という節があるように、大嘘こそが大きなウネリを作り、奔走家達がその答えをだすのだろう。本書は、そうした歴史の変転のシナリオを2人の人間の生涯を通じてとても象徴的に描かれた作品であった。
世に棲む日々3
この頃から勤王という言葉が流行り始めて、維新政府を作っていった面々が少しずつ表舞台に登場してくる。長州はもちろんその先駆けであり、高杉もその波にのり、奇兵隊という武士と農民の混成部隊という当時は考えられない軍隊を作りそれを武器に、幕末の風雲に飛び込んでいく。彼は、その子分格であった井上聞多、伊藤俊輔といった面々同様、当時の流行であった攘夷の超過激派であったが、その一方で、日本はいつか開国しなければならないという一見矛盾した考え方をもっていた。そんな彼らの共通点は、皆、海外に出たことがあるという点だ。井上、伊藤はイギリスで、高杉は2ヶ月程度ではあるが、欧米列強に植民地化されている上海において、西洋文明の優位性を十二分に認識していたからである。そして、海外に行った彼らは、これまで口では倒幕々々と唱えながらも、心のどこかで絶対的な存在と考えていた幕府すらも、卑小なものに思える見聞をもったのである。この理性的、感情的な変化があわさって彼らの革命への原動力となっていくのである。なぜなら本当の意味、日本が西洋文明に追いつくには、戦によって、前体制を壊すことによってのみ、可能であると考えていたからである。それが、開国の必要性をとなえながらも、時勢の攘夷の流れに彼らを乗せた理由である。。
とはいえ、薩摩などの画策から。京都で政変がおこり攘夷の旗手長州の運命は急転し、一転、幕府軍、西洋連合軍を同時に相手にするという窮地に陥る。こうした状況は長州においてさえ、佐幕派の台頭をゆるすことになるのだが、ここにきて、高杉は自らが創設した奇兵隊を使って大博打にでることを決心するのである。
世に棲む日々2
松蔭は、黒船到来以来、外国の技術、文明に強い関心を抱くようになり、なんとかして外国にいこうと思案する。そしてついに、2度目のペリー艦隊の到来時に漁船にのって、艦隊に近づき、密航の以来をするという暴挙にでる。これは当時の鎖国化にある日本において、誰もが考えもしないような重罪であった。松蔭はなんとか外国船に乗り込むことには成功するものの、相手側が日本政府との関係の懸念から拒否し、密航の試みは失敗に終わってしまう。こうなったからには、松蔭の性格上、潔く自首をすることとなった。ここから松蔭の人生は死ぬまで(自宅での蟄居を含め)シャバにでることはなくなるのではあるが、松蔭は檻の中にあり、以前同様、自らの考えを相手を選ばず述べ立てる続けた。囚人相手に大真面目に国家論を語る姿はまさに変人という言葉の方がぴったりな位である。ともあれ、しばらくして、松蔭は長州藩にもどされ、自宅での蟄居暮らしが始まる。ここで、かの有名な松下村塾が開かれるわけである。そこに久坂玄端、高杉晋作とよばれるような、明治維新を作った第2世代が登場してくるのである。彼らの非凡を松蔭はいち早く見ぬき、特徴を見抜きならを育てた。しかしそんな矢先、井伊直弼のもと締め付けを厳しくした幕府から松蔭は江戸に召喚される。その場において、もとはといえば、他の罪人の参考証人であったのに、松蔭はもちまえの馬鹿正直さから、奉行に荒いざらい言わなくてもいいことまで話してしまい、ついには死罪にされてしまい、短い生涯を閉じる。そしてここからは、高杉、久坂といった弟子達の時代へと移っていくのである。
世に棲む日々1
維新期長州の倒幕思想の原点ともなった吉田松陰の一生を描いた作品。吉田松陰は代々藩の兵学教授を担う家で育ち、早くして家主となった。そのため、藩命により、父の門人、兄弟などから兵学の英才教育を受ける。私心を忘れ、公につくすことを第一とした過酷な修行をうけることにより、松蔭は尋常ならざる現実主義家もしくは増上慢となっていく。そうした破天荒な部分が、「友人の約束を守るために脱藩」という重大事件を起してしまったりするのだが、反面、常人には及びもつかない、視点をもたらせた。その例が、「将及私言」「海防論」といった当時にしては先進的な意見を生み出したのであろう。
何はともあれ、若い頃の松蔭は、脱藩による追放がかえってよかったのか、日本中を学び回ることができた。そして、ついには佐久間象山という松蔭にとって最も重要な師匠に出会う。しかしペリーの黒船到来が、松蔭の好奇心に火をつけ、危うい方向に導かれてしまう。
英雄というものは、一歩間違えると、ホラ吹きだったり、奇人だったりする。松蔭は、まさに後者の部類の人間としてここでは描かれているのであるが、本書のなかでは、彼の人間性の成り立ちがとてもうまく描かれていて、松蔭という奇人がいかにしてできあがったのかがわかりやすかった。
男子の本懐
昭和初期の慢性的不況下にある日本において実施された金解禁を浜口雄幸、井上準之助らを中心に描いた経済小説。幼少時代から寡黙で、生涯趣味道楽を持たなかった浜口と、ゴルフ、テニスを趣味とし、世界中をかけまわった井上。日本男児を絵に描いたような男と、海外思考のテクノクラート。性格的な面では全く相反する二人ではあったが、そんな二人が協力してこそ、金解禁という、一大目標に立ち向かうことができた。金解禁には、事前の緊縮財政が不可欠であり、世論の反発はさけられないものであった。そんな政策を行うことは、当時の世の中では一歩間違えれば命取りとなるような状況である。しかし、2人には唯一の共通点があった。それは己の政策を通すためには、自らの命をも賭すというゆるぎなき信念である。その信念は、巨大な反対勢力を押しのけ、ついには金解禁にまでこぎつける。しかしその後の世界的不況、そして、浜口遭難と、彼らの思惑とは別に、情勢は変化していく。そして浜口死去。その後井上は野に立ちながらも一人奮闘するが、その井上も、糾弾に倒れてしまう。
金解禁の政策の評価はともかくとして、命の危険をもいとわず、国政を担う2人の人間ドラマにはとても心を打たれた。今の政治家でこれだけ強い政策理念を持つ人物がいるだろうか?と考えると、私はおそらくいると考える。しかし同時に現代ではそういう政治家の出番は少ないとも思う。この小説の時代背景においては政策決定者と一般大衆との距離が遠いことは、それ程問題ではなかったように思えるが、(それでもそうした問題を提起されるような内容も含まれている)現代においては、その距離感こそ、その国の行く末を考える上で、とても重要なものとなってくるように思える。
政策に対する評価は、その後の時代の変化や、人々の思惑によってかわるものだが、彼らの「生き方」には永遠に消えない何かがあるように思った。
白い巨塔5
ついに控訴審が始まる。今回の裁判は、原告側にまわった里見や、あらたに証人に加わった元看護婦などの動きにより、財前は思いがけず苦戦を強いられる。そして、財前が過失を主治医だった柳原に押し付ける発言をした瞬間、事態は急進展をする。柳原はついに腹をすえかね、財前外科医局の一員にも関わらず、謀反を起すのだ。そして、一度腹を決めた柳原は、同じく財前に不満を抱いていた医局員江川を巻き込み、内部資料をもちだし、徹底的に財前を追及することにいたる。こうした結果、ついには原告側の勝訴となる。財前は多忙と判決に対するショックから判決後ついには精魂つきはて倒れる。
診断の結果、財前は手遅れなほど進行した癌であることが発覚する。前任教授である東、里見、鵜飼、他教授陣で構成される医師団は、財前に病名がばれないように配慮しながら延命措置を続けるが、一流外科医である財前はある時点で自分の死を悟り、壮絶な死を迎える。そして財前の死のかたわらには、財前自信が自らの死屍病理解剖に関する封書が残されていた。財前の死体は教授専用の解剖台で、病理解剖の教授により厳粛に行われた。
白い巨塔4
 裁判を勝訴した財前には、学部長鵜飼から学術会議選挙出馬の誘いがかかる。裁判を終えたばかりでしかも少壮教授である自分に名誉ある学術会議の選挙出馬を誘う鵜飼に不信感を抱きながらも財前は出馬に踏み切ることにする。一方敗訴した原告側は控訴することを決める。財前は学術会議選挙と控訴審という2つの課題を抱えながらも持ち前の野心で両方を乗り切ろうといきまく。学術会議は苦戦しながらも持ち前の政治力、財力で、医師会、同窓会などの人脈を駆使し巧みに工作する。しかし裁判の方はというと、新たな証人の登場などによって、真実が暴かれようとしていく。それは財前にとっては、破滅を意味するのだ。そうした状況の暗転に感じてか、だんだん財前は、肉体的にも精神的にも疲労を深めていく。
白い巨塔3
 教授になって早々、財前は国際学会に招聘される。日本の外科医の手術の技術は世界でも高水準であり、なかでも噴門癌の権威である財前は旅先のあらゆる場所で熱烈な歓迎をうける。そして学会自体も大成功におわるのだが、そんな頃、日本から不吉な電報が届く。それは日本を発つ前に手術をした患者の死亡を告げるものだった。財前はそれに、一抹の不安を感じながらも、あふれるバイタリティで、欧州のあらゆる有名施設を訪問するなどし、充実した欧州滞在を終える。そしてその帰国は、財前にとってはまさに凱旋帰国となるはずだったのだが、ここで、彼の運命は一転する。欧州での業績を発表する記者会見が終えると、財前は、自分が出発前に手術を行った患者の遺族から訴えられたことを知るのだ。
その患者の死因である、噴門癌の肺への転移は、財前にこの患者を持ち込んだ内科の里見助教授及び、受持医の柳原が再三警告したものであったが、財前はそれを全く相手にせず、入念な検査を怠り、手術前に、その転移を見逃し、手術を行ってしまったのであった。とわいえ、高度な医療分野における話であり、財前は、あらゆる、政治力を駆使し、原告側をまるめこみ、裁判を勝ち抜く。財前が勝訴に喜ぶころ、原告側の証人にたった里見は大学に居場所がなくなり、辞任を決意する。
人間が幸福になる経済とは何か
冷戦の終結とともにアメリカは世界唯一の大国となり、世界的にその政治的、経済的影響力を一層強めてきた。そしてその後の十年間―九〇年代―アメリカ経済はかつてない長期好況を経験した。こうした状況から、アメリカ資本主義は新時代の成功モデルの象徴となり、多くの国が、政府と市場の適切なバランスをアメリカに求めるようになった。
本書はそのような国際的状況がいかなる弊害を生んだのか、そして、成功の象徴となった九〇年代アメリカ経済とは実際どのようなものだったのか、という二点について、九〇年代当時クリントン政権内の経済諮問委員、世界銀行の上級副総裁兼チーフエコノミストを務めた著者が政権内部独特の視点を交え、その所見を述べたものである。
 九〇年代アメリカマクロ経済が成し遂げたインフレなき成長は輝かしい実績であり、著者が担ったその当時政権内の経済チームは、大統領、FRB議長などとともに、英雄として祭り上げられた存在である。しかし本書の内容のほとんどは九〇年代の成功経験というより、むしろ失敗経験に関するものに焦点がおかれている。まず、一章から三章では、いかに偶然と、妥協の積み重ねが低失業、低インフレという成長構造に貢献したのか述べられ、四章から八章では九〇年代の負の遺産がいかに二〇〇〇年以降の景気後退を生み出していったのかという点について述べている。特に「銀行の変質とバブル」と冠された六章では、ウォール街での過熱振りと、それに関連する不祥事に対して、著者がノーベル賞を受賞した情報の経済学の分野から批判されており、とても説得力があるものとなっている。
またもう一点本書で述べられている重要な主張はアメリカ及び、アメリカが強い影響力を持つIMFが及ぼしたアメリカ外―特に東アジア諸国、ラテンアメリカ諸国などに対する―への影響である。これらは、IMFなどを通じたアメリカ型資本主義の輸出が、いかにアメリカの都合のもと進められ、当事国の経済へ悪影響を生んだかを点を強調しており、アメリカ国内に対する政策と国外に求める政策の対照性に対し偽善という言葉まで用い、アメリカの一国主義を痛烈に批判している。これらは極端な話、アメリカの成功はそうした国々の犠牲のもとに成り立っているというようなニュアンスすら感じさせられるものである。こうしたIMFに対する記述からは著者の強い憤りが伝わってくるもので、九章の「世界を不幸にしたグローバリズム」という過激なタイトルにも重みを与えている。
 九〇年代アメリカに対する研究は星の数ほどなされ、本書のような関係書籍も多い。しかしそうした中でも本書は著者の九〇年代で果たした役職からか、多部門にわたる大局的な観点及び、レーガンからブッシュシニア、クリントン、ブッシュジュニアまでの長期的な観点を備えており、その内容は傑出したものとなっている。
また、経済学父アダムスミスの「見えざる手」にまで立ち返り、経済原理の限界を見直し、民主主義社会における理想を提示しようという著者の姿勢は、経済学者の地位が失墜しつつある今日、稀なものであり、著者の志の高さを感じさせられる。こうした志の高さは、序文で述べられている、著者が学問を志したきっかけ―子供の頃の身近な貧困や失業、差別に対する問題意識―から一貫して続いているものを感じさせ、そうした仕事に対する透明な姿勢に尊敬の念を抱いた。
白い巨塔2
 ついに教授選が本格的にスタートする。ここまでくると、もはや財前と東は絶縁状態で、両者はなりふりかまわずあらゆる政治力を使っていく。財前は舅の財力と、医師会、医学部長を背景に、金をばら撒き攻勢に、東は、自らの学部内での人間関係及び、出身大学のつながりを背景に、医学会のポストや研究費申請などを条件に使って、票の囲い込みにでる。そして勝負のゆくえは、前日までゆれ動き、最終的には2票という僅差で財前は念願の教授の椅子を手に入れるのである。東が敗北により、静かに大学をさる一方、財前は教授に就任早々、国際学会への招聘とさらに勢いずくが、その足元で不穏な気配がだたよいはじめる。
 2巻の半分は教授選での攻防が描かれているが、各陣営のうごきがナマナマしい。特に、東派と財前を推す医学部長派の間で、独自の候補者をたてる革新派の動きが興味深かった。革新派は、第一回の投票で敗れ、決戦投票にすすめないわけであるが、第一回の投票で全体の4分の1近くもの票を上げたので、彼の動きが決戦投票の勝敗を握ることになったのだ。もちろん東派、医学部長派はあらゆる条件で彼らを引き込もうとするのであるが、革新派はどちらにもいい顔をしながらも、はっきりとした結論をださない。それにより、両陣営からどんどん好条件を引き出し、最終的にも、無記名という教授選の性質を巧妙に用いて両者から見返りをえるのである。これは選挙の性質のある局面をとても象徴的に描いているものでとても興味深かった。
白い巨塔1
 ドラマでもおなじみの、大学病院内部の人間ドラマをテーマとした長編小説である。
 主人公、財前は助教授であり、退任が近い現教授東の後任を狙っている。当初は、確執がありながらも長い師弟関係から、禅譲になる見込みが高かったが、財前のマスコミへの露出が増えることにより、両者の関係はどんどん悪化して、ついには、東教授が対立候補を母校からつれてきて、全面対決の形となる。教授と助教授という深く近い関係なだけに、両者の戦いはドロドロになり、緊張する場面の連続であった。
学究肌の東と、あらゆる政治力を使って囲い込みをする財前は対照的で、それがかえって医学部内の特殊な世界を浮き彫りにしており、面白い。ドラマを少しだけみて、前から読むのを楽しみにしていたけれど、ドラマ以上に臨場感満点で一気に読んでしまった。
官僚たちの夏
 本書は、高度成長期における、通産官僚達の活躍を描いたものである。「官僚」という言葉は、テレビや新聞などではよく目にするが、実体はあまりわからないでいた。それでいて、根拠のないネガティブなイメージを持っていた。しかし彼らは一般的にエリートと呼ばれる人たちの集まりであり、行政の長として社会に大きな影響力を持っている。そんな未知の官僚世界には前々から関心があった。
 話はのちに「ミスター通産省」とまで呼ばれるようになる主人公が、まだ課長であるところから始まり、政治家、財界人などとやり合いながらも自らの政策実現に奔走し、引退するところまで続く。官僚、政治家、財界人などの力関係、省内での人事の攻防などが実にドラマティックに描かれていて面白かった。読んでいて、高度経済成長期という経済が熱気ムンムンの時代の雰囲気が伝わってきた。
 今の時代の官僚の世界はまた全然違うのだろうけど、これから新聞などで「官僚」という言葉を目にするときは、これまでよりもっと、深い読み方ができる気がする。
堀江貴文のカンタン!儲かる会社の作り方
 球界再編で、話題になっているライブドア社長、堀江氏の著作。タイトルは、胡散臭さ満点だけど、中身は実に興味深かった。中身はタイトル通り、堀江氏が自分の起業の経験をもとに、堀江流「儲かる会社のつくり方」を説明していくというものなんだけど、経験談が実に生々しくて面白かった。恋人の父親に出資者になってもらう話だとか、お家騒動の話だとか、どこまでが本当なのかはわからないけれど、思わず「こんなことまで書いて大丈夫なの?」と突っ込みたくなるような裏話が満載である。
 また会社が成長していく過程での、経営体系の変化や、人材配置の変化に関する話は生きた経営の教科書だった。大学に入った頃から思っていることだけれど、経営に関しては、学者の論文を読むより、体験談を読むほうがよっぽど収穫が大きいような気がする。
 ライブドアが10年後も成長し続けているかどうかというのは疑わしいし、彼のやり方がこれからどういう結果を生むかはなんともいえないけれど、面白い内容だった。
世界の中心で愛を叫ぶ
なにか気分転換になるようなものが読みたくて、本屋をぶらぶらして、この本を見つけた。
半年ぶりに日本に帰って来たあと、何かと流行の話についていけないことがあったけど、
この本もその一つだ。本書「世界の中心で愛をさけぶ」はベストセラーとなった恋愛小説で、これを原作とするドラマ、映画も大ヒットし、ブームに拍車がかかったそうだ。
表紙のデザインが気に入ったので、ちょっと期待して読んだが、期待はずれだった。高校時代までの話は面白かったけど、現代に場面が移っていくあたりから、(もっともここがクライマックスなんだろうけど。。)あんまり話に入っていけなくなって、ピンとこなかった。分量的にも短くて読みやすいのと、さわやかな感じを受けたのかなぁと思うけど、なにより、文章のレベルが低くて、この程度の小説がここまでブームになったのが信じられなかった。たぶん映画やドラマがよっぽど良かったんだと思う。
それでもところどころ心地よい描写があってそれなりにたのしめた。
武富士 サラ金の帝王
武富士、プロミス、アコム・・・など、いまや駅前の雑居ビルに並ぶ看板、ティッシュ配りのお姉さん、連日のテレビCMなどそこら中で見かける言葉だ。もはやどこの町もサラ金の天下。私が子供の頃には、ほとんど見かけなかったこれらの光景だが、ここ20年近くの日本の不景気とともに急激に溢れ出てきた。今の子供達はあれを見てどんな風に思い、親はそれをどのように説明するのだろうか?「お金に困っている人を助けてあげるところだよ」という説明の仕方は確かに間違ってはいない。しかしその裏に続く闇社会へのつながり、借金の残酷さを知らず、それらの光景に慣れてしまう世代がでてくると思うと、とても恐ろく、残念な気持ちになる。
本書はそんなサラ金業界でもトップに立つ武富士の創業者、武井保雄の半生を中心にサラ金業界の全体像を暴くものである。彼の出生、青春期などを経て創業にいたる話から、業界トップ、ひいては一部上場にいたるまでの過程が劇的なエピソードとともに描かれている。これまでもサラ金に関する情報は、ワイドショーなどで被害者の実態報告という形で報道されることがしばしばあったけれど、本書は加害者側、つまりサラ金の創業者オーナー側からサラ金業界に光をあてたという意味、とても画期的で興味深いものである。
本書を読めば、彼らのやっている事が、いかに建前上の合法であるか、そして間接的に違法行為を犯しているだけでなく、その経済活動が生んでいる結果は、低所得者層から搾取、闇社会の増長という由々しき問題であることを知るだろう。このような実態を知って、こうした輩を野放しにしている社会に腹が立たない者はいないだろう。本書は残念ながら、制度的な取締りをする先にある巨大な壁に足を踏み込みかけるところで終わっているけれど、レポートのリスクを考えると、とてもよくできた内容である。
知らぬ間に自分達の周りで巨大な勢力を伸ばしてきたサラ金、彼らの実態がどんなものなのか、自分達の何気なく見過ごしている風景の裏ではどんなことが起こっているのか、その一端を垣間見てほしい。そして、サラ金業界に生き、どん底から世界のミリオネアにまで這い上がっていく、壮絶な男の生き様を見てほしい。
ローマ人の物語7 悪名高き皇帝達
悪名高き皇帝達というタイトルを見るといかにも、この時代の皇帝達は私欲にあふれた人物を想像させられが、これを読み終えたあとはそんな気分はしない。確かにこの巻にでてくる多くの皇帝達の行動は同時代の人間からみても賢明とはいいずらく、統治される身としたらたまったものではない。しかし、その人物像を詳細に描かれると、それが詳細であれば詳細であるほど、事情がわかり、親近感が沸いてくるせいかそんなに、悪い統治者ではなかったように思う。そう彼らは一個人としては愚者どころか極めて有能だったとさえいえるのではないだろうか。ただカエサル、アウグストゥスの築き上げた帝国の統治者としては不人気にならざるをえない器だったのだ。
そんな時代の最初の皇帝は、アウグストゥスに後継者に指名されたティベリウスである。彼は神君アウグストゥスが気が進まずながらも選んだだけあって、政治的にも軍事司令官的に実力者であったようだ。しかしそんなティベリウスはカプリ隠遁の行動に代表されるように民衆、元老院の人気というものに極めて無関心であったため、生前も、その最後も辛らつな評価しか受けなかったようだ。それでいて、ライン河防衛ラインの再構築など、パックスロマーナ体制を磐石にしたことも事実なのである。同時代の歴史家タキトゥスはティベリウスを偽善の人として描いたようだが、彼ほど、偽善という言葉と対極的な意味での合理主義者はいなかったようにも思う。むしろカプリに隠遁しながらも帝国を安定に導いた手腕は彼の超有能さを物語っているのではないか。若い頃にアウグストゥスに強制的な結婚をさせられ、逃げるようにロードス島にこもったころの経験からのものか、常に影を感じる存在であった。
ともあれ、繁栄の軌道に乗りつつある帝国を次にうけついだのがカリグラである。民衆に人気のあったゲルマニクス(ティベリウス治世中に死亡)の子供としてアウグストゥスの血をひき、しかもまだ24歳と若かったことからか、皇帝就任当時カリグラはとても人気があった。不人気だった晩年のティベリウスをみていただけに、カリグラ自身、人気というものをとても気にした。しかし逆にいえば、カリグラはそれだけだった。神に扮した奇抜な格好をしたり、剣闘試合、戦車競争の開催、海上に船を並べ、海上の道をつくるなどといった奇行は民衆受けはもちろんよかったが、財政は破綻した。起死回生の作、ゲルマニア侵攻も断念し、八方ふさがりになるころころ、ついには身内である近衛兵にあっけなく殺害されてしまう。人々はカリグラ治世にうんざりしていたせいか、暗殺の混乱もそれほどなく、後継はクラディウスと決まる。クラディウスはその風貌からいって地味で存在感のない人物であったが、歴史家であったためか、地味な仕事の重要性を認識している人物であった、解放奴隷を活用した官僚制を用い、効率的に統治したり、国勢調査の実施、郵便制度の開放、クラディウス港の建設と帝国繁栄の土台を着実に築いていった。しかしそんな彼は、家庭のことには無関心で、妻アグリッピーナの暴走を野放しにし、皇帝の母になる事を欲す彼女にあっけなく殺されてしまい。そこからネロの時代へと突入する。
ネロといえば悪帝の代名詞とされるような人物である。確かにネロはカリグラと同様に若くして最高位に立つ人間の性質なのか虚栄心が強く、歌手デビューをしたり、市民のニーズとはずれた黄金宮殿を企画したりと奇行も目立ち、当時の市民達の不評を買ったのも無理もない。しかし彼の当初の治世の評価はネロの善政と呼ばれるたほどだ。実際、手間取りながらも西方パルティア問題はひと段落させたし、全体としてパクスロマーナは守られ、比較的平穏な時代といえるだろう。それにもかかわらずの後世においてこれだけのネロの評判の低さは何より、キリスト教弾圧による評価に起因している可能性が高いだろう。
なにはともあれローマ帝国は悪帝の世紀を切り抜けた。これはもはやローマ帝国がトップ一人の優劣くらいでは簡単にはぐらつかないほどに制度が成熟してきたということを象徴しているのではないだろうか。
しかし本当の危機はその後にまっていたのだった。
遥かなるケンブリッジ
 数学者である藤原正彦さんが1年余りのケンブリッジでの研究生活についてつつったもの。先月から自分自身もケンブリッジの語学学校の方に移ってきたので、タイトルに引かれるまま読んでみた。
 藤原さんの研究者としての猛烈さケンブリッジ大学での人間関係、教育システムに関する話はもちろん、ご近所付き合い、育児問題、夫婦の関係など生活面での様々な体験も含めて話が進んでいき、読んでいる方が、自然とのめり込んでいってしまった。また藤原さんの豪快の生き様をおう痛快さだけでのなく、教養溢れる学者ならでは、するどい視点を味わう面白さがある。
 例えば、藤原さんはアメリカの大学で、研究されていたこともあるのだけれど、それを引き合いに、論文大量生産のアメリカの大学から来た教授と大御所の教授との確執、数学教室での人事問題などをあげ、そこからなされるアメリカ式とイギリス式の比較は興味深かった。そして結局ところ、人事に話を帰結させたところに、頭のいい人の考えることは一緒なんだなぁと思わされた。
 あともう一つこの本の中で、この国の階級の説明をなされる際紹介された、16世紀サー・トーマス・スミスというナイトによってなされたジェントルマンの定義がとても興味深かった。それによると、
1.職業教育でなく、古典教養と数学というあらゆる知的活動の基盤原理を会得していること。2.土地所有による地代という、不労所得により自主独立を確保していること。とりわけ利潤追求の仕事についてないこと。3.ジェントルマンの徳性すなわち公正、自制、勇気、忍耐、礼節、寛大などを備えていること。
っと、要するに高等遊民がイギリス紳士の理想であったらしい。これは産業革命後のブルジョア階級興隆後も普遍だったという。1、3の条件は素直に受け入れられるが、2には違和感を抱かずにはいられない。たぶんこの辺に日本人の感覚の違いがあるような気がする。その根拠を文章にするのがなんとも難しいけれど、ケンブリッジ大学やオックスフォード大学の雰囲気に触れる時もそんなような貴族的なエリート思想を感じた。
 この本を読み終わって、この人が頭のいい人だってことはもちろんだけれど、それとともにとても魅力的な人だと確信した。最近思うのだけれど、こちらで出会う日本人の人はとても魅力的な人が多い。しかもそういう人たちと同じ国籍というだけで、打ち解けられるというのはとてもうれしい。
イギリス人はおかしい
 この本の副題は「日本人ハウスキーパーが見た階級社会の素顔」である。イギリスに来て最初のホームステイはワーキングクラス、2件目はミドルクラスだった。2件目の家に来たとき、ホストマザーに「君の言葉遣いはワーキングクラスのものだから直したほうがいい(もちろん英語で)」といわれた。それまでイギリスの階級というものを意識したことがなかった自分にとって、これはなかなか衝撃的な出来事だった。そんな時ネットでこのタイトルをたまたま見つけたときは思わず高い送料を無視して取り寄せてしまった。
 正直いって、とり寄せた後、ハウスキーパーの人の書く本なんてまともなものなのかちょっと心配になったけど、いざ読んでみると、これが実に面白い。著者の高尾さんは70年代にイギリスに渡り、一時は英国人の旦那さんと日本に帰国するも、その後再び英国に渡り今日にいたる。その間失業手当だけで、サウザック貧困地区に住まれたり、ベルグレイヴィアという超高級住宅街の大富豪宅に住み込みで働かれたりしている。ようするに、貧富という意味ではこの国に上から下まで見尽くしている。そして、そうした中での体験談を日本と比較しながら、面白おかしくおきおろす。こきおろすといっても、読み進んでいくほど、著者のイギリス(特にワーキングクラスに対する)に対する愛情が伝わってくるから、辟易するところはなく、むしろすごく心地よい。基本的には体験談が続いていくんだけれど、そこから、うまいこと国全体の福祉や政治的なところ(サッチャー女史バッシングが激しい)に話が発展するので、読者に発見の楽しみを与え飽きさせることがない。
 あと付け加えなければならないのは、この本はもちろんイギリスについて書かれているわけだけど、イギリスにいる日本人から見た日本という視点も持っている。海外に長期間住むと、自国では当たり前のことが当たり前ではないことを感じる。そしそれまで当たり前として気にもとめなかったことの意味を考えるきっかけになる。この本をそういったテーマも沢山提示してくれている。
「海外にいって、日本のことをもっと知りたくなった」という言葉をよく聞くけれど、最近その気持ちがよくわかる。
あと「外国語を勉強した人は少なくともその国の事情や考え方も学んでいる」という文章もなかなか感慨深かった。
英仏百年戦争
 西洋史に関する小説をいくつも発表している著者が中世百年戦争について書いた著書。
 たまたまかもしれないけれど、これまであったイギリス人はみなフランスがあまり好きではない。そして、フランスにそこそこ詳しい母に言わせると、フランス人もイギリス人をあまり好きではなそうだ。そんなことを肌で感じていたので、思わずこのタイトルに引かれて読んでみた。
 最初に驚くべきことが述べられる。著者によるとイングランド国王もフランス国王も2代勢力ともフランス人だったそうだ。その経緯は本書で詳しく述べられているけれど、とにかく、イングランド王はフランスの一豪族(ノルマンディ公)がイングランドを侵略したことに起源するそうだ。そうなるともちろん形式的にはイングランド国王はフランス国王の臣下であるはずなのだが、紆余曲折をへて、別な存在になっていたようだ。だから当初は、イングランド内でも、貴族はフランス語をしゃべり、英語は平民の言葉だったそうだ。英語を学ぶとき少し教養的な言葉を表現するときにフランス語の借用が多いというのはこういうところにも起源しているのかもしれないと思った。
 そして、エドワード3世がはじめて、フランス語を話せなかったイングランド国王であり、この頃からが、今のイギリス、フランスという国家意識を生まれたそうだ。さらに本書の結論として著者は百年戦争を両国を国民国家としてその後の歴史の約束事を定めた出来事として、位置づけている。
 やはり、歴史書なので、出来事の記述になる部分はあるが、黒太子や、ジャンヌダルク、などの英雄がでてきたり、著者はなかなかさめた感じで、その後の歴史解釈を分析して話をすすめていってくれるので、なかなか面白い。特に作者の歴史への対し方が顕著に伺える、「シェークスピア症候群」と題される序章は興味深い。ここでは、シェークスピアの歴史解釈によって、いかにイギリス人がこの時代の歴史を都合よく捉えて伝えてきたかということが語られている。「歴史はフィクションである」という言葉はよくいわれるけれど、著者の分析によると、イギリス人の歴史解釈はあまりにもずうずうしい話が多いので思わず笑ってしまう。
 ところで全然話はそれるが、こういう話を読んで、昔祖父と坂本竜馬について話したことを思い出した。自分の世代にとって、坂本竜馬、福沢諭吉、西郷隆盛といったところは近代史でもっとも華やかなところで、誇らしい気分になるところである。しかし祖父が小さい頃(戦中)ならった歴史では坂本竜馬なんてのは、大して重要な人物ではなく、むしろ乃木大将とかの話ばかり聞いたそうだ。戦中だから、乃木大将とかが英雄像として教えられたりするっていうのは、当たり前といえば当たり前なんだろうけど、坂本竜馬についてあまり関心がなかったというのは不思議な感じがした。そして追い討ちをかけるように、「あんなのは司馬遼太郎が有名にしたんだよ」といわれた記憶がある。個人的には祖父の好み関係(戦争経験の疑問から作家活動を始めた著者の本が祖父の好みでないのもわかる)で大げさにいったんだと思うけど、司馬遼太郎クラスになるとかなり影響力があるというのも頷けるところだ。もしかした何百年後かの作家が、この本のシェークスピアと同じように司馬遼太郎症候群などと書かれることがあるかもしれないなどと考えてみたりした。
 結論として、なんでイギリス人とフランス人同士はいがみあってるのかという疑問に対しては、本書で両国の王室のつながりの起源の時代にふれることにより、すごく納得するところはあったが、もう少し後の時代についても知りたいというところだ。
マクベス
 
ロミオとジュリエット
 いわずと知れたウィリアム・シェークスピアの著作。たぶん、高校の国語か世界史の授業かなんかで少しはシェークスピアについてはやったはずなんだろうけど、全くといっていいほど、何も知らなかった。恥ずかしい話だけど、「シェークスピアってイギリス人だったよな?」って位がそれまでの認識。
 語学学校で、先生がよく古くて形式ばった言い回しを形容して「これはシェークスピア英語だ」というような言い方をする。それも何か崇高なものの例えのかのようなニュアンスである。そんなおりストレットフォードに行くことに決めたので、その前にシェークスピア関係のものにすこし触れてみようというのがきっかけ。
 これはそもそも劇のためにつくられたものだから脚本のように台詞と、舞台説明の羅列という形で話が進んでいく。さすがにロミオとジュリエットの大体の話の流れはしっているので、すんなり読み勧められた。
 そして読み終えた時第一に、「確かにこいつはすごいかも」と思わされた。訳本だから、かなり意訳されているんだろうけど、(これだけの文章を訳するっていうのはよっぽどの大事業のように思う)それにして、ものすごい表現力。今更ながら、とんでもないやつがいるもんだなぁと思わされた。
 ところで、これが劇のために作られたってことを考えると、やはりシェークスピアの名声は劇として、評価されたはずだろうけど、これを読むと、この脚本の表現の幅の広さからいって、役者や舞台関係者が「これこそ腕の見せ所」っという気持ちになり、はりきっていい作品を作ろうとしたことも想像できる。
 あと付け加えると、本書の解説で書かれている当時の劇場に関する説明が興味深かった。解説者によると、当時の劇場は簡単にいって、1八角形の小規模劇場で台詞中心(当然マイクなし)2太陽光線の劇場(当然夜のシーンも)3ほぼ無背景4幕無し。要するに、現在の劇場と比べると圧倒的に、チンケで、屋外の即席劇場(映画:恋に落ちたシェークスピアでも見られる)見たいなものである。もしかしたらロミオとジュリエットの悲劇は太陽が燦燦と照らす中で、広げられたのかもしれないのだ。こちらにきて、いくつもの芝居を見たけれど、それらの整備されつくした音響、照明などの設備がないというのは芝居としてとてもイメージがわかない。
 もし全く同じ条件で今同じ芝居をしたら?と想像してみると、とてもじゃないけど、まともなものができると思わない。それだけ過酷の条件で演じられる役者もいないだろうし、これだけ少ない情報力で想像力を膨らませて芝居を楽しめる観客もいないと思う。
 大昔と今を比べて、それらに大きな違いがあるのは当たり前だけど、「ロミオとジュリエット」を映画としてみて育った人間として、同じお話を昔の人がこういう環境で楽しんでいたというのを、想像してそこから見える両者の違いを比較するのは面白かった。
ローマ人の物語6 パクス・ロマーナ
オクタヴィアヌスをひ弱な青年として軽視していたアントニウスであったが、クレオパトラに溺れ、国民に見放され、ついにはオクタヴィアヌスに敗れてしまう。そしてここからが長いオクタヴィアヌス(以下、尊称アウグストゥス)の時代が訪れる。彼は若干35歳で最高権力者にのぼり、77歳までその地位にいた。そしてその長い治世の間、カエサルが示した帝政への流れを磐石なものにしていった。しかもきわめて巧妙なやり方で。
権力の座につくやいなやなんとアウグストゥスは共和制の復帰を宣言する。元老院はもちろんこれに狂喜するわけであるが、その影で、事実上の帝政の礎をどんどん気づいていった。それは本当に絶妙に人間の心理を操り、ホンネと建前をうまくわけた。彼は、彼自身自らにはカエサルのようなカリスマ性はないこと(彼が舞台に登場してきた年齢を考えれば無理もないが)や体が弱いこと、軍事司令官としての資質がないことを十分に理解していた。しかしそれがかえって、マエケナス、アグリッパといった人材の積極的な登用、元老院、民衆に対する巧みな心理操作といった知恵を生み、彼をこれ以降長く続くローマ帝国の基盤を作る人間たらしめた。
そんな天才としての評価をうけるアウグストゥスであったが、彼は一個だけ、失敗を犯した。それは北東の防衛ラインについてである。彼はカエサルがライン河と定めた防衛ラインをエルベ河にまで広げようとした。これは防衛ラインの短縮という目的があったのだが、度重なるゲルマン民族との攻防の末失敗に終わってしまう。アウグストゥスにガリアを平定したカエサルの後継者としての対抗心があったかどうかは推測の域をでないが、帝政を進める上で、民衆にアピールできる自分の手柄を欲したことは間違いないだろう。
ともあれ、あれよあれよという間に帝政を規定路線にしていったアウグストゥスは後継者問題にも極めて熱心に取り組んだ。その際、彼は血筋にとことんこだわり続けたが、孫達の死をはじめ、娘ユリアとティベリウスの政略結婚の失敗とことごとくその施策は崩れる。その結果、一時は断絶状態にあった実力者ティベリウスを呼びもどし、本命ゲルマニクスへのつなぎながれも後継者と定めることとなる。
ローマ人の物語5 ルビコン以後
 ルビコン川を渡る以前まで、カエサルは現体制への改革派ではあったが、決して国法を破るようなまねはしていない。むしろ彼は、元老院最終勧告の合法性を問うなど、愚直なまでの、法の遂行者といえるだろう。しかし、ここでカエサルは決断する。スッラが決めた法によると、軍を率いる司令官はローマに入る前に軍隊を解散することが義務付けられており、北の境界線はルビコン川と規定されていた。それをついに、カエサルはやぶり、ともにガリア戦没を戦い抜いた兵士達とともに南下する。それまで常に正攻法で来ていたカエサルにとって、これはためらいをともなう決断だったかもしれないが、きっと、見通しに確信をもったのだろう。まさに犀が投げられたのである。そして結果としては、ほとんど血を流すことなく、カエサルは、イタリア全土とスペインを手中にするのである。その後ドゥラキウムでは最後のライバルであるポンペイウスに敗れるものの、ファルサルサスの会戦で劇的な勝利を果たし、名実ともに、ローマ世界の絶対的な存在になる。
 ここで注目したいのは、カエサルはガリヤ戦没時のジェルゴヴィアでの敗退、そして今回のドゥラキウムでのは敗退と、必ずしも常勝将軍ではなかったのである。しかしジェルゴヴィアの時はアレシア攻防戦、今回はファルサルサスと確実にその借りを返すのである。倒れることああってもただでは起きてこない。カエサルがまだ若い頃、スッラから逃げるために、地方を転々としていう。その頃の資料は、カエサルの死後、神格化に都合が悪いということで、オクタヴィアヌス(アウグストゥス)に破棄されてしまっているが、その苦難を乗り越えた経験が、敗戦後には先を見続ける冷静さと、精神的余裕の大きさを作ったのかもしれない。
 また、子飼いの10軍団のストライキに対し方、ドラキアム敗退後の兵士への対し方は、理想のリーダーとしての姿が垣間見えおもしろいエピソードだった。
そして何より、著者の、
「カエサルは一つのことを一つの目的のためだけにはやらなかった。」という描写がカエサルの人並みはずれた先見性を示しているだろう。
 しかしそんな絶対的権力を握ったカエサルも、3月15日元老院議場で暗殺される。王政にアレルギーを持つ共和政化のローマでは、絶対的権力者がでてくると、常に元老院派の
カエサルは共和制の限界を見、その先の新たな国家像を描いていたが、その思いも元老院派の恐怖を買う事であり、結局は道半ばで倒れてしまったのである。
とはいえ、世論に絶対的な人気を誇っていたカエサルの暗殺は暗殺側の窮地に追い込むことになり、ここからは、その後継者候補であるアントニウス、オクタヴィアヌス、そして、アントニウスを誘惑することで、関わってくるクレオパトラの時代が訪れるのである。
ローマ人の物語4 ルビコン以前
 恐怖政治を招いたスッラの処罰者名簿にはまだ10代のユリウス・カエサルの名前もあった。しかし、名門貴族ユリウス家の唯一の跡取りであり、まだ政治的活動を何もしていないということで、周囲のものが計らい特別に除名をうける。その時スッラは「あの若者の中に100人のマリウスがいる」とはき捨てたそうだ。そしてそのカエサルは、考えていた国家像は全く違えど、マリウスと同じ民衆派として、のし上がっていくことになる。この巻はこのカエサルにのルビコン川を渡る以前までの半生を中心に話がするんでいく。
 18歳でスッラの離婚の勧めを断るところからはじまり、ルビコン直前まで、カエサルには強力な哲学を感じる。元老院体制への挑戦。その極めて、巨大な難問に対し、極めて正攻法でぶつかっていった。その一見無謀な挑戦を可能にしたのは、疑いなくカエサルという人間の能力による。それは、マスコミの重要性に直目しガリア戦記を発行するなどの、政治家的能力の高さ、またカティリーナな裁判での演説(元老院最終勧告の合法性を問う)や、戦場での総司令官としての指揮能力全ての面でリーダーに求められる資質をもっているといえるだろう。
 ここで特に面白かったのは、カエサルの金に対する接し方である。カエサルがまだ政治家として芽が出る前、借金の大きさと、プレイボーイという面では先に名前がしれていたそうだ。実際カエサルはガリア戦没以前までは、ずっと莫大な借金を背負っていたそうだ。そしてその最大の債権者は政財界の実力者クラッススであった。借金が大きくなると、逆に債権者が強くなる。これは確かに納得する。現代でも不良債権王ダイエー、そしてそのダイエーからの損失が莫大すぎて後にひけず、無理心中のUFJ。まさに同じ構図といえるだろう。そしてカエサルの場合はそれを3頭政治にまで結び付けてします。実に要領がよくつぼを押さえている。元老院では少数派であるカエサルが主導権を握るためには、最短でもっとも効果的なやりかたである。カエサルには誰を抑えておけば、全体の主導権を握れるのか?そしてどうすれば民衆の支持を維持できるのか?どうすれば自分の兵士を意のままに操れるか?という事を完全に見透かしていた。そしてそれは全て壮大な国家改造プロジェクトに帰結しているのである。
 ここで印象的だった、『カエサル氏のビジネス』という本の引用を乗せておく。
「あの人が金の問題で訪れた連中相手にどう対するかを眼にするたびに、わたしの胸の内は敬意でいっぱいになるのだった。それは、あの人が金というものに対してもっていた絶対的な優越感によるものだと思う。
 あの人は金に飢えていたのではない他人の金を自分のものにしてしまうつもりもなかった。ただ単に、他人の金と、自分の金を区別しなかっただけなのだ。あの人の振る舞いは、誰もがあの人を助けるために生まれてきたのだという前提から出発していた。わたしはしばしば、金に対するあの人の超然とした態度が、債権者たちを不安にするよりも、彼らにさえ伝染するさまをみて驚嘆したものだ。そういうときのあの人は、かの有名なカエサルの泰然自若、そのものだった」
これは小説であるが、実によくカエサルの人間像を描いているような気がする。金をここまで手段と割り切れる人間はそうはいないだろう。
ローマ人の物語3 勝者の混迷
 ポエニ戦没を経て、名実ともに地中海の覇者になった、ローマに訪れたのは、国内の混乱であった。ポエニ戦没という非常事態は元老院勧告を実質的な政策決定機関にしてしまった。またシチリアからの小麦の輸入による、自給の必要性の低下、および経済領域拡大による騎士階級と呼ばれる商業階級の台頭など、経済構造の変化は戦争に勝ったにも関わらず、中産階級を減少させ、貧富の差を急激に広げる結果を招いた。そしてこのような状況は結果として市民対貴族という構図をつくることになってしまう。
 このような情勢から、この巻の前半では市民の代表する役職として設けられた護民官を勤めたグラックス兄弟が主人公として描かれている。ここで注目すべきは、市民の利益誘導の最もたるものとして上げられる「農地法」である。これにより、兄ティベリウスは裕福階級の農地借りまくりの状態をただし、無産者および失業者の救済を図った。この「農地法」はその有効度を証明する結果を生むが、それを見る前にティベリウスは、同僚護民官の解雇勧告という強引な政策が元老院派の反発を買い、ひょんなことから殺されてしまう。弟ガイウスも兄の意思を引き継ぎ、元老院の陪審員独占の解消、ローマ市民権の拡大と元老院の既得権益と戦うが、結局は初の「元老院最終勧告」という超法規的措置により葬られる。このようにグラックス兄弟は共に道半ばにして殺されてしまうわけであるが、彼らが提示した問題意識は、その後も根本的な課題として残り続けるのである。
 そしてここからは、主人公はマリウスとスッラに移る。カルタゴ滅亡の勝将であるスキピオ・エミリアヌスにも武将とし能力を認めれたマリウスが先に舞台に登場する。平民層出身である彼は、執政官として、グラックス兄弟のあとをつぎ、支持基盤である市民層の利益誘導をしていく。そして、非意図的であったようだが、同盟国ヌミディア王国で起こったユグルタ問題を契機に、軍隊を志願制に、職業化することによって失業者の軍隊吸収という解決法を示した。
 その間同盟者戦役、ミトリダス戦役を経て、スッラが登場してくる。そしてここからはスッラ処罰者名簿に代表される民衆派マリウスと元老院派スッラの激しいやりとりが繰り返される。しかしマリウスの死後は、ミトリダス戦没での勝利の勢いに乗るスッラの独壇場になっていく。敵なしの圧倒的権力を手に入れたスッラは、独裁官になり、スッラの理想である、元老院に象徴される少数寡頭制による共和政体の再建にひたすら尽力し、改革を終えた時点で、驚くべき潔さで隠居する。しかしそれはスッラ体制の崩壊のスタートを意味することになる。しかもそれはここからの主人公の一人であり、スッラの弟子であったポンペイウス、クラッススによってなされるのである。
 ここのあたりで一番強烈な個性を放っているのは、やはりスッラである。自信を「幸運な男」と称した通り、生前に自分の野望を全て果たした男である。結果として歴史は彼の改革を否定することになるのではあるが、エピソードが示す、彼の人物像は実に魅力的だ。例えば、ミトリダテス6世との講和交渉で、有無を言わせず、イエスと言わせたエピソードは勝負師的な底知れない懐の深さを感じさせられた。政治思想とかを除けば、彼の生き様は正に男なら誰もが憧れるようなものかもしれない。
ローマ人の物語2 ハンニバル戦記
 ここでは、ローマとカルタゴの間で行われたポエニ戦没の期間が扱われているけれど、そのほとんどはカルタゴの名将ハンニバルを中心に話が進んでいく。
 当時もはやイタリア半島では第一の勢力になったローマは、ふとしたことからシチリアでカルタゴと衝突する。それが第一次ポエニ戦没であり、ローマの勝利に終わる。
 その後、第一次ポエニ戦没で苦渋をなめたハミルカルをはじめとするバルカ一族はスペインに移り住み、そこでカルタゴ本国とは別の勢力を広げる。しばらくすると、ハミルカルの子ハンニバルがローマへの雪辱を期し、大軍を引き連れ、スペインの境界線であるエブロ河を越え、ついには前人未到のアルプス行軍を経てイタリア半島に侵入する。マケドニアの名将アレキサンダー大王から受け継いだという、騎士団を有機的にいかした戦法で、ハンニバルは、ローマ相手に、しかもその本国で破竹の勢いで勝ち続ける。しかし磐石なローマ連合により、倒しても倒しても新たに現れるローマ側の攻勢に、結果としてはアフリカ本土に撤退を余儀なくされ、最後はザマでスキピオに惨敗を喫す。
 たった一軍で、強大なローマに対するハンニバルの活躍は痛快だった。特にローマの思惑とは裏切り、アルプス越えを果たしたり、策略で、ローマ軍を奇襲するトレッビア、見事な戦術で、ローマ軍を包囲したカンネあたりは、興奮をした。
 スペインに移る際に、父ハミルカルに、生涯ローマを敵とすることを誓わされたというエピソードに始まり、シリアに亡命してまで、対ローマ戦略をシリアの王に進言するというところまで、一つのことに、全エネルギーを傾けた人間の、恐ろしいまでの、すごみを感じさせられた。この本の描き方として、ハンニバルは間違いなく、名将だったが、よい統治者であったかというと、そうではなかったという視点にたっている。実際、南イタリアを勢力にいれ、守るものができたとたんから、ハンニバル全盛時代は終わる。義経の場合もそうだったようだけれど、ハンニバルも、戦う前に恐ろしく気前のいいことをいっていたようだ。戦場という特殊な場所では兵士を狂気させるために重要なことだろうけど、長期的視点にたつと後始末が大変そうだ。このあとでカエサルという統治者、司令官と、両面で優れた人物がでてくるけれど、そういう人物は極めてまれのようだ。
ローマ人の物語1 ローマは一日にして成らず
 知力ではギリシャ人に劣り、体力ではガリヤやゲルマンの人々に劣り、経済力ではカルタゴ人に劣るが、自分達ローマ人である。とローマ人を自らが認めていた。そんなローマ人だけがなぜあれほどの大を成したのか?そんな疑問からこの作品は、出発する。
 この巻では、おもにロムルスから始まる、創成期における王政時代からブルータス以降の共和制への移行。そして、ローマを語る上で不可欠なものとして、ギリシアが紹介されている。
 このあたりは、特に歴史的にドラマティックな部分があるわけではないのだけれど、ポリビウス、プルタルコスなどのローマ人と同時代のローマ研究者のその後のローマの繁栄への分析の紹介や、塩野さんの冷静な視点からの分析が面白い。
 例えば、塩野さんは王政の章を、一人の王が統治したというだけで、否定的に評価する向きを否定し、共同体の初期のうちは中央集権的である方が効率が良い。というようなことを述べて結んでいる。まさにその通りだと納得したし、そういう一歩はなれたところからの、視点で話が繰り広げられてくれるから読みがいがある。
 また法律明文化の流れを前に、ギリシャ視察に送られた3人のローマ人の心境を、「ペリクレスほどの人物をもって始めて機能する民主政体にシステムとしての弱点をみたのではないか。」と述べ、その後に当時の歴史家であるツキディデスの「概観は民主制だが、内実はただ一人が支配する国。」という言葉の紹介するあたりは、ある意味本質をとらえてるような気がして、思わずうなってしまった。
あとペリクレスとソクラテスの比較で、
「民衆の認識能力に夢を抱かなかった政治的人間と、反対にそれを高めることに生涯を捧げた、哲学的人間の違いかもしれない。」
という表現もとても印象に残った。
バカの壁
 東大医学部教授を長年務めた養老孟司氏の、現代人の脳みそに関する話をまとめた本。
 話をまとめたものなので、随筆のような軽い感じの雰囲気の内容であった。著者は解剖から医学に携わってきた人物だけあって、モノの考え方が極めて科学的、物質主義的だ。事実だけを追い求める観点から「人間には限界がある」「個性なんてラッキョウの皮むきだ」などという一見危険な本当(彼のいう通り100%本当なんてことは存在しないけれど)のことをばんばん言ってしまうところが痛快だった。結論自体はそんなに新鮮な考え方でもないだが、医学的見地から説明されると、今までなんとなく思ってたことが、時にものスゴイ説得力を持って感じられた。医学者というと一日中解剖をしたりや顕微鏡を眺めたりしているイメージがあるけれど、この本の内容は脳からオウム、ピカソ、教育、経済の話まで幅広く語られており、一流の科学のものすごい応用力の高さを感じさせれた。やはり科学は偉大である。
 昔、性に関する医学書を読んだ時も感じたけれど、医学の話はとても発展性が高く面白い。脳みそやサルについて改めて強い関心を持った。またこの手の本を読んでみたい。
国盗り物語2
 さて城主にまでのぼりつめた庄九郎は、美濃の実力者長井籐左衛門との戦いから一度は決定的な窮地に追い込まれながらも、ついには美濃の王にまでなる。これが後に「蝮の道三」という異名をとった斉藤道三だそうだ。
 「蝮の道三」という異名からは権謀術数に長けた智将がイメージされる。確かに一介の牢人から急激に勢力を拡大していく様は蝮という響きよくはまるし、実際そういった類の政略をやらせたら、相当なものだったろう。しかしどうやら庄九郎はそういった人物ではなかったようだ。端から、特に既得権益を持つ旧勢力や、ライバルである近隣諸国から見れば、蝮に見える庄九郎も、領内の農民や家来にとっては絶対的な人気があったそうだ。楽市、新しい戦法、新しい築城術どれをとっても当時の常識からは強引で無茶苦茶なようだが、理にかなっている。だから国は豊かになるし、当然人気がでる。
 一見奇抜なようでも、その結果が見えている庄九郎の中では全て王道というわけだ。だから智謀を使って小利むさぼるような事はない。そうでなければ牢人から国主まで上り詰めるなどという偉業はなされなかったであろう。
 私はそんな庄九郎という人物から、現代通信業界の異端児ソフトバンク社長孫正義をダブらせた。彼の講演テープを聴いた時もまた革命児を感じさせられた。彼の生き様も常に常識とのぶつかり合いだった。そして今のところ未曾有の成功を収めている。孫は今、adslでNTTという通信業界の巨人に挑戦を挑んでいる。光ファイバーを先に控えadslが繋ぎと見られるている今日において、無料で端末を配るという革命的なシェア拡大戦略は、多くの人々にとって無茶苦茶に見え無謀という意見が根強い。
 しかし、もしこの一見リスキーで危ない橋を渡るような政策がNTTの牙城を崩し、ソフトバンクの絶対的地位を確立するチャンスなのであれば、これ程の王道はないだろう。根拠はないが、最近の孫の言動を見ているとそんな確信さえ感じさせれる。孫も庄九郎と同じように、常人には見えない王道が見えているのかもしれない。いやもしかしたらこんな風に思わせる事すら彼の戦略なのかもしれない。そんなことを考えさせられた。
国盗り物語1
 戦国時代「蝮の道三」と呼ばれ恐れられた武将、斉藤道三(以下別名、庄九郎)について描かれた著書。
 物語は戦国時代初頭、あの織田信長が生まれる少し前の時代から始まる。なんと出だしでの庄九郎は一介の牢人である。戦国の風雲の中で「国盗り」を決意し還俗したのだ。身分もなければ金もないゴロツキである。ただあるのは、妙蓮寺(当時最も権威のある寺で、今でいう東大のような存在だったらしい)で「知恵第一の法連房」と呼ばれた才知と己への絶対的な信仰である。
 しかしこの激動の時代でのし上がっていくには、それだけで十分だったようだ。出身を金で買う(当時はまだ、血への信仰が強かった)ところから始まり、京の油商を乗っ取りあっという間に、美濃国主の腹心にまで上り詰める。その目まぐるしい変転振りは、読んでいてあきれる程だ。しかもそれが、必然的だと思わせられる程の人物として庄九郎が描かれているので、危うささえ感じない。
 まだ神への畏れが強かった時代、自分こそ絶対的な正義とし、神を毛ほども畏れない庄九郎は、人々の信仰を徹底的に利用した。一度は神仏の世界を知り尽くした男だけに、神仏を極めてドライに捉えることができ、信仰という観点から当時の人間の性質を知り尽くしていた。この当時の人々の行動を大きく左右した「神や血に対する信仰」という部分を、ある意味超越していたという点に、庄九郎の革命児としての思想のキーがあるように思う。
ザ・エクセレントカンパニー
 カップラーメンメーカー東洋水産のアメリカ法人マルちゃん(MARUCHAN.INC)のアメリカ進出をモデルとした経済小説。異文化コミュニケーション、セクハラ、ユニオン、特許訴訟などテーマが盛りだくさんの内容で最後までのめり込んでしまった。視点の持って行き方がうまいので、本の世界の中の熱い人間ドラマ、ビジネスの生ナマしさなど臨場感が伝わってきて、高いテンションで楽しむことができた。
 モデルとなった企業(本の中での企業名は東邦水産)は典型的な日本的経営を貫く企業であり、そのような企業のアメリカ進出を描いているので、アメリカと日本の風土の違い、日本的経営、日本的雇用のメリット、デメリットが浮き彫りになり、とても興味深かった。今日の市場原理主義が大きく取り上げられ、日本的経営の見直しがうたわれてる流れに違和感を持っている私にとって、この本で描かれているモデルは共感を呼ぶサンプルであったため、よりツボにはまったのかもしれない。
 あとがきに、同著で本書と反対の視点で描いた「ザ・外資」という本があることが書かれていたので、今度読んでみたいと思った。
義経(下)
 義経はどんどんと奇襲を成功させ、信じがたいほどの戦功を挙げていく。彼は、戦いの美徳として正面から正々堂々とぶつかり合うことが常識とされる時代に、奇襲を戦法として確立した。これは当時の常識を破るといういう意味で、敵はもちろんのこと味方ですら、欺かれるほど型破りな発想であり、その効果は絶大であったわけだ。その後、中世における戦国時代の戦においては「いかに相手の虚を突くか」ということは戦の常識となるが、そういう概念がない時代にこのような新しい発想を持ったという意味、義経は天才だったといえるだろう。
 そんな戦の天才であったのにもかかわらず、義経は僅かな栄華とともに悲劇的な最期を送るにいたった。なぜならば、義経は絶大な人気と武将としての無敵の強さ誇ると同時に、政治家としては極めて無力であったからだ。維新期の英雄、西郷隆盛も薩摩落ちした以降そうだったように、人気や実力が政治的権力に伴わず増殖した時、その存在は周りによって宙に浮いてしまい、すぐに現実によってズタズタに打ちのめされてしまう傾向があるようだ。
 彼は神経過敏と表現されるほど、感情量にあふれた人物であり、感情を中心に行動き、ちょっと離れたところで物事を見る冷静さを持っていなかった。これが先に述べた彼の政治家の無力さであり、天下を制するものとしては、重大な欠陥であった。しかし逆に言えばこの政治家としての重大欠陥がゆえに、彼の戦での神がかり的な力に磨きがかかったと思う。なぜならばこの時代の武士間の主従関係は荘園管理による、極めてドライな契約関係をもとに成り立っていたため、戦のような特殊状況において部下を「いかに命知らずにさせ死に物狂いで戦わせるか」ということは武将にとってはとても難しい命題であり、そうしたなかで義経の溢れんばかりの感情量、その尋常ではない育ちから生まれた一途な復讐への使命感というものが、兵士を鼓舞し火事場の馬鹿力のようなものを引き出すことにとても役立ったと思うからだ。
 私が想像する限り、戦のような無数の命のやり取りが行われる、すさまじい緊張感のなかでは、多少の人数の大小より、士気などという感情レベルによって勝敗の決定付けられる可能性が高かったように思え、そういう意味でも義経の政治家としての欠陥が義経の武将としての価値を高めたといえると思う。
 最期に少し触れて起きたのが、この作品の終わり方である。普通義経というと頼朝に追われ各地を転々と逃げ回った話や弁慶との主従関係の話が有名である。しかし本作ではそうした部分にはあまり触れられていない。こう書くと、一見物語的なドラマッティクさに欠けるのではないかと思うかもしれない。しかし本作は時代背景をしっかり描きつつ物語が進展していくため、返ってその時代の中での義経像が強く浮かび上げリアリティをもって、描くことに成功している。
 本作は、源義経という極めてバランス感覚に欠けた傑人の人生を追うともに、同時代の源頼朝、源義仲、源行家、平宗盛、後白河法皇など、個性的な面々との比較ができ、様々なゼネラリストの本質が浮き彫りにしやすく、ケーススタディとしてとても興味深かった。
義経(上)
 本書は源義経の生涯を綴ったものである。義経といえば、まず「判官びいき」という言葉を思い出す。この言葉は現代でもしばしば用いられるものであり、義経の特別な人気の高さを表している。実際、私自身も歴史の授業などからこの時代に対し、英雄「義経」悪者「頼朝」といった印象をもっていた。しかし歴史的には義経は悲惨な最期を送り、一方頼朝が鎌倉幕府は打ち立てたのは事実である。こうした人気とそれと一見相反する悲惨な最期という数奇な人生を歩んだ義経を追うことは、私自身が漠然と感じている「判官びいき」という言葉が象徴する日本人独特の気質を紐解く意味とてもエキサイティングだった。
 ところでこの上巻部分では義経の幼少期から始まり、終盤部分でやっと頼朝の配下として初合戦の木曾義仲討伐に向かうところまでが描かれている。この時点では義経に先に述べたような人気は当然ない。ただここまで読み進めていくなかで、驚かせられたのが、この時代の血に対するあくなき執着心である。義経の思ったら行動せずにいられない気質は幼少の時からのようで、少年時代にすでに寺を抜け出し放浪の旅に出る。無茶な行動だと思いきや、どこにいっても(特に当時夷狄として卑しめられた坂東、奥州地方で)平家全盛の時代にもかかわらず、清和天皇のながれを汲む源氏の血を引くものとして、それなりの待遇を受けるのである。そしてその土地々々で有力な豪族達がこぞって娘を夜伽に差し出すほどなのである。この辺のこだわりの強さは現代から見て異様であり、また当時の日本列島全体での力関係、民族関係が浮き彫りになりとても興味深かった。
最後の将軍
 私は最近、同著である「竜馬が行く」を読み明治維新の英雄といわれる坂本竜馬について触れる機会があった。明治維新は日本近代史における最も華々しい事件であり、坂本竜馬という人物はその革命派の立役者として歴史に名を残した人物である。彼の人生を追う過程はその人格、業績の壮大さからとてもすがすがしさを感じるものであった。私はそうした革命派の側面に触れるなかで、自然逆の立場である、体制側というものに対しても、とても関心を持った。
本書は、その体制側の長である徳川幕府最後の将軍、徳川慶喜の生涯を綴った小説である。意外なことに、滅びゆく体制の長は、歴代で最も有能な将軍とまでいわれた人物で、頭脳明晰、多芸多才の人物だったそうだ。しかしそれほどまで有能とよばれた慶喜が大政奉還、江戸城無血開城という革命のクライマックスを、大した抵抗もせず、受け入れたのも事実である。そんな慶喜に対し、福井藩主松平春嶽は「あの人には百の才智があって、ただ一つの胆力もない」と評し、大政奉還の立案者坂本竜馬は大政奉還後「よくも断じ給へるものかな、予、誓ってこの公のために一命を捨てん」と述べたそうだ。
 本書はこの謎に満ちた慶喜像というものに対し、「本来の貴族」という視点を中心に巧み描いており、読むものの想像力を強く掻き立ててくれた。
竜馬が行く5
阿房列車
 阿房列車とはその名の通り、阿房のようにふらふらと出発する汽車である。阿房列車には決して用事はない、だから行き先も気の向くままである。「私」は時々思い出したように阿房列車に乗り込み方々へ出かけていく。それは時に大阪であったり、鹿児島であったり、東北方面であったりと日本中汽車の行ける所へはどこにでもやって行く。「私」はどうやら著者に似た高名な作家で、彼はとても汽車と酒を愛する男である。列車の中はもちろん、行く方々で酒を食らうわけである。一言でいえば、乗りたい汽車に乗り飲みたい酒を飲む、これがこの列車旅の目的のほとんど全てである。本書はそんないくつかの旅がまとめられたものである。こう書くと一見退屈でくだらない感じがするかもしれない。実際高尚な教えを含むありがたい本だなどというつもりは毛頭ないが、これがかなりおもしろいのである。「私」は実に我が儘かつ無邪気なジジイなのであるが、どこか憎めないところがあり、その心のやり取りが実に滑稽で、思わず声が出てしまうほどのおかしさが全編にわたって繰り広げられるのである。本書は一見阿房列車のように思いつくままに適当に書かれているようだが、常に確信犯的に読者を意識し楽しませてくれる名作である。今回の作品には読書自体の楽しさを存分に味合わせてもらえた。
竜馬が行く4
 この頃の竜馬になると、その行動のほとんどが勝との関係を中心に事が運んでいく。というわけでここでは竜馬と勝の関係について少し触れてみたいと思う。そもそも勝海舟という人物は、この当時軍艦奉行並みという役職についていた位なので、幕府の中でもかなりの要人であり、時の将軍家茂にも随分頼りにされていたようである。一方竜馬は武士の中でも最下級である足軽の1つばかり上の階級である郷士の出であり、しかも当時は脱藩浪人の身である。身分どころか、要するに今で言うところの亡命者みたいなものである。この身分の違いは、江戸太平の時代の中では両者が接点を持つなどということは考えられない程のものであった。しかし勝は竜馬を人物と見込みことの他かわいがった。そのおかげで竜馬は勝を介して様々な事を学び、様々な要人との人脈をもつことができた。勝に出会う以前の竜馬も、その特異な英雄の貌から類まれなる人望、器を兼ね備え、幕末の動乱の中で名をはせる存在になる資格を持っていたといえるだろう。実際勝に出会わなくても竜馬は幕末の歴史に名を残す稀有な存在になっていたと思う。しかし現実のところ勝との出会いが、それまでの実態のないフワフワした維新史の中での坂本竜馬という人物の存在に対して、少しずつリアリティを持たせるきっかけを与えたのは間違いないようである。
竜馬が行く3
 ここまできてやっと竜馬は、後に彼の人生を飛躍させるターニングポイントともいえる、幕府高官勝海舟との出会いを果たす。そのエピソードはとても運命的なものでとても興味深いものである。そしてこの出会いは、竜馬のその後の人生を決定的に方向づける偉大なきっかけとなっていくわけであるが、ここではちょっと本筋からは脇にそれて竜馬の剣客としての側面について触れたいと思う。竜馬が維新中政治的に偉大な業績を残したことは言わずものだが、彼は同時に偉大な剣客でもあった。そもそも始めて江戸に出てきたきっかけは剣術修行であったわけだし、当時剣術の3大流派であった千葉道場の塾頭まで勤めた男である。当然名人でありそんな若き日の彼には常に血の気がまとわりついていた。竜馬は決して好戦的な男ではなかったようだが、物騒な時節柄か節々に闘いの場面が繰り広げられる。それはある時は大勢相手であったり、ある時は辻斬りのようなものであったりといった具合で、しかもその描写はとても臨場感があり、読むものにまで緊張感と刺激を楽しませてくれるものである。本書は明治維新という歴史的事象のある1面をとても細やかに描いた不朽の大作であるが、同時に漫画好きの少年の心をくすぐるような面白みも一杯に詰め込まれたの名作である。
竜馬が行く2
 書中で竜馬は常々「もし自分が太平の時代に生まれていたなら、町道場を開きそれなりの嫁をもらいという極々平凡な人生を全うしていただろう」といっている。確かに竜馬は当時の人々からみれば天変地異ともいえる「黒船来襲」という幕末史の一大ビックイベントに遭遇するまでは着実にそんな人生を歩んだ。しかし黒船ともに訪れた風雲急の時代は竜馬を幕末の英雄への道を運命付けることになる。そして竜馬自身もしだいにそのような時代に生まれた運命を受け入れ、漠然と大志を抱くようになるのである。これは何も竜馬に限った話ではなく当時の気概のある男児には皆このような気運が盛り上がっていたのである。ここに黒船来襲がいかに当時の若者の世界観をかえる程の刺激的な出来事であったかという事が垣間見られるだろう。といったところでこの頃の竜馬は無学無知、あるのは剣の腕のみである。自分でも何をしていいのかわからない。一方で盟友の武市半平太、桂小五郎などは桜田門外の変などで盛り上がる風雲の波になりどんどん歴史の表舞台へ出ていく。しかし竜馬はというと相変わらず剣術、旅、酒中心の暮らしで、今で言えばヤクザの大親分にでもなるんじゃないかというような有り様であるわけだが、この差が結果的には希代の英雄を形作る因果になると思うと、些細なエピソードが実に感慨深くおもしろい。
竜馬が行く1
 6年ほど前に本シリーズは一度読んだことがあるだが、改めて読みはじめ私はすぐに夢中にさせられてしまった。この一巻に書かれている内容はというのは、竜馬の19歳から23歳までの成長が描かれたもので、その後の彼の人生からみればまさに序の口の段階である。剣客の世界では多少名前が売れてきてはいるが、所詮はいまだ一介の郷士である。しかし本書は実に細やかなエピソードから成り立っており、すばらしいリアリティを感じさせてくれる。そのため主人公が特に歴史的大事をなさない段階にもかかわらず読者を引き込み、気がつけば主人公竜馬をものスゴイ親近感をもってみさせてしまう力を持っているのである。大体この手の趣を持つ書がこういう性質を持つのは当然であるが、この書のそれはずば抜けているだろう。それはまさにこのような緻密な人物描写によってのみなされるものであり、著者のこれらの莫大な情報量をまとめる労力を考えると改めて感嘆させられ、感謝の念にかられる思いすらする。