2002/10/24 NIKKEI NET
政府「拉致被害5人は離日させず永住へ」
政府は24日、朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)から帰国している拉致被害者5人について、日本への永住を前提に今後も北朝鮮に返さないことを決めた。同時に北朝鮮に残る被害者の家族全員の安全確保と早期帰国の実現を強く要求。29日に始まる日朝国交正常化交渉までに家族の帰国日程が確定できなければ、同交渉の最優先議題とすることも決定した。
今回の拉致被害者一時帰国は改めて国家と個人の関係を考えさせられるものだった。24年ぶりの家族との再会。それはとても感動的瞬間であった。しかしそうした個人的感情とはかけ離れたところで国際関係の情勢は動いていく。日朝会談、日朝国交正常化交渉再開と対北朝鮮の小泉外交は目覚しい成果をあげ、この程拉致被害者家族の念願であった、一時帰国というところまでこぎつけた。そして今回また一歩前進し、一時帰国している拉致被害者5人の永住帰国それにともなう家族の安全確保、早期帰国を北朝鮮に要求することが決まったのだ。そもそも拉致というものは完全に主権侵害であり、国家としてこのように毅然とした態度で望むことは当然のことである。
しかし拉致被害者本人たちをみると。なんともいえないやるせない気持ちになる。確かに彼らは24年前、拉致され強制的に北朝鮮に連れて行かれた。しかしどのようにしても24年前にはもどれないのである。彼らは拉致されながらもそこで仕事をし、家庭をもっていたのである。確かに北朝鮮は深刻な経済状況であり、貧しい国である。しかし彼らの生活はそこで成り立っているという事も事実なのである。彼らが日本に永住帰国ができるとなれば、国としてしっかりとした生活補助等を行っていくことは当然であるが、それにしても24年間あのような閉鎖的な国で暮らしていた人々があの年からまったく環境の違う日本で暮らすということは、本当に彼らにとって幸せなのかという疑問を抱く。特に彼らが向こうに残した子供などは生まれながらにして、北朝鮮の金正日体制の教育を受けているわけで、そんな彼らが突然日本人になれと言われたら精神的なショックは計り知れないだろう。現にこの北朝鮮による拉致被害者と同様に日本に帰国した中国残留孤児らの多くは急激な環境の変化からか、精神的に追い込まれ、ノイローゼなどになっているケースを少なくないという。こうした彼らの実情を踏まえ今回のケースを再考してみて、私は正直にいって彼らの永住帰国に諸手を挙げて賛成はできない。もちらん彼らがそれを望むならばなんとして実現すべきであるが、彼らに北朝鮮に戻りたいという意向があるならば、しっかりと彼らの意向を反映させてほしい。確かに国として拉致された自国民をわざわざ拉致した相手のところに返す、という事実の側面だけとらえれば極めて愚劣な行為であり、国としての機能の本質に関わる深刻な問題である。また実際国家がこうした、いわゆるマイノリティである人たちの苦しみのもとに成り立っていることは当然なのではあるが、今回のケース関しては、マスコミも政府の対応も、余りにも被害者本人に対する配慮に欠けているように見え、そうした状況をとても苦々しく感ぜられた。夢をみて、彼らが両国の行き来を自由にできるようになれば、それが一番いいのだが、現実問題として核問題により状況が悪化している今、外交の弊害を最小限にとどめるためにも、もう少し彼らの実情をクローズアップして考えていくべきだと思う。
今回の記事は国家という存在を支える、何百という人々の血と涙を改めて意識させられるとともに、24年間という長すぎる時間の重みを痛感させられた。いち早く両国の自由な行き来がなされ、こうした悲劇が繰り返されないことを望む。
2002/10/18 日本経済新聞5面
ダイエー再建へ信用補完
ダイエーの経営再建を支援するため、日本政策投資銀行は17日、UFJ銀行など同社の主力取引銀行3行と共同で600億円規模の債権ファンドを設立すると正式発表した。政策投資銀が100億円を出資する。売り上げが伸び悩むダイエーは、どうファンドを引き受け先とする増資をテコに、不振の売り場改廃など営業改革に加速を迫られる。
ダイエー問題は一企業の問題として扱うことができない。現在の世論の常道からいけばつぶれるべき企業がつぶれるのはやむを得ない、という論理が一般的である。しかしこのダイエー問題に関しては誰もその論理を口にすることができない。「痛みに耐えて」が合言葉の小泉政府の面々もこの問題となると一気にトーンダウンしてしまう。それほどまでにこの問題は深刻なのである。
なにしろその規模が半端ではない。ダイエーが破綻するとなるとその影響は計り知れず関連するメーカー、卸業者に連鎖的に波及することはいうまでもないが、何より懸念されるのは銀行への影響である。ダイエーは約3兆円近い有利子負債を抱えておりみずほ、UFJ等の主力銀行への影響は極めて甚大である。このような事態を想定するならば金融危機はさけられず国有化という議論も現実味を帯びてくるほどである。このような金融危機論に対してはしばしば政治的意図からくる操作的な報道だ等と悠長な意見がみられるが、規模をみればその被害規模が甚大なことは明らかであり、そうした論は極めて無責任だと思う。
そもそもダイエーの不振は約10年ほど前から下降線を下ってきた結果で、近年の不景気のあおりをうけたのか今年になって不振が表面化し危機的な状況に陥った。しかし当時の3月危機、日米会談など様々な経済的、政治的要因をかみし政府は積極的に救済措置をとった。その結果2月に主力銀行とダイエーによる新経営再建3ヵ年計画とともに金融支援4200億円をするというところまでこぎつけ、一度はこの問題はくぎりがついたように見えた。しかし今回のような報道をみるとやっぱりダメなのかという失望感をうけずにはいられない。利益目標が達成できなかったことにしても、株価など周囲の状況をみてみても、悲観的にならざるをえない状況である。この記事の見出しも信用補完と聞こえはいいが、率直にいえば、銀行も後に引くに引けずズルズルいっている感にしか見えない。私は正直いってダイエーが健全化に向けうまく軌道に乗っていけるとは思えない。かといってつぶすわけにもいかず、この深刻な経済状況のままに銀行、ダイエーともにズルズルと行き続ける気がする。しかしこの問題に関しては短期的、長期的な経済状況をかみし、当面は微妙なバランスをとり、動向を見守っていくしかないのが現状だろう。今回の記事からこのようにダイエー問題を考えてみて、改めて一企業の経営不振にここまで神経を使わなければならない、現在の日本経済を目の当たりされ、憂国の情にかられる思いがした。
2002/08/19 日本経済新聞7面
異常気象 世界で猛威
世界各地の異常気象が各国経済に深刻な影響を及ぼし始めた。記録的な猛暑の米国では国土の約半分が干ばつに見舞われて、穀物生産見通しが悪化、食料品価格が上昇する恐れが出ている。欧州中部では歴史的建造物が冠水したうえ、生産活動も滞っている。アジアも中国や韓国が洪水の被害を受け、経済損失が避けられない情勢だ。
最近うちの近くはやたらと雷がくる気がする。雷の光、音はいつ聞いてもすさまじい。あの光、音をまの当たりにする今更ながら、毎回自然のスケールの大きさを痛感させられる。雷は別に異常気象というわけではないが、そんな日々の思いから、異常気象に関する記事はとてもリアリティをもち、自然と関心をもたされた。
近年異常気象という言葉は頻繁に使われ、聞きなれた感をもっていたが、今年の異常気象のニュースの多さにはとても驚かさせられ、その異様さを感じる。その分布を見ると米国、オーストラリア、南アジア、中国、欧州中部というように本当に世界中で異常気象が起こっている。その被害も欧州洪水の影響でドイツでは死者100人、避難住民10万人、産業活動への影響はおよそ1兆円と甚大である。また米国の記録的な干ばつによる穀物生産の悪化は、大豆、トウモロコシなどで価格の高騰を招いている。米国はこうした穀物において大輸出国であり、その影響は世界中の食料品価格にまで及ぶことが予想されている。なかには2003年の食料品価格が平均3%上昇するという見方も出ているほどで、日本のような国にとっては計り知れない大打撃を与えるだろう。
こうした被害はグローバル化による、国際的な分業化が進む今日における弊害ともいえると思う。昔の自給自足に近い暮らしでは遠い異国の異常気象が自国の食料事情に影響を与えるということは考えられなかった。 しかし現実問題今日においてはアメリカの穀物の収穫が悪ければ世界中でそれに関係する食品、その他様々な製品に幅広く影響を与えるという事が常識になっている。グローバル化は効率化という観点ではすばらしい功績をあげた。しかし世界が小さくなった分1ヶ所の問題が世界中に影響を与えるというもろさを生んだといえるだろう。近い未来に予想される人口爆発それにともなう深刻な食糧事情を考えると、このリスクをいかに分散させるかということは重要なテーマであると感じた。
今回の異常気象とそれにともなう経済への影響に関するニュースはいかに私たちの暮らしがグローバル化に支えられているのか、そしてその社会はどんなものでどんな問題を持っているのかということを考えさせられるものであった。
2002/07/12 日本経済新聞3面
不信任VS脱ダム
過去2例目の知事不信任に発展した長野県議会と田中康夫知事との対立。原因はダム建設中止の是非など公共工事のあり方や県財政悪化の責任をめぐる確執にある。田中知事と、県議会最大会派県政会の小林実に主張を聞いた。
先日、知事の不信任案が長野議会で可決された。そもそもの発端はダム建設中止の是非にあるようだ。長野県知事、田中氏は1昨年秋「脱ダム」の公約のもと知事選に出馬し、県民の高い支持を背景に当選した。
田中氏の基本的な方針としては、県民の求めていない公共事業は見直し、国からの補助金だよりの土木依存の体質から、長野の主力産業である製造業、農林業、観光業の3分野の活性化、または成長分野の福祉、環境などの産業の育成を優先課題とするといったもののようだ。一方不信任側県政会の意見としては公共事業は地域の要望であり、経済活性化には欠かせないといったものだ。そして当然ダム中止に関しても県財政悪化という観点から反対の意見を示している。このように公共事業、特にダム建設に関して双方の意見は真っ二つにわかれていて、今回の不信任案にまで至ったようである。
このように双方の意見を見比べてみて、私はなんともいえないチグハグさを感じた。それというのは、双方の議論が全くかみ合っていないからである。まず知事側について述べると、土木依存の脱却、新産業の活性化という基本的な方針はとても理解できる。しかし最も重要な財源についての議論が抜けているように感じるのである。現在長野県の税収は全国最悪の落ち込みを見せており、県財政はかなり悪化している。更に県営2ダムの工事の中止が決定されれば、これまで国から受け取った500億円近い補助金を返還しなければならないのである。このような状況になれば県財政は更に悪化するだろう。また知事は就任当初から公共事業の削減を推し進めてきたが、公共事業削減をしても他の産業への補助金が増える仕組みにはなっておらず、当初の目的である他産業の活性化についても成果は期待できそうに無い状況なのである。また不信任側について述べると、もらえるものはもらっておけ的な論理で県民全体の声を無視し、一部の支持者へのキャンペーンを重視しているように見える。このような不信任側の意見は長野経済という単位では一見、効果的に見えるが、日本の長野県という視点が全く欠けているのである。国の財政が悪化すれば当然長野県民にも被害はでるわけで、そういった議論を無視し補助金だよりの予算を組むのは根本的な解決にはならないだろう。また報道の傾向からか、不信任側には全くといっていいほど、長野県の長期的なビジョンが見えてこないという問題点もある。
これらのように双方の主張は全く違うベクトルでなされているわけで、議論が成り立つ訳はないのである。だから知事が失職するにせよ、解散するにせよ、高支持率を誇る知事が再選すれば再び同じ議論になり、泥沼に陥るのは必死である。そうなれば議会は再び機能停止に陥り、そのツケは県民にまわってくるであろう。そのような事態だけは避けなければならない。そのためにも当面は双方の現実的な歩みよりに期待するしかないのかもしれない。
しかし私は今回この問題を取り上げ、このような不毛な混乱を招かぬために、より根本的な問題解決として、国と地方の関係の見直しが迫られていると痛感した。現在日本全体で、一昔前のような一律の公共事業のニーズはなく、時代にあった予算配分をできる補助金システムの構築を考えていかなければならないだろう。またこれからの未来の地方の自立、活性化という視点からみて、より実情にあった予算配分を実現するために、長期的には財源自体の移行、大きくいえば地方分権といった事を本格的に議論していくべきところにきていると感じた。
2002/07/01 日本経済新聞
ニュース・映画・・・ネット配信
インターネットの映像再生ソフト大手、米リアルネットワークスは今年末にも日本で定額制の映像有料配信サービスを始める。月額千円程度の会員料金で、ニュースやスポーツなどの映像コンテンツ(情報の内容)をパソコンで見放題にする。携帯電話などにも対象を広げ、同社の映像再生技術の普及を促す。
ついに画像すらもインターネットで配信される時代なったのかと驚かされた。今回のこのリアルネットワークスのサービスはテレビ局、短編映画、アニメ製作会社などによって映像が提供され、会員料はリアルが徴収、配信コストなどを差し引いた残りの額を視聴時間に応じて映像提供会社に配分するという仕組みになっている。この仕組みが従来のテレビなどの映像配信サービスと全く異なっているようだ。従来のテレビ方式だと番組構成はほとんどが個々のテレビ局によって製作され、その視聴率を各テレビ局で争うという図式であった。しかし今回のサービスの仕組みは、映像提供者と映像配信者が完全に分業化しているのである。さらに映像提供者はそれぞれの番組単位で分けられ、視聴時間によって評価されるのである。ようするに視聴者のそれぞれの番組に対する人気がそのままその番組の提供者の報酬として表れるのである。このような番組単位での厳しい成果主義は競争を高め、番組全体の人気度向上につながるだろう。
これからこのサービスは成長拡大していくことが予想され、各映像配信会社は現段階その映像配信方式を普及させ、サービスの囲い込みをすることが競争の焦点となっているようだ。そのためこの記事にも挙げられている、ネットスケープとマイクロソフトが業界標準を争ったブラウザ−戦争の時のような熾烈な業界標準争いが映像配信方式でもこれから展開される事が予想される。
正直現在の段階で月1000円は高く払う気はしないが、こうした競争の中でより安価で、質の高いサービスがでてくる事を期待しその動向を見守っていきたいと思う。
2002/06/28 日本経済新聞
病院評価 ネットで公開
日本医療機能評価機構は27日、項目別に5段階評価した詳細な審査結果をホームページで公開する事を正式に決めた。病気ごとの標準的な治療法のデータベース化も始め、医師だけでなく、患者にもわかりやすい治療法の提供を目指す。同機構は「患者が自らの医療を選択する際の手助けになれば」と期待している。
近年医療ミスなど医療の質に関わる深刻なニュースをよく見かける。このような状況下で人々の医療の質に関する関心は高まっているのではないだろうか。今回のニュースはそんな人々のニーズに答えられるのであろうか。
この主旨からいって今回の大義は「病院の評価を一般に公開し患者がそれを参考に病院を選択できるようにする、ひいては病院の競争意識をつくり、全体の質の向上を目指す」というものだと思う。しかし私はその実現には疑問を感じる。まずその審査基準で例えば「診療記録が適切に管理されている」「医師の教育・研修を推進する体制がある」などという項目があるが、実に曖昧でわかりにくい。また審査方法を見てみると、書面審査だけでなく訪問審査も行うという旨であるが、どこまで踏み込んでいけるか疑問に思う。また訪問前に病院と説明会を行うなどという事から、病院がその場だけとりつくろうという事はないのかという疑問も残る。
そして根本的な問題として、この機構の成り立ちが気がかりである。設立の趣旨で「医療の機能を学術的な観点から中立的な立場で評価」と述べているものの、その成り立ちからみてここで述べられている中立性が確保されるとは思えないのである。なぜならば、まずその出資元をみてみると日本医師会、日本病院会などその評価の対象となる主体が含まれている、またその事業内容もほとんど病院をマーケットとするものなのである。すなわちこの機構から見れば病院というものは出資元であり、顧客であるのだ。そうした対象に対して中立の評価をするということは、いくら財団法人の目的が公益の促進であっても、その利害関係からみて、ほとんど不可能であると考えられる。
これら様々な点から今回公開されるものに信頼できる評価を望むのは難しいと思う。しかしこうした病院評価というものの目的自体は一般人からみて望ましいものであり、近いうちに患者の立場に立った動きが出てくれば良いと思うが、その実現性は低いだろう。そもそも医療というものは教育などと同様に計量化して評価する事ができず、基準設定が難しい。仮に病院ごとに評価したとしても、その病院内でも医師間で能力差がある。かといって医師ひとりひとりに成績表などをつけ公開するなんて事は到底困難であろう。また医療というものの性質上から倫理的な考えがからんでくるという問題もある。こうした現状を見る限り本当に私達の望む評価というものが実現するのはとても難しく、とりあえずは現状のように一部の口コミの評判にたよるという他無いのかもしれない。
2002/06/11 日本経済新聞1面
特許審査基準を統一
世界知的所有権機関(WIPO)は特許の審査基準を国際的に統一する条約作りに着手した.日米欧で異なる特許取得要件をできる限り共通化する事で、きぎょうが複数国で事業を展開しやすくする。2005年ごろの採択を目指す。
このWIPOというのはそもそも芸術にかかわる著作権や特許、商標などに及ぶ知的所有権の保護を国際的な協調のもとで進めるために、設立された国連専門機関である。それが最近はグローバル化の進展にあわせ、知的所有権にかかわる国際条約と整合性のある国内法制定の促進を主な活動としているようだ。
現在の特許の審査基準は国ごとに違っていて、それぞれの国で審査を受けなければいけない。そのため国際的に事業展開している企業にとっては特許申請の費用膨大化、事業計画が立てにくいなどの弊害がでている。今回のニュースはこれらの声に答えWIPOが特許の審査基準を国際的に統一する条約を作り始めたという事で、これから各国の制度調整が行われていくだろう。こうした知的所有権の国際化の動きはグローバル化が進む中必須である。しかし逆から見れば、海外の特許権が日本でも共通に有効になるという事を意味する。
特許保護の強化というものは特許侵害による訴訟乱立という側面を持つ。このような弊害は米国で、特にハードウェア、ソフトウェアなどのシステム構成要素に関する特許において現実に起こっている。これらの特許はその適用範囲が極めて広く特許侵害が起こりやすいのである。また米国ではビジネス社会の法律的権利と義務の意識が高いという事も訴訟に結びつく事例が多い要因になっているようである。しかしこうした問題も知的所有権の国際化が進めば日本でも表面化してくることが予想される。日本は欧米に比べ法律的な意識が低くその整備もされていない。これからの国際化の流れの中で日本を海外企業の草刈場にしないためにも国内で法律的に対応できる態勢を作っていくことを即急に考えていかなければいけないと感じた。
2002/06/06 日本経済新聞11面
ゲーム版「映倫」今秋にも発足
ゲームソフトメーカーの業界団体が国内初のゲームの評価機関を秋にも設立する。弁護士など第3者が発売前のゲーム内容を審査、暴力表現の生むなどを基に子供に適した内容かどうか分類し、対象年齢を設定する。大手メーカーは対象年齢を商品に表示する方針だ。ゲーム版の「映倫」を設けることで保護者に購買基準を明示し、ソフト市場の健全な育成を目指す。

ゲーム産業は日本の数少ない国際競争力を持つ産業である。しかしそのゲーム業界も国内ソフト市場の伸び悩んでおり、このようなイメージ向上策を打ち出してきたようだ。この機関はメーカーから独立した任意団体の形を取り、弁護士や学者から代表者をえらび、コンピューターテインメントソフトウェア協会(CESA)の倫理規定を基に「15歳以上が対象」など4段階程度に分類する方針らしい。このような情報公開により社会的信用を高めるのがねらいとみられている。
最近のゲームソフトの進化は目覚しいものがある。先日友人宅でやったゲームは私が小学生時代などによくやっていたゲームとは比べ物にならないもので、すばらしい画像技術で驚かされた。それはほとんど実写と変わらない水準であり、見間違うほどであった。これだけの水準の画像では、暴力シーンなどが子供に与える影響も大きいと考えられ、このような試みは歓迎すべきである。
この記事にのっているCESAの調査「子供のゲーム利用状況」(対象:3歳から小学6年生)によると29.3%もの子供が「ほとんど毎日楽しむ」と回答し6割以上の子供が「週に2〜3
回以上楽しむ」と回答している。この調査がどこまで信頼できるものかは定かではないが、いずれにしても多くの子供がゲームに相当な時間を割いているということには変わりないだろう。これだけ多くの子供が多くの時間をゲームに割いているとなるとゲームが子供達に与える影響は極めて甚大といえるだろう。こうした現状を見ると少年犯罪の防止などの観点からもこのような問題を考えていくのはこれからの教育の重要な課題になってくるのではないかと感じた。
今回の機関はゲームソフトメーカー自身から出てきたものであり、この機関がその期待される働きを正常に機能するかは疑問であるが、これがきっかけになり情報リテラシー論議が盛り上がってくればいいと思う。

2002/05/24 日本経済新聞(夕刊)2面
5減5増閣議決定
政府は24日の閣議で、1票の格差是正のため衆院選挙区画定審議会が勧告した「5増5減」案に基づく公職選挙法改正案を決定し。同日中に国会に提出する。自民党内では独自に作成した「2増3減」案などに修正すべきだとの意見が多く、政府案どおり成立するかどうかは流動的な情勢だ。
2000年国勢調査の時点で1票の格差は最大2.57倍であった。国会議員とは選挙区の代表者であり、地域の意見を国家に反映させるのが仕事である。その議員は当然、地元に利益を導くように行動する。そうする事が次の選挙でも当選できる事につながるのである。こうした観点から1票の格差について考える直してみると、地方の人口比率で選挙区の多い地区の住民は、都市部の人口比率で選挙区の少ない地区の住民に比べ受ける恩恵が大きくなることが予想される。極端な言い方をするなら、都市部の住民から搾取し地方にばら撒いているのである。これでは有権者間に不平等が生じていると言わざるおえないだろう。このような状況は正確に民意を尊重するという意味でも、民主主義国家にとって好ましくない。こうした批判に対する選挙制度の見なおしの一貫としてでてきたのがこの5増5減である。この5増5減案では人口比で選挙区の多い北海道、山形、静岡、島根、大分の5道県で1区ずつ減らし、埼玉、千葉、神奈川、滋賀、沖縄の5県で1区ずつ増やす事により、1票の格差2倍超の選挙区数は95から9に減少させ、選挙区間の最大格差も現在の2.573倍から2.064倍に縮小する事が出来る。しかし、現実この案の協議がスムーズに進む可能性は低いだろう。なぜならば選挙制度は法案を審議する政治家自身にとって死活問題であるからだ。実際増える地域はいいが、減る地域の政治家にっては、次の選挙で当選する事が困難になるのは必至であり、当然反対する事が予想される。しかし、この法案の実現は平等の観点から見ても歓迎するものであり、なんとか実現して欲しい。そのためにもマスコミを含め動向を厳しく見守り、「選ばれる側に勝手なルールを作らせない」世論を作っていく事が大事である。
2002/05/21 日本経済新聞5面
民間開放で経済再生
経済産業省の「日本版PPP(官民パートナーシップ)研究会」は道路や下水道の運営管理などの公共サービスを民間に開放して経済再生に繋げるべきだとする報告書をまとめた。
「規制改革特区」を設け、その中で民間企業や非営利組織(NPO)などに対する規制を緩和、効果を実証した上で、全国的に規制緩和を進めるように求めている.
この規制改革特区というのは地域を限定して規制緩和を積極的にすすめる計画である。今の所NPO(非営利分野)である学校や病院への株式会社の参入解禁などが柱となっている。そこで今回のニュースは道路・下水道管理の民間開放というアイディアを特区に加えるべきだという話である。
この特区の構想は経済の活性化につながるだろうし、実験的な意味でも有意であると思う。しかし特区というのはその地域だけ違う制度を持つと言うことで一国二制度になるという問題を含んでいる。そのためこれを実現する整備はなかなか困難なものになっている。またここで取り上げられているような分野は公共性が高く関係省庁、族議員の既得権益になっているものが多く、それらの反発が強く困難に輪をかけているようである。
このようになかなか壁は厚いようであるが、この特区構想は構造改革を進める上で先駆けになりえるものであり、なんとか実現させてほしい。
2002/05/18 日本経済新聞(夕刊)3面
外食店舗で高速ネット
大手外食チェーンの都心部の店舗が、ブロードバンド(高速大容量)通信の接続拠点に生まれ変わりつつある。客がパソコンを持ち込めば無線で利用できるのが特徴だ.新たな集客策を求める外食業界と、自宅やオフィス以外でのブロードバンド利用という付加価値をユーザーに訴えたいシステム会社の思惑が一致した。ただ普及にはハードルも多い。
このようにネット環境が整備されてくるのは消費者にとって歓迎すべきニュースである。出先でも気軽にインターネットをしたり、メールをチェックできるようになるだろう。とくにホットスポット(無線LAN)を利用しワイヤレスというのがうれしい。配線があるのとないのとでは便利度にかなりの違いがある。IT社会で外食産業に求められる新たな付加価値としてこれからどんどん普及していくであろう。
しかし現在のサービス内容を見たところ個人的には利用しようとは思わない。それは新たに登録手続きが必要で面倒であるのと、使える場所の少なさに対し割高感があるからだ。このような問題はサービスを提供するシステム会社(ソフトバンク、NTTコム等)により、利用環境を制限される事により生じる。例えばマクドナルドの無線LANを利用するにはソフトバンクに会員登録(月額990円)し直さなければいけない。またモスバーガーの無線LANを利用するにはそれとは別にNTTコムに会員登録(月額1600円)しなければならないのである。すなわちソフトバンクのユーザーはマクドナルドにNTTコムのユーザーはモスバーガーに利用環境を制限され「どの外食チェーンでも」という利便性は期待できないのである。実際今のところ、私の家の近くでこのサービスを利用できる場所はそれぞれのシステム会社の契約につき1店舗か2店舗であり、このサービスに期待する「どこでも気軽に」というニーズを満たす状況とは言い難いのである。しかし当然このような問題はシステム会社や、外食チェーンが一番理解していることであり、これから熾烈なシェア争い、それぞれのサービスの連携の検討等が行われることが予想され、その動向に期待したいと思う。
またこの記事でIT環境整備のインフラ面でのコストの優位性は当然であるが、契約、利便性等の面でも大きければ大きいほど有利であり、改めてチェーンの強みを認識させられた。
2002/05/17 読売新聞3面
商業捕鯨停止14年 クジラは遠く
山口県下関市で開催中の国際捕鯨委員会(IWC)年次会合は、20日から始まる総会で、捕鯨の是非について本格的な議論が交わされる。日本政府は、「立場を同じくする国が増えてきた」と、まずは調査捕鯨の拡大に期待する。
日本には昔からクジラを食べるという食文化があり、今回総会が開かれる下関市は商業捕鯨停止以前、捕鯨産業の栄えていた町である。しかし14年前に商業捕鯨が停止されてからというもの、捕鯨産業は衰退し、現在では調査捕鯨の一部だけとなっている。
そもそもこのように捕鯨が規制されるようになったのは、クジラの乱獲により数が激減し、絶滅の危機に瀕したことが原因である。クジラは海洋生態系で重要な役割を果たしており、欧米の環境保護団体等を中心に保護が主張されている。しかし現在クジラは保護政策により、その数は規制以前の水準に戻りつつあり、絶滅の危機を根拠に保護をする必要はなくなってきた。このような科学的根拠に基づき近年、日本政府は捕鯨拡大を主張してきたが、IWCでは科学的な根拠を無視した議論がなされる傾向が強まっており、多数派の反捕鯨に押しきられているのが現状である。
海洋生態系を守るという事は、長期的に見てとても重要なテーマである。しかし科学的に見てクジラを保護する根拠は薄れてきている今、捕鯨の拡大は当然の主張である。IWCの科学的根拠を無視する傾向は、欧米のクジラやイルカ等を食用として神聖視する風土に起因し、情緒的な議論につながっている。このような議論から決定される捕鯨の規制は明らかに文化を軽視したものであり、IWCはその存在意義を見直すべきである。
私は過去に一度だけクジラを食べた事があり、それはなかなかのものであった。できればイルカも食べてみたいし、早く規制が緩和され安価で食べられるようになれば良いと思う。そのためにも日本政府は密漁問題、養殖の検討等も含め綿密な捕鯨プランを世界に発信し理解を得ていくべきである。
2002/05/13 日本経済新聞17面
家庭の備えも価格破壊
不審者の侵入や急病人の発生、火災といった住居内の非常事態を利用者や警備会社などに知らせる「緊急通報サービス」の低価格化が進んでいる。警備員の派遣を基本サービスから外したり、内容を絞りこんでコスト低下につなげているケースが多く、月額料金が千円を切るサービスも登場している。
近年日本でも事件の凶悪化が進み、人々のセキュリティへの関心が高まってきている。このような風潮をうけ、セキュリティに関する産業は確実にその市場を大きくして来た。つい数年前までは未成熟な業界で、消費者の選択肢も少ない状況であったが、このようにサービスが多様化、低価格化が進んだのは、少しずつ市場が成熟し競争が進んできたという証拠ではないだろうか。
今回この記事を読んで初めて知ったのだが、今のサービスは不審者の侵入等のセキュリティ面だけでなく、高齢者の健康管理、ペット管理、救急等、多岐にわたるサービスの複合的な契約となっており、消費者のライフスタイルに合わせる高度な顧客志向が進んできていると感じた。
個人的には、千円を切るようなサービスは逆に信用できないけれど、このような将来性のある産業の活性化は歓迎すべき事であり、これからさらに進むであろう、競争淘汰の動向を見守っていきたいと思う。
2002/05/12 日本経済新聞3面
著作権保護確立へ
総務省がNTTや三菱と共同で高速インターネットにおける音楽や映像などの著作権保護や課金に関する新システムを開発する方針だ。著作権料の支払いや保護技術の仕様を統一し、著作権者が安心できる配信環境を整備する。
現在の日本のネット環境は、通信料金は急激に低下しているもののコンテンツ不足と言われている。
このような状況はネットにおける著作権保護などの環境整備がしっかりとされていなかったからだと考えられる。著作権が保護されなければ、手間隙をかけて良いコンテンツを供給しようというインセンティブが働かないのは当然である。個人のホームページ等のレベルならば、このような事は対して問題にならないだろう。しかし音楽配信などのビジネスというレベルで、日本にしっかりとしたネット環境を根付かせるという意味では必須なテーマである。このようなシステムを開発するのは困難な作業であり、イタチごっこになるかもしれないが、少しずつでも整備を進めていって、著作権が守られるようになれば良いと思う。
このネット環境における著作権の問題はE−JAPANがうたっている「我が国が5年以内に世界最先端のIT国家となることを目指す。」上で重要な下準備になるものだと思うので、しっかりとやって欲しい。
2002/05/08 日本経済新聞29面
外国人旅行者向けに共通乗車券
JR東日本、営団地下鉄等、首都圏5つの交通機関が、W杯観戦などで来日する外国人旅行者向けに、共通乗車券を発売することが発表された。この乗車券は大人6000円子供3000円で5日間、東京都区内、成田空港首都圏の試合会場を結ぶ路線が自由に乗降する事ができる。
もともと交通網というのは、使い慣れている地元の人以外の人にとって、とても分かりにくいものである。ましてや、W杯で日本にやってくるのは、ほとんどが日本語も見たことのない外国人で、そうした人々が移動などで苦労するという事は容易に想像できる。そうした苦労を少しでも緩和できるという意味で、このアイディアは素晴らしい。
また今回特質すべきは、東京都が各交通機関に呼びかけて実現したという事だ。W杯は世界に日本を売りこむ絶好の機会であり、この期間はなるべく目先の利益にとらわれず、行動する事が長期的に考えると日本にとって有益である。しかし現実、民間の交通機関にまかせてのこうした実現は難しく、それこそ国等が率先して取り組むべき課題ではないだろうか。そうした点で今回の東京都の柔軟性とリーダーシップは評価できる。
このような気配りの行き届いたW杯が実現し、世界中に日本が存分にアピールされる事を望む。
2002/05/05
カルフォルニア州:温暖化ガス規制
米カルフォルニア州上院議会で、2009年を目標に温暖化ガスの排出規制を強化する法案を可決された。
この法案の特筆すべき点はいままで連邦政府の管轄という認識になっていた、温暖化ガス規制を州議会が連邦政府に先駆けて実施するという事である。背景として、カルフォルニア州では環境団体の影響力が強いという事があり、このような動きは他の州にも波及し、ニューヨーク州やニューハンプシャー州でも同様の法案作りが始まる見通しである。これに対し米自動車大手ビック3が連邦政府にカルフォルニア州の法案の違法性をアピールし、法廷闘争の可能性も見せているのである。反発は自然なことであるが、ビック3がこれ程ナーバスになっている理由として、アメリカ自動車メーカーは近年の国内産業保護を優先する政策(京都議定書を批准しなかった事等)に守られてきたため、環境面で日本車メーカー等と比べ競争力が弱く、この法案の影響が深刻である事が考えられる。それは日米メーカーのこの法案に対する温度差からも分かる。21世紀において環境問題は確実に大きな課題になる事であり、これからもこうした規制は進んでいく事が予想される。そのため自動車業界にとって環境面での開発は21世紀を戦い抜く上で重要な課題になってくる。そうした中、連邦政府の政策は長いタームで見れば、アメリカの自動車メーカーの国際競争力を弱めるという側面も、持っているという事を考えるべきではないだろうか。こうした面も考慮し、バランスの良い供給環境を整えていく事が重要なテーマである。
2002/04/27
メディア規制3法案
マスコミでメディア規制3法案といわれている内、個人情報保護法案、人権擁護法案の2つ法案の、国会での審議が始まった。
これに対しTV、新聞を初めとした主要なマスコミ機関から猛烈な反発が出ている。この法案はマスコミの既得権益をおとしめるものであり、この反応は当然の事といえるだろう。しかし私はこの法案を支持する。表現が曖昧なところはあるが、IT化に対応した個人情報の保護、メディアによる人権侵害を防ぐ、という意味では今回の法案内容は評価できるからだ。現代のIT化に対応した個人情報の保護について、法的に整備する事は安心したIT環境を国民に提供し、日本の円滑なIT化を目指す上で必須である。また、今日TVに代表されるマスコミにみられる、無責任な言いっぱなしの体質の弊害として、しばしば個人の人権が侵害される事態が起こっている。こうした問題は、メディアに対して個人情報、人権侵害についてしっかりとした法的規制がなく、報道の費用と社会的費用の乖離が生まれる事に起因する。このような問題を回避するためにも今回の2法案は有用である。
これに対し反対側で「表現の自由」という観点から、国民の知る権利を侵害されるのではないか、というような議論が出されるが、そもそも自由というものは責任を果たして初めて生まれるものであり、この法案はその責任を明確化するためのものであるので、表現の自由の理念には反さないといえる。知る権利も重要であるが知られない権利も重要ではないだろうか。

これらのように今回の2法案は日本における報道の健全化という意味で重要な役割を果たしうるものであり、将来、期待されるその効果を充分に発揮する事を望む。
2002/04/22
愛国心
小泉首相が先日、靖国神社を参拝した。終戦記念日前後に参拝すると、国内外に批判を招くという事での決断である。これに対し韓国を初めとした周辺諸国、国内外のマスコミで議論が巻き起こっている。
毎回この話題が取り沙汰されると私的、公的だとか、A級戦犯だとかという事が議論の焦点となる。小泉首相も恐らくこのような、不毛な議論に手間をとられ、他の案件の議論がおろそかにされる事を危惧しての、政治的決断であったであろう。私はこの参拝に関して、支持をしたい。しかし付け加えるのならば、小泉首相にもし、8月15日にも参拝をする意向があるのならば、堂々と参拝するべきである。靖国神社に祭られている戦没者、すなわち広い意味で言えば、私達の祖先を敬う気持ちというのは、愛国心から誰しもが持っている物で、それをとやかく言う事は非人道的である。またこの時、そこにA級戦犯が祭ってあるということを議論する必要はない。乱暴な言い方をすれば、彼らは戦争に負けて結果的に犯罪者になったが、彼らなりに日本のために働いた人間である。そうした人間に敬意を払うことは、当然の事である。個人で例えるならば、親が殺人犯であったとしても、親は親なのでありその親の墓参りに行く権利をとやかく言う必要はない。戦争は勝った方が正義になるが、実際には負けた方にもそれなりの正義はある。それを無視し、勝った方の論理だけを一方的に受け入れるという事は、真実を見誤る事になり、本当の意味で戦争の教訓を生かせないであろう。
また、靖国神社の問題が世間で取り上げられると、必ずといっていいほど韓国での暴動が報道される。これは実に悲しいことである。彼らの心情は充分理解できる。しかし憎しみからは何も生まれないし、実に不毛である。これに対し日本は一貫した意志表示をする事が重要である。そうする事が真の意味で2国が理解し合い、お互いが前進できる将来への近道である。それには時間がかかるだろうが、根気良く話し合っていってほしい。
近い将来、靖国神社参拝が公にも権利として認知され、周辺諸国とのわだかまりも少なくなり、首相の靖国神社参拝が大したニュースにならない時がくる事を望む。