| 卒業の朝 |
アメリカの名門校で、ギリシャ・ローマ史を教える教師の物語。主人公のクラスは熱気にあふれたもので、生徒にも信頼がある。しかし、転向してきた上院議員の息子ベルが多くの問題行動を起しクラスをかき回す。主人公は彼を更生させるために色んな工夫をし、それにベルも少しずつ答えていく。そしてついに、ベルは学校名物のジュリアスシーザーコンテストに参加するまでになる。主人公はそこで彼がカンニングをしていることに気づき、予選で、彼の評価に手心を加えたことを深く悔やむのであった。そしてそれから25年後、再び彼らは集まり、そこで改めてコンテストが開かれるのだった。教師を首になり不遇の時をすごしていた主人公は、カンニング以来のベル達との再会に複雑な心境であったが、教え子達の成長に触れ昔の熱気にあふれていた教師時代を思い出していく。しかし2度目のコンテストで再びベルがカンニングしていることに気づくのであった。
なんか感動するような映画をみてスカーッとしたくて学園モノを借りてみたのだが、この映画はそんな期待とはちょっと違う映画で、映画は見終わってもしばらくは「うーん」と、うならされてしまう内容であった。
普通このようなタイトルの映画は、ハッピーエンドになることがほとんどだが、この映画の場合は、問題児ベルは25年後の同窓会でも同じく、問題を抱えた人間として描かれており、ちょっとひっかかりのある終わり方にしている。つまりこの映画では、信念をもって生きる人間のすがすがしさを描く反面、信念をもって取り組んでも失敗することはあるんだ。というような現実的なメッセージを付け加えているのだ。この後者の現実的なメッセージというのが曲者で、ハッピーエンドのフィクションの世界から現実に引き戻してしまう。しかし逆にそこが問題意識と考える余地をこちらにあたえているともいえる。
でも少し考ると、自分の周りでも、人間の好き嫌いとか、性格っていうものはこの映画の舞台である高校生くらいから、そんなに変わっていない。そして若い頃の小さな特徴が大人になってどんどん大きくなっていくというのも、よく聞く話である。そういう風に考えると、この映画のような話はよくありそうな話だし、最後のあきらめを乗り越えたハッピーエンドという微妙な終わり方も、すんなり入ってくるような気がする。
自分はまだ学生だから後半部分は映画の世界での疑似体験しかしたことがないが、この映画をみて自分の10年、20年後の同窓会などを少し想像してみたりした。 |
| 半落ち |
「半落ち」タイトルだけでは、なんの映画かどうかまったく想像がつかない。実際、主人公の役者が好きだからなどという程度の理由でなんとなく借りて見た。
話は、元刑事の主人公が妻殺しで逮捕されるところから始まり、犯行後の2日間の謎をめぐってストーリーが繰り広げられる。黙秘を続ける容疑者に様々な憶測が生まれ、もと刑事ということで警察内は騒然となる。
とてもスケールの大きいストーリーで、司法、医療、介護といろんなテーマを詰め込みすぎてしまった印象で、どこに焦点をあてたいのかがよくわからなかった。とはいえ、役者がうまいからなのか、映画として最後まで飽きさせられず、3回くらい泣きそうにさせられてしまった。
それでも最後まで、どうしてそこまで、2日間について隠さなければならなかったのか?という肝心なところが腑に落ちなかった。映画っていうのは、少しでもこういう部分があると、最後まで、気になってしまうもので、そこが残念であった。 |
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| ワンダフルライフ |
古い学校のような病院のような建物がこの物語の舞台。そこには全ての死者がやってくる。そして彼らはそこにいる7日間で生きている間の最も大切な思い出を選びそれを映像化しその思い出を胸に天国に旅立つ。
この映画の設定はかなりぶっ飛んでいる。でもそれでいて安っぽくなく見ごたえがあった。この映画で死者として登場してくる人の語る思い出はどうやら実話のようだ。(つまり、設定はフィクションなのだが、ある部分この映画はドキュメンタリーなのである。)そしてこの部分がこの映画が見ごたえがある理由のように思える。自分の思い出を語り、映像化していく彼らはとても楽しそうで、不思議なほど魅力的なのだ。彼らの選ぶ思い出というのは、事実だけ並び立ててれば、本当に些細なことばかりなのでであるが、そんな1シーンの中に人間の喜怒哀楽のドラマが蠢いていて、人間の生きるエネルギーの強さに圧倒させられた。
ところで、この映画ではこの死者たちの物語と平行して、この建物で働く人々(最高の思い出を選ぶことができない人達)の物語が平行して描かれている。正直いって前者の迫力と比べて随分、(演技が下手だからなのか)安っぽくて陳腐に感じられたけれど、今考えると、こういう対比があるから、死者の物語が際立って魅力的に移ったのかもしれないと思った。そういう意味、このフィクションとドキュメンタリーの2つの平行させるという設定は、必要なのかもしれないと思った。 |
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| 笑いの大学 |
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| アイ・ロボット |
タイトルから想像がつくように、未来SFもの。この時代、ロボットは当たり前のように日常生活に定着している。そんな中、また新しく進化したロボットが発明されるのだが、そこから不可解な自殺事件おこり、刑事である主人公が、この事件に関わるところから、壮大なストーリーが展開していく。
ウィル・スミスはやはりこういう映画には、はまり役で、みていてスカッとする。ロボットが自我に目覚めて人間に刃向かうとか、人間のような感情を抱くだとか、どこにでもおちてそうな話を組み合わせたものだけれど、アクションが派手でだし遊び心まんさいで、見飽きることのない内容であった。こういう映画は、やはりハリウッド以外ではどうしてもつくれない気がする。
ただ同時に、一週間後には中身を忘れいるような気もする。 |
| 真夜中の弥次さん喜多さん |
人気ドラマの脚本などで有名なクドカンの監督作。(もともとは舞台が本業らしい)この人が脚本のドラマで昔おもしろいのがあったのと、ポスターにインパクトがあったので、前から見てみたかった作品だ。
話を簡単に説明すると、弥次さん喜多さんっていう2人のホモ(1人はヤク中)が願いを叶えにお伊勢さんに旅立つっていうお話。
結論からいって、そんなに面白くなかった。江戸時代から急にハーレーがとびだしたり、あの世と現世を行ったりきたりとなんでもありって感じで、それなりに笑えるんだけど、あまりにもくどいから段々飽き飽きしてきてしまった。
あまり舞台演劇とかはみたことがないので知らないけれど、こういう感じなのだろうか。どちらにしても、映画としては、そんなにいいものとは思わなかった。 |
| アビエーター |
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| ツイステッド |
親父が借りてきてついでに一緒にみたのだが、失敗だった。ジャンル分けするとしたら、一応は、サスペンスなのだけれど、先が読めるのでまったくドキドキしないし、まわりくどいからイライラするだけであった。
あらすじを簡単にいうと、仕事は超やり手で、男がほしくなれば、バーで若い男を拾うというような絵に描いたようなハードボイルドな女性警官が刑事に昇進し、そこから不可解な事件に巻き込まれていくという展開。主人公には過去のトラウマがあり、自分を見失っていくのであるが、真犯人は実は意外?なところにいた。といった感じである。
たぶん、先に「ハードボイルドな女性刑事を主役にしたサスペンスを作る」っていうコンセプトを決めて作ったというような気がする。このコンセプト自体は多少は新鮮だし、悪くないアイディアではあるけど、いくらなんでも話がお粗末すぎます。。
「ツイステッド」Twistedっていうタイトルつけるからないはもう少し捻ってほしかった。。 |
| 幻の光 |
ベネチアで主演男優賞をとった「誰も知らない」と同じ監督の昔の作品。おさないころ、痴呆症でなんども失踪を繰りかえす祖母の最後を引き止められなかったトラウマを持つ主人公が夫を自殺とも思える事故で失い、その真意を考えるというお話。
映画の独特の空気感にはひき付けられたけれど、逆にその空気感が、主人公の気持ちを考える思考をとめてしまっていて、特に後味が残らなかった。 |
| オールド・ボーイ |
理由もわからず15年もの期間、監禁された男が、ある日突然、開放される。男は、深い憎しみとともに「なぜ俺は監禁されたのか?」という問いの答えを求め走り出すところから、この話は展開していく。
すごくよくできた映画だと思った。最初の方は若干意味不明で退屈したけれど、話の展開も飽きさせないし、視覚的にもかっこよかったし、役者の迫力があるから終始ひきつけられてしまった。脚本がとてもよく計算されて作られていて、グロテスクな内容でなけれど、もっと大ヒットした映画ではなかろうか。(まぁグロテスクだからこそ成り立つ映画だけれど。。) |
| 生きる |
当たり前のことだけれど、映画の見方は人それぞれで、同じ映画をみても感じ方も人それぞれである。だから、他人の映画の評価っていうものは、大抵あてにならない。とはいえ、一般的にいって、古典とよばれ、長い期間、高評価を受けているものを見て、そんなにはずすことはない。(まぁ、たまに専門家とか研究者にとってしか理解不能と思われるものもあるけど。)私はこの映画を見終えた後、この映画に強くひきつけられた自分を冷静に見つめ返し、この映画もそういう部類に属するものであると感じた。こんなミーハー的で世間一般的で言われているのと同じことを書くのは癪ではあるが、そう思ってしまったから仕方ない。では私がなぜそのように感じたかということをこれから書いていきたいと思う。
この映画のテーマは「生きる」というタイトルからもわかる通り、生死ついてである。これまた当たり前のことだけれど、生きるとか死ぬとかいうのは、誰もが避けて通れないもので、ちょっと時間的、精神的に余裕のある人種なら、一度は自問自答したことがあるテーマであろう。そして大抵の人にとってそれは、どれだけ考えても答えがでず、考えても仕方のないと思えるのだけれど、同時に考えずにはいられない問いであると思う。そういう深い(嘘っぽい形容詞だなぁ。。)テーマを扱っている映画であるというのが、この映画が私に先のような感想を持たせた要因であると思う。このように書くと、私の感想の根拠としてテーマにしか触れることができていないけれど、ここでの話の重要な前提としては、映画をみている私が、自問自答の思考の渦にどっぽりと浸からされるだけ、映画の中の世界がリアリティをもって成立しているということである。これだけの完成度は、学園モノやスポ根モノならともかく、生死といった抽象度の高いテーマを扱うものとしては、稀だと思う。そしてそれを可能とした、「当たり前のことを当たり前のように表現する」すごさを感じずにはいられなかった。
私も、これからあらゆる表現の機会があると思うけれど、少しでもこのような境地に近づけていけたらと思わされる。 |
| どですかでん |
| わけのわからない話だけど、わけわからず良かった。内容についてイチイチ説明するのは、めんどくさいのでしないけれど、それぞれの話がすごく濃密で、色んな感情を味合わされた。良い絵を見ると、色んな想像力が膨らむけれど、この映画をみているときもそんな様な感覚であった。ちなみに一緒にみていた人は、作りこまれすぎていて好きではないといっていたけれど、私は全然そんな感じがせず、入り込んでしまった。 |
| 乱 |
この映画は、感想を書くのが難しい。あまりの充実感で、どうにも頭に頭の整理がつかないからだ。そういう映画は大抵、名作とか、古典とかという風に呼ばれる映画である。こういう映画は何度でも見るものをひきつけるし、その時、その時で、新しい考える題材を提供してくれる。
この映画を初めて見たのは、まだ小さいころだったように思う。その時の記憶で、鮮明残っているのは、唯一人父親に親子の情をもっていた三郎の死、そしてそれを追うような、父秀虎の死のシーンである。このシーンでは、2人の子供に裏切られた父が、皮肉にも追放にした三男によって救われ、和解し、秀虎の求めていた本当の親子の情をはじめて確認できるという直後のできごとである。そしてその悲惨な光景をみた、家来丹後が、あるがままの乱世の残酷さを述べるという山場である。
子供時分の私はこのエンディングをみて、「せっかくな仲直りしたのに、なんで死んじゃうんだろう」と、この終わり方が許せなくて、すごくひっかかったのを覚えている。今考えるとお話だから「なんで」もクソもないのだが、ゴレンジャーとスポ根漫画しか見てない純情ぼくちゃんには、まだ早い映画だったのだと思う。
ところで、前に見たときよりは多少大人に成長した私が今回この映画をみて、着目したキーワードは「老い」と「女」である。
この映画の主人公、戦国武将秀虎は、18歳の頃、小城で身を起し、国を統一したいわゆる豪傑だった。しかしそんな豪傑にも、老いが訪れる。そして死を意識し始めた老人は無邪気な自己愛に執着し、現実を見誤ってしまう。秀虎は、親兄弟も殺しあう下克上の世の中で、なんの保険もかけず、親子の情のみに依拠し、自らの権力を子供に譲ってしまうのだった。実質的な力を失った老人は、ただの老人になり、誰にも相手にされず惨めな存在に落ちてゆくのだった。乱世を切り抜け誰よりも下克上を体現してきた秀虎がこのような様である。もちろんこれはフィクションだけれど、現代でも想定できる話で、こう極端に描かれると、考えさせられてしまう。
そしてもう一つのキーワードは「女」である。いかに乱世とはいえ、やはり血のつながった親子、三郎はともかく、一郎も二郎も、親への情というものはあるのは間違いない。だからこそ秀虎のようにその情を妄信し、現実を見誤るということが起こるのだけれど、その妻となると話は別である。妻にとって夫の父や兄弟はもはや他人なのである。そしてその妻が夫の行動を実質的に左右するのだとしたら、もはや親子の情などというものは結果として無視されてしまうのである。この映画では、一郎の妻にとって秀虎が親の仇として極端に描かれているけれど、そうでないにしても多かれ少なかれこのような現象は起こりうるのだ。そういう意味この映画で描かれている一郎の妻の独特のキャラクター設定は、面白かった。
「老い」、「女」どちらも避けては通れない道だけに、この映画で考えさせられることは切実だ。
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| オペラ座の怪人 |
有名ミュージカルを映画化した作品。ミュージカルはロンドンでみたことがあって、すごく良かったので、どのように映画化されたのか楽しみにして見に行った。
映画ならではの映像技術を使った、オープニングの、廃墟となった劇場から、昔の栄えていた頃の劇場に変わるシーンはなかなかの迫力であった。ただ、この映画の一番のミソであるファントムのキャラクター描写がイマイチで、ファントムの内面的葛藤が少し安っぽくなってしまっているのが残念であった。この理由は多分、ファントムの人物描写が多すぎることだと思う。あまりに説明が多いことが、かえってこちらの想像力を遮断してしまったように思う。そういう意味、もう少しミステリアスな部分を残した方が良かったように思う。
それでも全体としては、十分楽しめたが、やはり舞台の方が良かったというのが率直な感想だ。ミュージカルの良さはやっぱり歌だと思うけど、歌は舞台のライブ感が好きだ。 |
| 火々 |
神山清子という著名な女流陶芸家の人生を追った作品。主人公清子は、夫に逃げられ、男性社会の窯元界で、女一人で立ち向かう。極貧に苦しみながらも、作品にこだわり続け、ついには、独特の色合いを出すことに成功し、陶芸家として高い評価を得るようになる。しかしそんな幸せも長くは続かず、息子に白血病の病魔が襲い掛かる。息子の白血病は、骨髄移植により救うことができるのだが、同じ型の骨髄がなかなか見つからない。清子や、息子の友人達は息子に合う骨髄をみつけれるために、骨髄バンクの創設運動などを行うが、資金もつき、結局は適応骨髄は見つけられない。その後、近い型の骨髄を移植し、最後の望みをかけるが、白血病は再発してしまうのだった。
実話をもとにしているからか、それとも、作り手の能力の高さからか、リアリティがあって、ものすごい迫力があった。主人公の作品と、息子の命に対する執念、病魔と闘う息子の葛藤と、人間の生きる強さを感じさせられる作品であった。
私は親の気持ちはわからないけれど、「適応する骨髄があれば息子は助かる」そういう特殊な状況において、母親は骨髄を見つけるために大抵のことはするだろう。この映画の主人公清子も、骨髄を捜す運動に財産をつぎ込み、最後は借金を背負うところまでいってしまうわけである。結果的に息子は助からないけれど、やれることをやった清子にとって、息子の死はある意味では納得できるものだったと思う。だからこそ、この映画もあのような終わり方にできたんだと思う。
こういう場合、大事なのは、周りが納得することだと思う。死ぬ人間はどうでもいいとは言わないが、未来のない人間のことを考えるより、これから先の未来を生き続ける周りの人間達を前向きにさせてあげることの方が重要に思える。
もし周りの人間が、病気の人間に対し、やれるだけのことをしてあげたと思えるなら、納得し、その悲しみを乗り越え、先に進むことができるだろう。しかし、そう思えなかったときは、後悔を生むし、後々に尾を引くことになってしまうだろう。
とはいえ、白血病のような病気の患者を身内に持つ全ての人々が清子のように行動できるかというと、経済的にも、時間的にも難しいと思う。
そういう絶望的な状況な場合、極端な話、最初から助かる望みが無いほうがいい位である。確かに愛するものが苦しむ状況に対しどうする手立ても無いというのは、つらいことだろうけど、それでも、どうすることもできないなら、できないなりの晩年のすごし方がある気がする。
こういうことを考えてみると、この映画の白血病に関する部分は、人間の命の扱い方の重要な問題提起をしているように思える。見ごたえのある映画をみるとしばらく考えさせられるけれど、この映画もそういう作品だ。 |
| 市民ケーン |
映画史上に残る名作だそうだが、退屈で、途中、何度もウトウトしてしまった。古い映画は今の映画と比べてテンポが遅いことが多いけれど、これもやっぱりそういう手の映画で眠くてしかたなかった。ただ、がんばって最後までみると、見ごたえはあったし、この映画がこれほど高い評価を受けてきた理由も少しわかる気がした。
この映画で注目すべきは脚本の構成だと思う。最初に主人公の謎の死があり、その謎をとくために、記者が関係者の話を聞きにまわり、それらの述懐をもとにストーリーが展開していく。つまり、現在と、過去がなんども交互しながら話が進んでいくわけである。これはいまでこそサスペンスなどでよく使われるあたり前の手法だけれど、この時代において、これだけうまくまとまった話は際立っていたのだろう。
これくらい古い映画は、大抵、ひとつの時間軸のもとダラダラ続くことがおおいけれど、これはそういう意味、話に厚みがあって、最後シーンではなんともいえない感慨を与えてくれたし、見終わったあとにもじっとりとした後味を残してくれた。
まぁいつの時代の人も謎解きのドキドキ感が大好きで、本作はさながら火曜サスペンスの大祖先というところだろうか。 |
| 北の零年 |
久しぶりにこれほどしょうもない映画を見てしまった。脚本もバラバラだし、演技もひどいから目もあてられなかった。正直、コメントする気もうせるくらいの内容で、印象に残っているのは、プリンスシネマ特製のキャラメルポップコーンがうまかったことだけだ。
吉永小百合主演という時点で、胡散臭さを感じていたが、実際に出演作を見たことはなかったので、少し期待してみにいってしまったのが、完全に裏目にでてしまった。吉永小百合というと、漠然と昭和の大女優というイメージがあったけれど、あまりの大根ぶりをみて、完全にアイドルだということをいまさらながら思い知らされた。本作の監督を務める行定勲の前作、「世界の中心で愛を叫ぶ」は大ヒットしただけあって原作のわりにとてもよいできだったけれど、今作は吉永小百合ワールドに完全に食われてしまって、この監督の良さがほとんどなくなっている。大物女優の扱いに四苦八苦している若手監督の光景が目に浮かぶようだ。
まぁ吉永小百合主演というだけで、それなりに客はきそうだから製作側にはそれほど問題はないのだろうけど、監督の評価はこれで下がらざるをえないだろう。 |
| レイ |
ジャズ界の超大物レイ・チャールズの自伝的作品。友人に誘われていったけれど、すごく見ごたえのある映画だった。
正直いって、ジャズに興味を持ったことはなかったから、レイ・チャールズについては、名前を聞いたことがあるくらいで、曲を聴いたことはなかった。ただ、今回、この映画を見たら完全にほれ込んでしまった。ジャズの自由な曲調がとても新鮮に感じられ、最高にかっこよく聞こえた。
また、話があまりにも波乱万丈だから、最後までまったく目の話せない内容であった。ドラック、トラウマ、女性関係、黒人開放運動と、盛りだくさんの中身がぎっしり詰め込まれている。しかも、それでいて、全ての要素が音楽人レイ・チャールズを描くというテーマのもとでつながっているので、しっかりとひとつの物語として成り立っていて、作品全体の見ごたえを生んでくれたのだろう。 |
| ガールネクストドア |
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| インサイダー |
タバコ産業とマスメディアの裏事情を描いた作品。見始めて、昔いっかい見たことがある映画だと気がついた。当時の印象としてはあまり面白くなかった気がするけれど、今回見たら結構面白いと感じた。
主人公はタバコ会社の重役であるが、解雇され、その後、会社のタバコに関する重要機密をマスメディアに公表しようとする。そうした主人公に対して様々な脅迫脅しがなされ、ついにはメディアにも圧力がかかってしまう。
これは実話らしいけれど、たしかにありそうな話である。主人公の言動しだいで、産業自体の存続に関わってくる。そういう特殊な状況にある個人がまともでいられるわけがないだろう。そういう緊張感をこの映画はよく描いてると思う。 |
| 世界の中心で愛を叫ぶ |
前に原作を読んで、あんまり面白くなかったけれど、それでも流行は知っておきたいし、映画にすると化けることもよくあるので、見てみた。
結論からいうと結構楽しめた。原作よりは全然面白かった。ピアノのシーンも、ウォークマンを聞くシーンもなかなかいい雰囲気だった。監督のうまさを感じた。同じ、原作をもらって、それだけのものが作れるのかが、監督の勝負どころだと思うけど、そういう意味では、この映画の監督(脚本家なのかもしれないけど。。)はなかなかだと思う。なかなかああいうアイディアはでないと思う。 |
| 猟奇的な彼女 |
いまはやりの韓国映画である。正直、冬ソナとかヨン様とかは全く興味がないが、この映画は面白かった。主人公の女性のキャラクターはトッピで、漫画チックな話だけど、全体としてしっかりまとまっているので、話に入り込んでしまった。ずーっとアホっぽい展開なのに、いい話でもあり、最後にはどんでんがえしもあり、あきるこはなかった。
日本映画は大好きだけど、こういうエンターテイメントはあんまりないので、日本映画もこういう楽しい映画ができればいいと思う。
これの続編がでているらしいので、見に行けたらいいなぁと思う。
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| スパイダーマン2 |
| 大ヒットしたスパイダーマンの続編。1はそんなに好きではなかったが、弟が見ていたので、つられてみてしまった。しかし、近作はひどかった。話はあまりにも、いいかげんだし、それぞれのキャラクター設定も適当で正直みられたものではなかった。でも最後までみてしまった。同じアメコミ原作のバットマンはいつもかなりのクオリティなのに、なんでスパイダーマンはこんなにだめなんだろうか。でもこれが大ヒットして3も作られるということから考えると好みの問題なのかもしれない。こういう映画には、次からは早めに見切りをつけようと思う。 |
| ディア・ハンター |
ベトナムに駆り出されていった男達の物語。主人公とその友人達は田舎町の狩り仲間で、どこの町にでもいそうな、ちょっとした不良軍団である。しかしそんな彼らも戦争により引き裂かれてしまう。そして偶然にも、戦地で3人は再開し、捕虜になってしまう。そこでの扱いは地獄で、あるものは、恐怖に負け、あるものは恐怖にのめりこんでいく。
ロシアンルーレットにのめりこみ、戦争が終わっても、その世界にいすわる友人を助けるためにロバートデニーロが演じる役が再びベトナムを訪れるが、そこで、みたかつての友人はもはや人間ではなかった。
2人の演技は絶妙で、そのやりとりは壮絶であった。 |
| ハウルの動く城 |
宮崎監督の最新作。興業開始とともに爆発的なヒットで話題になっているので、映画館までいってしまった。話は、主人公の女の子がふとしたことから魔女に呪いをかけられておばあさんになってしまうところから始まる。突如として老女になり家にいられなくなった彼女は旅にでる、そして、旅先での偶然からハウルの動く城に住み着くようになり、そこからハウルとその仲間達との物語が展開していく。
この作品はラブストーリーである。おばあさんになってしまった娘と、悪魔に心を打った魔法使い。お互い煮え切らないものを抱えた2人が少しずつ打ち解けていくことによって、心の壁を乗り越えていく。とてもシンプルなだけに、みていて心地よかった。
ただ、ハッピーエンドなのはいいのだが、あまりにもあっけなかったのが、少し納得いかなかった。
荒野の魔女のキャラクターがとくに印象的だった。 |
| フル・フロンタル |
この映画はちょっとした実験作といえると思う。話は大きく、2つに場面にわけられている。一つは、映画の中の世界で作られる映画。もう一つは、映画の中の世界で映画を作るひとたちの日常。これらは前者がクリアな画質、後者が8ミリカメラでとったような雰囲気の荒い画質にすることによって明白に分かれている。これらによって、映画の世界で生きる人間達の表と裏をドキュメンタリータッチで描いている。
はっきりいって、説明が少なすぎて話についていけなかった。不親切きわまりない。最初は意味がピーマンでイライラしていたが、だんだん面白くなるだろうと思って我慢してみていたが、結局、ストレスがたまるだけだった。久しぶりに頭にくる映画だ。こんな自己マン映画はもう2度と見たくない。 |
| ピーターパン2 |
ピーターパンを子供向けのアニメだといって馬鹿にしてはいけない。確かに子供向けのアニメには違いない。しかし子供向けでも名作は名作だろう。ティンカーベルにフック船長とお馴染みのキャラクターが勢ぞろいだ。ピーターパンは間違いなく名作アニメだと思う。これをみると子供の頃に見たきもちを思い出す。馬鹿馬鹿しいがいまだにピーターパンをみると素直に憧れてしまう。
今回の話はというと、何とウェンディが大人になっているというもので、その子供達を中心に話が展開している。正直いって、驚いたけれど、最後の大人になったウェンディとピーターパンのやりとりにはジーンとした。今回の作品は微妙に大人も楽しめるものだと思う。 |
| デイ・アフター・トゥモロウ |
| 超スーパー災害スペクタクル。最近のハリウッド大作はほとんどといっていいほど、CGが使われているけれど、これほどとことんCGの見せびらかせ映画は無いと思う。話は、ある気象学者が急激な気候変化に関する研究を氷河期を例にだして、説明しているところから進展する。もちろんそんな話はだれも信じないのだが、実際にそれがおこってしまうのだ。ハリケーン5連発、超巨大津波、超豪雪、なんでもありだ。しかもそれが、ロサンジェルス、ニューヨーク、千代田区といった誰でもしっている大都会で起こってしまうからすごい。特にニューヨークが雪に埋もれてしまう映像は圧巻だった。もちろん話は滅茶苦茶だけれど、単純に楽しめる映画だった。 |
| 華氏911 |
ブッシュ政権がいかにして成立したのか?そしてブッシュとはどんなやつなのか?という点を独自の視点でドキュメンタリータッチで描いたもの。まず、最初に、大統領選でのブッシュ陣営の不正をあばきだす。そして、その後のブッシュの政権運営、特にイラク政策、経済政策などとにかく皮肉たっぷりに批判している。軍人が低所得層の若者を軍隊にスカウトしたり、911直後のブッシュの行動を見せるシーンは、きわめて印象的だった。アメリカを研究すればするほど、ここで描かれていることがリアルに感じられる。
当たり前だけれども、日本とは決定的に違う国である。 |
| 着信あり |
携帯電話はもはや、ほとんどの人にとって必需品である。そんな携帯電話から始まる恐怖のストーリー。その街では、「かかって来ると死ぬ」電話の話題でもちきりである。その電話はなぜか自分自身の番号からかかってきて、留守電を聞くと、その受信日は未来の日ずけで、しかもメッセージは自分自身の声である。登場人物はその電話がかかって来ると、決まって、その留守電の登録時刻に、そして電話の内容とまったく同じ状況で死んでしまうのだ。主人公は途中でその事実に気づくのだが、ついには本人もその電話をうけてしまうことになる。そして彼女は助かるため、必死に、原因をつきとめようとするという話。
気持ち悪くて怖いシーンは結構あったけど、最近そういうのに、なれてきたせいかそこまで怖くなかった。とわいえ、そのあと、しばらくは、携帯を見ると、思い出して、少し怖くなった。 |
| 花とアリス |
| 花とアリス、タイトルは、主人公の女の子とその親友、2人の名前だ。仲良しの2人はいつも一緒。そんなある日、花は通学中同じ電車に乗り合わせた高校生に恋におちる。そして2人が別々の高校に通い出すころ、花は電車でみた男子高校生に再び出会い、ちょっとした花の細工によって、ついに恋人同士になる。しかし、もともと不自然に恋人同士になった2人はうまくいくはずものなく、そこにアリスも絡んできて、2人の友情もギクシャクしてきてしまい、そんなことを乗り越え、登場人物たちが成長していくというような話。冷静に考えれば、かなりぶっとんでる話なんだけど、登場人物たちの繊細な心の動きがよく描かれているし、映画の雰囲気に自然と入れる感じで、みていてとても心地の良い映画だった。 |
| みんなの家 |
若夫婦がマイホームを手に入れるまでの話。たまたまやっていたので、見たのだけれど、予想以上に面白かった。多くの人にとって、家は一生で最大の買い物であり、それだけに当事者は真剣そのものである。そんな真剣なもの同士がやり取りがかえって、滑稽なこと出来事を起したりする。そんな人間達のドラマを面白おかしく描いた作品である。
話はというと、マイホームに夢を膨らませる若夫婦が、若いデザイナーにデザインを依頼し、建築を大工である妻に父に依頼するわけだが、ことあるごとに両者は対立し、肝心の若夫婦の希望からはどんどんかけ離れて話が進んでいってしまう。それぞれ強い個性と主張をもつもの同士なだけに、なかなか折り合いはつかないわけであるが、お互いの仕事を理解するうちにだんだん両者は歩み寄っていくという話である。 |
| スタンド・バイ・ミー |
おなじみの名作である。小学校の時に2回見たけど、久しぶりに見たくなった。友達と秘密の基地を作ったり、死体を捜しに行く小冒険。子供の頃見たときは、かっこいいと思った。今みると、そんな自分が懐かしいのと、まだ小さかった頃の、友人関係を思い出したりした。小さい頃は年上はとても大きくてかなわない存在だったし、友人関係も今とはぜんぜん違う見えない力関係のようなものがあった。そんな子供社会がよく描かれていると思う。
昔見たときは、死体探しの旅が印象に残ったが、今回は、最後の別れのシーンが印象的だった。ただ、後に作家となる主人公と、まじめながらも不良とされてしまう親友の友情は昔と変わらず、心にしみた。 |