日本語教師には、資格というものがあるのでしょうか。弁護士や医者のような国家試験はありません。学校での国語や英語の教員のような、地方の教育委員会の試験もありません。大学の日本語教員採用の際に重要視されるのは、教育経験よりも研究業績であるケースがほとんどです。極端な話、教員免許がなくても大学教員になれるのです。
では、社会的には何をもって、日本語教員の資格というのでしょう。歴史的な流れを整理しましょう。中曽根元首相が1983年に提言した「留学生十万人構想」にあわせて、2000年に約25,000人の日本語教師が必要となると試算されました。その教員に資格として文化庁が『日本語教員養成等について』を発表しました。そこに、「日本語教員養成のための標準的な教育内容」として、一般の日本語教員養成機関では420時間、大学の副専攻では26単位、主専攻では45単位、大学院では主専攻24単位、それ以外では28単位が必要と決められました。1987年には当時の文部省学術国際局から「日本語教員検定制度について」が発表され、大学や大学院のカリキュラム作成上の目安となりました。これが後に行なわれる日本語教育能力検定試験の出題範囲となっていきます。1988年に「上海事件」(日本の日本語学校へ進学したい学生のビザが、授業料などを振込んだにもかかわらず発行されないため、駐上海日本領事館に対して抗議行動が起こされた事件)が起こったため、関係の官庁が集まり日本語学校の資格をチェックする機関として日本語教育振興協会(略称、日振協)が作られました。同年、日本語学校運営のガイドラインが示され、そこに日本語教師の資格として、主専攻・副専攻修了したもの、日本語教育能力検定試験に合格したものがあげられました。このガイドラインにはその他に、日本語教育の専門的な知識・能力を持つ人たちのための枠も設られましたが、そこには日本語学校で1年以上従事したもの、または420時間以上の日本語教育に関する研修を受講したものという条件が付されました。1989年には第1回の日本語教育能力検定試験(最初は「日本語教員検定試験」という名称だったようですが、合格してもそれが直接採用に結びつかないことから現在の試験の名称になったようです)が実施されました。当時は現職教師の資格認定のような意味合いがあったと記憶していますが、主専攻・副専攻の修了生の増加にともない、教員の新採用の資格のように使われるようになりました。ここでは、「ようだ」という語がたくさん使われていますが、これらの流れに田尻が直接かかわったわけではないので、こういう書き方になりました。いつか、当時の関係者が事実関係を話してくれるようになることを期待します。
大学のカリキュラムの大綱化にともない、主専攻と副専攻という区別はなくなりました。2000年には、日本語教育能力検定試験の新しい内容(3領域5区分)が示されました。この新しい領域をすべてカバーしているカリキュラムを持つ大学は、日本でもわずかしかありません。2003年度からはこの新しい教育内容にそった教員検定試験が実施されます。大学での日本語教員養成は、今大変な問題に直面しています。それは、この新しい検定試験は大学の日本語教員養成課程修了者なら合格するはずとうたわれているからです。結局は、日本語教育能力検定試験に合格しなければ、日本語教師の資格を持っているということにならない、ということになっていくのでしょうか。それを受けての日本語学校などの教師採用の基準がどのようになっていくか、よくわかりません。教員検定試験の新しい教育内容は、日本語教育のあるべき姿を示したもので、それがそのまま日本語学校で必要とされている日本語教師の能力と一致しているとは限らないからです。日本語学校などで開かれている日本語教師養成講座も、大学と同じような問題にぶっつかっています。さらに、日本語教員の検定試験が筆記試験だけでよいのかという、検定試験開始当初からの問題点もまだ解決していません。今後、日本語教員養成がどのように変わっていくかを、このホームページ上でもお知らせしていくつもりです。
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