アール・ゾイド「メトロポリス」を見て

 フリッツ・ラングの「メトロポリス」は、極端にデフォルメされたセットと怪奇的・人工的な表現が世界に衝撃を与えた、豊裕階級と労働者階級の対立を巨大な近未来的セットを背景に描いたドイツ表現主義の映画である。
 今回のアール・ゾイド「メトロポリス」上映コンサートで、室内楽をプログレッシブに発展させたチェンバー・ロックを代表するバンドとして、アバンギャルド・ロック界のリーダーであるアール・ゾイドが「メトロポリス」とのコラボレーションに挑戦した。

 メトロポリスは高度に文明が発達し、飽食の日々を過ごしていた。しかし、それを支えているのは過酷な労働に耐える地下の人々だった。豊裕階級の若者フレーダーは、労働者階級の娘マリアと一緒に豊裕階級と労働者階級を平和にしようとする。しかし、労働者階級の反乱をおそれたフレーダーの父フレーダーセンは、ロトワング博士によって生み出されたロボットをマリアそっくりに仕立て上げ、地下に送り込むというストーリーである。
 最初、この映画を見て映像が白黒で暗く、怖いという印象をもった。それはドイツ表現主義の時代の社会状況が影響しているのだと思う。また、役者の顔の目のまわりが黒くて、顔が気持ち悪かった。そして、くねくねした動きのマリアがとても奇妙だった。もともと、サイレント映画であるから身振りを大きくして、表情と動きで表現しようとしていたのだろう。普段、私は言葉が聞こえる映画を見ているので、よけいに違和感を感じたのだと思う。
 「メトロポリス」にあわせた、アールゾイドの演奏は、重低音とパーカッションが主で、映像と音がぴったり合っていた。いつも見ている映画には、最初から音が入っているが、この「メトロポリス」上映コンサートは、生で音楽が付けられていて迫力がちがった。このときの演奏は、重低音ばかりであったが、(映画に合わないかもしれないけれど)もし高めの音程で演奏されていたら、ぜんぜん違った雰囲気の映画になるのでは、と思った。

 この「メトロポリス」とアール・ゾイドのコラボレーションによって、音をもったサイレント映画を体験することができた。今までなかった組み合わせでコラボレーションすることは、とても新鮮だなと感じ、またそういった作品を見たいと思った。