「こり」とはなにか?
 私たちは、日常生活の中で、さまざまなストレッサーに遭遇します。肉体的にも精神的にも苦痛や疲労を感じ、ストレス状態に陥っている人は増加する一方です。ストレス状態とは、体の内外から感じさせられる刺激(ストレッサー)によって陥ってしまった苦痛な状態を指しています。その状態にあるときは、さまざまな症状を感じます。頭痛、頭重、眼精疲労、頚の痛み、肩こり、背腰部の重さや痛み、便秘、下痢、食欲不振、息苦しさ、のぼせ、足のだるさ、足の冷え…。いわゆる不定愁訴症候群といわれるもののほとんどが、この中に入ってきます。
 そして、そのようなとき、からだをさぐってみますと、あちこちに緊張や圧痛・こり・冷え・熱感など、さまざまな所見が見られます。これらを総称して、体表症候群といってもよいと思います。しかし、ここでは、昔から日本人の間でそのような状態を表現する言葉として、使われていたこり、という語で代表させたいと思います。
 
日本人と肩こり
 欧米人には肩こりという概念がないといいます。肩こりがないのではなくて、「肩こり」という概念がないというのが正しいようです。

姿勢と意識
 こっている状態はある一定の姿勢を意味します。仕事であれ、趣味であれ、その事柄に意識が集中し、その状態を維持するためには(そのことにこるためには)、体は一定の姿勢を保つ必要があります。気分や意識は体の意識となって現れますし(これをボディーランゲージ、身体言語といってもよいでしょう)、その姿勢を維持することで精神は一定状態に保たれます。
 これは、もちろん仕事や生活をする上で大事なことです。いつも不安定な精神状態にあると仕事に身が入らず、生活も乱れがちとなります。また、一定の姿勢を保たなければ意識は霧散してしまいます。
 しかし、ここに、一つの落とし穴があります。姿勢を一定に保つには、その姿勢を維持するための持続的な緊張が必要です。それは筋肉のみならず意識にも必要です。しかし、必要な緊張でありながら、あまり長く筋肉(実は意識や精神)を緊張させつづけると、その筋肉は疲労し、ついには「こり」の状態になるのです。筋肉の疲労をとるには、別の姿勢をとって、ほかの筋肉を緊張させ、疲労した筋肉は休ませてあげればよいのです。しかし、筋肉があまり疲労しすぎたり、また、休息や睡眠のときも精神の緊張を緩めることができずに筋肉を緊張させ続けているような(精神)の状態に陥ってしまうと、これは厄介です。
 つまり、そのように緊張を緩めることができない肉体的・精神的状態が、こっている状態なのです。 



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