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テーマ:安寧の宗教:イスラーム
ムスリムの皆様、慈悲自愛が無限である偉大なるアッラーは、最も貴いものとして創造した我々人間に、どのような生活をすれば現世においても来世においても幸せになれるかを、お授けになった預言者達通して伝えてくださいました。その預言者達の最後は預言者ムハンマドSAWであります。
アッラーSW及びムハンマドSAWが人間にお勧めしたのは、これらの聖なる教えを受け入れ、日常生活において守ることであります。
偉大なるアッラーは私達にどのようなことをお勧めしたのかについて一つ例を申し上げましょう。それはクルアーンのナフル章大90節であります:「本当にアッラーは公正と善行、そして近親に対する贈与を命じ、また凡ての醜い行いと邪悪、そして違反を禁じられる。かれは勧告している。必ずあなたがたは訓戒を心に留めるであろう。」
ムスリムの皆様、この節の中で偉大なるアッラーは、私達に守ってほしいと訓戒されることを少し細かくみてみましょう。
まず「公正または正義」を守ることがとなえられます:「公正または正義」とは、どんな場合や場面においても、正しさを追求し、正しいことを守ることを意味します。他人の権利を侵害せず、自分の権利同様に尊重し守ることです。
「イフサーン」とは善行という意味で、周囲に対して優しく接すること、資源を守り、分ち合うこと、無駄遣いをしないこと、人間も物も大切にすることです。もう一つの意味は、アッラーを実際に見ているかのように僕としてアッラーに崇拝をすることです。
近親を守り、助けること:親戚や近所で困っている者がいれば助けること、かれらを親切で優しく扱いうことです。これをもって同じ環境の中で生活しているもの同士の絆を強くし、親近感を継続的に維持することが可能になります。
また、同じ節において偉大なるアッラーはやってはほしくないことをいくつか指摘されています。
以上の節で指摘されるものだけ取り上げましょう。
「ファフシャー」:嘘、私通などの悪行を意味します。
「ムンキャル」:宗教的、倫理的に考えてよくないまたは悪いと思われる凡ての行為や行動を意味します。
「バギッユ」:他の人々に比べて自分が優越だと考え、その他の人々を抑圧し、迫害することを意味します。これらは、個人または社会に被害を及ぼし、安全と平和を脅かす結果を生んでしまいます。
ムスリムの皆様、今日、物があふれても人類は幸せにはなりません。将来に対する希望や期待も持ちえません。世界のあちらこちらで弱者の悲しみや苦しみが止みません。残念ながら、愛や慈悲の感覚が失われ、人々の心が硬くなってしまっております。
しかし、人間の創造の理由は、創造者を知ること、そして、互いに愛と平和の原則をもって接すること、寛容に扱うことであります。正しいことを守り、法を守ることであります。善行を行うために競争し、そのために助け合うことであります。
偉大なるアッラーはマーイダ章第2節において次のように語ります:
「寧ろ正義と篤信のために助け合って、信仰を深めなさい。罪と恨みのために助け合ってはならない。アッラーを畏れなさい。誠にアッラーは懲罰に就いて厳重であられる。」
ムスリムの皆様、偉大なるアッラーは、善行、美徳がなくなってしまうこと、悪行、迫害、見苦しいことが拡大してしまうことは好みません。アッラーは、あるハディース・コドスにおいて、:「僕よ、われは、迫害することを自分に禁物(ハラーム)とした。あなたがたの間での迫害も禁物とした。互いに対して迫害をするな。」と忠告しています。
また、偉大なるアッラーは、イブラーヒーム章第42節において次のように語ります:
「不義を行う者を、アッラーは疎かになされると考えてはならない。かれは(恐れのために)目が坐る日まで、かれらに猶予を与えられるだけである。」
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