2004年9月14日(火)
なんやろ…

今日、同行中のガソリンスタンドで朝日新聞を読んだ。朝日新聞を読むのは、寮を出て以来。こっちに来てからはビジネスのため、と日経を読んでた。なんか違う、と思いながらも。最初に読んだ朝日新聞の夕刊。一面のタイトル。

「行方不明の3歳児が遺体で発見される。」
「宅間守死刑囚に刑執行」
「イラクに大量破壊兵器はなかった。」

私にとっては衝撃的な内容すぎた。これが日経やったら、「ソニー、MGM買収」がトップニュースになってたんやろな、と頭の片隅で思いながら。なんで、これを目にしたんやろ?夕刊を読むのも寮を出て以来。それやのにこんな三つの記事がある日に目にした。

やっぱり私はこの軸からぶれたくない。そう心の中で叫んでるんやろうか。それとも、やっぱりおまえはこっちや、てどっかで何かが引っ張っているんやろうか。先月の終わりごろかな?

腹をくくった。なんか目の前がすっきりした。私は教師になりたいんだ、と。国際人事に配属になって、毎日英語を使って、人を見ることもできる仕事。もしかしたらこの会社の中で私が一番したかった仕事かもしれない。だからやりがいはある。仕事は楽しい。でも、子供達と触れ合っている時に感じる、あの充実感、幸せな気持ち、何を犠牲にしてもいい、と思える状態には程遠い。だから腹をくくった。

それならば、これからの会社人生活で私は一体何を学び取ればいいんだろう?すごく悩んだ。泣いた。とりあえず、立ち直った。歩かなきゃ、と。そうして、営業研修に入った。やっぱり毎日あやふや。でも、今はそれでもいい、と思える。

そんな中で見たニュース。
私が大学3回生の時に生まれたような子が殺されていく世の中って一体何がどうなってるんやろう?
池田小学校の事件は、教職の授業の前か後に、新町校舎の自転車置き場で近くを歩いていた男の人2人が話していて知った。人の話を聞いているだけやから、まさか、と耳を疑ったし、信じることはできひんかった。そんなことがあるはずがない、って。小学生が大量に殺されるなんて。そうして、急いで家に帰って、夕刊を読んだ。夕刊を読みながら泣いてしまった。そんな大学生の私を思い出した。今日はそんな事件の加害者のあまりにも早い死刑執行に目を疑った。反省もないまま刑が執行されるなんて。子供が殺されることは、どのくらい苦しいことなんやろ。あの時、お父さんに「お父さんが、殺された親の立場やったら、殺した人許せへんやろ?」て聞いた。そーしたら、「殺しにいくわ」て答えはった。それは愛情からくるもんで仕方ないのかもしれない。でも、もう一つの記事を読みながら考えた。
イラク戦争の大前提やったweapon of mass destrucion。一体この言葉を何回聞いて、何回書いたんやろ。それがなかったんや。オイルか脅威か。なんなんやったんやろ?

人はやっぱり復讐をしたいんやろか。復讐をしないと生き延びれないんやろうか。自分の心を癒すために、自分の欲求を満たすために、人を傷つけずにはいられへんのかな。

そんなことを毎日考えて、泣いていた私やった。それやのに、今毎日会社にたんたんと行っている。やっぱりそんな人にはなりたくない。そう思ったり色々考えたんで日記を書いてみた。

2004年7月14日(水)
足踏み

足踏み。
してたんじゃないだろうか?
アメリカから帰ってきて、方向性を失って、流されるまま就活をした。自分の意思を持ってしてたつもりではいるんだけど。なんか、思ってた以上に簡単に就職が決まって、ふらふらしてた。糸の切れた風船だった。

そうしてる内に、足踏みすることを覚えちゃったんじゃないだろうか。毎日「生きている」ということを実感しつつ生きていた。それはそれでしんどかったけど、充実してた。

いつの間にか、そうしないことに慣れちゃってた。頑張る方向を間違ってたのかなぁ。会社で一生懸命すること。そして結果を残して、殴り込みをかける。それもそれでいいけど。後で後悔はしたくない。

だから、今一度夢に向かって頑張ってみよう。

工場実習で頭に余裕があると、こんなことも考えてしまうなぁ。

2004年7月12日(月)
ひさびさに

工場研修が2週間目に入った。
ということよりも、書きたいのは「新庄」
昨日は、オールスターやった。
テレビがないから、見れへんかったけど。
でも、ネットで見た。

ホームラン予告。
バンド。
ホームスチール。
二塁打2本。
MVP。

色んなことを抱えながらも、笑いながらみんなを楽しませている。そんな様子を見ると、留学中のことを思い出した。
LAで見た新庄。そして、その時の自分を思い出した。
毎日自分と戦うのに必死だった頃。どれほど、彼の行動に勇気付けられたことか。

毎日ただ生きている今。どーせ、今だけだから。経験が欲しいだけだから。
と心のどこかで思っている。
それが、行動のどこかに出ている。

これなら、やることがなくて、生きる意味を問い続けていた去年の方がましなんじゃないだろうか?
ふと、そんな風に思った。

別に自分でそんなつもりはないけど、人から「元気がない」と言われる。
原因は何なんだろう。
分からないけど、もしかしたら面談が理由かもね。

前向きに楽しくいこう。
そう決めて、ふつーにそうしてた。じゃあ、強い人に見られた。
もう強い人にはなりたくなかった。
本社に行きたかったから、がんばってみた。GW以降頑張ろう、と思った。
それが裏目に出た。営業むいてるんじゃないか。
そのためにがんばったんじゃないのに。
そう思ったのかなぁ。それが態度に出ちゃったのかなぁ。

2004年6月14日(月)
去年の今頃

一体いつぶりの日記なのか?
そんなことは分からないけど、とりあえず。

去年の今頃。
私は、最後の日の出を見て感傷的になろうとしていた。日記が消えてしまったから詳しいことは覚えてないけれど。日本に帰る日。6月14日を前々から心楽しみにしていた。「帰りたくない!」ていう感情が全く湧かない自分にとまどいながらも。

あの時の空気、雰囲気、様子が、まるで先月かのようにありありと思い出すことができる。

あれからの1年間。私は退屈と戦ってきた。自分の生きている意味を毎日のように自問自答した半年。ただなんとなく日々が過ぎていくことに対するどうしようもないいらだち。留学を目指した大学時代5年のうちに、私は大きく変わった。卒業して2ヶ月経って、落ち着いてそんなことを振り返ることができる自分がいる。

3月に行ったアメリカ旅行がその象徴だった。

なぜ私は今日、日記を書く気になったのか。
その理由は1周年、というだけではない。
明日、配属面談があるから。
この日に面談があるのは、そーいうふうになっていたんだと思う。私はすぐにそう考える。
だから、過去の日記を読み返した。
自分があんなに色んなことを毎日考えて、必死に生きていたことにびっくりした。すっかり忘れた。ほんとに明日がんばらないと昔の私に申し訳なさすぎる。

秦野に来てから、登校中の小学生を見てふと思った。「私は、こんなことをするために、小学校の頃から生きてきたんだろうか。」平凡な日常から、勝手に悩みを見つけてきて一人悩んでしまう性格。それは直そうとしてもどうにもならない。だから人よりは考えてきたはず。

明日ですべてが決まるわけじゃないけど、やっぱり少し立ち止まって考えたくなった。

私は、この1年間どうして生きてきたのか。その前の1年間はどうやったんか。
そして、それまでの人生はどうだったのか。

2004年2月10日(火)
九州旅行

2泊3日で九州旅行に行ってきた。
たえちゃん、しまさん、もろちゃんと私。
懐かしの中高メンバー。
なんか昔にタイムスリップしたような時間でした。

2月8日は朝4時半起きで、朝一から飛行機で大分に行った。そして別府観光。別府は一度行ったことあったけど、相変わらず硫黄と煙に囲まれた町でした。

その次に臼杵に行って石仏を見た。平安〜鎌倉時代に彫られたらしい石仏。岩の壁をくりぬいて出できた仏さん。そして、"The Last Samurai"の舞台のようなのどかな村。しばらくそこに座っていたい気がした。

次は、竹田。ここは、滝廉太郎の「荒城の月」の舞台となったところ。隠れキリシタンの礼拝場はかなり怖かったけど、武家屋敷の町並みはほんとによかった。夕闇に消えそうな江戸時代の町。道も細くて。滝廉太郎の家のところには、やっぱり「瀧」さんが住んではってちょっと感激☆近くには、「滝廉太郎トンネル」っていう通ったら、彼の曲が流れる優雅なトンネルがあった。なにやら、道には迷いまくったけど、素敵なところでした。

そして、阿蘇に辿り着いたのは、日もとっぷり暮れた頃。だから、景色はよく分からんかった。とりあえず、ご飯食べて、前日2時間睡眠を回復すべく爆睡。

2月9日は、朝から「オルゴール作り」をした。なんとまぁ、2時間も使ってしまった。でもおかげで超個性的なオルゴールができた…。昼からは、阿蘇に上った。雪がけっこうあって、かなり寒かったけど、噴煙を見たり、絶景をみたり。

山を下りてからは、「白川水源」っていう水がたっぷたっぷ湧いてるところへ。感激。そして、またまた山越え。途中でよったお食事処は、かなりおいしくて大満足。マラソンの有森さんや高橋選手なども来てたみたいで、ちょいとすごい。

夜は、黒川で温泉。いやぁ、怖かった。あんなに怖くて寒い温泉は始めてやった。しまさんの自由を奪ってしまった・・ごめんねぇ。でも、お宿はもうかなりよくて、何回でも行きたいくらい。

そして、今日は、みんなが朝から温泉めぐりに行ったにも関わらず、私は諦め。朝から温泉に入る元気が出ず…。もったいないことをしたなぁ、と思いつつまぁいいさ。最後は、熊本市内へで、熊本城&熊本ラーメン。

今日は本当に天気がよかった。ので、帰りの飛行機からの眺めはさいこー。大阪遊覧を楽しみました。まぁ、でも離陸時は、滑走路に入る前から寝てしまったので何も楽しめず・・

まぁ、そんなこんなの2泊3日でした。なんか、色んなことをして、ほんとに盛りだくさんやった。楽しかった。みんなありがとー。

この3日間の一番の感想は、3日でこんなにいっぱいのことができるのに、私は日々時間を無駄にしてるなぁ、と。。ほんと反省。明日からこそがんばるぞっ。

そーいや、帰りに京都駅で外国人の女の人が地下鉄の乗り方を困ってたので、話しかけてみた。英語を使うのは一体何ヶ月ぶりやろ。話せるようで話せない。口からすらすら出てくるようで、やっぱり詰まる…。ふぅ。そう、その彼女、DCから来たらしい。今度DCに行くつもりな私は、その偶然にびっくり。DCで彼女を訪ねていいってさ。私の泊まるホテルは彼女の家の近くらしい。ほんとびっくり。世の中いろんなことがあるもんだ。

2004年2月1日(日)
立ち直り!!

失意のあまり1週間、HP作成から離れてた。
またHPを触ったら、色んなものが消えていくんじゃないだおろうか、ていう不安から、開くことができなかった。でも、今日踏ん切りがついて、また帰ってきた。もうアナログ人間として生きていく、て思ったけど、まぁとりあえず色々やってみよう。

今週はちょっと忙しくなりそうやけど、今週でテストも終わり!!なので、来週から本格的にHP作成に入ります。今までの写真を色々ちりばめてみよーっと。

日記が消えたことは、日記があるからいつでも思い出せる、ていうのじゃなくて、いっつも心の中にあの日々を置いておけ、ていう神様の声だったということに。あの時の私があるから、今の私がいる。だから、あそこで必死に生きていた私を無駄にしちゃいけないんだ、と。今日、話を聞いてもらって思えた。ほんといつもお世話になります。。ありがとね。

2004年1月25日(日)
はぁ…

新ホームページの最初の日記。
それやのに、いきなりブルーな報告…
ありえへん…
なんか、昔の日記ページを移動しようと触っていたら消えた…ありえへん…

留学最後の3ヶ月間の日々が飛びました。
あぁ、ありえへん。。
あまりにショックなので、、もう寝よう。。
はぁ。。

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