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今日、同行中のガソリンスタンドで朝日新聞を読んだ。朝日新聞を読むのは、寮を出て以来。こっちに来てからはビジネスのため、と日経を読んでた。なんか違う、と思いながらも。最初に読んだ朝日新聞の夕刊。一面のタイトル。
「行方不明の3歳児が遺体で発見される。」
「宅間守死刑囚に刑執行」
「イラクに大量破壊兵器はなかった。」
私にとっては衝撃的な内容すぎた。これが日経やったら、「ソニー、MGM買収」がトップニュースになってたんやろな、と頭の片隅で思いながら。なんで、これを目にしたんやろ?夕刊を読むのも寮を出て以来。それやのにこんな三つの記事がある日に目にした。
やっぱり私はこの軸からぶれたくない。そう心の中で叫んでるんやろうか。それとも、やっぱりおまえはこっちや、てどっかで何かが引っ張っているんやろうか。先月の終わりごろかな?
腹をくくった。なんか目の前がすっきりした。私は教師になりたいんだ、と。国際人事に配属になって、毎日英語を使って、人を見ることもできる仕事。もしかしたらこの会社の中で私が一番したかった仕事かもしれない。だからやりがいはある。仕事は楽しい。でも、子供達と触れ合っている時に感じる、あの充実感、幸せな気持ち、何を犠牲にしてもいい、と思える状態には程遠い。だから腹をくくった。
それならば、これからの会社人生活で私は一体何を学び取ればいいんだろう?すごく悩んだ。泣いた。とりあえず、立ち直った。歩かなきゃ、と。そうして、営業研修に入った。やっぱり毎日あやふや。でも、今はそれでもいい、と思える。
そんな中で見たニュース。
私が大学3回生の時に生まれたような子が殺されていく世の中って一体何がどうなってるんやろう?
池田小学校の事件は、教職の授業の前か後に、新町校舎の自転車置き場で近くを歩いていた男の人2人が話していて知った。人の話を聞いているだけやから、まさか、と耳を疑ったし、信じることはできひんかった。そんなことがあるはずがない、って。小学生が大量に殺されるなんて。そうして、急いで家に帰って、夕刊を読んだ。夕刊を読みながら泣いてしまった。そんな大学生の私を思い出した。今日はそんな事件の加害者のあまりにも早い死刑執行に目を疑った。反省もないまま刑が執行されるなんて。子供が殺されることは、どのくらい苦しいことなんやろ。あの時、お父さんに「お父さんが、殺された親の立場やったら、殺した人許せへんやろ?」て聞いた。そーしたら、「殺しにいくわ」て答えはった。それは愛情からくるもんで仕方ないのかもしれない。でも、もう一つの記事を読みながら考えた。
イラク戦争の大前提やったweapon of mass destrucion。一体この言葉を何回聞いて、何回書いたんやろ。それがなかったんや。オイルか脅威か。なんなんやったんやろ?
人はやっぱり復讐をしたいんやろか。復讐をしないと生き延びれないんやろうか。自分の心を癒すために、自分の欲求を満たすために、人を傷つけずにはいられへんのかな。
そんなことを毎日考えて、泣いていた私やった。それやのに、今毎日会社にたんたんと行っている。やっぱりそんな人にはなりたくない。そう思ったり色々考えたんで日記を書いてみた。
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