| 〜 Thai Life 〜 |

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6月16日 (月) 〜 雷鳴 〜
今日は”RC-Design”の授業があった。
この授業がまた俺の専門の授業だったので少なく見積もっても
90%ぐらいは理解したつもりである。
英語も前の数学と違いうんていの差で聞きやすかった。
意外と教室にも緊張しないで行けたし・・・
授業の前に、UFM(カフェテリア名)で友達になった
PuiとPちゃんに出会ったことが幸いしているだろう。
一人で授業を受けに来たという感じがしなかった。
今日の授業は大満足だった。これなら単位が取れそうだ。
昼はスリランカから来ているアヌーシャと研究室の先輩であるキップスさんと飯を食った。
このスリランカのアヌーシャがうちの大学の同じ研究室仲間である
スリランカ出身の人を知っていたから驚きである。
世界は意外と狭いのかもしれない・・・
飯を食い終わりいつも通りUFMでCoffeeを買い一服しようとしてたらPuiが居た。
話をしてる内に分かったのだがPuiは学部の4年生であるが32歳であった。
どうりでいつも貫禄があると思った。
基本的に俺の場合昔からそうであるが悪そうな人たちしか声をかけてこない。
でも、話をしてみると意外と良いやつが多かったりするのである。
Puiの場合もそうである。
最初声をかけられた時は「おっ、来た来た〜。また、この手のタイプかぁ」なんて思ったが
話をしてみると良い人である。しかも、酒好きというところが同じである。
類は友を呼ぶという言葉のまんざらではない。
家も近くにあるということで俺の酒飲み友達第一号に認定されそうである。
研究室外の友達がはじめてできたような気がした。
二人でUFMにてプカプカやりながらいろんなことを話した。
近いうちに是非とも一杯やりたいものである。
午後は土曜日に面食らった数学の復習と予習に精を出した。
授業では内容ぐらいは理解していたつもりであるが
いざ復習してみるとクソだった・・・
英語もさることながらないよう理解も乏しかった。
しかも、久々の数学であったので計算能力もひどいものであった。
これは、本当に頑張らないと単位は厳しそうである。
午後も5時に近づき今日も運動に誘われた。
BOYがサッカーをしようというので俺も参加の意思を表明した。
が、しかし・・・
5時半を過ぎ
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6時を過ぎ
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6時半を過ぎ
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誰も俺に声をかけるものは居なかった・・・
気が付いたらサッカー組はもう研究室から消えていた。
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って・・・おい!俺は???
それなら最初から誘うなよBOY君・・・(怒り)
ということでじゃかん切れ気味である。
外も今はスコールが降り続いている。
空一面ががビカッと光り輝いた後、地鳴りのような音が時々聞こえてくる。
まさに俺の心を映すような空模様である。
まじでやられた・・・
今日も酒が進みそうである。
6月17日 (火) 〜 ”札幌” 〜
今日判明した。新事実!!
それは昼時の出来事であった・・・
いつも通り研究室の向かいにある食堂で飯を食べた。
今日はおばちゃんが「マイぺ(辛くない)」と言ったのに
辛くて食後は少々腹が暑かったのを覚えている・・・
タイ人の味覚は時々信用できないので物を見る目が必要である。
こんなものが新事実でもなんでもない。
それは、食後に突然やってきたのであった・・・
今日は先輩方が食後のデザートに果物を数種類買ってきたのであった。
一つはマンゴー。
この食い方が結構ありえない・・・
砂糖と塩とスパイシー系の何かが入った袋に「さっぱりマンゴー」を入れて食べるのだ!
甘いのかしょっぱいのか辛いのか分からないマンゴーであった。
つまりは、マンゴーをタイで食べるならそのままの方が美味しく頂けるということである。
まぁ、こんなのもさしたる問題ではない。
問題は、次の果物であるパイナップルである。
パイナップルは日本にもあるがやはり世界では呼び名が違ってくるのである。
ちなみに、先ほどのマンゴーはタイでは「マッ・ムーアン」と呼ばれている。
しかし、我々日本人にしてみるとパイナップルの呼び名が可笑しい。
「札幌」
そう、「さっぽろ」と呼ばれているのである。
自己紹介で”I came from Sapporo."とタイで紹介したいた俺は
「私はパイナップルからやって来ました」と言っていたことになる。
まったくばかげた話である。というか面白い。
まぁ、実はちゃんとした言い方は「サッパーロ」なのであるが
別に、「札幌」でもタイではパイナップルを購入可能である。
タイ語を話せない日本人でもパイナップルは購入できるということである。
AMAZING THAILAND
今日もタイの学生と話していて思ったのであるが
英語もさることながらなぜこんなにも日本語を知っているのであろうか。
道路には日本の車が走っており。
TVをつければ日本のドラマがやっていたり。
コンビにには海苔が売っていたりする。
授業でも日本語の授業が有るぐらいこの国の親日ぶりは目を見張るものがある。
そのおかげで英語というツールのほかに日本語やタイ語をツールに使えるので
会話は非常におもしろい。
今日もコーヒーを飲みながら学部の4年生とそんな感じで小一時間も話し込んだ。
早く、やつらみたいに英語がすらすら出てくるようになればよいのであるが。
未だに英語の方は発展途上段階にあるようである。
タイ語の方が多分伸びているのでないだろうか???
なんて事はさすがに無いだろうが・・・
今日は飯屋の人にはじめてタイ人に間違われたのである。
俺が「カーオ・パッ・ム〜(豚肉チャーハン)」を頼んだ時
店主が「注文は紙に書いてくれ」らしきことを言ってきた。
俺が「ポッ・ペッ・コン・イープン・カップ(私は日本人です)」と伝えると。
やっと気づいたようで俺の変わりに紙に注文を書いてくれた。
100%日本人顔とまで言われつづけたこの3週間。
俺のタイ語がとうとう飯屋の人を惑わせるまでに成長したということである。
なかなか良い気分・・・(−。−)¥
この調子でタイ語の方もガンガン覚えていこうと思う。
字の方はてんで読めないのであるが・・・
飯屋に居た裸エプロンの男の子はまだ小学生低学年ぐらいのとそ頃に見えたが
非常にしっかりしていて「料理が出来るまで椅子にかけていてくれ」的なことを言ってきた
非常に良く出来た子である。
一番驚いたのが料理を受け取った後に「ありがとう。さようなら」
日本語を話したことにビックリした。
こんな小さな子まで日本語を知っているのである。
AMAZING THAILAND
今日はafter5にバトミントンをやったせいで体がやけに重い・・・
それもこれも33歳になるNoiさんにこてんぱんにのされたからである。
10歳の差が有るのにバトミントンのレベルが違いすぎて全然歯が立たなかった。
負けず嫌いの性格上、自分の体が動かなくなるまでやる。
結果、体が重くなる。
俺の運動はいつも何故か心地よいレベルをとうに超えてしまうのである。
程々にしておけばよかった・・・
帰ったらバタンキュウである。
明日も授業が無いが果たして何をしようか???
その前に果たしてこんな体で明日起き上がれるのであろうか???
ご老体の体に一抹の不安を抱えつつ今日が終わろうとしている・・・
6月18日 (水) 〜 IdentityとCooperation 〜
最近ちょいと考えることがある。
自分らしさと協調性の関係について。
タイに来て早4週間目である。
日に日に知り合いや友達が増えて来た。
同じ研究室、技官の人、学部4年生、他学科の人、他学部の人、などなど。
年齢も様様で上は30歳を超え下は18歳までと幅広い。
大学1年生の時も今と同様に爆発的に知り合いが増えていった。
でも、どのようにそこから信頼関係を構築していったかなど覚えちゃいない。
というかそのようなものは考えるまでも無く自然となるようになっていた。
今、フィールドが変わり似たような環境に置かれている。
ただちょっと違う所は、言葉が通じないことと文化が異なることである。
言葉が通じないことは無いが、自分の言いたいことを伝えられないジレンマと言うのは
そうとう人間関係に支障をきたす。
基本的に浅はかな人間関係というのが嫌いな性質で
表面的な付き合いというものに非常に疲労を覚える。
しかし、どこで生活しようとも協調性は重要である。
俗に言う付き合いというものである。
付き合い。
これがまた微妙である。
自分のスタンスが保たれているのかどうか疑問に思われる時がある。
自分らしさ。
自分らしさとは一体なんなのか。
今は、こちらのスタイルに合わせることが多いように思われる。
郷に入れば郷に従え
この言葉に尽きる。
右も左も分からぬこの地において
俺の選択肢は、非常に安全側に傾いているような気がしてならない。
それは、俺の判断に非常に影響を及ぼしている。
外国ということもあり集団からあぶれてしまうことに非常に恐れを抱いているに違いない。
たぶん、もう少し英語なりタイ語なりを話せれば違ってくるのであろう。
自分を表現でき、人の意見を聞き入れることが出来れば世界は変わるはずである。
日本の先輩がこのようなことを言っていた。
「海外で生活することとはどういうことかを学んできてください。」
これに対する明確な回答というものは存在しないと思うが
今、身をもって体験している。
この問いが俺にとって生活に支障をきたすほどの大きな問題となってるわけでもなく
生活は楽しく順調に進んでいる。
ただ、スタイルとか自分らしさと言うものに対しては結構ルーズになっているような気がしたので
久々に自分について考えてみただけである。
自分らしさと言うものは別に他人に誇示するものでもなく
自分の中に確固たるものがあればよいと思う。
そう、ただそれだけのことである・・・
授業も無く、勉強も飽きて、そんなことに考えをめぐらせてみた今日であった。
6月19日 (木) 〜 Ice-Coffee in Thailand 〜
今日は、初めて学部の学生と昼飯を共にすることとなった。
最近、知り合いになった二人と俺を含めた8人での昼食である。
いつも通り初めて話す人たちの英語が怒涛のごとく俺に押し寄せたので
最初はやはり茫然自失・・・「はっ???」という感じであったが
俺のレベルを察したのかゆっくりとしたやさしい英語にすぐに移行した。
でも、俺が「キョトン」とした時の相手の顔はかなりいらついているように見受けられた。
もっと、もっと勉強しなければなりませぬなぁ。英語・・・
そんなやり取りを交わしながらいざ食事へ。
昼飯というのに外食ということになり車に乗せられる。
これがまたいつも外車ばかり乗っていたので今日の車はショッキングであった。
内装はともかく、窓が開かない・・・エアコンが効かない・・・
日本ならまだしもタイでは致命的な車である。
まぁ、こちらのタイプの方が学生ぽくって俺は好きである。
そんな車の中で「ロォーン(暑い)、ロォーン(暑い)」言いながら飯屋へ向かった。
飯屋と言ってもクーラーの効いたこの辺ではこじゃれた感じの所に連れて行かれた。
飯もちょっと他より高めの設定らしい。
しかし、白をきちょうした内装に流行りの雑誌がおいてある所などは今風である。
いつも研究室に遊びに来るティー君が一緒だったので助かった。
ティー君は日本フリークでココリコとかウッチャン・ナンチャンなどを知っていて
さらにはSMAPまで歌える。
俺の「指差し手帳」も助けとなり会話は終始和やかに進んだ。
食事はタイスタイルでたくさんの種類をみんなでつついて食べた。
こんなタイの食事スタイル。好きである。
昼間っからたらふく飯を食い。おまけにご馳走になってしまった・・・
ありがたい。
これから授業の日が楽しみになりそうである。
そんなこんなで食事を済まし彼らと別れ研究室に戻る。
午後は食いすぎのせいでやたらと頭の回転が悪く
昼寝をしてしまった。
おかげでほとんど今日は勉強していない・・・
早く英語がしゃべれるようにならなければ!!
って、言っているだけでついてこないのが現実であるが・・・
そんなダルダルな午後にタイに来て初めて人助けをした!!
「HIRO〜 Help me〜.」
軽く昇天ぎみの俺の頭にそんな言葉が聞こえてきたので
そちらに振り向くとPoonさんが日本の示方書片手にやってきた。
どうやら日本のDeep-Beamの計算式となんかの式を比べたいらしい
RCのせん断式、Deep-Beam、示方書・・・
「任せなさ〜い!!」
ということでいっきにテンションがあがる中
日本から持ってきた教科書と示方書を照らしあわし
捜し求めていた式をすぐに見つけ出してあげた。
「Thank You HIRO!!」
「You’re Welcome.マイペンライ」
非常に心地よい瞬間であった。
一つには俺を頼りに聞きに来たこと。
二つにはいつも世話になってばかりの俺が今日は逆に役に立ったこと。
非常に気分がよい。
夕方に雨が降らなかったのも俺の気分が良かったからであろう。
夕飯はいつも通り研究室の仲間と「お前の何は象の鼻ぐらい太いか?」とか
「俺のサイズは小指程度だ」なんていう馬鹿な話をしながら過した。
そんな夕飯でかなりやらかした。
暴言をはいたわけでなく、食べ物の選択を誤った。
「センミン・トムヤン(トムヤン風そうめんモドキ)」&「アイスコーヒー」
最悪の組み合わせである・・・
トムヤンの方は「トムヤン?」と聞かれて
「違うやつ」と言えなかったので妥協した結果「トムヤン」に決まり
アイスコーヒーはTumさんに色々種類を言われて覚えきれなかったので
適当にアイスコーヒーと言ったのが失敗であった・・・
トムヤンが辛いのはもう周知のことであるが
タイのアイスコーヒーが甘いということを軽く考えていた・・・
その甘さたるや恐るべし!!
辛い
甘い