
☆一般的な民家の比較
←ハノイの高級住宅
典型的なべトナムの家の多くは、狭い敷地に縦長の作りになっていて、平均2〜3階、5階建てというのも珍しくはない。白塗りの壁が多いが基本的に煉瓦づくりで、風通しはあまり良くない。夏の暑い気候にはあまり適しているとは思えない。今はほとんど木造の家は見かけない。古い集合住宅も多いが、いずれも庭などを確保するスペースはなく、家々は互いに密着している。庭がないだけに、路地が共有のスペースとして機能している。
どの家にも玄関には重いシャッターが付いている。夜間や外出時にはそれを締め切り、大きな南京錠を2つぐらいかけるのが普通である。ベランダや屋上も、隣の家を伝うなどして進入できそうな構造になっている場合は、頑丈な鉄格子がつけられていたりする。これはフランス植民地時代の名残であるともいわれている。集合住宅でも同様で、階段などの共有スペースは誰でも入れるようになっているが、各戸の玄関の手前には鉄格子のドアがあって、南京錠で鍵がかけられるようになっている。
どの家もひしめくようにまわりと密着して建っているため、窓はほとんどついていない。窓がないこと自体、日本の家では考えられないことだ。どの家も完全に閉じられる構造になっていて、路地を共有スペースとして利用し、商店の内外も馴染みのある人たちにはオープンにされながら、それぞれに家は、商店も含めて完全に閉じられるようになっている。人々にその訳を聞くと、「泥棒が多いから」という答えが返ってくる。またベトナムの家は、日本のように地震がないという特徴から、耐震構造を無視したつくりになっている。
昔は土の家にワラぶきの屋根、そして内は土間といった家が当たり前だった。しかし今はレンガの家にカワラぶきの屋根、そしてタイル張りの床に高い天井の家に変わってきている。
☆「公」と「私」で見る比較
西洋の家々の多くは、「公」である道と「私」である家が壁ひとつで完全に分けられると言われる。家の中も各個人のプライバシーが守れるように、壁で仕切られ、ドアを通して行き来をすることになる。一方、日本の伝統的な家々なら、「公」と「私」の境界は、縁側というものを用意することであえて曖昧にしているし、家の中も取り外しが可能な襖や障子で仕切られていて、音などはとくに筒抜けである。(今では日本でも、西洋的な家が増え、プライバシーをより明確にすることが行われているのは周知の通りであるが。)そもそも日本でも、路地はたとえば町内会の共有の場であった。
ベトナムで現在のような煉瓦づくりの家が主になったのがいつ頃かは調べ切れていなかったが、「公」と「私」ということに関して、西洋のそれとも日本の伝統的なそれとも違う構造を有している気がする。路地は一応「公」ではあるが、たぶんにそこに住む人たちの共有の場としても使われていて、「私」的な要素もある。商店やカフェの内外は、「公」と「私」が入り交じる場であり、井戸端会議が行われる場でもある。日本家屋の縁側に似ていなくもない。それでいて、商店なども含めて各家は、重いシャッターで完全に閉じられる構造になっている。閉じてしまえば家の中は完全に「私」の場となる。ただ、家族一人一人に部屋が割り当てられるほど部屋数は多くないことが普通のようで、家族一人一人のプライバシーが確立されているわけではない。日本では小学生から自分の部屋を与える家庭も多いだけに、ひょっとしたらベトナムでは引きこもりは少ないかもしれない。
☆意外な共通点・ホイアン
←日本人橋
ホイアンは、間口が狭く奥行きの深い、京都の町屋に見られる「うなぎの寝床」を彷彿とさせるつくりが特徴である。さらに「ベトナム式」、「中国式」とよばれる小屋組みの手法が使われていた。江戸初期に朱印船貿易による日本人町があったところでもある。
最後の王朝「グエン朝」は、日本と同じ鎖国政策をとり、キリスト教を弾圧したことによって、フランスの植民地支配を招いてしまった。それによって以前は、湾曲して狭い道に商屋が並んでいたホイアンの通りは、今の拡幅された状態になった。
ホイアンは建築・住居という視点から日本とベトナム、そして中国との関係を見ることができる貴重な「世界遺産」の町である。