一、中国の天狗説
中国の「史記」天官書には、「天狗はその状犬の如く、流星の如き声を発す。その下りて地にとどまるや狗(犬)に類す」とあり、「山海経」にも、「陰山に獣あり、その状は狸の如くして白首、名を天狗という。その声は榴榴(ろうろう)のよう、凶を防ぐによろし」(高馬三良訳)と見えている。
中国の別の伝説というか迷信によると、天狗は天上にいる犬で、天狗星といい、いつも日や月を呑み込もうとしており、これを南極星(七福人の一人の寿老人)が見張っている。だが、南極星は何分にも老齢なので、時々居眠りをする。天狗は、この時とばかり日や月を呑み込んでしまう。これが日蝕や月蝕であり、地上の人は鐘や太鼓をたたいて南極星を起こす。南極星は目をさまし、あわてて杖で天狗を打つと、天狗は呑み込んでいた日や月を吐き出す。そこで日蝕や月蝕はやむ、、、というユーモラスな話がある。
また、中国の天狗は未婚のまま亡くなった人の悪霊であるとする話もある。その場合の天狗は、生まれたばかりの赤ん坊を連れ去って殺し、かわりに自分が生まれかわろうとする恐ろしい妖怪だというせつも存在する。
二、西遊記から見る天狗
『西遊記』五九回には、三蔵法師と悟空の一行が、火焔山の猛火に阻まれ、その火を消す芭蕉扇を、翠雲山の羅刹女から借り出そうとして失敗し、わいわい言いあっていると、そこへお斎食(とき)をもたらしてやって来たのが火焔山の土地神(うぶすながみ)であった。そして、「うしろに従うのは、あわ飯を盛った鋼の鉢を頭にのせた一匹の天狗」(太田辰夫・鳥居久靖訳)。
江戸時代に『西遊記』の抄訳を出した人たちのうち、この部分を訳した岳亭丘山は、おそらく「天狗ともあろう者が、たかが土地神のお供をして、アワ飯を頭にのせて運ぶということがあるものか」と思ったらしく、「此時一人の老人、独の小的(こもの)に斎(とき)をもたらせ来り……」と書きおろしている。しかし(『絵本西遊記』有朋掌)これだけでは、西遊記の中の天狗像は十分に見えてこない。
三、韓国の天狗説
韓国の天狗について記してある文献を見る限り、基本的には中国の天狗の観念とほぼ同じのようである。
しかし、林英樹訳の韓国の野史、『三国遺事』には、大暦二年(七六七年)に、「天狗が東楼に落ちた」と書いてある。「頭が瓮(かめ)のようであり、尾は三尺くらいで、色ははげしく燃える火のようであり、天地がまた振動した」とある。
これだけ読んでも、その「天狗」が流れ星であり、つまり隕石が落下した記録であることがわからない。天狗という天体が地上に落下した例は、正史の『三国史記』の上巻だけで四回も記録されているのだが、それにはいずれも「天狗星(てんこうせい)が落ちた」と書いてあるからである。
星としての天狗は、テングでなくテンク、あるいはテンコウと日本でも読み、怪物としてのテングと区別しなければならないのであった。辞書その他には、「天狗」(てんこう)は流星の称なりとあり、また「落下のさい音を発する流星」と説明がある。