「妖怪」とは一体何であるかと考えるとき、一言では言い表せない。それは人間の理解を超えたもので、現段階の科学では証明できないものも数多く存在するからだ。またそう言った意味では「神」や「幽霊」「化け物」なども同等のことが言えるが、これらの存在が「妖怪」の定義を不安定なものにしていることも事実である。人間は、この他にも信仰や恐怖の対象となるものを生み出し、様々な感情を抱いているのだが、それらと「妖怪」とは明確に区別できるものなのだろうか。「妖怪」を定義づけるためには、この点を明らかにする必要があるように思われる。
ここでは「神」や「幽霊」との関連を考慮しながら、これまでなされてきた妖怪研究の例をいくつか挙げ、その上で本稿における妖怪の定義づけをしてみたい。
(一)辞書的定義
まず、「妖怪」を【妖】と【怪】のそれぞれの漢字の意味から見てみる。【妖】には、なまめく・怪しいもの、ばけもの・災い、などという意味があり、【怪】には、怪しい・不思議である・疑わしい・珍しい、見慣れない、という意味がある。
次に「妖怪」という単語で見てみると、「人知では解明できない奇怪な現象または異様な物体、ばけもの(5)」とある。つまり、それぞれの漢字からみても単語としてみても、「妖怪」とは、怪しく不思議なもので、普通では考えられない異常な事物であると考えられているようである。
そしてここで問題になるのは、「神」「鬼」「幽霊」「ばけもの」など、「妖怪」と同じく人間が生み出した存在の位置づけである。そこで、これらの単語の意味を辞書からいくつか取り上げてみると次のようになる(6)。
[神]@人間を超越した威力を持つ隠れた存在。人知を以てはかることのできぬ能力を持ち、人類に禍福を降すと考えられている威霊 。人間が畏怖し、また信仰の対象とするもの。A神社などに奉祀される霊。B人間に危害を及ぼし、怖れられているもの。
[鬼]@天つ神に対して地上などの悪神邪神。A恐ろしい形をして、人に祟りをする怪物。もののけ。想像上の産物。
[幽霊]@死んだ人の魂・亡霊。A死者が仏になれないで、この世にあらわす姿。Bあるように見せかけて、実際には無いもの。
[ばけもの]@狐・狸・猫などが化けて怪しい姿をしたもの。へんげ妖怪、おばけ。A普通では考えられないことをするもの。
以上のように、これらの例にはプラスイメージ、マイナスイメージといった、それ特有の意味があるにしても、意味が共通している部分もあるということが分かる。つまり結論的には、それらを完全に区別することはできないと言える。
それでは、このように曖昧な定義づけしかされていない「妖怪」や「神」などの存在は、これまでどのように研究されてきたのかを挙げてみたい。
「妖怪」がどのような性格を持つもので、人々の精神構造上にどのような影響を及ぼしどのような世界観を作り上げることになったかを研究する学問は「妖怪学」と呼ばれる。その「妖怪学」は、あまりにも難問すぎたので敬遠されたのか、それとも取るに足らないものとして無視されてきたのか定かではないが、これまで民俗学や歴史学の領域において中心的テーマとはなりえず、体系的な研究は皆無に等しいとされている。
しかし、「妖怪」の定義に関しては語られることも多いようである。そのうちのいくつかを挙げてみたい。
まず冒頭にも引用した井上円了は、「妖怪」を定義するには何を不思議といい、何を異常というのかを解説しなければならないが、その以上や不思議の基準は一定ではなく、人の知識や思想によるとしている。そして、それらの不思議であるとされる現象を理学、医学、哲学、心理学、宗教学、教育学の専門的立場から仔細に分析すれば、その殆どが妖怪ではなく、自然現象、疾病、心理的動揺、宗教狂信などで解明され、結果的に迷信の産物として排除してしまっている。
これに対して柳田国男は、「妖怪」は迷信の産物ではなく、「神」の零落したものであるとしている。しかしさらに、それに対しても小松和彦が批判を加え、「妖怪」から「神霊」へと上昇するものもあったろうし、「妖怪」として文化のなかに登場し、「妖怪」のまま文化から退場していったものもあると考えるべきだとしている。
小松は「妖怪」について、次のようにいう。
「妖怪」とは、世界に生起するあらゆる現象・事物を理解し秩序づけようと望んでいる民族社会の人々がもつ説明体系の前に、その体系では十分に説明しえない現象が出現したとき、そのような理解しがたいもの、秩序づけができないものを、とりあえず指示するために用いられる語である。・・・つまり「妖怪」とは正体が不明であり、正体が不明であるがゆえに遭遇者に不思議の念、不安の念を抱かせ、その結果「超自然」の働きをそこに認めさせることになる現象・事物を広く意味しているのである。
また、「妖怪」と「神」との区別に関しては、祭祀された「妖怪」が「神」であり、祭祀されぬ「神」が「妖怪」であると述べている。
さらに、中野美代子は「妖怪」を「現実に存在する人間や動物や植物や、ときには鉱物などが、その現実の形態や生態をこえて、人間の観念の前に現前するもの」とする。一方、宮田登は「妖怪」とは、一般に人々の共通心意にもとづいた、幻覚とか幻聴から説明されてくる現象であり、共同幻覚とか幻聴を通して不思議なものを認めようとする場合に「妖怪」としてイメージされたのであるとしている。
以上のように、「妖怪」は各人によって様々に定義づけされており、それを統一しようとすれば、先に挙げた辞書の例のように曖昧なものにならざるを得ないようである。そもそも、不思議なものや異常なものに定義をつけようとすること自体が無理なのかもしれない。