天皇は男子しかなれないと聞いたことがあるけど、![]()
なぜ女子では天皇になれないの?
平成13年12月1日に皇太子ご夫妻の間に、とてもかわいらしい愛子さまがお生まれになりました。
このときに、マスコミなどに皇位継承権の問題が大きく取り上げられていたことは、記憶に新しいと思います。
私自身、なぜ日本に女帝が存在しないのか、絶対おかしい。決まりがあるのなら、変更すべきだと考えていました。
どうして女性は天皇になれないのでしょうか?
これは、日本国民の基本法である、日本国憲法で決められているのです。それは、憲法第2条で、皇位継承は皇室典範で定められる、と規定されています。
これまでの記述で出てきた法律を少し、勉強してみましょう。
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憲法第2条…皇位は、世襲のものであつて、国会の議決した皇室典範の定めるところにより、これを継承する。
日本国憲法
前文
第一章 天皇 第一条〜第八条
第二章 戦争の放棄 第九条
第三章 国民の権利および義務 第十条〜第四十条
第四章 国会 第四十一条〜第六十四条
第五章 内閣 第六十五条〜第七十五条
第六章 司法 第七十六条〜第八十二条
第七章 財政 第八十三条〜第九十一条
第八章 地方自治 第九十二条〜第九十五条
第九章 改正 第九十六条
第十章 最高法規 第九十七条〜第九十九条
第十一章 補則 第百条〜第百三条
このように、憲法は前文から第十一章までの全百三条から成り立っています。
皇室典範…皇位継承や皇族の範囲など、皇室にかかわることを定めた法律のこと。
皇室典範
第一章 皇位継承 第一条〜第四条
第二章 皇族 第五条〜第十五条
第三章 摂政 第十六条〜第二十一条
第四章 成年、敬称、即位の礼、大喪の礼、皇統譜及び陵墓 第二十二条〜第二十七条
第五章 皇室会議 第二十八条〜第三十七条
附則
このように、皇室典範は第一章から第五章までの全三十七条から成り立っています。
そしてこの皇室典範の第一章 皇位継承の一番始めに
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話は明治憲法(大日本国憲法)の時代にさかのぼります。
この時に明治政府が始めての本格的な皇室法規を立案しました。
これを「皇室制規」といいます。
これは、女性天皇のみならず、女系をも容認していました。
明治時代前期には、女性にも継承資格があるという意見が、政府・国民両方にあったのです。
しかし!大反対をした人がいるのです。
それは『井上毅(いのうえこわし)』です。
私の持っている中学校の
歴史の資料集に載っていた人なので、名前くらいは知っている方も多いと思います。
理由は、
『過去に即位した女帝はいわば摂位(代理の地位)であって、一時の臨朝にすぎない。
女系天皇というのは皇族女子が婚姻してもうけられた皇子女に皇位が継承されるということである。
女系天皇の場合、女帝所生の皇子は夫の姓をつぐため、皇統がほかに移ることになる』
としたのです。
つまり、
『昔の女性天皇は、欧州各国の女性天皇とは違い、天皇の代理で、一時だけの地位だった。
で、仮に内親王に継承権が与えられたとして、もし結婚して男の子どもができたらその子は夫の姓をつぐから、
皇統が他に移っちゃうでしょ。
だから女性に継承権は与えられないよっ
それに、そのお婿さんが政治に口を出すかもしれないし』
としたのです。
当然のことながら、「この時代には結婚したら、妻は夫の姓に変えなければならない」という考え方だったのです。
考えが古いですね。
お婿さんが政治に口を出す危険性は十分ありますよね。
この時代は、天皇主権でしたから。
その後、宮内省は井上の意見を大幅に採り入れ、「帝室典則」ができました。
この時すでに女性天皇制を否認し、男系のみに敬称を限定していました。
そのままこの方針が一貫して保持され、ついに旧皇室典範に採用されたのです。
事実上「男系の男子」に行為を継承する方針が打ち立てられたことになります。
明治22年制定の旧皇室典範は、戦前、2度の増補を経て、戦後の皇室典範に受け継がれました。
皇位継承資格を「男系の男子」とする現皇室典範は、やはり「皇男子孫」に皇位継承件を限定する
明治憲法とともに、明治22年に制定された旧皇室典範を多くの点で踏襲しているのです。
つまり明治時代に決められた皇室の法律が、50数年後の現在でも使われているということなのです。
残念ながら、現在の法体制のもとでは、天皇には男子しかなれないのです。
それでは、歴史的事実はここまでにして、次はこの皇室典範が男女差別にならないのかという観点から見ていきましょう。