女性天皇が存在しないのは、男女差別!?



女性が天皇になれないのは女性差別だといえるのでしょうか?

男女差別かどうかと論議する前に、これは日本国憲法に記されている、
『基本的人権』が守られていないのです。

ここで、日本国憲法における基本的人権に関する記述を見てみましょう。

第十一条
 国民は、すべての基本的人権の享有を妨げられない。 この憲法が国民に保障する基本的人権は、侵すことのできない永久の権利として、現在及び将来の国民に与へられる。

第十三条
 すべて国民は、個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、 最大の尊重を必要とする。

第十四条
 
すべて国民は、法の下に平等であつて、 人種、信条、性別、社会的身分又は門地により、政治的、経済的又は社会的関係において、差別されない。
○2 華族その他の貴族の制度は、これを認めない。
○3 栄誉、勲章その他の栄典の授与は、いかなる特権も伴はない。栄典の授与は、現にこれを有し、又は将来これを受ける者の一代に限り、その効力を有する。

第九十七条
 この憲法が日本国民に保障する基本的人権は、 人類の多年にわたる自由獲得の努力の成果であつて、これらの権利は、過去幾多の試錬に堪へ、 現在及び将来の国民に対し、侵すことのできない永久の権利として信託されたものである。


日本国憲法は国の最高法規です。
第九十八条
 この憲法は、国の最高法規であつて、その条規に反する法律、命令、詔勅及び国務に関するその他の行為の全部又は一部は、その効力を有しない。
○2 日本国が締結した条約及び確立された国際法規は、これを誠実に遵守することを必要とする。


◇結論◇
皇室典範で皇位継承を男系の男子のみに限定することは、日本国憲法の精神である「平等」に反している!


それを踏まえたうえで、なお男女差別かどうか、という視点から見ていきますと、
私は女性差別になると思います。

男子だけに皇位継承権を与える考えは、明治憲法の
「万世一系(永遠に同一の系統が続くこと)」と思想からだといわれているそうです。

明治時代というのは、国民一人一人の権利は、まだまだ叫ばれておらず、男尊女卑の考え方が当然でした。
また、明治憲法の中では、女性は政治から排除されていました。
その時の考え方が、現在の日本国憲法に入っているのです。

それでは現在の法体制において、男女差別は法律によって罰することができるのでしょうか。
答えは…できます!

私が調べた法律の中で、最も説得力があると思われる法律は

男女共同参画社会基本法 (平成十一年六月二十三日法律第七十八号)

です。
これは比較的新しい法律で、男女共同参画社会の形成についての基本理念を明らかにし、 将来に向かって国、地方公共団体及び、国民の男女共同参画社会の形成に関する取組を 総合的かつ計画的に推進するために制定されました。

この法律の、第一章 総則の第一条に
この法律は、男女の人権が尊重され、かつ、社会経済情勢の変化に対応できる 豊かで活力ある社会を実現することの緊要性にかんがみ、男女共同参画社会の形成に関し…

とあるのです。この男女共同参画社会基本法は、
男女の人権が尊重され、かつ、社会経済情勢の変化に対応できるようにするために、制定されたのです。

現皇太子ご夫婦に男の赤ちゃんが生まれない…。愛子さまでは皇位が継承できない…
「男のお子さまが生まれない」ということは社会経済情勢の変化なのです。
皇室典範は、この男女共同参画社会基本法が言う、社会経済情勢の変化にも対応できません。

かといって、誰が罰せられるか、ということを考えると正直よくわかりませんが、とにかく矛盾が生じているということです。


おまけ

このホームページを作成するにあたって使用した本に、興味深い資料が載っていたのでご紹介します。

各国憲法の制定年(〜1940年代)と改正の実際
国名 制定年 改正の実際
アメリカ 1787年 1922年までに18回、27か条の追補
ノルウェー 1814年 1995年までに139回、256か条改正
ベルギー 1831年 1993年に大改正、その後、2002年まで毎年改正
ルクセンブルク 1868年 2000年までに17回改正
オーストラリア 1901年 1988年までに8回改正
メキシコ 1917年 1997年までに96回改正
オーストリア 1920年 1996年から2000年だけで12回改正
リヒテンシュタイン 1921年 1999年までに24回改正
ラトビア 1922年 1993年に復活、98年に改正
レバノン 1926年 1995年までに6回改正
アイルランド 1937年 2001年までに22回改正
アイスランド 1944年 1995年までに6回改正
インドネシア 1945年 1959年に復活、2000年、2002年に改正
日本 1946年 無改正
中華民国 1947年 2000年までに6回改正
イタリア 1947年 2001年までに12回改正
ドイツ 1949年 2002年までに51回改正
コスタリカ 1949年 1982年から99年だけで13回改正
インド 1949年 2000年までに78回改正
フランス 1958年 2000年までに15回改正

●参考●
※スイス憲法は1874年憲法を施行していたが、140回の改正を経験、1999年4月18日に全面的改正のための国民投票を実施。
投票率35.5%、賛成59.2%、反対40.8%、賛成邦13、反対邦10で可決、2000年1月1日より施行。
※フィンランド憲法は1919年憲法を施行していたが、おびただしい改正を経験、2000年3月1日より新憲法を施行。
(2002年10月末調べ)


この表を見て、日本がいかに憲法を改正しようとしていないかがわかります。

他国を見習って今すぐにでも憲法を改正しよう、と言っているわけではありません。
安易に憲法を変更されて、昔と同じ過ちを繰り返してはいけません。
しかし50数年も経つと、いろいろと現実に合わないことが出てきます。

前述したように、憲法は国の最高法規です。
憲法を改正するということは、国家や国民生活の安定という点から望ましいとは言えませんが、
日本国憲法では、憲法改正とその公布の手続きについて定めています。

しかし憲法改正について、 学説は
限界説(憲法改正には一定の限界があり、これを超えたものは認められないと主張する説)

無限解説(憲法のいかなる規定も改正の対象となり得ると主張する説)
に分かれているそうです。

憲法をどう解釈するかは人それぞれ違うので、終わりのない主張だと思います。
しかしそれだけ、憲法を改正するということは大変なことで、 だから今まで解釈改憲という手を使ってきたのだな、と、 なぜそんなせこいことをするのかなぁという謎が解けたような気がします。

そのような大変なことを今日の日本では、するのかしないのかと議論が行われています。
歴史的瞬間に立ち会えるかもしれないと考えると、少し貴重な体験だと感じました。
これからも憲法について自分なりの意見を持っていこうと思います。