☆沖縄旅行☆

2002年10月16日〜18日まで友達3人と沖縄へ行ってきました。
10月は台風もよっぽどのことがない限り来ないので、3日間晴天に恵まれ沖縄を満喫することが出来ました。

羽田空港で。早く沖縄に行きたくてみんな興奮気味でした。


ひめゆりの塔。ひめゆりの塔付近はかなり観光地化していて、ちょっと?ってな感じでした。ひめゆりそば、レストランひめゆりって・・。戦争は悲惨だ、と言いながらそれで商売をしている光景がちょっと疑問に思いました。


 ”平和祈念資料館にはたくさんの写真があり、その中でもひめゆり部隊の犠牲者の写真を見た時には何とも言えない気持ちになりました。写真の下には名前や死因などが書いてあり、中にはその人が言った最後の言葉を書いているものもありました。資料館の中に実際、ひめゆり学徒隊として、壕の中で働き、無事に生還した女性が何人かいました。私が話を聞いた女性は友人や兵士の死を何度も目の当たりにしたこと、壕の模型を指差して”爆風をうけて即死”。”片足をもぎ取られ「足がない」と言いながら死んでいった。といろいろなことを語ってくれました。こんなつらい過去を思い出したくないだろうに…と聞きながら涙が溢れて止まりませんでした。戦争で失うものはいっぱいあるけど得るものは1つもないと思います。日本軍は全ての住民を巻き添えにして戦争をし、その結果たくさんの人が命を失いました。苦しいことや辛いことは考えたくないけど戦争の犠牲になった人のためにも沖縄で戦争がおこったことを伝えていかなければならないと感じさせられました。


世界遺産にも指定されている首里城で。首里城は14世紀に創建された中国や日本の文化が混合する琉球独特の城で、沖縄戦のほか、過去にも幾度となく焼失しましたが、そのたびに復元され 現在も荘厳な姿を呈しています。


こちらも首里城。復元されたとは言え、こんな建物が昔からあったなんてすごいですね。中国の万里の長城みたい。


夜は国際通りのはずれにある「喰え福」という居酒屋で沖縄料理を食べました。水曜日は女性のみドリンクが半額ということで、ちょっと得した気分。ゴーヤーチャンプル。本土のよりも苦かった!

☆喰え福(くぇーぶー)のHPへ☆
ソーキ(豚あばら)の煮付けとじゃがいものチーズ揚げ。ソーキは軟骨までぷるぷるで、食べられるほど煮込んであって全員に好評でした。


ミーバイという高級魚の煮付け。市場で実物を見たら赤くて小さな黄色い水玉模様のついたお魚でした。でもおいしかった!


有名なきしもと食堂の沖縄そば(小)450円。
創業1905年の老舗。沖縄そばファンであれば知らない人はいないほどの有名な店です。麺は昔ながらの手打ちで、イジュの木の灰汁を使用して麺を作るそうです。打ち立ての麺特有のモチモチした食感と、カツオの風味あふれるスープは、何故か心が温まり「ホッ」とする味。この味を求めて、大勢の地元客や観光客が訪れるので、手打ち麺がなくなったらその日の営業は終了です。
本部町渡久地5
0980-47-2887
水曜定休  11:00〜17:00(売切れたら閉店)
 

無言でそばを食べる2人。
おいしい物を食べるときって無言になるけど、まさにそれ。
かなりおいしかったです


第一牧志公設市場の野菜売り場。ゴーヤーを値切りました。(だって結構高いんだもん)いろいろ試食させてくれるのもよかったです。なんか沖縄の市場は東南アジアみたいな雰囲気でした。


変わった色の魚がいっぱい。青とか普通ありえないし。手前の小さくてピンクの魚はグルクンという沖縄県の県魚だそうです。左前の皮をはがされた可哀想な魚はハリセンボンという魚です。他にも、でかい伊勢えびや海へびのぶつ切りまで売っていました。


シーサー。その昔、やたらと火事がおこるために、「火伏せ」要するに火災防止の目的で置かれたのではないかとのこと。 その経緯は中国から伝わり、風水の思想と深く係っていたそうです。 それが、いつのまにか屋根に登って、それぞれの家々を護る役割りを与えられたようです。 現代では「家」をマジムン(魔物)から護るために置かれている・・・家の守り神、の意味合いが強いようです。


瀬底ビーチ。本部半島から瀬底大橋を渡って、ゴルフ場脇を抜け、瀬底島を横断した先にあるビーチ。本島から車で行ける海の中で一番きれいな所だそうです。
駐車場に車をとめ、防風林を抜けると、波も穏やかな美しい海が広がっています。遠浅で波打ち際から至る所に熱帯魚の群れを見ることができます。魚の種類も豊富でオススメ!魚肉ソーセージをもって泳いでいると一緒についてくる魚たちもいて楽しめます。


瀬底ビーチのサンセット。超きれい!ほんっと見とれてしまった・・。向こうに見える島は伊江島です。そこの海は最高にきれいだとタクシーのおっちゃんが言ってました。海の家のおっちゃんは超親切!ロッカーもタダだし、海から帰ってきたらサーターアンタギーと冷たいさんぴん茶で迎えてくれました。その後におっちゃんが琉球民謡を歌ってくれました。海の家には「おっちゃんノート」なるものがあって、瀬底を訪れた人たちがノートに思い出を書き残していました。私達もおっちゃんへのお礼と海の思い出を書き、沖縄を後にしました。


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