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** 霊芝エスモンヒストリー **
このページでは霊芝エスモンの歴史を紹介する。
あくまでも、俺から見たエスモンの歴史である。
2000年 〜1回生〜
2000年、俺が初めてアメ民を見たのは、入学して3日後に行われた「若葉祭」である。そのステージで目にしたのがアメ民。
「はんぷく寺」と言われる女性バンドであった。その時俺は「女性でもあんなにギター弾いたりベース弾いたりできるんやな」と
思いっきり関心した。そして、アメ民テントへ。テントへ行ったのはいいものの、人が多かったのですぐ出て行く。
そして、歴史研究会へ足を運ぶ。
数日後、、クラスの仲の良い友達をアメ民のボックスへ行く。奥側にあるボックスだったのでかなり緊張した。そして中に入る。
中に入ると、大勢の人、人…。どこに座ったらいいのか分からなかった。「いらっしゃい」と最初に言ってくれたのは、「オリ」の人達
であった。そして、バンジョーを触らしてもらい小1時間。「今度お花見があるからどう?」と誘いを受ける。
2000年4月中旬、まだ寒い鴨川へお花見に行く。川の東側で行われていたので「桜がないのに花見?」と半信半疑。わけも分からず
席に座り酒を飲む。数時間後、皆の酒が回ってきて色々な人と語る。その場所でタナカとくっすん出会う。初めてタナカを見た感想は
怖いイメージがあった。なぜなら、全く口数が少なかったから。その反対にくっすんは飲んで騒いではじけていた。
その時にタナカのあだ名を聞き出し、以後「P」と言う。その後、たなかとくっすんと友達になる。
(補足)この時に貝っ戒を見た。最初は、アメ民のOBの人かと思った。貝っ戒はすでに忘れているかも知れないが、少し話した。
何について話をしたのか忘れてしまったが、とにかく大きな人であるとその時思った。
花見が終わり、「新入生歓迎コンパ」にも行き、アメ民に行くのに少しブランクがあった。行くか行かないかどうするか迷った。
タナカとくっすんとどうするか話し、最終的にアメ民に入部することを決意した。それが5月の中旬。そして、ワークショップに参加。
バンジョーを希望していたが、タナカがバンジョーをしたいと言う事を聞いていたので、ギターに変更。しかし、バンドを結成する事に
全く関心がなかった。そのうちなんとかなるだろう…と。そうこうとしているうちに6月に入り、バーベキューが行われた。
そこで出会ったのがケイジだった。冷静で何か不思議な性格。それが第1印象だった。そして6月下旬、1回生のバンド決定の期限が
迫っていた。他のバンド(ニュアンスやYUM)は曲の練習を行っていて、、取り残されている状態だった。その時のメンバーは俺、タナカ
くっすん、そしてケイジの4人だった。当初、ケイジは女性バンドのドブロとして入る予定だったが、急遽このメンバーに入ることとなった。
残りは1人、マンドリンだった。悩んでいる時、ケイジに「アメ民に入りたい奴がおんねんけど」と聞く。その人も1人でどのメンバーにも
入る予定がなかったので、メンバーに入れマンドリンをするようにと言い、バンドが成立した。それがケンタとの出会いである。
続く。以後、現在制作中。