私の卒業論文は『阪神大震災と在日朝鮮人−神戸市長田区を主として−』というタ イトルで制作を行いました。
卒業論文の制作について、私自身の体験からお話したいと思います。 私がこのテーマを決定したのは、私自身が在日朝鮮人3世であることがもっとも大 きな要因であると考えます。私自身卒業論文は、戦後の在日朝鮮人に関することで 書きたいと考え、卒論指導を受けましたが在日朝鮮人というテーマでは、範囲が広す ぎるためもっと範囲を狭める必要がありました。このため、在日朝鮮人に関する文献 などを、図書館検索、インターネット検索などを利用して調べた結果、関東大震災の 朝鮮人虐殺事件が私の興味を引きました。しかし、関東大震災では時代的に私の希 望するものではありませんでした。しかし、同じ地震であるならば、阪神大震災で書く ことができるのではないかと考えました。 私自身が、当時神戸市長田区の通信制高校の在校生でもあったため、少なからず 関係があり、友人や知人も大きな被害を受けた地震でした。また、高校のあった長田 区も近畿地方では有数の在日韓国・朝鮮人の生活地域でした。このことから、阪神大 震災と在日朝鮮人について書こうと考えました。
こうして、論文のテーマは決定し、資料の収集を行うことになりました。資料の収集 が卒業論文制作の中で最も時間を必要とし、最も苦労が多いものと考えておりました が、事実、資料の収集は自分で思っていたよりも困難なものとなりました。 その理由としては、阪神大震災自体が5年前の事象であり、比較的新しい時代のも のであるため。阪神大震災に関する文献や研究は多くのものがあるが、在日外国人 に関するものは少なく、在日朝鮮人に関するものになると皆無に近い状態でした。こ のため、図書館などでの検索でも、阪神大震災と在日朝鮮人両方での検索ではなく、 単体での検索により類似のものや、関連がありそうなものから調べることから始めま した。また、わずかながらあった、文献の参考文献欄の文献目録も参考になりまし た。参考文献の少なさを卒論指導で高綱先生に相談したところ、震災と在日外国人 を対象とした文献を見せていただき、大いに役立ちました。 また、インターネットも多用し、ネット検索により、関連語句の検索により多くのホー ムページも参照しました。
利用した図書館は、夏期スクーリング中に利用した日本大学文理学部図書館を皮 切りに、法学部図書館、経済学部図書館、国立国会図書館、都立中央図書館、相模 大野図書館、兵庫県立図書館、神戸市立図書館、神戸大学図書館を利用し、それ以 外にも神戸市の震災復興センター内の震災文庫を利用しました。特に、神戸地域の 各図書館の震災文庫が、資料探しに役立ちました。しかしながら、震災と在日朝鮮人 に関するものをテーマとしたものは無く、そこにある資料を時間のある限り閲覧すると いう方法で、様々な資料の中にある、在日朝鮮人に関する記述をコピーするという方 法で資料を集めました。 資料収集を行い、読み込むことによりそこには、在日韓国・朝鮮人の生の声といっ たものが聞こえて来ないと言うことに気づきました。このため、被災地の在日韓国・朝 鮮人被災者の生の声を聞きたいと考えました。このときに親類の縁から手に入れるこ との出来た、神戸の朝鮮人学校中級部の文集を読んでいると、編集者がたまたま私 の朝鮮人学校中級部時代の恩師であることが判り、アンケートと聞き取りを行いたい 旨を連絡し快諾を頂く事が出来ました。また、西神戸朝鮮初中級学校学校の復興に 関する資料も頂くことが出来、そこに寄せられた生の声を読むことで、大いに参考に なる点がありました。また、もっと多くの生の声も聞きたいと考え、資料収集と共にア ンケート調査と聞き取りも平行して行いました。聞き取りは2名の方に行うことができ ました。このお二方共に被災者であり、復興に救援にと奔走された方々でした。
アンケートと聞き取りを行ったことにより、長田区の在日韓国・朝鮮人コミュニティー の形成と発展、長田区の産業の発展と震災によるダメージ、震災からの復興による 将来の展望や問題点など様々な事柄をお聞きすることが出来ました。卒業論文制作 に大いに参考になったのはもちろんでしたが、それ以外にも私自身の人性に関わる 様な事柄にも考えさせられる部分があり、大いに実りのあるものでした。 結果的に、手元に集めて資料は数十冊の本と、数百ページのコピーの束という形で あり、参考文献欄に掲載したのも50程度の少なさでした。、それ以外にも目を通した 資料だけを考えると数え切れないほどの量となりました。卒論制作の前に漠然と考え ていた量はものの数に入らなかったということを改めて感じることとなりました。資料 集めに関しては、集めれば集めるだけ、目を通す量が多ければ多いほど、それだけ 情報が集まって考察に変化を与えてくれて、新たな発見があるのではないかと資料集 めを通して、感じることができました。
こうして、集まった資料を基に卒業論文の執筆を行いました。が、資料を読み込む につれて、足りない資料に気づきそれを集めては、また読み込んで資料を集めるとい う繰り返しで、最終的に11月の終わりまで資料集めに奔走することとなりました。 執筆に際しては、パソコンのワープロソフトを使用しての執筆となりました。 資料を集め、いざ執筆となると得てして筆が進まないもので、はじめの出だしから悩 むこととなりました。書いては消し、書いては消しの繰り返しで少しずつ進めていくので すが、なかなか自分で納得のできる言い回しが浮かばず、日頃の自分の不勉強さを 恥じ入ることとなりました。 私の場合は、資料をある程度読んだら書き出すということを始めたのですが、こうす ることによりその問題に対してはいろいろな考えが浮かんでくるのですが、反面、全体 的に問題を把握しにくくなり、またそれ以外の資料を読み直すということも多々ありま した。
四苦八苦しながらある程度まで書き進めると能率も上がりはじめ、どんどん書き進 められることとなります。しかし、スピードだけを考えて書き進めると、後にその部分を 全面削除するようなこともままありました。 なんとか、ある程度まで形にすることができた時点で、すでに時間は限られたものと なり、当初の目標であった提出期限の1週間前の完成は明らかに無理な状態まで追 い込まれたのですが、それに追い打ちをかけるように生活の不規則さから風邪を引 き10日程寝込むことにもなりました。結果的に、なんとか完成をさせて提出する事が できたのが、提出期限の前日の夕方でした。 提出したことの達成感よりも、何ともいえない脱力感に包まれて、「これで、明日から ゆっくり眠れる」と感じたことを覚えています。提出後数日たってからやっと、書き上げ た論文の問題点が次々と思い浮かび、それは口述試験が終わるまで続くこととなる のですが。 私の場合、執筆を始めたのが遅い時期でもあったため、そのころの生活形態が、 朝起きて図書館に行き資料を集め、家に帰り仮眠を取ってからパソコンに向かい、朝 方に眠るという生活形態で、一日中を卒業論文制作に当てることで、何とか私は卒業 論文を書き上げることができましたが、振り返ってみると反省点ばかりが目立つ結果 となってしまいました。
卒業論文制作を終えての反省点としては、時間的配分をうまく行えなかった点、資 料集めにも手間取り、最後まで資料集めに奔走することとなった点、資料の読み込み や批判もうまく行えなかった点、時間のなさからアンケートの数量が少なく、また聞き 取りも2名のみしか行えなかった点が上げられます。また、論文も1章に力を入れす ぎて、時間の多くを失ったことや、一部の限定した人々のみが対象となり、テーマでも ある在日朝鮮人の大多数を対象とすることができなかった点、ページ数だけが多いも のとなったが、時間のなさから削り混みを行うことができず、肥大化したまま提出した 点、全体的に論文のテーマから内容がぶれているという致命的な反省点など、推挙 にいとまがないほどの反省点を露呈する結果となりました。
卒業論文を制作するにあたっては、対象をしっかりと見定め、できるだけ多くの資料 に目を通し、時間的余裕をもって制作に望むことをおすすめします。 最後に注意点として、早い時期にテーマを決定して卒論指導を受けること、テーマ が決定したら直ちに文献目録の作成にかかる。テーマとの関わり合いが深い文献に ついては、手に入れてじっくり時間をかけて読みこなす。図書館を過信せず、できるだ け早く資料収集に目星をつける。また、図書館では貸し出し制限や、コピー制限にも 注意して、できるだけ多くの資料を手元に集める。ある程度資料が集まった時点で執 筆を始める。季節の変化と体調の変化に注意し病気をしないようにする。まだ時間は あると思わず、すでに時間は足りないものとして行動する。卒論指導には足繁く通 い、いろいろと先生に相談をしてみる。ワープロの誤字脱字、変換間違いに注意す る。卒論をワープロで印字する際には、インク切れ、紙が静電気によりくっつくのに注 意する。定期的なデータのバックアップを取る。提出期限には窓口は込むので、でき たら前日までに提出を終える。このようなものが、注意点としてあげることができると 思います。 |