問題発見と追求の積み重ね ―修士論文作成作業の体験から―
日本大学大学院総合社会情報研究科 高綱ゼミ1期修了生・岡本敏雄
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| はじめに |
高綱先生から、「修士論文作成の体験」を書くことをすすめられ、そのプロセスを まとめてみた。長文を避けるため、なるべく箇条書きの形で、ありのままを記述し たつもりである。作業工程を大別して、@準備段階の学習、A資料・文献の収集と 研究動向の把握、B論文の執筆、とした。とはいえ、@ABはさらに細分化され 互いに関連があるので、工程順が必ずしも時間の経過と一致するとは限らない。 むしろ細分化された各工程は、研究・思考がすすむにつれて試行錯誤を繰り返 し、互いに補完しあいながら発展していくものであった。 |
| T. 準備段階の学習 |
1. 問題とテーマを絞り込む: 「蒋介石と毛沢東の抗日戦略論の比較」→「蒋介石の革命戦略と抗日戦略」→ 「満洲事変と蒋介石の対日戦略」(決定)=満洲事変に関する研究資料が豊富に あり、かつ中東路事件(中東鉄道戦争)との関連を追及することにより、研究の独 自性を打ち出せる(1年次の1999年12月5日、軽井沢合宿で最終決定)。
2. 教材学習とリポート提出: 国際情報論特講T、国際情報論特講U、近代日本社会経済論特講、情報処理 論T(以上1年次)、現代中国政治論特講、日中比較文化史特講、情報処理論U (以上2年次)の各科目を履修=スクーリング受講およびメールによる添削指導を 受け、論文作成への基礎固めができた。
3. ゼミでの学習と討論: テキスト=マーク・ピーティー(浅野豊美訳)『植民地―帝国50年の興亡―』読売新 聞社、駒込武『植民地帝国日本の文化統合』岩波書店、黄仁宇(北村稔他訳)『蒋 介石―マクロヒストリー史観から読む蒋介石日記―』東方書店。副教材=関連諸 論文。参考図書=サンケイ新聞社『蒋介石秘録・全15巻』サンケイ出版。 隔週土曜日と7月・12月の軽井沢合宿で、同期ゼミ生・佐藤氏と交互にレジュメ 作成および報告を行い、高綱教授ご指導のもとに討論、先生から講義・講評・助 言をいただく。この過程を通じ、またリポートの教材学習ともあわせて「近代日中 関係史」入門のいとぐちをつかみ、近代化・資本主義と階級闘争、国民国家と民 族、帝国主義と植民地、文化統合と経済・政治・軍事支配、軍国主義と侵略戦 争、革命と民族独立抵抗運動などの諸概念を把握する。 以上は1年次に終了し、2年次からは主として論文作成の指導を受け、また2期 生・猪島氏を迎え「環日本海地域」の問題を討議した。
4.蒋介石の年譜作成: @年代は1905年〜1935年、A内容は年月日順に事件の概要・蒋介石の言行(日 記・講話・布告・書簡など)を中心に記録し末尾に引用文献名・頁数を付す、B引 用文献は『蒋介石秘録』ほか6点を使用、C分量はA4判・31頁となる。 これは、蒋介石の言動と戦略思想の形成を歴史的に理解し、論文の構想・執筆に 際して極めて有益な資料として効率的に活用することができた(作成2000年2月〜 7月・本稿末尾に見本添付)。
5. 学会の見学: @99年5月、歴史学研究大会で全体会報告のうち「西川長夫・戦後歴史学と国民 国家論」などを聴講。参加者多数で熱心な雰囲気、専門書の出版社や書店が多 数出店。A2000年5月、国際東方学者会議・シンポジュウム「南京国民政府と蒋介 石」で「楊天石・蒋溝橋事変前蒋介石的対日謀略」などを聴講した。コメンテーター として横山宏章、西村成雄、衞藤瀋吉他の各氏が出席。得がたい貴重な体験で あった。
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| U. 資料・文献の収集と研究動向の把握 |
1. 参考文献目録をつくる @文献カード:参考図書・論文の「注」、新聞・雑誌の書評などから「文献カード」に 記入する(著者、書名、発行所、発行年、ページなどの各欄を設け簡単に自製も できる・本稿末尾に見本添付)。私の場合特に「山根幸夫他編『近代日中関係史 研究入門』研文出版」から重点的に抽出した。 A図書館利用:「文献カード」をもとに、インターネットで日本大学図書館と国会図 書館にアクセスして図書・雑誌を検索し、蔵書の有無、閲覧・貸出・コピーの可否、 内容の適否などの概要を把握し、所蔵図書館名と検索番号(請求記号・番号)の ほか、必要ならば体裁・頁数・価格などを「文献カード」の余白や裏面に記録する。 B「文献目録」作成:上記により補完された「文献カード」を利用目的別・事項別な どに分類し、ワードまたはエクセルで入力してリストを作成する。必要に応じて「図 書館別」「書店注文」などに並べ替え、プリントしておく(作成2000年9月〜11月・本 稿末尾に見本添付)。
2. 資料は足で集める 合計103点の文献をリストアップしたが、そのうち86点を入手した。 @書店に予約注文して購入:専門書は一般書店には置いてないが、頼めばコンピ ュータで検索して注文に応じ、数日から1週間で入荷すると電話で連絡してくれる。 この方法で入手した図書は30点あり、最新刊の『蒋介石書簡集』など高価ではあ るが基本的に重要なもの、臼井勝美『満洲事変』など新書で求めやすくて必須の ものなどである。また神田の古書店では、入手しにくい『蒋介石秘録』全15巻を注 文して割安に購入し、代金引換の宅配便で届けてもらうことができた。 A国会図書館の利用:はじめは気後れしたが、アクセスし「利用案内」をプリントし てみると案内図や利用方法が詳細に示されている。雑誌・図書が豊富に揃い、コ ピーも館内で業者に依頼(有料)できるから極めて利用価値が高い。前述の「文献 リスト」を携行すれば「請求記号・番号」を検索する時間が省けるから、その分だけ 多くの資料を収集できる。不慣れでも、1日半で9点の論文を入手することができ た。なお、最寄りの公共図書館を通じて複写や閲覧を申し込むこともできる。 B大学図書館の利用:まずアクセスし「学部図書館利用について、所在地・時間・ 閲覧・貸出・複写条件一覧」をプリントして利用計画を立てる。経済学部図書館は ゼミの会場に近く直接利用(3回)したが、その他の学部については大学院事務課 (所沢)にメールで申込み、借出(1回5冊まで)・返却とも郵送で利用できる。私の 場合は、急ぐのと交通の便もよかったので日本大学会館図書閲覧室(市ヶ谷)の お世話になった(3回)。これらの方法で合計6回、27点の資料を収集した。 Cその他:大学院履修科目の教材・参考図書、高綱教授より拝借した論文・図書 など入手困難なものも含めて、論文作成に必要な資料・総計86点を比較的短期 間で収集することができた(うち図書館利用分は2000年9月27日〜11月6日)。
3. 先行研究論文を読み研究動向を把握する (1)蒋介石の対日戦略に関する論文 @家近亮子「蒋介石の外交戦略と日本」(『近きに在りて』33号、汲古書院1998年) A今井駿「第6章・蒋介石の対日戦略」(『中国革命と対日抗戦』汲古書院1997年) @Aとも蒋介石の戦略を積極的に評価したもので、なかでも@は「蒋介石"不抵 抗"論」に関する諸説を列挙して論調の流れを分析し、蒋の「不抵抗」及び「安内 攘外」政策は彼の長期的国際戦略を反映したものであるとして「外交戦略」の展開 を論じている。この家近氏の見解に共感するとともに、列挙された論文14点を通 読して、蒋介石の対日戦略を、より広い世界戦略の視点からとらえ直すことができ た。 (2)満洲事変と蒋介石に関する研究(既述の文献は除く) @黄自進「満州事変と中国国民党」(中村勝範編『満州事変の衝撃』勁草書房 1996年) A姫田光義「満州事変と中国共産党」(国際政治43『満州事変』1970年) B臼井勝美『満洲事変』中央公論社(中公新書)1997年 C易顕石他(早川正訳)『九・一八事変史』新時代社1986年。 D兪辛蒋『満州事変期の中日外交史研究』東方書店1986年。 E江口圭一『日本帝国主義史論―満州事変前後』青木書店1975年 F董顕光(寺島正・奥野正巳訳)『蒋介石』日本外政協会1955年 満洲事変と蒋介石の関係に的を絞った研究は、前記の「不抵抗論」以外には見当 たらず、上記の諸文献などから問題とその背景を把握するように努めた。
4. 問題を発見し仮説を設定する (1)問題の発見と追求: @満洲事変に際し蒋介石はなぜ「不抵抗方針」と「安内攘外政策」を採り続けたの か → Aこれらの方針・政策は彼の世界戦略に基づく戦術的対応である → B蒋の世界戦略・対日戦略は彼の戦略思考によって形成された → C彼の戦略思考の淵源をその対日観・対ソ観に求め、特に中東路事件(中東 鉄道戦争)から満州事変への継続性・関連性を明らかにする。 (2)仮説の設定と検証:中国国民革命をめざす蒋介石は、戦略思考の核心を次の 2点にあるとした。 @中国共産党とそれを背後から操るソ連(赤色帝国主義)は第一の敵であり、日 本(帝国主義)は第二の敵であり、欧米列強(帝国主義諸国)は第三の敵である。 A第一の敵を孤立させ打倒・根絶するためには、第二・第三の敵を友とし味方と する。 (3)上記(1)の問題は、(2)の仮説を用いて合理的に解明され、また問題を追及する ことによって仮説が検証されるべきであると考え、まず筆者の独自な視点を確立 し、多くの史料・文献のなかから適切なものを引用しつつ論述をすすめることとし た。 |
| V. 論文の執筆 |
1. 論文構成案(目次案)をつくる (1)計画と実施のズレ:計画=1年次の末(2000年3月)までに論文構成案(目次 案)をつくり、2年次の当初4月から執筆にとりかかる予定が→ ●実施=8月(19・ 20日、菅平合宿)という大幅な遅れとなった。★反省点=これはリポートの作成提 出に時間をとられたためで、1年次に6科目・20単位取得の目標が4科目・14単位 に終わってしまったが、せめて5科目・18単位を取得すべきであった。 (2)目次の内容:@はじめに、A第1章 蒋介石の対日観、B第2章 蒋介石の対ソ 観、C第3章 満洲事変の勃発と蒋介石の不抵抗方針、D第4章 蒋介石の安内 攘外政策と対日戦略、Eおわりに(節以下は省略、本稿末尾に見本添付)。
2. 執筆にあたって留意したこと―各章のねらいと論点 (1)はじめに:@この論文の目的は何か、A問題の提起、B仮説の設定、C問題 の追及と仮説の検証をどうすすめるのか、を概説した。 (2)第1章:蒋介石の対日観がいかに形成されたかを、@孫文の対日観・思想の継 承、A戴季陶からの理論的影響、B蒋自身の日本留学(軍隊生活)での体験から 論述した。満洲事変に直面しても、彼の日本観には「畏敬と憎悪の葛藤」が続いて いた。 (3)第2章:蒋介石の対ソ観がいかに形成されたかを、@孫文の対ソ観・国共合作 とそれに対する蒋の不信という矛盾、A中東路事件(中東鉄道戦争)、B掃共戦、 などの諸経験から究明し、中国共産党とそれをバックアップするソ連への敵意と 警戒心が、蒋の戦略思考の核心に位置付けられていったことを論述した。 (4)第3章:満洲事変勃発の要因と背景を考察し、当時の中国国内情勢および国際 情勢から、蒋介石の「不抵抗方針」が正当かつ有益であったことを検証する。蒋は 中東鉄道戦争から教訓を学び「国内統一の重要性」を深く認識し、米ソを巻き込 む第二次世界大戦を予測して、「長期持久戦略」構想のもとに「不抵抗方針」を位 置付けた。 (5)第4章:蒋介石の「不抵抗方針」と「安内攘外政策」は、第五次掃共戦の勝利と 国軍建設・内政安定への道を切り開いた。蒋は中国の自強をはかるとともに、国 際連盟への働きかけを軸に果敢な外交を展開し、長期持久戦略によって日本を 第二次世界大戦に引きずり込み、世界の強国特に米ソを日本の敵とさせ、日本を 敗戦に追い込もうとした。また、日本にとって満州占領が最大の弱点となったこと を強調し、その奪還を確信して東北と全国民を励ました。彼の戦略思考の正しさ は、8年の抗戦を経て証明されていく。 (6)おわりに:「はじめに」に対応し、結論を述べる=@問題の提起と追求の過程を 要約してその合理性を確認し、A仮説の正当性を立証した。
3. 文献の引用と注記 (1)史料・参考文献からの引用について:原文のまま引用するときはその箇所を 「 」でくくる(多くの論文に目を通して「引用」と「注記」の実例から方法と「きまり」を 学ぶ)。 (2)注記について:@脚注は字句・文節・段落の末尾に挿入=ワードで「挿入(1)」→ 「脚注(N)」→・「文末脚注(E)」→・「任意の脚注記号(C)」を順次クリックして脚注番 号を(1)などと入力し「F8」キーを押して半角とし「OK」をクリック、A文末の脚注番 号にカーソルが飛んだら注記事項(文献名・頁数など)を入力、B各章の末尾に注 記を入れるためには各章ごとに「文書保存」を行う。 (3)反省点:「注」が本文に比べて多すぎた=@論文は一般読者を対照としたもの ではないから余計な「注」は不要、A参考文献を読みこなして自分の考えとし、自 分の意見として述べるようにする。
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| おわりに |
反省とともに振り返ってみて、いくつかの要点を再確認しておきたい。 (1)「的を定めて矢を放つ」:@まず目標・テーマをはっきりさせること、Aテーマをき めたら先行研究論文を何篇か熟読して、さらにテーマを絞り込み、自分の論文の 独自性は何かを明確にする。 (2)「早いに手遅れなし」:@履修科目の学習・リポートの提出を早めに、A論文 の準備を1年次に整え2年次のはじめから執筆にかかれるようにしたい。 (3)「計画→実行→点検」:@学習計画表を作成(手帳・日記帳などを利用しても よい)して予定を書き込む、A毎日・毎週などの進行状況を記録する、B週または 月ごとに成果を点検して改善をはかる(スケジュール管理)。 (4)「ワープロの長所を生かす」: @執筆にあたっては推敲を重ねる(挿入・削除 や〔切り取り〕〔コピー〕〔貼り付け〕の活用)、A同音異義語の誤植を防ぐには『単 語変換』と『文節変換』を適宜使い分けるなどの工夫が必要。 (5) 最新の資料を活用する:高綱先生から『蒋介石書簡集』の発刊を教えていただ き、いち早くこれを活用し、論文の独自性を形成することができた。同書は、諸般 の事情から原書の刊行が遅れて中国では未刊であり、日本語訳が2000年3月(上 巻)、同年9月(中巻)、20001年2月(下巻)に日本で発行された。筆者が引用したの は主として中巻であり、時期的にも切迫していたが、それだけに貴重な価値が得 られたと思う。 (6) 「問題発見と追求の積み重ね」:修士論文作成のプロセスをかえりみれば、 それはまさしく作業工程といってもよいものであった。重視すべきは効率性・合理 性・整合性であり、全工程を貫く作業内容の核心は、問題発見と追求の積み重ね であるともいえよう。
なお、執筆中途で「私用」に妨げられ、発表の時機を失したことをお詫びし、つた ない体験が少しでもお役に立てばと念じつつ擱筆いたします。 (2002年2月11日) |