人の繋がり その連鎖

 人間、生きていれば、色んな人に出会う事があると思う。友人の友人も、また自分の友人になりうる事がある。私が出会った、そんな人の繋がりの連鎖を、今回は話してみたいと思う。

同時に、この話は、多分に私の今まで辿って来た道を、話す事と同義になるのかもしれない。

 

 さて。私は、実は、地元の中学校に行っていない。俗に言う、「お受験」をいう奴だ。 残念ながら、私の意志ではない。中には、自分が受験してみたかったから、あえて地元の中学に行かずに受験した、という人もいた。確かに、納得できる理由をもっている人も中にはいたが・・・。 ただ、私には受験する意思など、はなっからなかった。

 それはともかく、私は結局その国立の付属中学に合格して、毎日、自転車で20分・電車で15分・徒歩20分、の行程を往復する事になった。その中学では、「朝読書」なるものが存在し、8時から15分、毎朝なにかしら本を読まなければならなかった。そして、お約束のように、本を忘れる者が出てくる。もちろん、私もその例にはもれなかった(苦笑)。そんな時は、学級文庫をあさったり、最終兵器として教科書を読んだりする。他には、何冊か本を持ってきている人もいるので、その人から借りる、という手段だ。

「“あーだ(ニックネーム)”が何冊か本を持っている」

と言う話を聞き、典型的な、眼鏡っ娘な学級委員長(超失礼な言い方だw)から本を借りる事になった。そして、ここで出てきたのが・・・「ルナルサーガ」だった。その後、すっかりルナルにはまった私はその関連で、あーだから「TRPG」の一種として「GURPS」を教わる。っていうか、刷り込まれる(笑)。そんな話を友人の水野に話したところ、

「そういう怪しい事をやっている先輩が、近所にいる。」

との事で、紹介される。ちなみに、同じ中学の、二つ上の先輩だった。

 

その後、フラフラと時は進み、私は高校生になった。

中学の頃、10段階評価の9教科、MAX90のところ、40台後半という素敵な成績を収めていた私は、いける公立高校がなかった(静岡県の高校受験は、中学の成績が全てと言っても過言ではないです)。そんなわけで、結局私立の進学校に行くことになった。

 そして、そこでバッタリと中学の時の先輩に遭遇。またお世話になったような、ならなかったような(?)。で、そんな中、先輩から「エクセルサーガ」という漫画を借りる。これがまた、私的に大HITで、出ていた単行本を買いにいった(当時、まだアニメ化の話もまだの上、少年画法社などというところから出ている事もあって、一般的には限りなくマイナーな漫画であった)。

さらに、中学からの友人の片山に、その漫画を読ませたところ、彼もまたエクセルにはまる。こんなマイナーな漫画知らなかったよ、なんて話をしていたら、片山の口から、この漫画を推していた友人が別の高校にいる、なんて話になった。ラシエル(現在は柊 並木というHNになっている)の事である。どういう巡り合わせか、そんな話を下校中に話をしていると、丁度その、噂のラシエルと遭遇。本当に、どういうタイミングなんだ、という感じだ。

 その後、ラシエルから、今は無き、エクセル関係のHPである「理想推進機関アクロス名古屋支部」のBBSを教えられ、そこで打ち解ける。同じ市であった事もあって(ただし、自転車で40分以上かかったが・・・)、ラシエルの家に遊びにいったりしていたのだが、そんな中、私が誤ってラシエルのPCにウイルスを送り込んでしまう(苦笑)。しかも、そのウイルスのせいで、ネットにつなげない。アンチウイルスソフトも持っていない、ということで、私がフロッピーに修復ファイルを持っていったりして直したのだが・・・。そのお詫びということで、次の日の静岡のイベント(地方で

開催されている、いわゆる「コミケ」)に、ラシエルのお手伝いとしていく事になった。ちなみに、これが初参加だったw

高校二年生も終わりの時期に差し掛かっていただろうか?当時、ラシエルは売れっ子(?)サークルの彩色家だったのだが、その月から独立して、自分のサークルも立ち上げていた。無事(?)イベントも終わって、片付け・撤収準備に入った頃、あまったペーパー(いわゆる、自分のサークルのちらし)を近隣の人に配ろうって事になって(ペーパーをそうやって配るのは、禁止されています!真似してはいけません(爆))、私も周りに配っていたのだが・・・その時、

「あ、レノ声!? あの、突然ですけど、アフレコに興味はありませんか?」

「もしよかったら、一緒にアフレコをしませんか?」

 と、丁度、ラシエルのサークルの場所の後ろ辺りにいた、アフレコサークルcantの、ひのきさんから声をかけられ、私も興味がなかったわけでもなかったので、即了承して、協力させてもらう事になった。

 

 一日、練習日があって、次の時には収録日。アフレコどころか、演技する事自体、初めての経験でさっぱり。周りの人はみんな上手いし。なんか、自分がいきなりやっちゃっていいのかな?なんて思ったけど、自分なりにがんばりました。人との

掛け合いとか面白かったし。当時、春休みだってのに、授業があったうちの学校をさぼって収録に出かけ、親にバレて二時間以上に及ぶ説教を喰らったのも良い思いでだ?)。

 そして、cantの収録で、ゲスト参加していて、競演させてもらったアフレコサークル「はっぴーはっぴードリーミング」のまゆうから、うちのサークルの方にも来て見ないか?っということで、ヒョロロっと参加。さらにそこで、はぴドリのメンバーでもあり、アフレコサークル「マイナスイオン」の長でもある、秋葉からこっちにも(以下略)でお邪魔しにいったり^^;。さらに、そこの現場からもまたお誘いがあったり(ぇ)(結局、諸事情によりそことは連絡が取れなくなり、ご破算にはなったけど)

 

 もし、私が中学を受験しなかったら、もし私がルナルに、GURPSにハマらなかったら、もし私が彼に、彼女に会わなかったら・・・。どれか一つかけていたら、この人 

のつながりは、なかったと思う。

 

 高校3年当時、何もない高校生活、死人同然だった自分に潤いを与えるきっかけとなった人たちに最上級の感謝を。

 

 そして、これからも人と人とのつながりを大事にしていけたらいいと思う。

 

 

 

2003年7月20日 仮住まいである、ケヴィン&マーク宅にて

 


 

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