VS 古代ギリシア哲学。
最初の哲学、それは古代ギリシアで生まれた。
哲学なんてものはそもそも、ひとりひとりが持っているもので、文字や言葉、交通の発達、組織の発達など、いろんな要因が重なって、基礎となるものが残ったのがこの古代ギリシアという時代なのだろう。

それこそ科学と哲学が混沌と混ざりあっていた時代。
このころの哲学とは、「世界の根源」を解き明かす試みだった。

タレスは言う『万物は水である』と。
その弟子アナクシマンドロスは『無限のもの』が根源であると考えた。
現代科学は言う『万物は素粒子である』と。

blackmutouはそのどれも答えを満たしていないと思う。結局、何からこの世界は始まったのか、そこに行き着く問題だと思うからだ。つまりは宇宙の始まりが答えになるのだろうか。

答えはいまだに与えられていないが、答えを導こうとする過程において、天文学や量子力学といった様々学問が生まれてきた。
そう考えると結局哲学なんてものは、人間がブラックボックスであるものに対して、どう解釈していくかという気の持ち方を定義したものであるような気がする。

要は心の平和を得るため。ただ、そこから、正体を突き止めようとする動きが出るとちょっと話は変わってくる気がする。科学は科学だけではその意義をもたない。哲学という土台があり、欲求という意味付けがあってこそ科学は生まれる。
様々な素晴らしい科学技術を生まれながらに享受するという今の時代だからこそ、モラルという意味で哲学は必要になってきているのかもしれない。


話を元に。
じゃあ結局blackmutouは世界の根源を何だと考えるのか。
これについては、まず『世界』というものの定義をはっきりさせるべきだと思う。

blackmutouは今現在、世界は3つに定義できると思う。
まず、極めて無機的な世界。
抽象的な言い方しかできないけど、要は宇宙とか、星とかそういったレベルから、原子とか素粒子とかもっとマイクロなものまで。
人間がどうこうというより、もっと大きな力で動いている世界。
簡単にいうとビックバンから宇宙消滅までの世界。一番大きい定義で、あとの二つも結局は全部ここに含まれる。

そして二つ目が、精神世界。
この精神というものを持つことが、生物が生物たる所以であり、かつ、人間が人間たる所以であると思う。
blackmutouは無機的な前の世界とは切り離されて、ある意味ひとつの世界が、この精神によって作られているという気がする。
精神は結局、脳内における電子伝達に還元されるものだと思うけれども、無機的な世界と大きく違うところは、能動性を持っているところだと思う。
無機的な世界では、物事は全て確率論で決まる。
温度が高いものから低いものへ熱エネルギーが移動するというのも確率論で、ただそれが極めて忠実に行われているということだ。
確かに超自然的な現象もありうるだろうが、それもまた、様々な要素が重なり合いそうなるべくしてそうなっていると考えられると思う。
それとは違って、脳内の電子伝達によって形作られる精神というものは、極めて利己的にその確率論を覆していく。あえて例は挙げないが、これは無機的な世界ではありえないことだと思う。
ただ、blackmutouは突き詰めていけば、精神というものも最終的には確率論で動いていて、結局は無機的な世界に属するものだと思う。けれども、それはblackmutouには証明しがたいので分かれていると考える。

そして三つ目が、ネットという世界だ。
これは革命的な精神世界の進化形だともいえると思う。
精神というものを電子情報に変換し、かつ様々な精神世界の統合世界といえるのではないだろうか。
これはある意味、精神という不安定な存在を、情報という固定化された存在に昇華させているともいえる。
それ自体は能動性を持たないが、精神という外的要因が干渉することにより、それはあたかもそれ自体がひとつの世界であるかのように振舞う。

これら三つの世界は主にその媒体によって分類できると思う。
まず無機的な世界はこの世のありとあらゆるものが媒体であり、基質でもある。
精神世界の媒体は、それぞれ個々の精神が属する脳であり、ネットは電子的ネットワークが媒体となっている。
そしてそれぞれが、それぞれの基質についてカオスである。

それで、やっと結論。
この世のありとあらゆるものは、ある種エネルギーの形なのだと思う。
そしてそのエネルギーは宇宙創造のときにもたらされたものであると考える。
ビックバンでこの世が始まったとするならばそう考えるのが自然であると思う。
そして、そのエネルギーはある程度無限であると考えられる。
ある程度としたのは完全に無限であるとは言えないからだ。
無限であるならビックバンは起こりえない。無限のものに始まりも終わりも無いはずだ。


というわけでblackmutou曰く『万物はほぼ無限のエネルギーからできている。』