<日本のシルバードラッシュ>
(銀の国)この言葉を聞いてどんな国を思い浮かべるだろうか?中国?それともスペイン?
実は、この言葉はフランシスコ・ザビエルが日本を故郷に紹介するときに使った物である。こう言うと意外に思われる方が多いかもしれない、「資源無き国」という現代日本の代名詞が強過ぎるからか・・・
しかし、少なくとも16Cから17Cまでは日本は金銀にあふれていた。全盛期には世界の3割、年間20万トンもの銀がこの国から出ていたのであり、徳川家康は関ヶ原の合戦の後、主な金山銀山を押さえわずか数年で現在の金額で2兆数千億円もの財を築き後の世界最大都市 江戸の基礎とした。
勿論、いきなり全国からこれだけの金銀が出てきたのには理由ががあり、1つは海外から「灰吹き法」「水銀流し」等の鉱山技術が入り飛躍的に生産性を増した事であるが、最大の理由は当時の日本が戦乱の中に有ったからである。
戦争というのは古今東西を問わず金がかかるものであり、軍資金をより多く所持している国がより活発な軍事行動が可能になり有利になる。ゆえに当時の大名は関所や港を作ったり楽市楽座を行ったりして様々な政策を行ったわけだが、そのなかで最も効果をあげた一つが鉱山である。それは 毛利、武田、長尾(上杉)、今川などこの時代の有力大名を見るだけで分かる。
しかし、日本の金銀が最も海外に流出したのもこのまた時代である。というのも戦国時代を動かした最大で15万丁あったと言われている火縄銃の火薬「黒色火薬」の主原料である硝石が日本でほ、とんど取れず。海外との貿易に頼りきっており、悪いことに西洋の商人はその事を知っていた。
取引では硝石を得る変わりに主に銀が支払われたが、それは略奪貿易というにふさわしいものであった。しかも、確たる証拠があるわけではないがこの時代、金と銀の価値の差を十分理解していないのではないかと思うような節がある。
結局、金銀の生産は17C末には完全に消えたに等しく、海外との貿易で日本の銀の75%が海外に流失し、銀中心の経済を行っていた関西は大打撃を受け海外との交流も規制される事となった。
<狸>
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『外国人は靖国神社を理解できるか?』
日本の5閣僚による15日の靖国神社参拝に対し、中国外交部の孔泉スポークスマンは同日の記者会見で談話を発表し、「靖国神社問題の本質は、日本軍国主義による過去の侵略の歴史にいかに対応するかだ。日本は、歴史を直視し侵略を反省するとの態度表明を実際の行動で守らなければならず、(閣僚の靖国神社参拝は)これに反している」と述べた。
「人民網日本語版」2002年8月16日より」
今年もやってきました靖国問題!!もはや夏の風物詩ですな。しかし、何故に海外の方は(一部では日本人も)靖国神社について、こうも声高に叫ぶのでしょうか?それは新聞などで見る限り以下の理由からだそうです。
1、A級戦犯(東京裁判でA級戦犯とされた)が合祀された靖国神社への指導者の参拝は受け入れられない
2、朝鮮など旧植民地出身の兵士約5万人も合祀されているが、遺族から合祀をやめるよう求める訴訟も起きている。
3、遺族にも知らせず合祀(ごうし)している。
人民網日本語版から抜粋
以上、3つのうち、Bは(主に)無謀な戦争を推し進めた「国家神道」とかかわりあいたくないという戦没者遺族による苦情。Aは悪行を重ねた日本兵と一緒にされたくないという韓国系戦没者遺族の苦情でありますが少し置いておきましょう。問題は@でしょうな、ヤッパリ。
そもそも靖国問題は「A級戦犯の合祀」が、その要で有るといえます。これがあるために海外から(もっと言えば隣から)「何故、犯罪者を祭るのか?」「日本は侵略について全く反省してないのか?」という声が聞こえてくるのです。では何故、日本ではA級戦犯を「英霊(神)」として祭っているのか?この問題を簡単に言えば「神」のニュアンスの違いです。
日本ではキリスト教のキリストも、仏教のブッタ(ブッタとしましたが仏教は解釈自由のため宗派によって違います。嗚呼メンドクサイ)も、神道の800万の神も、同じ神と書きますが、それぞれ意味は大きく違います。
キリスト教での神(GOD 創造主 絶対的な物)
キリスト教での神(GOD)は人間(というより世界)を作り出した、ただ一人の神・・・。ゆえに絶対的なものであり、神の前では人間など無に等しい。「GODの前では全ての人間は忠実な奴隷である」と言えばそのニュアンスを分かっていただけるでしょうか?ちなみにGHQが「天皇の人間化」にシツコクこだわったのも「天皇=GOD」と理解していたからです(まあ明治政府が、そうなるように、したんですけどね。これを「国家神道」といいます)。
仏教など多神教での神(シン 正しい道に導く神聖な物)
多神教の神を定義しようとすると難解なんですが(なにしろ多神教だけに数が多い)。あえてすればカッコの如く「正しい未知に導く神聖な物」となります。ただし一神教のように絶対的ではありません。
神道での神(カミ なんでも、どこでもカミがいる)
問題は、この神道での神(カミ)!神道では800万のカミというぐらいですから万物にカミが存在します。人間が死んだ後の霊魂、普段発している言葉(言霊)、今このページを見るために使っているパソコン等など。ありとあらゆる所にカミの存在を認めています。そして一神教、多神教の神と大きく違うのは、必ずしも「善」「聖」では無いという事です(例えば貧乏神や疫病神)。以前、M総理大臣が「日本は神の国である」と発言(失言)して袋叩きにされていましたが、頭に「神道では」とつければ叩かれなかったのに・・・。いつの間にやら話がそれましたが、一神教、多神教、神道、それぞれの神のニュアンスがわかっていただけたでしょうか(イメージとしては下の図を見てください)?そして神道では人が死ぬと霊となり丁重に祭らないと悪霊になります(キチッと祭れば良い霊となる)。長い前置きになりましたが、このために日本では善人でも犯罪者でも外国人でも霊を丁重に祭るのです。日本では死ぬと皆善人となりますが、これは無意識のうちに、霊が悪霊にならないようにしているのかもしれません。
GOD
シン
↑
カミ ← 人
(一神教、多神教、神道の神と人の関係図)
さて、これで1から3までの問題がイッキに片付きます。まず3は神社が古来からやっている事で「国家神道」特有では有りません。1と2は「神」のニュアンスの違いです。2については宗教上の問題であれば受け入れるべきですが、1については「GOD」「シン」の国から見れば靖国神社は「A級戦犯を祭る=A級戦犯が絶対神、もしくは正しい道をしめすもの」としている!!と受け取っているわけで「日本では善悪関係なく、死ねばカミであり、丁重に祭る文化がある」という事を理解していただく必要があります(理解していってんなら宗教弾だ!!)。しかし、不思議な事にTV等で、このことをあまり取り上げないのはどういうことでしょう?
<2002/8/16 狸> |
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「信長は宗教弾圧者か?」
信長が嫌いという人は多い。そして、その理由としては「平和勢力であるお坊さんを数多く殺し仏教を弾圧したから」であることも多い。これは少し日本史に詳しい方なら「何を馬鹿なことを」となるのだが、こちらは少数派であり「信長が多くのお坊さんを殺し仏教を弾圧した」と思っているほうが多数である。
別に信長が血を見ることが嫌いな男であるとは言わない。信長が天下統一の過程で多くの屍を作った事は事実である。しかし宗教弾圧を行なったのではない、そして当時に現在でいう平和的宗教勢力は存在しない。これは私独自の説ではない。様々な歴史学者が指摘し、もはや定説になっていることである。
まず、16世紀の日本の宗教勢力である寺院勢力について述べよう。この当時の寺院勢力は座や関所といった商業利権、そして有力勢力からの寄進等で富に富んでいた。そして、その富で数多くの兵を(傭兵というよりヤクザと理解したほうが良い)雇っていたのである。宗教勢力が兵を雇うというと驚かれるかも知れない。しかし当時の寺院勢力がそれぞれ僧兵、神人という兵を所有していたことは事実である。そして、その兵力を完全に自衛だけのために使っていれば良いのだが、残念ながら資料を見る限りそうではない。彼らはその巨大な軍事力を他宗派や座を破った者への攻撃に使い、時には武士同士の戦に援軍として向かうことも有るという、要は戦国大名とさほど変わらない存在だったのである。そして、これらのことから信長の比叡山焼き討ちと本願寺との石山十年戦争を行なった理由が見えてくる。
ドラマや漫画等で信長が比叡山を焼き討ちした理由として叡山の堕落を挙げている物は多い。しかし、本当の理由は比叡山が信長と敵対している浅井、朝倉等に肩入れし叡山が反信長派の城と化していたからであり、信長は焼き討ちの前年に中立を守るなら攻撃しないと叡山に伝えている。
そして石山十年戦争であるが、これは宗教戦争ではなく商業利権を争ったものと理解したほうが早い。信長は浄土真宗の教義自体に異論は無く、石山戦争終戦の翌年に本願寺派の寺に信長領内での宗教活動を認めている。ここから石山十年戦争にも教義そのものには何も異存は無かったのである。
以上、駄文ではあったが当時の宗教勢力を大体の形で理解していただけたと思う。
これは私が歴研にはいって始めて書き、2年前の伊賀祭でだすはずだった文です。 今、見ると・・・・ <狸>
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