実はあまり知られていないこともあります

 グリムの童話を一つも知らないと言う人はいないでしょう。誰でも子供の頃に「ヘンゼルとグレーテル」、「いばら姫」、「赤ずきん」、「金のガチョウ」、「白雪姫」など一度は耳にしたはずです。
 世界中で親しまれる『グリム童話集』は、兄のヤーコプ・ルートヴィヒ・カール・グリム(1785-1863)と弟のヴィルヘルム・カール・グリム(1786-1859)が19世紀の初めに収集・編纂し、1812年に出版されています。日本では明治20年に11の話が初めて翻訳されました。
 1812年の初版第1巻、1815年の初版第2巻、1857年の第7版まで版を重ねるにつれ、話の数が増えてきました。初版第1巻と第2巻を合わせて156話でしたが、第6版・第7版では200話になっています。ただ話が増えただけではなく、削除されたものもあるようで、1819年以降、主にヴィルヘルムが話に手を入れ、多くの書き換えも行っていたようです。日本で翻訳、出版されているものは一部以外は第7版に拠るもので、普通私たちがグリム童話として読んだり、聞いたりしているものは第7版の訳になります。また初版から第7版への過程は、「民間童話」から「創作童話」への変化の過程でもあるようです。


 日本で一般的に『グリム童話集』と言う名で知られていますが、原題を直訳すると『グリム兄弟によって収集された、子どもと家庭の昔話』になります。コレからうかがい知る事ができるのはグリムというのは一人ではなく兄弟であるということ。そしてグリム童話というのはグリム兄弟が創作したものではなく、収集したものだと言うことです。彼らは民衆の間に伝えられてきた昔話を語ってもらったり、文献を探したりして編纂したのです。その後回を重ね1857年に兄弟の生前最後の第7版が出版されました。なお、1812年の初版に先立つ兄弟手書きの原稿が19世紀末にエルザルのエーレンベルク修道院で発見されたので、1810年版、あるいはエーレンベルク稿と呼ばれています。
 彼らはハーナウの地で父フィリップと母ドローテアの間に生まれます。グリム兄弟というと普通『グリム童話集』を編纂した兄ヤーコプと弟ヴィルヘルムを指しますが。実際には彼らには他に三人の弟と、一人の妹がいました。なお幼くして亡くなった兄弟も三人いたようです。後に末弟のルートヴィヒは画家になり、兄たちの童話に挿絵を描いています。
 長男ヤーコプ11歳、末娘ロッテ3歳の折に父をなくして苦労します(生涯生活は厳しかったようです)が、伯母の援助で兄弟は大学まで進みます。大変な勉強家だった二人(実は田舎出だったため下級のクラスに入れられ、それに屈辱を感じたため猛勉強し、4年早く卒業した。とも言われています)は図書館員を経て大学教授となり、学士院会員にもなった当時最高の学者でした。ヤーコプは言語学、法律学、神話学を。ヴィルヘルムは古代ゲルマン文学を本業としていました。1961年に完成した33巻にも及ぶ「ドイツ語辞典」という業績をも残しています。


 ヴィルヘルムは幼馴染で物語の語り手の一人だったドルトヒェンと結婚しますが、ヤーコプは生涯独身を貫いています。それでも二人は一緒に暮らし、離れ離れになったときもしょっちゅう手紙のやり取りをするなど、とても深い絆で結ばれていたようです。


 さて皆さん。ここまでのことでどれだけのことを知っていましたか?
 グリム童話は本当に奥が深いんです。
 そんなグリムにもっともっと親しんでみたいですよね?