李白
701〜762年
李白は、天才的な詩才を持っており、そこから、「詩仙」や、「天上のたく仙人」と呼ばれていた。
李白は、その自由奔放な性格から、酒に溺れるようになり、しばしば長安市中で痛飲していた。
そして、それが元で、長安を追放されてしまった。この年から、同じく詩人である、杜甫との交流が始まったのである。
晩年に、李白は、反乱平定のために兵を挙げた永王りんに才を買われて加えられた。しかし、粛宋の命に背いた永王りんは、反乱軍とされて官軍に攻められ、李白は獄に繋がれた。李白は、死罪を免れ、夜郎(貴州省)に流されることになったが、途中で大赦にあい、無罪となる。三年後、万巻の詩稿を親戚の李陽ひょうに託して病死した。
李白の詩
子夜呉歌
李白
長安一片月
万戸菟衣声
秋風吹不尽
総是玉関情
何日平胡慮
良人罷遠征
口語訳
長安の空にぽつんとひとつ月が浮かんでいる。
町のどの家からも、砧を打つ音が聞こえてくる。
秋の風はたえず吹いてくる。
何もかもが玉関の彼方にいる夫を恋しく思わせる。
いつになったら、胡慮を平らげて、夫は遠くでの戦いを終えて帰ってくるのだろう。
<<第一学習社カラー版新国語便覧より抜粋>>