日本文学について
清少納言の枕草子・鴨長明の方丈記・兼好法師の徒然草の共通点。
まず、清少納言の、枕草子は、中宮定子に仕えていたころの話や、そこに集まる女房たちの持つ興味や感想などをまとめているのが特徴である。また、『徒然草』は、中世から、歌人・連歌師などにも愛読された。その卓抜したユーモアは、連歌・俳諧をはじめ、近世に至っては、浄瑠璃・浮世草子にまで影響を与えるベストセラーとなった。作品中に点在する兼好独特の美意識は、中世的なものへの先駆けをなし、「さび」の美意識的世界へ通じるものとなっている。
この枕草子には、書いた本人の意思にはかかわらず、『徒然草』のような、随筆の要素が含まれており、結果的には、「随筆文学」のジャンルを作り出したといえる。また、鴨長明の方丈記は、慶滋保胤の「地亭記」の影響を受けたといわれているが、『方丈記』は、「記」にとどまらず、すぐれた自照文学として「徒然草」とともに、中世随筆の双璧をなす。十三世紀中ごろの『十訓抄』や十五世紀の世阿弥の『花伝書』にも、『方丈記』の言葉が引かれていて、古くから読み継がれている。
このことから、3人の共通点は、彼らの没後、多くの人に読み継がれ、それまで知りえることのできなかった、貴族の生活や、書かれている文章から、遠い場所で起きている物事を、知ることができるので、庶民に受け入れられたところだ。
日本の詩歌
七五調,五七調
中国文学について
杜甫・李白のいた唐時代に、詩は完成したといわれ、発展段階により四期に分けて説かれる。まず初唐では六朝時代(呉・東晋・宗・斉・梁・陳のいわゆる南朝)の影響を受けながら、絶句・律詩の決まりが整えられた。盛唐の詩人たちは、初唐の詩人が整備した詩の形式によって、深い思想と強烈な感情を表現し、生命ある詩に高めた。また、李白の詩には、彼の持つ自由奔放なところが随所に現れ、個性的な詩となっている。また、杜甫の詩には、人間に対して、素直で、誠実であろうとするところが出ている。
陶潜は、自然の中でこそ人間としての在るべき姿と悟り、郷里に帰ったが、時折感じる死に、たまらない寂しさを感じて、彼は酒に救いを求めた。彼にとって、酒は悩みを忘れさせてくれるよきともであったにちがいない。また、陶潜は、世の中の無常さを歌った詩が多く、彼は、世の無常を嘆いていたのかもしれない。
中国の詩の形式
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四六駢儷文(べんれいぶん)
ないよう面よりも、言葉や表現の美しさといった修辞面に技巧を凝らした文章を、「四六駢儷文(駢儷文)」という。「駢」とは二人が並んで耕作することで、四六駢儷文とは、四字・六字の対句を多用した文体を言う。また、用いられる言葉の多くは華やかな語彙で、典故に基づく、つまり古くから用いられている語句をふまえた洗練されたものである。そのため、きわめて構成的な美文をなしている。
それ以外の形式
詩のリズム基本となる音、押韻、音数
律詩 五,七言調 五言 二・二・一.七言二・二・二・一間に頓(休子)が入る。
字音 長短・強弱・高低、音色の4つの要素
韻母 声調を必須の条件としなかった。
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日本文学と中国文学の違いについてのまとめ
日本の文学の三人の著者と、中国の文学の三人の著者の違いは、まず、日本文学のほうは、著者は、自分の周りで起こる事件事故を、一つ一つ取り上げて、それについての感想を述べているが、中国文学のほうは、あまり自分の周りの状況について書いてはおらず、むしろ、自分の心の仲の移り変わりについて、また、天気などの変化に、自分の心をなぞらえて書いている。こうしてみてみると、日本文学よりも、中国文学のほうが、人の心の移り変わりを表していて、中国文学のほうが、日本文学よりも、深いものの考え方をしているのかもしれない。日本文学は、少し周りのことにとらわれすぎているのかもしれない。