何が日本をこんなに豊かにしたのか?

 

 

       日本は資源が少ないから、石油や木材、鉄鉱石を輸入して、それを材料に工作機械や自動車、電化製品や石油化学製品とかを作って輸出している。 農作物も海産物も、工業製品売ったお金でどんどん海外から買っている。 これが資源の少ない日本の生きる道なのだ、貿易こそが日本にとってもっとも大切なのだ、みたいなことを学校では習ったけど、戦前、特に明治、大正時代は日本も貧しい農業国だった。 そんな国が西洋の国々と渡り合えるだけの貿易大国になる過程には、いったいどういう出来事があったのだろう。

 

       一般論として、貧しい国は農業中心で工業製品もほとんど国際競争力がないことが多い。 そんな国が豊かな先進国と貿易するとなると、まず先進国の工業製品を輸入して自分たちは農作物を輸出することになる。 先進国の製品は高級だから、貧しい国の中の一部の上流階級しか買うことができない。 大多数の一般庶民の生活レベルは一向に上がらない。 またかれらの農業も、自分たちの生活のために必要なもののほかに、輸出用のものをたくさん作らなくてはお金がもらえない。 例えばサトウキビやコーヒー、カカオなどである。 農地が大規模プランテーション化し、生産性が重視される。 さらにその国にもともとあった弱い製造業は、先進国製品との競争に負け、たくさんの失業者を出す。 失業した元工場労働者は食うために農業を始める。 結果、農業全体の平均賃金が下がり、生活はさらに悪くなる。 彼らは次第に政府に対し不満を抱き、治安は悪化、政情も不安定化する。 貧富の差はますます拡大、経済は外国資本に操られるか、国際援助に頼りっきりになる。 今アフリカ、南米、南アジアで起こっていることである。 だが、日本は、明治維新に始まり、第二次世界大戦後の復興まで、何度となく貧しい時代を通ってきた。 しかし日本は今見ても分かるとおり、世界で最も豊かな国のひとつになった。 これは一体なぜだろう!?

      

       日本は幕末から明治前期にかけて、茶、生糸、海産物などを輸出し、外貨を稼いでいたという。 主食の米も、品種改良や農地改革のおかげで、1878年、380万トンだった収穫量は、1910年にはほぼ2倍の700万トンになった。 新政府の推進する富国強兵策で、日本は軍需産業と重化学工業にまず力をいれた。 と同時に「百工勧奨」といわれる、「なんでもいいから西洋のもんで作れるものは作んなさい」方針というのが時の工部省から出された。[1] まっ、最初は見よう見まねでいろいろ作っていくうちに、「もうちょっといいもんはできんかいな?」ってんで、日本の器用な職人さんたちは工夫をこらしてたくさんの大衆製品を生産していった。 この大衆製品ってのがミソで、国内の一般消費者の欲しがる物を作るというのが国民の生活レベルを上げるのに一番必要なんだ。 今で例えれば、電子レンジや冷蔵庫やテレビをすべての国民が持っているけど戦車やミサイルをあまり持っていない国と、戦車やミサイルばっかり持ってて核兵器もあるのに国民の10人に1人くらいしか冷蔵庫持ってない国と、どっちが生活レベルが上で、経済が強いかはよくわかるでしょう。 (軍事力も確かに大事かもしれん。 ただここでは経済のことのみを言っているので。)

 

       とにもかくにも、明治の終わりごろには、日本は綿製品などの輸出国になる。 買ってくれたのはアメリカさん。 それで稼いだ外貨で、日本は石油や鉄などを買って、軍艦作ったり鉄砲作ったりしてついに世界の強国入りをはたした。 皮肉にも、最大の貿易相手国だったアメリカさんと後に戦争して、ボロボロになるけど、やられた後もほんの30年足らずで世界第二の経済大国にのし上がってしまうんだからすごい。 このすごさはやっぱり、消費者側の立場に立ってモノを作るという気持ちと、常に新しく、そしてよりいいものを、という日本職人のすばらしい精神があったからできたのだろう。 もちろんほかの要素もたくさんある。 日本人に特に強い団結力と帰依力がそうだ。 会社、国家への忠誠心ある。 

 

戦後、日本人は政府主導の経済保護政策の下、一致団結して働いた。 政府は決して一部の上流階級のみの私腹を肥やすことはしなかった。 GHQによって、財閥をはじめ特権階級をなくされたこともこれを手伝ったかもしれない。 アメリカさんは、憲法、教育、政治、経済、民主主義のありかたから農地改革にいたるまでいろいろ口を出してきたが、彼らの競争的個人主義だけは、日本人に押し付けなかった。 というか日本人には、競争的個人主義はなじまなかった。 「みんな貧しい中がんばってるのに、ひとりだけうまい蜜をすうのは恥ずかしい」という気持ちがみんなにあったのだろう。 ここが、日本人の美徳でもあると思う。 みんな同じように豊かに。 これは一見社会主義みたいだが、一部の特権階級のみが豊かになったソ連や中国の共産主義とは明らかに違う。 

 

日本はもともと共存共栄を好む社会である。 個人のアイデンティティーは集団の中に属して始めて成り立つ。 組織の繁栄イコール自分の生活の保証である。 例えば組織が企業なら、その他すべての同じ業界企業と共存共栄しなくてはいけない。 これが日本経済の特徴であり、それらすべての産業界も、政府の保護政策によって共存を保障されていた。 しかし、みんな豊かになった今、日本人はどこへ行こうとしているのか。 アメリカ的な競争主義か? 日本的な要素を残しつつ発展するには、アメリカとは違った、新しいスタンダードをつくっていかなければいけないのか? アメリカ的競争主義は日本人には絶対似合わない。 アメリカに行って、アメリカ人と付き合ってみれば、日本人と彼らとの感性、文化的土壌、宗教的考え、愛国心など、まったく違いすぎる点が多いことに気がつくだろう。 どう考えても、我々日本人がアメリカ式の主義を取り入れるのは無理がある。 それをなぜ、一流の知識人、学者まで、グローバルスタンダードこそが進むべき正しい道だ、みたいなことを言っているのか不思議だ。

      

ちっと話がむちゅかしくなったところで、今日の一言! (って、新しいコーナーか?)

 

集団主義でなにが悪い! 日本には日本人に合ったやり方があんのじゃ!



[1] 永谷敬三「なかなかの国 ニッポン」 中央経済社 (1998)