平和で穏やかな新年を迎えて1週間、静大名球会に激震が走った。いや、これは静大名球界だけで
なく、静岡ユニホック界においても大きな衝撃であろう。
3期生岸部が、今春に大阪へ帰郷することを発表したのである。
誰もが予期していなかったが、本人の中では、以前から考えてきたことだった。
岸部は、静大BIRTH創成期世代が続々と静岡を後にしていく中、
抜群のリーダーシップと存在感を発揮して、静岡組と県外組とを見事に
融合してきた。ある意味、県外組が静岡という聖地へ
気軽に戻ってこれる場所を、そして雰囲気を、惜しみなく提供してきたと言える。
その、半ば強引ともいえる浪花節的リーダーシップは、時には誤解を生じ兼ねなかったが、
実は誰よりも強い「BIRTH愛」の元、一直線に10年を駆け抜けたのである。彼が、
静大BIRTHにもたらした功績は計り知れない。
99年春、静大BIRTH創設後まもなくユニホックの門を叩いた。最初は目立たない存在だったが、
夏以降急速に成長を遂げ、気付けば不動の右ウイングとなっていた。大学3年時には会長に就任。
市民大会、春のユニバーサルホッケー大会で優勝、全国大会(混成)、駅南大会で準優勝と、黄金時代
を築き上げた。彼のリーダーシップは、ホッケー以外でも
健在であり、様々なイベントを見事なまでに取り仕切り、個性豊かなメンバーを一つにまとめ上げた。
卒業後は、大阪には戻らずに静岡へ就職して西豊田UCに入会。そこでも遺憾なく持ち味を発揮してチームを鼓舞し続け、
西豊田UCをナイターAクラス常連チームへ伸し上げた。また、このチームでも市民大会を奪取。
学生・社会人2チームでの市民大会制覇は静大史上初の快挙であった。
ここ2年は、ご存じのとおり、静大名球会メンズでの全国制覇を目標に掲げて
、キャプテンとしての重責を担い大車輪の活躍を魅せた。全国制覇はならなかったが、
大激戦の中で2年連続静岡県代表となり、07日本選手権では第3位入賞を果たした。
ホッケー人生は順風満帆であり、今春には28歳を迎え、ちょうど脂の乗った絶頂期に差し掛かる
。そんな矢先の電撃発表。以前から、「いつかは大阪へ」と言ってはいたが、まさかこの
タイミングとは思いも寄らなかった。
しかし、今思えば、『岸部らしいな』と実感する。今までも、ストレートに
行動してきた男だったし、曲った事や中途半端は嫌いだった。この絶頂期での男の決断は、大阪人・岸部の『らしさ』が
あふれている。
名作『カリオストロの城』のラスト。銭形のとっつぁんの 『 ヤツはとんでも
ないものを盗んでいきました。あなたの心です。』 はあまりにも有名だ。けど俺は、
その直後のシーンで、ルパンや銭形が颯爽と去っていくのを見ながら、お爺さんがごく自然に発する
『 何と気持ちのいい連中だろう。』 という言葉が心に響く。まさに岸部は、そんな
印象を残して静岡を去っていく。。。
追記: 岸部が、ルパンだったのか五右衛門だったのか、はたまた警官A、Bだったのか。それは
ひとりひとりの胸の内に答えがあるはずだ。