フランクフルト経由でマドリッドへ入り、その日のうちにイベリア航空でグラナダへ飛ぶという
凄まじいスケジュールで始まった最終楽章(後編)。予想外のフライト遅延もあって、グラナダ到着が
深夜1時ということで、初日から大変な目に遭いました。
さて、グラナダといえば、世界遺産の中でも屈指の人気を誇るイスラム芸術の最高傑作「アルハンブラ宮殿」
を擁する都市。イベリア半島はかつてイスラム王朝に支配されていましたが、
カトリック王国によるレコンキスタ(国土回復運動)により、次第に勢力がスペイン南方に減退。
イベリア半島最後の牙城となったのがナスル朝グラナダ王国であり、ここにイスラム文化の集大成を築きました
。一見、大した作りには見えないんですが、ひとたび中に
入ると、その雰囲気は一変。イスラム王朝の繁栄と隆盛を肌で体感できます。これには理由があって、
勢力を強めるカトリック王国に対して、その繁栄振りを見せないために、外見だけはこのような
作りに仕上げたそうです(左画像)。
そんなグラナダ王国も、1492年にカトリック王国の前に終に陥落。
ここに、レコンキスタは達成されたのでした。
写真で分かるとおり、アルハンブラ宮殿の内部はイスラム芸術で溢れております。俺もイスラム芸術は
初体験ですが、西欧文明とは違った神秘的な雰囲気があり、また自然との融合も見事であり、
魅入ってしまいます。アルハンブラ宮殿を全て見尽くすには、最低半日はかかるでしょう。俺もじっくり
観たかったのですが、当日はあいにくの「どしゃ降り」で傘を差しながらということもあって、細かい部分までは
目が行き届きませんでしたが、それでも1回りするのに4時間以上はかかりました。
また、アルバイシン地区という白い壁の家が迷路のように建っている地区があり、ここはかつて
ユダヤ人街であり、グラナダ最古の街だそうです。
この日の夜はバルで生2杯、タパス1皿、プラトスコンビナートスで締めました。
翌日は、スペイン高速列車AVEに乗ってコルドバを目指して北上。グラナダから140キロ離れた
コルドバへ到着したのがお昼前。パエリアをがっちり食べてホテルへチェックイン後、コルドバ
散策へ。コルドバもかつてはイスラム王朝の首都(後ウマイヤ朝)として栄えた都市であり、当然ながら
イスラム文化の影響が根強く残っています。
注目は、世界遺産に登録されている「メスキータ」。
イスラム教のモスクとキリスト教の教会が、いわば「融合」したような形で残されています。
内部に入ると、確かに教会という枠組みを超えてイスラム芸術といった感じ。独特の空間が
広がっています。
こちらは、アルカサールという庭園ですが、これまた見事。イスラム文化の自然への思いは凄いですね。
ここで改めて感じたのは、西欧文明というのは、権力を誇示した力強い建物が多いですが、
イスラム文明は、自然との調和を目指した神秘的な、そして優しい感じの建物が多いということ。異文化
を今まさにリアルに体感してしまいました。
楽しい旅行も、悲劇はこの夜に・・・。夕飯で入った店に英語メニューがなかったため、
「ベスト10」とかっていうスペイン語メニューの第2位を頼んだら、冷性サーモン
スープみたいなのが出てきて激マズ・・・。しかし注文した以上、日本男児は食べないわけにはいかず、
無理して食べたら、夜11時頃、急に体が熱くなってきました。俺はてっきり「また前立腺炎か〜!」
と思ったんで、あらかじめ処方してもらっていた抗生物質を飲みました。(帰国後、詳しい者に
聞いたところ、それは単純に急性胃腸炎だろうとのことでした)。。
とはいえ、この夜から翌日夕方くらいまでにかけては、発熱でだるい状況でした。
翌日は、AVEに乗って首都・マドリードへ。12時頃に到着して、自力でホテルを探すだけの
気力もないためタクシーでホテルへ。2時間くらい静養した後に、気合を入れ直し、スペインの中心地点
(0キロ地点)であるプエルタ・デル・ソル(太陽の門)へ。マドリードの中心広場だけあって活気に溢れて
いました。その後、レアル・マドリードの「サンチャゴ・ベルナ・ベウ」内部見学へ。この詳細は、昨年同様、「
り〜が エスパニョーラ ぷらす」(後日UP)をご覧ください。この日はこれで締めましたが、
夕方以降は体調も回復。やっぱり、急性胃腸炎だったのか・・・。
最終日は体調も万全になり、ソフィア芸術センターでピカソの「ゲルニカ」を鑑賞。
あまりの迫力に言葉を失いました。また、マドリード王宮、マヨール広場、スペイン広場などを巡って、
最後はなぜかパスタで締めて、06年から続いていた欧州個人旅行も終止符が打たれたのでした。
いあや〜、やっぱり言葉が通じないのは大変だわ〜!!