ロンドンオリンピックで世界中が盛り上がるなか、ユーラシア大陸最西端の国・ポルトガルへの上陸を
果たしました。直行便がないためパリで乗り継ぎ、リスボン空港到着が夜10時。そこから宿泊先まで超高速タクシーであっという間に
ホテルへ。一般道で140キロは出ていまして、映画『タクシー』さながら、さすがに俺ももビビってしまい
取っ手を握りしめて冷や汗ものでした(その後、ポルトガルはこれが普通であることに気付く。。)
そんな中でスタートした今回の珍道中。初日は、ポルトガル大航海時代の栄光を今に伝えるエリアヘ。
左の写真は世界遺産の『ジェロニモス修道院』。大航海時代に得た莫大な富で築き上げらたこの寺院内には、
かの有名なバスコ・ダ・ガマの棺が安置されていました。また、周辺には、見張り台だった『ベレンの搭』や『発見の
モニュメント』があります。『発見のモニュメント』の先頭にいる人はエンリケ航海王子であり、ポルトガルでは
英雄です。タイル張りの地面には、世界地図が描かれており、日本付近には、「1541」という文字が刻印。
どうやらこれは、ポルトガル人がジパングを発見した年のようですね。
午後からは、リスボン市街の観光スポットへ。こちらは『消臭力』のCMでお馴染みの『サン・ペドロ・デ・
アルカンタラ展望台』。リスボン市街を一望できるこのスポットで、山ゲル君になって熱唱してみました♪
「勇〜気をくだ〜さい、少しくだ〜さい、明日か〜ら〜♪ 力のカギ〜リ〜♪」
リスボンは坂が多い街であり、市街地を移動するには、路面電車が欠かせません。写真を見てください、こんな
坂ばかりです(坂道ダッシュをするにはちょうど良いかもしれませんが)。市街地の主要スポットには
すべて路面電車でアクセスできますので大変便利です。
そしてまた、繁華街に突如として現れるサンタジュスタの「エレベーター」。100年以上前に建てられたそうで、
屋上まで行くとリスボン市街を一望できます。隣には、1755年に発生したリスボン大地震の遺構をそのままに残す
『カルモ教会』が建っています。このほか、サン・ジョルジュ城にも足を運び、大変有意義な1日となりました。
しかしながら、ROSE通信に掲載したあの事件は、この後に起こったのでした。(が・・・、)
それはまた、別のは・な・し。
翌日は、ユーラシア大陸最西端の地『ロカ岬』を目指してshort tripへ。途中、世界遺産となっている
シントラ地区へ立ち寄りましたが、元々避暑地として山深い地に築かれたこともあり、ほとんど霧だらけ。
写真を取ろうとしても、ほとんど取れない状態でした(もちろん魅力的な町ではありましたが)。
そしていよいよ、ロカ岬へ到着。ある意味で俺は、ユーラシア大陸最東端付近に位置するジパングから、
最西端であるこの地へ旅をしてきたわけです。感慨深いものがありました。そして、
ここには石碑が建っており、ポルトガル最大の詩人、ルイス・デ・カモンイスの有名な詩が刻まれています。
『 Onde a terra acaba e o mar comeca 』⇒( ここに地果て、海始まる・・・ )。まさに、この先は海しかない
、雄大な景色を堪能することができます。
ポルトガル滞在3日目は、高速列車アルファ・ペンドゥラール(AP)で3時間かけて、第2の都市『ポルト』
へ移動することに。それにしても、リスボンでは日本人がほとんどいなかったです。5人にも会っていないでしょう。
歴史的には、日本とポルトガルは交流の深い国でありましたが、
現代では、日本人にとって遠い異国といったところでしょうか。伊・仏・西の旅行企画は
多いですが、ポルトガルとなると広告でもあまり見ませんからね〜。リスボンは、いろいろな意味で(?)
大変魅力的な街に感じました。
さて、お昼過ぎにポルトに到着。街全体が『ポルト歴史地区』として世界遺産に指定されているためか、
中世の雰囲気を醸し出しています。建物自体、数世紀前に建てられたものばかり。そんなポルトでまずは、
路面電車に乗って「鉄道博物館」へ(決して鉄ちゃんではありません)。昔の路面電車に遭遇して感動!!
また、ポルトはポートワインの産地として有名であり、あまりワインを飲まない私ですが、今晩は
一人ワインで乾杯いたしました。ルネッサーンス!!
ポルト2日目にしてこの旅行最終日。この日は朝から、ポルトの真ん中を流れるドウロ川クルーズに参戦しました。
50分に6つの大きな橋をくぐるクルーズで気分も高揚。対岸から見るポルト歴史地区は芸術的です。それにしても、
断崖絶壁に家が建てられており、(見たことはないですが)イタリアのアマルフィを彷彿とさせます。
また、ポルトで一番高い建物の「グレリゴス教会」の頂上にも登ってみたり、サッカー通なら行かなくて
いけない、FCポルトのホーム「ドラゴンスタジアム」まで足を運びました
(詳細は