2002年6月の日記


6月30日 (日) お呼ばれ

会社の先輩宅にお呼ばれ。


6月29日 (土) 掃除

昼すぎまで爆睡。
午後から先週まで住んでいた社宅の掃除をしに行く。先週まで住んでいた町ではあるが、ちょっと懐かしくなってしまった。がらんとした部屋を見ると、新婚時のことを思い出してしまう。

韓国−トルコ戦:トルコってこんなに強かったんだ、って感じ。日本選手、よくやった。


6月28日 (金) 退職日

最終日なのでいつものフレックスタイムは活用せず、定時前に会社到着。周囲に驚かれる。

今日は諸先輩、同僚達に挨拶周りの1日。朝9時半に開始したが、思ったよりも時間がかかるものだ。いろんな部の人と話をしていると、その人とやったプロジェクトや飲み会などが思い出されてきて懐かしく、寂しい気持ちになる。今まで、転校なども経験したことが無いので、自分だけがある場所から去ってしまう、という体験は初めてだ。しかもどの人と話をしても、頑張れ、当社に帰ってきたくなったら何時でも帰って来い、という暖かいことば。今回の決断、自分ではリスクを取っているとは然程思っては居ないのだが、このような仲間から離れていく、ということに関しては何とも言いようの無い思いである。既に日本的会社のシステムの中にどっぷりと浸かっているのかもしれないし、もともとがドメスティックなメンタリティの持ち主なのかもしれないが、こういう思いを断ち切っての留学、2年後、またその後にどのようなメンタリティが自分自身の中に宿っているかは興味深くもあるし、恐ろしくもある。自分としては、今、持っている「和のメンタリティ」は持ちつづけたい。

夜は僕がいたチームでの送別会。食事会→飲み会→カラオケのフルコースで、朝まで10人全員、誰も帰らなかった。普段みることの無い上司ほかの踊り、歌い、荒れる姿を見るのも最後かもしれない。と同時に自分のランチキ姿を見せるのも今夜が最後、と思いはじけた。皆様、ありがとうございました。その場で色紙や記念品をいただいた。色紙の言葉はどれも心に響くものだった。是非アメリカに持っていこう。悩んだときに見よう。

と、いうことで5年3ヶ月間最初の会社を辞めました。次へ向けて走り始めなきゃ。


6月27日 (木) 1日前の退職発令

今日は実質的な最後の仕事日。まずい・・・全く終わらない。引継資料も意外に時間がかかる。
しかも、しかもだ。今日新たな仕事が舞い込む。そんなの無理に決まっているじゃないですか。

昼ご飯は同じ部にいる同期とサシで。彼とも4年余の間苦労をともにした。僕とはタイプが若干違う奴であるが極めて優秀であり、非常にありがたい同期である。かれが頑張ることで僕もモチベーションがあがり、結果としてポジティブなスパイラルでこの4年間を乗り切れた。彼には既にお子さんがいて家も買うとのこと。進む道やスタンスは違えど、今後とも切磋琢磨できる存在であればいいな、と切に思う。

夜に部長によばれ、「明日は1日ばたばたするだろうから、今退職発令をやってしまおう」ということで退職金についての説明をうけ、書類にはんこをついて僕の退職が確定。既に決定していたことで、いまさらどうなるものでもないが、多少感慨深い。

結果的に会社を出たのは朝4時。


6月26日 (水) いいこと3大噺

今日はいい1日だった。

1 プレゼン成功
最後の顧客向け提案は順調に終わった。久しぶりに伺うお客さんであり、またずけずけと厳しいことを言ってくるので定評のある人だったが、(多少のお叱りはうけたものの)気に入ってくれたようだ。このプロジェクトがうまく始まるかどうか、また成功裏に終了するかどうかを見届けることはできないが、何はともあれ、最後のプレゼンが上手くいってよかった。脱力。

2 部内担当者送別会
非常に暖かい送別会を僕の同期が幹事になってやってくれた。まあ、日ごろの鬱憤が溜まっていた中での担当者だけ(上司は抜き)の飲み会ということも多分に影響したとは思うが、合計30名近い人々が集ってくれた。僕はこの部での在籍も4年を超え、若手ながら古株になってしまっている。個性的な人が多いこの部の担当者の皆さんと昔話、また今後についての四方山話で盛り上がれたこの会は非常に楽しいものだった。と、同時にこの人たちともう仕事が一緒にできないと思うと非常に寂しい思いをして帰路についた。組織としては、違和感も多く、文句をいいっぱなしだったこの会社、この部であったが、同僚と言う意味では、すばらしい方が本当に多く、感謝することしきりである。この人材が集まってどうしてこんな組織になってしまうのか?恐らく日本企業に多く存在する課題だとおもうが、なかなか解決するのは大変そうである。

3 先輩の容態回復
先週倒れたS先輩の体温を上昇させる治療がはじまったが、なんとも嬉しいことにキチンと意識が回復したようだ。また、こちらからの言葉もちゃんと認識しているようだ。Sさんのさらに親分であるKさんからの「ちゃんと直せよ。治ったら快気祝いに行くぞ!」の言葉にニッコリしていたそうである。手もまだ本格的にではないが、動いているようである。嬉しい!


6月25日 (火) 最後のご奉公

明日行う最後の顧客向けプレゼンテーション資料を作成。チームヘッドとミーティングをすると、「君のここでの最後の晴れ舞台だからな」と、いつもにもまして入念なチェックと突っ込み、サジェスチョン。恐れ入ります。しかし、お陰で今日もタクシイ帰りなのでした。最後までキツいなぁ。


6月24日 (月) 健康

今日も仕事盛りだくさんの1日であったが、夜に悲しい知らせがあった。入社当時にお世話になっていた数歳上の先輩が職場で倒れたとのことだった。昨週金曜日の夕方、会議中に倒れて心臓が止まる→心臓マッサージで何とか呼吸がもどるも、意識は回復せず→以後週末を通じ、ICUでの治療が続く、と言う事らしい。見るからに強そうな体育会系の人なのに分からないものだ。また、金曜日の朝に、「留学するおまえの思いを聞きたい。飲み会をセットしろ」というメールをいただいていた。信じられない。聞いた話だと最近の彼は過労気味だったらしいので、そのストレスが影響したことは明白。今後については、現在は心臓に負担をかけないように低くしている体温を徐々に上げていくが、そのときに意識が戻らない、若しくは一部脳・体機能に障害が残る可能性も在るらしい。僕にできるのはただ、彼が無事に回復するのを祈ることだけだ。笑って酒が飲める日が来るのを心から願うばかりである。

そんな話がありまったく仕事に手がつかず、気がついたら朝3時。自分も健康には気をつけなければ・・・


6月23日 (日) 片付け

午後から最後の日曜出勤。といっても、仕事ではなく机周りの片付け。3時間半もかかってしまった。ふぅー。


6月22日 (土) 引越し

3年も、しかも夫婦で住んでいると矢張り大変。今までの気楽な単身パックではなく、引越しやさん4人がかりの1日仕事だった。荷物がいった後の我が家は、ほこりだらけ。また、荷物が行ってしまうといつも感じることだが、部屋は荷物がないと以外と狭く感じる。不思議なものだ。
新居(といっても古いが)も充分な広さがあるが、収納が狭く荷物が入りきらない。unpackingもそれはそれで大変だ。

韓国−スペイン戦:あれはどう考えてもスペインの勝ちじゃないのー?


6月21日 (金) 早引け

あさから2件、お客さんのところでヒアリングかたがた退職のご挨拶。
帰ってくるとデスクに電話メモの山。メールを開けるとこれまた未読の山。昨日のメールのレスポンスを多くの方にいただいた。ちょっとウルウルしそうになった。組織としては違和感が多い会社だけど人は最高なんだよなぁ。

今日は、引越し前日のためフレックスを活用し15時に退社。
ところが家に帰るとイングランド−ブラジル戦。激闘に片付けが手につかない。結局、夜中の2時に仕上がった。途中夕食を食べに妻と荻窪へ。もうこの街も最後だなあ、と思うとちょっと寂しい。これまでの東京生活の中では浜田山と1、2を争う居心地の良い街だったのでまた住むことがあるかもしれないな。


6月20日 (木) 同期

送別会続きだったのでたまりに溜まっていた仕事を片付けにかかる。途中、入社同期メーリングリストに退職の意を伝えるメールをアップしたところ、結構反応が大きく驚いた。上でもなく下でもない、同期には矢張り特別な思いがある。同期の奴が頑張っていると、自分のことのように嬉しくなる一方で、僕もいつかは・・・と励みになったものだ。既に1割以上が退職し、残っている同期も夫々専門性を磨き、連絡も疎になってしまっているが、いつまでもつながっていたい人たちである。

久しぶりに仕事で午前様。
かえる前に遂に皆さんにメールを打つ。さて、どんなリアクションがあるか?


6月19日 (水) 送別会

普段お世話になっているIB部門の人たちのチーム会にお呼ばれ。チームの一人が今度から社費派遣でMBA留学する壮行会に僕も混ぜてもらったもの。普段キレるイメージのある先輩方からMBA時代の失敗談などを聞くと気が和む。中でも一人の女性の先輩は豪快そのもの。事前に聞いてはいたがここまでとは・・・・。
ありがとうございました。僕がこの業界にとどまる限り、またどこかでお会いするでしょう。


6月18日 (火) 慰労会/トルコ戦

今晩は僕のアシスタントを務めていただいたKさん、後輩で以前同じ仕事をしていたM君に今までのお礼を兼ねて慰労会。その場で、良しにつけ悪しにつけ、自分が知らなかったことが部内でいろいろ起こっていたことを知る。良く考えてみると、自分では部内のことに色々首を突っ込み情報を仕入れていたと思っていたが、まだまだだったようだ。ちょっとショックを受けた。Kさん本当にありがとう。またみんなで飲めるといいですねえ。

日本がトルコに0-1で敗北。素人且つにわかサッカーファンとしては、選手・監督には多くの感動とMotivationを与えていただき多謝である。しかし人間とは欲深いもので、こんなに頑張っているところを見ても、やはり負けてしまうと、「たら・れば」の話が多くなる。夜TVで数人の解説者が犯人探しもどきをやっていたのには閉口した。その意見、選手、監督の目を見て言えますか?

あとは韓国、日本の分も頑張れ。日本で見たいぞ(決勝戦!)。


6月17日 (月) 退職オープン

いよいよ今日、僕の退職が社内でオープンに。既に親しい人の中では公然の秘密となっていたが、漸くデスクから退職挨拶のアポやその他の予定が入れられるようになった。ありがたいことに、批判の声は全くなく、皆「残念だけど頑張って来い」とありがたい言葉をかけてくれる。と同時に、「良くそんなリスクを取れるなあ」とのご意見もちょこちょこいただく。自分自身、昔からリスクテイカーおよび天邪鬼だと思っているが、今回の決断についてはリスクテイクだとは余り思っていないというのが正直な気持ちである。恐らくどんな選択肢をとろうと、一生懸命頑張る限りにおいてはリスクの中心値は不変だと思っている。違うのはVolatilityだけか。確かに私費留学という決断によってE(u)-VaRの値は低いところになったと思っているが、それとて「路頭に迷う」というレベルではなく、まあ、取れないリスクではないな、と感じている。まあ、やはり景気良くアップサイドを狙いたい、というのが本音。

勢い良く夜の予定が埋まり始め、良く考えてみると仕事をできる時間が相当ないことに気が付く。然し乍らあと案件3ヶという状況は変わらず。時間切れサドンデスは何としても避けたいが・・・


6月16日 (日) 新居見学

来週末に引っ越す妻の実家横(工場3F)を拝見。建物自体は古いが、居候させてもらうことを考えれば贅沢極まりない。広さも充分。ここで僕は3週間余、妻は半年程度の生活を送ることとなる。新しい土地での暮らしは、いくら短いとはいえ楽しみである。

しかし・・・肝心の引越し準備が進んでいない、ということで夜遅くまで荷造りに邁進。今日を逃がすとウィークデイに準備することは略不可能なためできるだけやってしまう。


6月15日 (土) 28才、大上段に構える

本日は誕生日であった(確か正確には誕生日前日の昨日28才になっている?)。

僕にとってこの28才の一年は、人生最大のチャレンジ(少々大げさ?)といっても過言ではないだろう。会社を退職、渡米・留学、就職活動、とまさに今後の人生を決定付ける一年となるに違いない。尊敬している先輩に昔よく、「20歳台後半にどのような頑張りを見せるかで30〜35才の生き方が決まる。そして30〜35歳の生き方如何でその後の人生が確定する」といわれていた。まさに20歳台の最後2年間である。この貴重な2年間を、仕事ではなく、学業・充電期間に充てるわけであり、いかにその後の人生に役立つことを多く吸収するか、一方で、授業、チームプロジェクト、課外活動、就職活動などでいかに自分の出せる限りのアウトプットと結果を出していくか、ということが問われるのであろう。

さはさりながら、大変重要であることを認識した上で、この一年はいつもの僕の抱負である
1 夢を持ち続ける一年とすること
2 その夢に対してフットワーク軽く動くこと
3 心身ともに健康体であること

を敢えて貫くこととしたい。もしかしたら、この抱負が最も重要な局面に来ているのかもしれない。


6月14日 (金) Blue Fever!

別室でW-Cupを同僚と見る。森島、中田のゴールでフロア中が大興奮。試合終了の瞬間には思わず両手を突き上げてしまった。体中が震えた。向こうの方の部署を見ると、なぜか、本当になぜか、青いユニフォームの人が・・・・

家に帰って何度ゴールシーンを見ても見飽きない。韓国が決勝トーナメントに進んだことも更に嬉しい。サッカーってこんなに面白いスポーツだったのか。この日本代表の雄姿を見て更にサッカー人口が増え、日本サッカーのレベルは上がるに違いない。


6月13日 (木) 普通すぎる日

特に何も無く、仕事に邁進。あと10日ほどで案件3ヶ。しかも来週からは送別会ラッシュ。どう考えても無茶なスケジュール感だが、気持ちよく送り出してもらう、また自分として納得感のある退職をするためには全力で尽くしたい。

明日は対チュニジア戦。頼むぞ日本!


6月12日 (水) 心地よさとフラストレーション

今月僕と同様に退職する後輩とランチ。彼は米系医療機器メーカーへ転職するという。彼いわく、「数千、数万人の組織ってやっぱりぴんとこないんですよね」。
夜、あいさつ状のためにイントラネットの社員名簿を検索。凄い数の社員数であり、そのうち自分が知っているのはほんのすこしである。何か思うところがあっても自分が組織を変えていけないもどかしさと、責任のあいまいさが混在する大組織。心地よいようでいて、フラストレーションが溜まる。妻(ベンチャー勤務)の話を聞いていると、そのスピード感、フレキシビリティに感嘆、また、その朝令暮改ぶりに唖然とすることが多い。良し悪しだと思うが、この辺りのバランスをどう取るのか、一つのマネジメントとしてのissueであろう。

そんな会社でも退職となるとやはり寂しい。5年の勤務でかなり愛着が湧いている自分を発見した。


6月11日 (火) 遅れをとる

気がついたら、ここ一月くらいなにも留学準備が進んでなかった。
ビザについてもI-20の訂正を依頼したまま、まだ受け取っておらず、家も決まらず、更には注射、渡航日、保険、ムービングセールの代金支払など全て後倒しになっている。ということで仕事もそこそこに、日中から雑務をこなした。
それでもやること山積。ネジ巻いて行きます。


6月10日 (月) いつもの月曜日+α

会社に行ったら多少、昨日の興奮冷めやらぬ人々がいたものの、いたって普通の月曜日。

夕方、仕事上で付き合いのある他部の先輩との打合せ。
おまえ、やめるんだって。と突然言われ、こちらがしどろもどろになっていると、
「とにかく頑張れ。とりあえずどこかで1日、夜を開けとけ」のありがたい言葉。
また、同じ部の先輩からも、許さん、と言われながらも「どこかで夜、すしでも食べに行こう」のメール。

皆様、恐縮です。素敵な仕事仲間を持てて幸せです。
せめて残りの日々、仕事を一生懸命やります。

夜、MBA同級生となる人より、入学前にあるキャンプをどれにするかの相談メールがきていた。
しまった、締め切りは今週一杯だ。どれも魅力的なので困るが海系にするか。どうせその後は寒い生活が待っているのだし。


6月9日 (日) 強い意志

本を整理、ちょっときれいないらない本をブックオフへ売却に。占めて8500円以上、と結構な額になった。

よく考えてみると結局読み終わらなかった本もある。勿体無いことだ。と、同時に自身の意志・忍耐の弱さにもちょっと嫌気がさした。B-Schoolでは読みたくなくても読まなくてはならない。頑張らなきゃ。

対ロシア戦、日本の勝利!後半に日本が一点入れて以降、なぜか負ける気がしなかった。
終わった後のトルシエ監督の顔を見て、涙が出てきた。この人、監督就任直後から今まで色々な、時には中傷、罵詈雑言にも耐え、自分の信念を貫き、この結果を出した。選手も凄いが、この監督も凄いと本気で思った。

Stand up for your high principles even if you have to stand alone!



6月8日 (土) 片付け初日

2週間後の引越しのため、ダンボール箱への箱詰め開始。何せ、大学で東京に出てきて以来、大学生活4年間、就職して福島での1年間、東京での独身1年、結婚3年と殆ど荷物を減らすことなく先送りしてきてたつけが溜まっており、押し入れの中には良く分からないもの、思い出のものが整理もされずにたっぷり。昔の写真や手紙などを読み出すともう止まらず、結局あまり進展しなかった。

間に合うのか、こんなんで?


6月7日 (金) 一期一会

業界動向ヒアリングのために取引先へ。最近ヒアリングをしていると、「今回がここに来るのも最後かなあ」と多少感傷的になる。今までは全く気にしたことが無かったが、よく考えてみると仕事抜きでは彼らに会うことはない。「一期一会」、人的関係は大事にしないと。

夜は、昔隣に座っていた先輩(既に転職)および当社に出向してきていた方(既に親元に異動)が壮行お食事会を開いてくれた。昔は理詰めで厳しかった先輩(MBA保有)だが、今日は「いいないいな」の連発。「何かあったらすぐに相談しなさい」のありがたい言葉もいただき、嬉しさひとしお。ご馳走様でした&今後ともよろしくお願いします。


6月6日 (木) re-applicants

僕はリアプリカント、つまり再受験者であった。MBA受験のために2年余りを費やしてしまったのだが、この2年目の気力面、また実務の面でも大きな支えとなったのが同じ状況にある人とのメーリングリスト、「reapplicantsML」である。MBA受験にとどまらず、飲み会、忘年会、初詣などなど、MLの内容も単なる受験情報にとどまらずお互いを励ましあい、ストレスを発散しあう非常に有意義なMLであった。この厳しい受験環境下で殆ど全ての人が志望校に、しかも極めて優秀な学校に受かったことは驚きであるとともに、こんなに嬉しいことはない。
ここで出会った友人達とは単なる同士ではなく、一生の友人となることだろう。

・・・と前置きが長くなってしまったが、そのMLをどうするかで議論が始まっている。来年も引き続き受ける人、また新たにReapplicantとしてチャレンジする人のために残しておくのか、それとも役目を終えたMLとして辞めてしまうのか。ということで、僕も久しぶりに300を超える皆の書き込みを全てチェックしてみたのだが、ほんの半年前とは思えないほど昔のような気がすること、また皆が必死で努力して合格を勝ち取った軌跡などが克明かつ感情的に書いてあり思わずうるうるしてしまった。ここに皆の「初心」があり、その意味では残しておいて良いのではないだろうか。実際、役に立つ情報もたくさんあるし。


昼間、通り向こうのビルでエレベータに乗っていたら昔一緒に仕事をしたHさんにばったり。退職・留学について述べるとかなりびっくりされていたが、「是非飯を食おう」といっていただいた。ありがとうございます。ご好意に甘えさせていただきます。

※それにしてもネットでどこまで自分のパーソナルな情報をディスクローズするかは難しい・・・


6月5日 (水)  ばったり遭遇

夕方、先輩と取引先から帰る途中、ばったりと元同期と遭遇。
思わずお茶を飲む。話はもっぱら僕の転職ネタ。彼は某PEに勤務しており、僕としても色々と話を聞きたい。
相変わらずのシニカルぶりで安心した。
その同期と色々話をしていると、先輩から、「君の話って略語、横文字が多いよね。」と一言。確かに。
自分では何とも思ってなかったが周りの人に不便を強いているのだろうか。それよりもなによりも、自分の日本語能力が低下しているのをひしひし感じる(かといって英語が上手くなっている節はなし)。今からこんなで2年後は大丈夫か。

別の先輩が明日から新婚旅行でLAにいくそうだ。この湿度から逃れられるのは何とも羨ましい。
早くサマースクールがある西海岸に行きたい。

結局仕事で午前様。なかなか楽にはなれない。


6月4日 (火) ゲルマン民族

本日はW杯日本vsベルギーの日。試合そのものも愛国心をくすぐられるものだったが、それはそれとして。

今日の夕方5時くらいに顧客のところから会社に戻るときのこと。東京駅辺りで尋常ではない人たちが駅を目指して歩いている。というかはや歩き若しくは小走り。顔はマジ。会社に着くと、これまた普通ではありえないほどの人々が会社から吐き出されている。みんななぜだか嬉しそう。会社の自分の部署に着くとみんながいそいそと退社しようとしている。まだ5時半なのに。

その人々を見て頭に浮かんだことは「ゲルマン民族大移動」。なぜだかわかりませんが。

兎に角、試合開始の6時には既に部署に残っている人は数人。
勤勉な日本人、とうとうラテンに一歩近づいたか、とちょっと嬉しくなってしまった。QOLを大事にする生活、良いと思います。そんな僕は残っている人たちみんなと部内別室で試合を見ました。それはそれで盛り上がりました。

PS.: 主審(コスタリカ)〜。もうちょっとファールとってよぉ。

あと、この日記、日付順に下に書くか、上に書くかでちょっと悩みましたが、結局上向きに書くことにしました。なぜなら書きやすいから(下にスクロールする必要なし)。読む人のことは考えてません。


6月3日 (月) 書初め

というわけで、日記などを書いてみることに。と言っても、低リテラシー、文才ゼロの僕が書くのだから内容はたいしたことにならないのは一目瞭然か。少なくとも、僕が受験中に出合った楽しく役に立つ数々のサイトのようにはいかないんだろうなあ。

昨晩から体中の関節が痛く、悪寒がするのでもしや、と思っていたら案の定朝から結構な熱があった。先週金曜に有休を使った手前、今日も休むわけには行かず会社には行ったものの、調子が悪いことと退職が近づいていること(あと営業日ベースで19日!)で余りにもやる気がでない。まだ会社内では僕の退職の件はオープンではなく通常どおり仕事が降ってくる。最後まで一生懸命働かせてもらえるのはそれはそれで結構だと思う反面、そろそろヒヨりたい、と思う気持ちも少なからずあり、また今追いかけている案件が略すべて7月以降にかかることを考えると関係者の方をだましているようで申し訳ないな、という気もする。最後までモラル高く頑張らなきゃ。

昼食を大学時代のゼミ友ととる。今年の頭から付き合っている彼女との結婚をそろそろ考えている(迫られている?)そうな。自分の結婚は丁度3年前になるが、早いものだ。プロポーズ当時社会人2年目、まだ23才であり「良く決断できたな」と今にして思う。結果としては非常に幸せな生活を送れているので何の問題も無いが:)ある程度の勢いと直感が大事なんだろうな。

風邪ということで早めに失礼し、家で寝そべりながらHPを作るが、至極簡単だ。当方、html、タグなんぞは全く理解していないのだがそれでもこの程度であればらくらく数時間で作れてしまう(あとはコンテンツの問題か)。

しょっぱなから留学とは全く関係ない話題になってしまった。完全に備忘録だ。