Interview #1 Stewart Campbellさん


 第一回目のInterviewは、MBA'03のStewart Campbellさんにお願いしました。StewartさんはDuke大学在学中にICU(国際基督教大学)に留学、その後JET Programで島根県三刀屋町に2年、松江に1年滞在、SONYに勤務されたというCoxきっての知日派の一人です。日本語もペラペラで、異なる文化からやってきたInternational Studentsにも大変親切な方です。
 今回は、Stewartさんに異なる文化の中でどのように生活していくか、ということを中心にお伺いしました。(聞き手:小野田)


 いつもStewartさんの日本語をお伺いしていて感心するとともに、自分の英語を本当に情けなく思っているのですが、いつごろから日本語を勉強され、どれくらい日本にいらっしゃったのでしょうか?

 大学に入ってからですね。(カリキュラム上)自分の意思とは関係無しに、語学を勉強しなければならず、それだったら、大学に入るまでにフランス語、スペイン語、ラテン語それぞれの言語を勉強したんだから、完全に違う言語をやってみようかなと。で、当時毎日のように日本のことが新聞に出てるんだから、じゃあそれが将来的にいいツールになるんじゃないかなと思って、とってみました。(ところが)、大学に入ってみたら本当に難しくて・・・。

 文法的には、日本語はもっとも英語と異なる言語だそうですが

 順番(語順)、これが難しい。

 日本語は、主語、目的語、動詞の順で来ますよね。主要な言語では、日本語と韓国語くらいだそうですが。

 ええ、同時通訳すると、非常に難しいんですね。例えば、「あります。」「ありません。」という(否定か肯定か)のが最後に来る。(英語で)最後の部分までうまく伝えられないので、アメリカ人から、「本当に(日本語を)分かっているのかな。」と思われたり、そういう経験はいっぱいあったんですよ。

 日本語は本当に大変だと思います。私も日本語から英語に変換するのにいつも苦労していますから。どうしても日本語で考えてしまうので、授業で発言しようと思っても、なかなか・・・。その、翻訳するのに時間がかかるんですよね。

 そうでしょう。で、大学に入って二年間くらい勉強しました。二年後に日本の国際基督教大学に留学という形で、ちょっと勉強したんですね。11か月くらい。でも、ほとんどすべてといっていいくらい、いわば(ICUでの)公用語が英語なんですね。日本人の友達みんなが英語で話しているので、日本語を使える機会がなくて、自分の日本語がうまくなっているのか自信がなくて・・・。で、逆にみんながそれぞれの地方の方言で話していたら、まったく分からなかったですね。

 方言は分からないと思います。

 あの、ベストフレンドが奈良の出身で、本当に「わからへん!」。まず、早い。はっきりな発音ではない。もう、人種が違うというか、いろんな部分で分かりづらい。

 それでアメリカに戻ってこられた?

 戻って、日本語で「雪国」を日本語で読んで、分析するという授業をとりました。スモールグループで、なぜこういうような言葉でこういう意味なのか、なぜ日本語にこういうようなプロセスがあるのかということをやりました。そして、卒業した後にJETプログラムというもので、このプログラムの90%が英語を教えていて、残りの10%が国際交流というあいまいなことをやっているんだけど、まあ、交流事業に関することはなんでもやっていて、仕事の内容もhost institution(注:この場合は地方公共団体)によって違う。だから、東京に行く人と(そうでない人で)は仕事の様子から違いました。僕の場合は、島根県に行きました。

 それは・・・。かなり、そのいわゆる田舎だったんじゃないでしょうか。

 なかなか同年代の人がいないとねえ。一日が終わっても私生活がないんですよね。田圃、アパート、田圃といった感じで。な〜んにもなかったですよ。他の外国人もいませんでしたし。(島根に行く前までは)世界のissueを議論して、それが終わってすぐ島根の方に行ったら、大学で勉強したことを活かせる道がなかった。僕にとってそれが一番イライラしました。

 どれくらい島根にはいらしたんですか?

 三年

 えっ、三年もいらしたんですか?

 はじめの二年は、人口が8800人くらいしかいない三刀屋町。三年目は県庁所在地の松江に。三年目は澄田知事の国際活動サポートとかいろいろしてました。結構面白かったですね。ただ、僕の勉強した日本語と島根県で使われている日本語はまったく違った。「あのみゃあ、わしはみゃあ、あんた初めて島根弁聞いたときにわかるとけんみゃあ。」

 そこまで方言がしゃべれる人はなかなかいないのではないでしょうか。

 逆に、その社会に溶け込むためには、僕のやり方を押し付けるのではなく、相手のやり方をできる限り受け入れていくことが必要でした。(その経験を通して)僕の考え方が変わってきました。でも、東京にも友人がいて、島根から東京まで夜行バスで行って、友人と話したりしていると、なまりが出てくるんですね。地方によってよく使う言葉というのは違うでしょ。
 (でも、そのうち)どういうことをどのように表現するか、英語で言うとsituation specific language、そういうのがだんだん分かってきました。だから、skillとしては、「真似る」ということが、survival skillになったと思います。

 三年も、しかも島根にいらっしゃったというのには少しびっくりしました。

 そうですねえ(笑)。

 そういうところでいろんなご苦労もされたんじゃないかと思います。特に島根県は、日本の中でも伝統的なといいますか、「村社会」の伝統や考え方がかなり強くて、どちらかというと外国の方には多少住みにくいところもあったのではないかと思いますが。

 やはり、(島根県の人は)外国人に限らず、外の地域の人と接した経験が少ないんじゃないかと思います。

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