トヨタ財団1997年度研究助成金 研究成果報告書
研究題目: 日本・中国:19世紀中葉における学術用語の交流と受容
――総合雑誌『六合叢談』(1857-59)を中心として――
研究班メンバー
荒川清秀 愛知大学
内田慶市 関西大学
八耳俊文 青山学院女子短期大学
沈 国威 関西大学 (研究代表)
熊 月之 上海社会学院歴史研究所
周 振鶴 復旦大学
王 揚宗 中国科学院自然科学史研究所
本研究の概要
19世紀中葉、中国上海で出版された『六合叢談』は、ロンドン伝道会の上海印刷所である墨海書館から出版された
月刊誌である。ロンドン伝道会の宣教師、ワイリー(Wylie.A=偉烈亜力)が主宰し、1857から1858年まで計15冊を世
に送った。掲載された内容が、人文科学、自然科学、宗教など、多岐に渡っている。19世紀の西洋に関する情報、西
洋の近代文明の詳細を東洋に紹介したものとして広く知られている。『六合叢談』が、出版後すぐ日本に舶来された。
蕃書調所による官版刪定本を含め、広く読まれた。開国前の日本に最新の情報をもたらし、当時の知識人に大きな影
響を与えた。今日でも『六合叢談』の和刻本が、日本全国20以上の図書館に所蔵されていることは、その流布範囲の
広さを物語っている。化学、数学、力学、天文学等諸分野の術語を含む数多くの新漢語が、『六合叢談』を通じて日
本に伝わってきたものと考えられる。近代訳語・新漢語に関する国語学的な研究にせよ、近代西洋文明の受容に関す
る科学史の研究にせよ、『六合叢談』は第一級の資料である。
しかし、いままで系統的に『六合叢談』を取り上げる研究が殆どなかった。19世紀の西洋文明の伝来と受容、及び
言語におけるその反応を解明するには、本誌についての考察は不可欠である。本誌に対する考察を通じて、西洋文明
をめぐる日中両国の近代化への取り組みと交流がクローズアップされることになろう。また、本課題の日中近代語彙
交流史、科学史のみならず、国語学の語彙研究にも大きく寄与するものと期待される。これまでに沈国威、荒川清秀、
内田慶市らは、近代の新漢語・訳語の形成、及びそれをめぐる日中両国の語彙交流について、研究を進めて、成果を
上げてきた。一方、八耳俊文、中国の熊月之、周振鶴、王揚宗は、科学史、東西近代文明交流史の視点から同じくこ
の問題に取り組んできた。国際シンポジウムの席上や、或いは論文交換、私信による議論を通じて、言語学と歴史学
の2つの視点を融合して学術用語の問題を解明する必要性を痛感するようになった。近代における西洋文明の受容は、
漢字によって行われたという点を考えれば、このような学際的な取り組みは、必然的な結果と言えよう。文明の交流
は、最終的に新概念を担う個々の語彙に帰着せざるを得ないであろう。しかしこれまでに、この問題について史学的
な観点と、語学的な観点からの研究は、それぞれ独立した形で行われてきたのみで、両者を統合した、学際的な取り
組みはいまだ行われていない。近代の場合、新語、訳語、学術用語の整備は、そのまま西洋近代文明の受容史に直結
することが多い。従って史学と語学の総合的視点がどうしても必要である。このような問題意識を持って、われわれ
は、日中研究者の共同研究チームは、1997年春、『六合叢談』に関する研究という題目で財団法人 トヨタ財団に研
究助成を申請した。地味なテーマではあったが、幸運にも伯楽の目に留まり、助成金が交付
されることになって、計画の実施が現実化となった。
われわれが計画していた研究は、近代中国・日本における学術用語の交流と受容の視点から『六合叢談』とその使
用語彙について、全面的な考察を行うものである。具体的に次のような段取りで研究を進めてきた。
(1)まず日本国会図書館、大英図書館、オクスフォード大学図書館、長崎大学図書館、宮城県伊達文庫図書館に
所蔵されている『六合叢談』を調査した上で、複写をとり寄せ、初版に近い形に整理する。
(2)版本的に整理した『六合叢談』を全文コンピュータに入力し、電子テキスト化する。
(3)原本と和刻本を照合し、相違点をリストアップする。今後の考察の問題点にする。
(4)電子化した本文データを語の単位に分割したのち、語彙調査のプログラムを用いて、語彙統計を行う。
(5)語彙調査の結果に基づいて総語彙、使用頻度の一覧表を作成する。
(6)総語彙索引に基づいて、両言語に共に使用されている同形語を抽出する。同形語の多くは、近代における日
中語彙交流の結果と考えるのが自然であろう。従って、同形語は、本研究の目標データである。
(7)リストアップされた同形語を両言語における近代語彙の発生、交流と関連づけながら分析・考察する。ここ
に主に二つの視点が用いられる。
a)国語学的な視点:どんな語が、どんな経路で、いつ日本に伝わって日本語に溶け込んだか、と
b)科学史的な視点:該当語彙が表す近代的科学知識が日本への伝来と受容、
である。考察に際して、両者の有機的結合を図る。
(8)最終的に、各自は考察の結果を論文に纏め、『六合叢談』の影印本文と総語彙、使用頻度の一覧表を付して
『「六合叢談」に関する総合的研究』という論文集の形で公開する。
計画中の論文集
題名:『六合叢談』に関する総合的研究
内容構成:
一 研究編 (論文はいずれも仮題)
1 近代東西(欧・中・日)文化交流史の研究資料としての『六合叢談』--解題に代えて(100p)
2 『六合叢談』の地理用語、及び日本語への影響 荒川清秀(20p)
3 「黒茶」から「紅茶」へ--『六合叢談』の貿易用語を中心に-- 内田慶市(20p)
4 日本学術史上における『六合叢談』 八耳俊文(20p)
5 訳語「化学」の誕生--『六合叢談』から見る近代日中語彙交流-- 沈国威(20p)
6 『六合叢談』と19世紀の中国西学 王揚宗(20p)
7 『遐迩貫珍』から『六合叢談』へ--近代新聞の誕生-- 周振鶴(20p)
8 『六合叢談』と西学導入機関:墨海書館 熊月之(20p)
9 研究編事項索引 沈国威(10p)
10 参考文献 沈国威(10p)
二 資料編
1 19世紀漢訳洋書及び和刻本の日本所在目録 八耳俊文(50p)
2 『六合叢談』語彙総索引 沈国威・内田慶市(110p)
三 影印本文
第1号〜15号(BL所蔵分と宮城県図書館所蔵分使用) (260p)