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レベル
(在籍期間)
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各レベルでの過ごし方
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レベル7C
(約1ヶ月間)
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VOICEチケットは購入せず。っと、いうかNOVAスタッフからレッスンやVOICEの構成をよく知らされていなかった。確か50回位のレッスンを初期購入し、30回ぐらい消化した時に7Bへのレベルアップが出た。当時は家に帰って復習なりをほとんどしていなかったと記憶している。NOVAレッスンオンリーって奴でした。
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レベル7B
(約2ヶ月間)
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受付のスタッフに薦められてVOICEを開始する。ところが、周りは明らかにレベルが自分より上と感じる人たちばかりで、何を喋っているのかもよく理解できなかった。ただ、この頃から上位レベルの人に会えるのはいいチャンスだと思っていた。いろんな言い回し、豊富な表現方法を体感しながら学べたからだ。レベル7B〜7Aの受講生はVOICEに行くのを恐れる人が多いようですが、積極的に参加して欲しい。上位レベルの受講生とネイティブがしている会話の”流れ”や”雰囲気”は自らが所属しているレベルのレッスンではなかなか学べない。
NOVAのテキストについてくるCDを毎朝ヘッドホンを使って耳にたこが出来るくらい何度も何度も聞いた(細かいところまで聞けるような完全に周囲の雑音をシャットアウトする耳を被うヘッドフォンを勧める)。その日に行ったレッスンはCDを使って必ず復習した。イントネーションやアクセントまで真似して発音コピーの練習をするのがポイント。この時、日本語に置き換えたり、一個一個辞書を引かないのがコツ。よくわからなくてもいいからCDから出てくる音をそのまま体に染み込ませるような感じにするのを心掛けていた。一ユニットあたり15分くらい。とにかく聞き、とにかくまねして喋った。
この頃からNHKでやっていた英語放送のドラマを見始める。ビデオに録画しておき、一度観たら、その翌日に巻き戻してもう一度同じものを観る癖を付けた。同じ番組を短期間に複数回見るとボキャブラリーが足りなくてもストーリーを既に知っているのでよくわかった気になる。ほぼ毎日1時間は続けた。レベル3の半ばぐらいから二度観る事をしなくなったが、幾つかの二ヶ国語放送のドラマは病み付きのように観るようになり、またドラマは人間と人間の自然な対話型の会話が中心に展開されるので、いいボキャブラリー・ビルディングの練習になった。レベル2を達成した今でもTVは見続けている。当時よく見ていた番組としては、「愉快なシーバー家」、「フルハウス」、「大草原の小さな家」など。大草原の・・・は何回も再放送されている超の付く名作である。他にもいくつか見ていたがタイトルを忘れてしまった。何せ、うん年も前の事だからね。
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レベル7A
(約5ヶ月間)
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VOICEの常連になり始めたのはこの頃からかな。6へのレベルアップが出た一週間後くらいにNOVAアカデミーを通じてNZ国へ行った。1ヶ月間のホームステイ。実質的にこのホームステイは7Aくらいの実力の頃に実行した事になる。現地での授業ははっきりいって得るものが無かった。日本で出来る文法の話や熟語の勉強をペーパーベースでやるだけで、授業中の会話もさして無く、NOVAの外国語習得に関する基本方針とはおおよそかけ離れていた事に落胆した。それでも、ホストファミリーと過ごした時間は貴重で、そこの部分は楽しんだ。
今振り返ってみると、大切な時期にいい経験をさせてもらったと思っている。ホストファミリーと居る時は、純粋に英会話に没頭出来たし、いまでも彼らとはメールでたまに連絡をしている。日本に帰国した直後にNOVAスタッフからレベルアップ・テストを受けるよう薦められたが、自分のほうから講師に進言して断った。たかだか1ヶ月で語学力なんて変るもんじゃないってね。
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レベル6
(約4ヶ月間)
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ある意味一番面白かった時代だったかもしれなない。授業に出ても、VOICEに出ても、必ず新しい発見(フレーズや語彙)があり、自分の英語力がメキメキと上がっていくのが日に日に感じられた。他校のVOICEに頻繁に行き始めたのもこの頃。VOICEに参加したときはよくノートを取った。但し、受験生時代のようにたくさんメモを取りすぎても人間の頭は対処しきれないから(それ以上書いてもある意味無駄)1日2〜3個くらいのペースで新しいフレーズや語彙を覚えるよう努めた。
今振り返ってみて、うまく言ったなあ〜と思うのは、このへんのレベルの時代から辞書になるたけ頼らず、ネイティブの発音を耳から聞いて、自分が感じたそのままに言葉を覚えていく癖をつけていった事だと思う。この感覚で続けていくと、言葉とは不思議なもので、一度覚えた単語を思い出そうとする時、始めて耳にした時の風景までが頭に浮かんで来ちゃったりする。なので、自然かつ正しい英語が身に付いた。おかげでレベル6も長居することなくすんなり通過出来た。
レベル6のテキストの内容は決して難しく無い。むしろ、大学受験を勝ち抜いて来た人達には簡単すぎるくらい。が、このへんの基礎がスピーキングできちっと出来るか否かで、次のレベルに上がった時に大きな差となって現れやすいのも事実。基本ゆえに軽視して、このあたりのレベルをなかなか卒業出来ずに嵌っている人が結構多い。
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レベル5
(約6ヶ月間)
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多少の苦労はあったものの、英字新聞や雑誌などをある程度定期的に読んで、語彙を伸ばす事を始めた。が、あくまでも簡単な記事のみ。政治関連の話なんてさっぱりわからん単語ばかりで、とてもじゃないけど理解できなかったので・・・。日本の英字新聞のいいところは、日本語の新聞をあらかじめ読んでおけば、意味がわからなくともおおよそ内容の見当がつくこと。見出しの太字だけでも覚えればいい練習にもなるし。簡単な映画も英語で見たりした。ディズニー・ピクチャーの「ポカホンタス」のように、子供向けを念頭に製作された作品なら9割近く理解出来ていたと思う、この頃。昔のレベル定義は今のとは若干違うので、こんなもんだったと思う。
なまじ話せるように成ったばかりに、悔しい思いもする事もあった。微妙なニュアンスや、自分が本当に言いたいことがうまく伝えられなかったり悔しい思いもした。かなりレベルの高い人が入って来ない限り、VOICEで主導権を握れるレベルなので、よく雑誌や新聞のスクリプトを持ち込んだりして話せるトピックの幅を広げるよう努めた。
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レベル4
(約1年間)
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レベル4への推薦状を出してくれた2人目のNOVA講師によると、このレベルに上げるかどうかかなり迷ったらしい。ある講師はYesで、他の講師はNoと言うように意見が大きく分かれてもいたらしい。小生の例に限らず、レベル4くらいになると、講師も判断が難しいようだ。文法の強い人、語彙の豊富な人、発音や文章構成がネイティブに近い人、などいろんなタイプが混在するのも大きな理由であろう。
テキストの内容はだんだんとストーリーが出てきて、ボキャブラリーもそれなりに充実してくるので結構楽しめた。はっきりいって、そこそこ有名な大学に通う学生や大卒者であればレベル5までのテキストは蚊も止まって見えるくらい簡単に感じるはず。いつも「つまらん、つまらん」と言って文句たらたらの受講生が多く出現するのもこのレベルの特徴。高学歴で、会社でもそこそこ地位がある中年サラリーマンにこのタイプが多い。但し、実際に喋るとなると勝手が違うようで、この手の輩に限って知識ばっかり先行し、いざ出番!となると言葉にならなかったりする。
帰国子女組はこのレベル近辺に押し込まれる事が多いので小生にとってはいい勉強になった。彼らは発音や文の構成ミスなどはほぼありえず、特に”Word Order”を学ぶいい機会になった。日本語的発音を通しきっている人も、それなりの文法と語彙力があればレベル4くらいなら上って来れるので、前述の帰国子女組とはえらく差があるように聞こえる。このコントラストがみょーにユニークだった(笑)。
レベル3との差は文章では説明しにくい。端的には、場数の違いだろうか。日本語と同じで、一つの事象を述べるにもさまざまな表現が存在する。臨機応変に複数の言い回しが出て来るようになったら、先は近い。ネイティブと喧嘩(口論)して論理的に相手を言い伏せる事ができる力をつけたのなら、即レベルアップの推薦状が出る事であろう。小生も、実際のところVOICEで揉め事が全く無かったわけではない。結構いろいろとあった。でも、そんな時が「俺も結構、喋れるようになったかな」と、実感出来た時でもあった。ネイティブ相手に喧嘩して勝つにはそれなりの語彙力、流暢さ、論理力、そして説得できるだけの豊富な表現、言い廻しが備わっていないと出来ないからね。
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レベル3
(約4年半)
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社会人になって1ヶ月もしないうちにレベル3に上がった。勤務先が都会から離れていた事もあり、行った先のNOVAは開校して間も無い新しいスクールだった。どうやら、前のNOVA校で既にレベルアップする為の推薦状が一枚出ていたらしく、すんなりとレベルアップした。移った先のNOVA校では、当時レベル3は他に誰もおらず、必然的にマンツーマンレッスンとなった。VOICEの開催も当初は土曜日のみので、他の受講生もまばら。喋る量を稼ぐ絶好の機会になった。相手の講師も同じ面々なのでマンネリ化しないようにトピックは常にいろいろ考えていた。いつも2時から9時までフルでVOICEに出席している小生の姿勢が認められたのか、半年後くらいから日曜日もオープンとなった。田舎ではネイティブと話が出きる時間が限られるので、助かったあ・・・と思ったのが正直なところであった。
家に戻っての復習の仕方は相変わらず変化なし。テキストのCDと二ヶ国語放送は毎日欠かさずきっちりやっていた。インターネットを利用して、海外のチャット(ICQと呼ばれる英語を中心としたチャットルーム)に1年くらい嵌っていた。話し相手は英語のネイティブが半分、小生のように外国語として英語を話す者半分ってところだった。ナマの生きた会話なので結構役にたつ。楽しめながら出きるのがなんといってもいい。タイピングの練習にもなるし、おかげでミススペルも少なくなった。
会社の社内英語研修(就業時間内に週1回、時間外に週1回行われていた)で面白い奴に出会う。親父さんの都合で小学生の時に4年間ほどアメリカに住んでいた経験を持つK君だ。彼の英語はネイティブに非常に近かったので、いろいろ教えてもらった。後の小生のアメリカ系アクセントは彼の影響が大きかったと思う。それまではイギリス系アクセントだったからね。
さすがにレベル3の在籍期間は長かった。レベル3からレベル2への壁はこれまでのどのレベルと比べても大きい。語彙だけでなく、自然に流暢に話せなければ成らず、また、レベル2の人があまり存在しないとも、講師の判断基準を狂わせていたはずで、レベルアップを出しにくかったのであろう。レベル2に上がる時はエリアマネージャークラスの講師がわざわざ出てきてオーラルチェックをするため、レベルアップ推薦状を簡単に出せない裏事情もあるみたいだ。
レベル3とレベル2で大きな差があるだけに、レベル3では上のほうと下のほうのレベル差が顕著で、上がったばっかりの人とレベル2に上がる寸前まで来ている人では雲泥の差となる。受講生の中にはNOVAスタッフに文句をつけている人も結構いた。なんで、こんな人がレベル3にいるんだァ!って怒鳴りつけていた受講生も居たが、他校とのレベルの基準の曖昧さも手伝って、納得がいかないのだろう。
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レベル2
(数年間)
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転職をして実家に戻ったあと、生活が忙しくなってNOVAはたま〜にしか行けなくなっていたが、1年ほど前くらいから徐々に復活させていた(英語TV番組は性懲りも無く観ていたが・・・)。エリアマージャーから直々に頂いた合格通知レターを当HP上で公開します。
レベル2合格通知レターへ
レベル2に上がるには単なる語彙力、文法力、表現力のみならず、会話の中にSophisticationが出てこないと難しい。レベル3の後半あたりからビジネス系の英語に触れる機会が増えてきたのも、許容範囲が広がって良かったのかもしれない。いずれにしても、ここまでの何千時間にも渡る英語の喋り続けがここまで自分を導いてくれたものだと確信している。
レベル2のテキストは逆に長すぎて、大抵の場合一レッスンで終わらない。レッスン自体の進行はレベル3の時と何ら変化無し。レベル1はレベル2に上がる時の100倍難しいと予想される。非現実的なので目標にしていない。そもそも、レベル2の定義は「単にボキャブラリーが豊富で表現力があるだけではなく、文化的な知識の深さにおいても優れており、自分と相手の文化的バックグラウンドを理解した上でコミュニケーションを成立させることができます」となっており、これではネイティブだって半分くらいは不合格になりそう。相手の文化的・・・なんて条項は入れるべきではないと思う。だいたい、「複雑な商談においても十分な交渉力を発揮できるだけの言葉の理解力と表現力があります。その言語の文化的理解が深く、(言葉の運用が原因で)思いがけなく相手のひんしゅくを買ったり、イライラさせたりすることはまずありません。社交上の表現やスピーチを適切に行なう力があり、フォーマルな会話でもくだけた会話でも、TPOに応じて対処できます」なんて、母国語である日本語でも正確に出来ていないのに、外国語でそこまで出来ないっちゅーのっ(笑)。
2005年4月、レッスンの受講を止める。レッスン受講生からVOICE会員へ変更し、現在に到る。ここまで良くやったもんだと自分でも思う。
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