ヨーロッパ旅行記(LT25)



青・緑は空路、赤は電車による陸路を示す。上の地図をインディ・ジョーンズのBGMを思い起こしながら眺めていただければ幸いである。

■8/4(絶望+)
  徹夜でシュークリームを最後に食べて、6:30に家を出る。駅で早速飛行機の中の上着とウィーンのガイドブックと自習用の教科書を忘れたのに気づく。とてつもなく眠い中をうつらうつらしながら笹塚→本八幡→成田空港と移動。9時に着いて早速手続きをし、搭乗口へ。途中スリッパ(これも忘れたことに気づいた)、リポD、おにぎり、ミロを買って栄養補給してから乗り込む。12時間をほとんど寝て過ごす予定だったが、隣のスウェーデン人がやたら話しかけてくる。最終的には「これはbeast movie of Japanだから見ろ」と言って彼の興味を映画に向けさせた。確か僕の知ってる女優の出てたモーグルの映画だったような気がしたが・・・。それに伴ってちょっと寒いのであまり眠れず、教科書も忘れたので勉強もできず、映画も面白いのをやっていなかった(英語の細かい内容なしで楽しめたのは「アイスエイジ」と「ナショナルトレジャー2」だけだった)。ので、黙想したり瞑想したり斜め前の日本人がやっているDSのドラクエⅤ(ラインハルト城のあたり)で懐かしさを感じたり、ビールを飲んだりして暇をつぶす。
  時差で時計が回って、ウィーンに到着したのは午後3時。空港から電車でMitte駅に行き、そこから鉄道とセット券を購入したタクシーでホテルへ(2日目に気づいたが、地下鉄で行ったほうが断然安かった。こちらで言うところのJRにぼったくられたようである。)。町並みは数々の銅像や彫刻に彩られ、建築物も素晴らしい。目抜き通りにはおしゃれなカフェで談笑するオーストリア人(こっちではうちらが外国人か)。世界の車窓からの風景のようでまさしくExellent!である。ホテルは思ったより広く一人用にシングルベッドを2つつなげてある。荷物を置いてから、楽友協会のオーケストラを聴きに行く。ここはモーツァルト専門のオーケストラで、あとで聞くところによると最も観光客向けで最も割高らしい。
モーツァルトに扮したコンサルトヘボウの係員。(左)ホールわきの柱の陰で一生懸命事務仕事をしているモーツァルト。現代のモーツァルトはマックを食べながらの忙しい毎日を送っていた。(右)玄関前で呼び込みを行うモーツァルト。ちなみに後ろの背景は工事中の垂れ幕で、小さくベニヤ板で作られたドアが彼の背後に見える。
こんな感じの黄金の大ホール。左奥:指揮者氏。右手前:アリアを歌う歌い手(テノール)氏。
黄金の大ホールに宮廷衣装とかつらをかぶったモーツァルト風のオケ団員が整列して、演奏が始まる。席が案外近くで5mくらいしか離れていない。聴衆のほうのライトは消えず、子供の泣き声やカメラのフラッシュなどが時折演奏に混じる。何というマナーの悪さか!曲目は「ドン・ジョバンニ」「魔笛」「フィガロの結婚」「Jupiter」など代表曲を第1楽章だけやるとかいったような感じで、これも素人受けするための工夫だろう。歌手が来てオペラの歌が一緒に入るのは良かった。午後10時。終わってから街の中心部に行き、屋外のレストランでリゾットを食べる。この辺で一寸ホームシックになった。炭酸なしのウーロン茶をがぶがぶ飲みたい!仕方ないので炭酸水をホテルの部屋で振りまくって、ガス抜きをする。

■8/5(中庸)
  今日はシェーンブルン宮殿へ行く。朝は市場でりんごとパンでも食べようと思ったがそんなものは近くになく、ウィーンまで来てマックを食べる。こっちのほうがパンが旨い。昨日は大分歩いたが、ウィーン観光なら電車が便利だ。中央の大聖堂を中心として何本もの路線がウィーン地下に張り巡らされている。9:30、小雨のシェーンブルン宮殿。ここは超人気観光スポットらしく、僕らが10:30ごろ宮殿の中の窓から外を眺めると長蛇の列が入場口にできていた。およそ1時間くらい並ぶのでは?というわけで、シェーンブルンへは朝早くお越しください。で、肝心の内部だが、確かに大ホールなどは「おおぅ」と驚嘆すべきものであったが、案外こじんまりした部屋で構成されている、というのが初宮殿の印象。もっと一部屋一部屋が畳50畳敷きくらいのイメージをしていたのだが…。そして、ペルシャや中国からの調度品などがある部屋は、あまり調和がとれていないように感じる。
シェーンブルン宮殿正面の丘からのパノラマ風景
シュテファン大聖堂付近の目抜き通り
  宮殿正面の丘(これも庭園である)を上ってウィーンの街を一望し、おなかがすいたのでシュテファン大聖堂へ移動して目抜き通りのレストランに入る。暑いのでアイスコーヒーを頼むと、アイスクリームが乗っかったコーヒーが出てきた(一応コーヒーも冷たい)。あとでわかったことだが、日本のようなブラックのアイスコーヒーはヨーロッパのレストランには置いていないようだ。これは僕にとって大きな痛手である。それはともかくとして、「まじかよ」と2人で会話していると隣で「へっへっへ、こいつらジャパニーズはヨーロッパってもんがわかってねぇなあ」みたいな顔で一人の男がにやにやしている。この男、会計の時にもクレジットカードの明細に書いたサイン(要は、漢字)を興味しんしんといった顔つきで見ていた。ちなみに、昨日のカフェでもウェイトレスのおばちゃんが若い子に「ちょっとあンた来てごらん、これジャパニーズキャラクターだよ!」と裏ではしゃいでいるのが見えた。オーストリアには日本人は山ほど来るだろうに。
  シュテファン大聖堂は工事中。しかし、垂れ幕には「山口組」とはかかれず大聖堂の超大型プリントがされている。ヨーロッパの名所が工事中の場合、こんな細工を施しているところが多かったのが目についた。G氏がかつて語っていた「」という言葉の片鱗をこういうところにも見た気がした。
  大聖堂の中や展望台をひとしきり見た後、町の中心部から少し離れたモーツァルトの墓へ向かう。これよりもう少し南東に離れた中央墓地にはベートーベンの墓とかもあるらしいが、ちょっと時間がなさそうなので断念。 ぐるぐると歩いてだいぶ疲れたので「アイスコーヒー」をホテル近くのカフェで飲んでから、5時にホテルに迎えに来たタクシーに乗って駅へ。そして、ウィーン→アムステルダムスキポール空港へ。そういえば、ヨーロッパの地下鉄とかにはほとんど改札がない。この旅で10回くらいただ乗りしたような気もするが、まあ真似すべきではないだろう。
  もう機内は夕方(8時頃)だったので軽食が出たが、ヨーロッパの濃い食事の中でこれくらいなら僕も満足である。グラタンとパン、そしてトマトジュースが旨かった。これ以降、機内での飲み物は大概トマトジュースに決めた。
  アムステルダムスキポール空港はヨーロッパの中でもかなり大きな空港。日用品からお土産まで何でもそろいそうなくらい店がある。列車で30分、Amsterdam Centraal駅に到着。駅を出るなりなんとも言えぬ匂い!これがマリファナの匂いである。うまく表現はできないが、タバコ+インドの香+イグサ+ココナッツ???のようなそうでないような、感じ。ひどく出来の悪い香水といっても通るかもしれない。もう真っ暗でライトアップされたホテルや教会と、その光を映す運河でなんだか「魔都」といった感じを受ける。基本的に観光客と酔っ払いとヤク中しかいないような運河沿いの小道を少し迷って、ホテル「Old Quarter」に到着。予約の際はわからなかったが、このホテル、一階がバーでカウンターの兄ちゃんがフロントを兼ねている。とにかく疲れていたので、3階の部屋へ。廊下とシャワー(格安のため、シャワーとトイレは共同だった)もマリファナのにおいがぷんぷんしている。幸い部屋は禁煙にしておいたので、問題なく眠れそうだった。しかし、狭いな。一階のバーでオランダ初ハイネケン。カウンターのファンキーな姉ちゃんと閉店までぐだぐだしゃべっていて、午前1時。シャワーを浴びて、寝る。どこからか(結構近そうだが)ハイになった男が「フォー!」と叫んでいるのが聞こえた。
■8/6(歓喜+)


  アムステルダムはヴェネツィアと同じく運河の町。トラム(路面電車。ヨーロッパの都市ではたいていこれがバスと並んで主要な交通手段)に乗っているといくつもの運河を横切る。ボートハウスでお茶をする人々。夏休みに入ったせいなのか、アムステルダムではほとんどスーツ姿の男性を見かけなかった。巨大な観光都市のようである。今日はアムステルダムからロッテルダムへ電車で1時間半、そのあと自転車を借りてキンデルダイクの風車群を見に行く。これは世界遺産。自転車は案外すぐに借りられたが、乗ってみてすぐにわかるのはオランダ人は足が長い。サドルを最低にして僕のつま先が届くかとどかないかといったところ。おかげで、発進時には道の段差を利用しなければならなかった。2つ目。ブレーキが無い。坂道が無いからみんな飛び降りて止まるのかと思って、駅ビルの巨大な看板を蹴って泊まろうとしたら、結局看板に激突した。正解は、ペダルを逆回転にこぐことでブレーキになるらしい。当然とっさの急ブレーキがなかなか効かないため、カーブで慣性ドリフトっぽく曲がろうとしたら脇の植え込みに突っ込み、花壇が人一人分つぶれてしまった。地図がなかったので、10数キロの道のりを人に聞きながらKinderdijkへと進む。
  図にあるようにかなり道に迷いながら進んだ。この辺は英語が通じない人も多い。そして、近代的な建築と牧草地帯が混在している町。風車に着いたのは3時間ほど経った午後2時だった。途中川を渡し船で渡ると気づくまでに大分かかった。で、風車。
  学会会場の「Amsterdam RAI」に到着。オランダから帰ってきてからこの「RAI」がどういう意味を持つのか調べてわかったのは覚えているのだが、日記を書いている現在(10/5)ではすっかり忘れてしまった。時間ぎりぎりに登録を済ませ、ウェルカムパーティーのワインを何倍か飲んでから夕食に繰り出した。ステーキは正直、京都で食べたほうがうまかったなあ。とはワインに果物が入った飲み物であることをその店で初めて知った。テレビではオリンピックの中継で柔道と水泳をやっていたが、日本人選手はいなかったようだ。
■8/7(歓喜)
  学会1日目。今日は一般のセッションはなく、London prize, Simon prizeなどの大きな賞を獲得した人などの「Plenary lecture(長めの講演)」しかないので、講義気分で聞いた。qubit関係やHTSCの電子相図に関するtalkもあって参考になった。昼食はランチボックスが全員に配られるのだが、ちょっと凝った感じのサンドイッチ3つとリンゴとペットボトル一つという内容で、これが学会期間中ずっと変わらなかったので最後のほうは大分飽きた。が、コンベンションセンター近辺に安くてうまそうなレストランが無かったので、しょーがない。夜10:30くらいまでやっているのだが、とてもそんなに頑張る気はしなかったので大体通常のセッションが終わる18:00ごろに会場を出ることにした。この日はゴッホ博物館に閉館間際に滑り込んだ。生憎美術品の良し悪しはたいして分からないので、やたらむんむんした警備員にせかされながら「ひまわり」とかを見た。うーん・・・。それよりもここでの思い出は、非常にトイレに行きたかったので見学が終わってから入口近くのトイレに入ろうとしたら、むんむんした警備員の一人が立ちはだかって「No」と両手で大きく×を作って斜め下に払い下げるようにしたことであった。その様子がまさしく一刀両断といった感じで、逆にひどく面白かった。
■8/8(歓喜-)
  学会2日目。元助手のK氏とうちのD3のO氏の発表。今日から一般のセッションが始まったのだが、レベルが高いのばかりで非常に焦りを覚える。午前中は低温スペクトロスコピーのセッションに、午後は新規超伝導体と固有ジョセフソン接合のセッションに行く。夕方、公演が終わってからオランダの有名なコンサートホール「コンサルトヘボウ」にジャズのライブを聴きに行く。生憎学会期間中はクラシックはやっていなかった。なにかアムステルダムで音楽祭が開かれていたようだが、これには行かなかった。コンサルトヘボウ近くのレストランでウィーン風カツレツ(まあ、南海のほうが旨いな)を食べてから会場に入る。コンサルトヘボウはステージの後ろ側にも結構席があって、演奏者は360度から視線を浴びるわけだ。始まるまでに2階などをぐるりと徘徊する。過去の指揮者などが油絵となって廊下に飾られている。また、ホールの壁にはバッハ、ベートーヴェン、ブラームスなど有名な作曲家の名が刻まれている。ジャズのライブのほうは、トーク部分が当然のことながらすべてオランダ語であったので、全然わからなかったのが痛い。帰りにもう一軒ホテル近くのバーに立ち寄り、ビールをたらふく飲んだ。
  夜、ホテルの洗面所で洗濯をする。アルミのカラビナと洗濯物を干すロープを事前に100金で買っておいたのが非常に功を奏した。しかし、マリファナの匂いを一杯にはらんだ風が入ってきて下着に染み込むのが嫌だったので窓を開けずに置いたため、すべて乾くのには3日を要した。
■8/9(歓喜)
  ライデン大学へのexcursion(遠足)。去年の摩擦の国際会議の時にも書いたが、一般的な国際会議にはこういう「せっかくこちらまで来たんですからちょっと名所でも皆さんで回りましょう」的な催しがある。今回の低温物理学会では、ヘリウムの液化100周年ということでその発祥の地であるライデン大学の研究所見学ということになったのである。おそらく、学会の参加者にとって今回の最大の目玉がこれだろう。だが、一般人は十中八九「三面拳・雷電」を思い浮かべるに相違ないが・・・。前日も飲みすぎてちょっと2人とも2日酔いの気があったが、がんばって10時半に会場までたどり着きバスに便乗して1時間ほど高速を走った片田舎にあるライデンにたどり着いた。とりあえずバスを降りてぞろぞろと集団に付いていくと、カメリング=オンネス(液体ヘリウムを初めて作った人)の胸像が立つ施設に入っていく。まずはここで昼食を食べるらしい。バイキング形式で、やはりサンドイッチがメイン。学会会場のよりは本格的だが、そろそろ飽きが来るころ。で、次はどうするのかと思いきやここからは自由行動らしい。結構放任主義だが、まあ参加者も多いので仕方ないのかもしれない。ただ、「帰りのバスは○○時にどこそこの風車の場所に集合」ということを黒板に小さく書いてあったのを危うく見逃すところであった。わりと大事なことだからこんなにさらっと書かないでほしいが・・・。
(左)オンネス先生の胸像。(右)ライデン大学と僕。
(左)ヘリウム液化の初号機(たぶん)。(右)ライデンの猫。いかにもヨーロッパらしくハンケチなどを巻いている。
  で、とりあえずぶらぶら歩いて、最初にたどり着いた施設(植物園であった)を見てから、しばらく液化機の見れる記念館を求めて彷徨った。結局、大通りから一本外れたところにあるのをぐるぐるまわったあげくようやく見つけた。この記念館にはただで入ることができた。内部は低温に関するものだけでなく、色々な古い実験器具等が所蔵されていた。初めて知ったのだが、ここは解剖学のメッカでもあったらしい。
  記念館を出てしばらく運河沿いを歩くと、手漕ぎボートのレンタルを行っていたので1時間ほど借りて見る。せっかくだからライデンの街をぐるっと回ろうということになり2人で変わりばんこに漕いでいたが、運河で会うのは大抵モーターボートで手漕ぎボートは珍しがられた。それもそのはず、行きはくだりだったのでたいして漕がずとも船は進むのだが、帰りは緩やかな川の流れに逆らわなくてはならないため、異常に遅くなった。犬の散歩の半分くらいの遅さで運河沿いのベンチにいる地元の人に指差されつつ、何とか戻ってきた。異様に疲れた。もう夕方であったので、バンケットの会場に行ってみることにした。場所は知らされていなかったが、大体ネームプレートを下げた人々が集まっているほうへ集まっているほうへと流れていったらライデン大学の中庭に出た。そこでワインとカナッペをつまめるだけつまんだ。何分人数が多いので、カナッペが運ばれてくる通用口から会場の真ん中くらいにウエイトレスが運ぶ頃にはトレイの上は空になってしまうほどであった。夕食を前助手の人と跳ね橋近くの広場のレストランで食べた後、バスでアムステルダムに戻ってきた。
  夜はさすがにどう仕様もなく落ち着かなくなって、11時半ごろ1階のバーに行ってコーヒーを2杯飲む。しめて6ユーロ(960円)。日本に帰ったら1リットル100円の無糖コーヒーをがぶ飲みしようと誓った。夜は3時頃まで練習していたが、疲労の色が強いので仮眠をとることにした。
■8/10(中庸-)
  僕の発表の日だ。3時間ほど寝てから6時ごろ目を覚まし、スーツに着替えて朝食をとる。さすがに食欲もなくいつもは2人に6枚パンが配られて僕が4枚食べるのだが、その日に限って僕は2枚しか食べなかった。タバコを吸って気を落ち着かせてから、トラムで会場へ向かう。午前中のセッションは全て見るのをやめて、自分の発表の最終チェックに費やした。昼食も半分しか喉を通らない。
  先輩がデジカメで動画を取ってくれていた。主に日本に帰ってきてから何度か再生してみたが、ものすごい緊張しているさまがわかる。ただ、一つよかったのは割合英語がそれなりに話せていたことである。とかく日本人は「えー」とか「あー」とかいいつつ喋るのが結構自分の中であまりよろしくないと思っていたので、これは良かった。先生と先輩に終わってから聞いてみると、発音で多少変なところもあったけどよく出来ていたと何とか及第点を頂いた。ポスターをざざっと見て、いったんホテルに戻って平服に着替えてから先生と先輩と3人でコンサルトヘボウ近くのレストランで食事を取った。ここでは僕はジンの地酒っぽいもの(名前なんだっけ)をトライしてみた。まあ、普通にジンだ。ショットで来たが、8分目あたりに線が入っているところを取り越してあふれそうなほど目の前で注いでくれるといったところは、日本と同じなのだろうか。あるいは、観光客と思った所以のサービスなのだろうか。斜め前で飲んでいたサラリーマン風のオヤジに「サムライ、Go!」などとベタなあおりを入れられつつ飲む。少しゆっくりホテルのバーでハイネケンを飲む。店先でタバコを吸い、路上に投げ捨てる(店員も横でこうしているのだ)。なんだかアムステルダムの飲んだくれの生活になじんできた自分。
■8/11(歓喜+)
  ついに解放だ!朝一番の電車に乗るために急いで朝食を取ってから予約しておいた特急列車に向かう。が、なんか予約がとれていなかったっぽいので、窓口やら電話やらですったもんだしたあげく、駅員に勧められた普通列車で行くことにした。1時間に一本くらいしか出ていなかったので、30分ほど列車内で食べるお菓子を買ったり、タバコを吸ったりして暇をつぶす。自分版「世界の車窓から」を動画で撮った後、ついにアムステルダムを列車は出発した。ここから4時間の旅である。
  オランダは治安が悪い。マリファナが合法のためか、どの旅行雑誌にもそう載っているが、僕たち2人はむしろベルギーのほうが治安が悪いように感じた。まず駅を出て地下道を抜けると、途中に物凄いパンク装束の方たちがたむろして何か売っている。さらに驚いたのが落書きの多さで、普通の建物のみならず町中の彫刻にも落書きがたくさん書かれているのがやたら目についた。なにはともあれ、まずはベルギーワッフルを食べようと「地球の歩き方」に乗っている店に入る。大盛況で焼き上がったワッフルに粉砂糖をかける役とかは10歳くらいと思しき少年がやっていたりする。で、味の感想はたぶん渋谷の駅にあるワッフル屋のほうが旨い。日本は食の天国だな。どうりでミシュランにもたくさん載るわけだということがちょっとわかったような気がした。
(左)グラン・プラスのレストラン。街頭に満開の花が飾ってある。(右)作成途中の花のカーペット。
  いちばん有名な広場「グラン・プラス」にはまだ名物の花のカーペットは完成しておらず、今作り途中であった。あと1ヶ月もしたら見られたのであろうか?有名なチョコレートの会社「ゴディバ」やレストラン、市庁舎に四角く囲まれているが、その建築のいずれもが素晴らしい。ちなみに、ゴディバというブランドはそこで初めて知った。駅と反対側へ広場を抜けて100mほどお土産街を進むと小便小僧が見えてくる。インドネシアのマーライオンとこれとあと何かもう一つと共に世界3大ガッカリ、と評されているようだが、確かにその高名の割にはえらくちんまりとしている。ベルギーでは特にここを見ようというのは考えてなかったので、適当に町の観光地図に載っている寺院などを見て歩く。町中に花でできた街灯のような装飾が目につく。ステンドグラスが非常にきれいなのだが、いやに細工が細かい。よく見るとどうやら普通の平板のガラスに宗教画がプリントされた半透明のシートを張っているだけのようだ。これは確かに手間がかからず良いのかもしれないが、僕はこれをステンドガラスとは呼びたくない。後述することになるが、ドイツのフランクフルトで見たようなものが、最も良い。
  この日は暑かった。20度ほどもあっただろうか?一通り街を回って夕刻になるとにわか雨が降ってきたので、地下鉄を乗り換えてホテルへとやってきた(この旅行記を書いている前の日にNHKでちょうどブリュッセルの旅番組をやっていた。ナレーションの牧瀬理穂氏によると、ベルギーはお天気がころころ変わることで知られているらしい。)。ブリュッセルの街は中世の騎士の楯状に囲まれた環状道路の内部が、その中心である。我々のホテルはその環状道路の8時方向道路沿いに建っていた。アムステルダムの目測で18m^2程度の部屋から比べると格段に広い。外では雨があがって教会の尖塔の影に夕日が沈むところで、ネスカフェのCMにでも出てきそうな塩梅である。夕食は「グラン・プラス」の中のレストランで取ることにした。地球の歩き方でものすごくほめられていたレストランで、確かにベルギーの郷土料理は絶品であった。そのあと、バーを3件ほどはしごしてベルギービールをたらふく飲んでいた。チンピラに絡まれたり(弱かった)、2軒目のバーではリアルファイト(別れた夫婦と目される)が始まるなどエキサイティングな夜となった。ベルギービールは日本で飲むビールに比べてアルコール度数が高く、8-9%ある。おかげでかなりふらふらになって吐きそうになるのを抑えつつ抑えつつ、眠った。
■8/12(歓喜)
黒い建造物が楽器博物館。
  ベルギー2日目。少し肌寒い。朝食を食べてから広場を抜けて楽器博物館に行く。ああ、楽器を自分で作るのも面白いなあと思う。その楽器の演奏が無線でヘッドフォンで流れるので、ここはなかなかのお勧めポイントである。特に、僕は中南米の縦笛が気に入った。ベルギーの王宮へ。こちらの王宮のほうがシェーンブルン宮殿よりもイメージの宮殿に近い。シャンデリアと黄金の大ホール。この宮殿でもうひとつ目に留まるのは玉虫色の天井だろう。天井一面に何百万匹もの玉虫の羽を切り取って貼り付けているので、なかなかグロテスクである。当時はきちんとした防腐剤があったのかな。
  日が高く昇り、暑くなってきた。そろそろお昼なので、ベルギー美術館に向かう。ここの名物はブリューゲルらしい。珍しく館内の撮影は許可されていたので、これはと思う作品をカメラに収める。非常に大きい5mくらい(?)の絵画も多数展示されていて、規模が大きくお勧めである。地下には近代芸術も展示されていたが、キャンバスを切っただけの作品、ムール貝の殻をバケツに入れただけの作品、四角い箱を4つ置いただけの作品など未だにその意味するところがよくわからないものだらけである。よくわかる芸術では先人に太刀打ちできないので近代芸術はこういう傾向になるのだろうか。昼食を美術館内にあるバイキング形式のレストラン(高い)で食べる。ここで食べたサンドイッチがキンデルダイクの次に旨かった。チーズの盛り合わせを2人分取ったのだが、これが相当な量があり、しかも異様に濃い。しばらくチーズを食べる気がうせるほど食べた。
  これでめぼしい観光名所は全て見た(と思う)。おみやげ(絵葉書とかチョコとか)を買って、駅へ向かう。どうやら事故か何かで電車が遅れているらしく、電光掲示板と来る電車が全然違う。どれに乗ろうかと思案していると、でかい駅員が「Amsterdam? Go!」と発車間際に教えてくれた。その列車はアントワープどまりだったが、とりあえずそれに乗る。乗り継ぎの際にアントワープ名産のダイヤをショウウインドウ越しに見たりして、定刻より1時間半ほど遅れてアムステルダムに到着したころには、もう8時だった。ちょっと長く電車に乗ったので疲れていた。ホテル近くのスペイン料理屋でリゾットとパエリアを食べる。明日は朝早く空港に行くため、夜のうちに荷支度をして、バーテンの兄ちゃんと小1時間ばかり話してお別れを言う。いやー、ここの店員さんはみんないい人だった。いつかまた会えればいいですね。
■8/13(歓喜-)
  オランダ出発の日。朝食を駅で食べて、さっさと搭乗する。空港の免税店でスカルキャンディーのおそらくはヨーロッパ限定の格好良いヘッドフォンを売っていたのだが、あいにく現金をあまり持っていなかったので購入しそびれた。後日フランクフルト空港に売っているかと思って探したのだが、結局なかった。これは一つの心残りである。いろいろな体験をした。また機会があれば、この町を訪れたい。
実用的なフランクフルトの町並み。
広場には古い建造物も残る。
  フランクフルト空港から市の中心部までは案外近い。列車の車窓も針葉樹林が心なしか多くなって、ヨーロッパの北部に入ってきたことを窺わせる。ドイツ、オランダ、ベルギーと植生が全然違うのが面白い。ホテルはのどかなベッドタウンの真ん中にあり、小マダムといった感じの婦人が経営していた。荷物を置いてから、町の中心部へ行ってみた。夕食には美術館に付属したレストランでレンズ豆とビーフの煮込み料理を食べ、これがなかなか美味しかった。 ビール片手にライン川を望む。
  露店でビールを買って夕涼みがてらライン川のほとりに腰を下ろす。釣りをする人、散歩する人、新聞を読む人。ヨーロッパの人は平均的に見て人生をより楽しんでいるように思えた。そして、それはなかなか日本では見られない光景だ。概して、日本人は暗い。そういった精神を僕がこのヨーロッパ旅行で少し身につけられればと思う。帰りは地下鉄の駅まで戻るのが面倒だったので、適当にホテルまで30分くらい歩いた。だいたい歩く方角と時間ですんなりたどり着いたが、外国で地図を持たずに歩くのはやはり少々冷や冷やする。自分には方向感覚が常人よりあると思うが、普通はやはり無難に電車で帰るべきだったのだろう。
■8/14(歓喜-)
  フランクフルト2日目、そしてヨーロッパを去る朝。中心部の広場以外で名所をぐるりと見て回る。こちらの教会のステンドグラスは手作り感があって、素朴で、僕は大変気に入った。細かい名所まで見たが、夕方の飛行機までにはまだだいぶ時間があったので、たまたま見つけたネットカフェでビリヤードを楽しんだ。それでもまだ時間が余ったのでホットチョコレートを飲んだり市場を見たりデパートに入ったりして時間をつぶし、無賃乗車でホテルに戻ってスーツケースを受け取った。
  空港の免税店で時間があったのでよく探したが、ヘッドフォンは見つからなかった。今度下北で探してみよう(この日記を書いている11/4現在では、ビレッジヴァンガードでスカルキャンディーのではないが、格好良いヘッドフォンを見つけて、購入した。)。帰りの飛行機の中でも映画を3本くらい見た。どれも詰らないマイナーなものだったので細部は覚えていない。気流がかなり悪く、夕食のスープがこぼれるくらい揺れた。石原裕次郎の「おいらはドラマー♪」と歌うやつを見ている最中に気分が悪くなったのであらかた吐いてから、寝た。
■8/16(中庸)
  時差なので16日。ようやくの日本の土、というかリノリウム。関税を無事突破し、どっと疲れが押し寄せそうになるのを我慢する。日本は暑かった。ちょっとドイツのあの冷涼な空気が恋しくなった。笹塚で先輩と別れてから、アイスコーヒーを駅の売店で買ってうまそうに飲んだ。あー日本人。その場で飲んでもう一本買った。その他ガリガリ君とか心の命ずるままに食べたい物をスーパーで購入し、家で洗濯をしながら食べていた。お土産を研究室に持っていくのは明日にしよう。
  

おわり