小野寺孝博 Takahiro Onodera
・未来の自分について
未来にはどーなっているやら、、、。はっきり言って恐いです。自分はどーなっているでしょうか?これから先、きっといろんな事を体験するのは確かだし、、、。うーん、数年後も変わってなかったりするかも。でも、やっぱり楽しく生きててくれれば、それだけでもよかったりするかもネ。
・五年間を振り返って
まずは、入学したときは「この学校ってスゲー」て思った。でも一年生のときはレポートで散々な目にあった。さらにそれは五年生まで続いている事を知ってかなり不安になった。特に実験では、あの先生、、、いやあの技官が苦手だった(Wっつー人)。なんだ、かんだ言っても一、二年生の時が一番楽しかったような気がする。でも、本当に今思ったけど低学年の時にもう少しやりたい事を、やればよかったかなー。ちょっと後悔もあるけど、それももう終わっちゃったんだよねーこれがー。
三、四年 の時は、たいした事もできずに終わった。行事が少し楽しかったくらい?あーこの時くらいかなー誰かさんが、辞めるとか言ってたのは。でも五年生までいるんだなー、同じクラスに。まーいいや、俺の事じゃないし、、、。
五年生になった途端に、急に忙しくなって気付いたら卒業まであと少しになっちゃた訳です。よーく考えてみると、この五年間色々な事があったなー。小さい事から、大きい事まで。あんまり得した気分では無いけれど、でも身に付いた事もあるでしょう(多分)。これからの役に立ってくれれば良うだけです。
・ 行事
高専祭では三、四年の時、実行委員をやった。三年の時は、みんなにかなりの迷惑をかけたことを覚えています。あの時の自分は、思い返しても超壊れてた。本当にすいませんでしたm(_ _)m。本当に。
四年生の時は、学校に泊まり込みで仕事した。その年は平均的に寒い年で、夜は凄く寒かった。何をやってたんだ一体?やらなきゃならない事はたくさんあったけど、その中でもバカをやって怒られたっけ。
まー行事は沢山あったからねー、このくらいにしておこう。
・ 課外活動
部活は、五年間剣道部をやってました。五年生の時点で剣道を十一年もやったことになるんだけど、これって今まで生きてきた歳の半分以上も続けて来たんだネー。正直ビックリです。あ、三年の終わりから学生会に入ったんだけど、周りからからは余計につつかれるようになった。四年の終わりには副会長になれた。この時、菅原智之おまえだ!学級日誌に、心にも無い事書いてんじゃなーい!と、こんなものか。
・ 私生活
今までの休みの日はほとんど、ゲームかレポートに費やした記憶しか無いッス。何と無く、むなしさ感じる生活だった。 そのせいか、けっこうゲームの話をする癖がある。今でもたまにするくらい、、、。昔は文句言われたけど、文句言った奴等もゲームをして、話もしてる。それは、どーかと思うんですけどー、、、。今ではゲームをやる時間も少ないから、話になってもTVの話とかかな。
・ 彼へのメッセージ
特にこれだけは、っていうのは無いんで、みなさんへ。これから先、どんな事があろうと、頑張ってくださいね。それだけです。つまらない事しか思い浮かばない、こんな自分を許してやってください。
・ 教官へのメッセージ
いろいろと、お世話になりました。これからまた、お世話になることがあればその時はよろしくお願いします。
No.10
小野寺 孝博
1981年06月13日
B型
阿部研究室所属
座右の銘:なせばなる
潟fザインネットワーク就職