菊地隆志 Takashi Kikuchi


   「 冬 人 夏 草 」

 天使

 何もかもが自分中心に回っているのだと思った。毎日が新しく、鮮やかで、何より楽しかった。手を伸ばせば、誰かがそれを握ってくれる、差し伸べてくれる、それが当たり前だった。気がつけば常に誰かがそばにいたし、ぬくもりは確かにそこにあった。誰もが見ていてくれた、私という存在を。

   囀り

 笑っていた。いや、笑っていないと不安だった。すべての矛盾を享受しなければならなかった。どんなに傷ついたとしても、蔑まれたとしても顔は常に笑っていた。優しくしなければ、人は私を離れて行く、逆に、優しくしさえすれば、私を絶対に嫌ったりはしない、そう思っていた。怖かったのだ、ぬくもりを失うということが、私という存在が常に好意に認識されないということが、何よりも。そうでなければ、またあれが繰り返されると思った。

   青

 ありのままの自分でありたい、そう思い、そう願った。後ろを振り返らずに、前のみを見ようとも考えた。新しい自分の形成、そして創造。変えたいところはたくさんあったし、隠したいところもたくさんあった。それを行うことが重要であり、私にとっての始まりだった。何よりそれを行える道に私は立っていた。

   炎

 いつかの間にか私自身のあり方が変わった。他者を阻み、周りに溶け込むことを拒んだ。一人になりたくて、扉に鍵をかけ、前を見つめることに疲れ、未来に蓋をした。孤独が心地よかった。寂しいと思うことはなかった。閉鎖された感情の中で、至福と言うものを感じた。一人ではあっても一人ではない、それが私に心の平安をもたらしていた。

   土偶

 幸福、それが時間の流れの中に浮遊していた。それは、淡い光を放ちながら降り注いでいた。美しく、温かな光。安穏な日常を包み込む優しい空間。そこに私はいた。安らぎは私を取り巻き、心から一緒に笑った。自分を愛することができ、他者がかけがえのない存在となった。思いの共有、それをみんなで分かち合っていると思った。

   蛇神教

 偽ることになれた自分がいた。それは鏡の中をのぞいたときのような真実ではない自分のもう一つの姿。決して逃れることのできなかった現実の中のもう一つの私の姿。自然淘汰を恐れ、必然的に作り上げられたもう一人の私。そして私は、心の深層に逃れ、現実との間を徘徊する弱者、偽善者、持たざるもの。しかし、望みはあり、求めるものはあり、唯ひたすら祈っていた。


   二重螺旋

 求められること、そこに自らの存在意義があった。必要とされること、それが自らの目的となった。誰かが喜ぶことが自らの喜びであり、誰かを傷つけること、悲しませることが恐怖となった。誰をも愛せる人間ではなく、誰からも愛される人間。それが、私の望む形だった。

   悪魔

 私は、輪の中にいた。輪の中から出ることが叶わず、ずっとそこにいた。輪に近づいてもすぐに離れることしかできなかった。心の中がめちゃくちゃだった。無力だった。意志と行動が噛み合わず、現実が理想を覆っていた。求めるものが目の前にあっても届かなかった。逃げていた、恐れていた、混沌が押し寄せ、私を優しく抱きしめるまで。

   月

 無意識に思い、無意識に言葉を紡ぎ、無意識に行動していた。知らず知らずの内に芽生えた適応性に、自我の変化を感じた。私の学習機能はあまりにも素直だった。一度目覚めた変化は奥深くに根を張り、増殖と成長を繰り返した。意識は塗り替えられ、対消滅と再生を繰り返し、形作られる自我。変異する速度に追い付けず、自己のハザードにも気づくことができなかった。今は、隔離された空を眺めている。

   冬人夏草

 温かかった。そこには多くの共感が待っていた。哀しみ、侘しさ、儚さ。そして、淡い希望。それら全てが心地よかった。複雑に象られた揺りかご。失われかけた想いや夢が織り成す子守り歌。心が踊った。何ともいえない感慨に耽った。言葉では表せない思いが次々に沸いて出た。愛しく、そして、心から真心を込めて飲み込んだ。

 失われていくものがある。消えてなくなるものがある。いったい終焉の先には何があるのか?私は翼ひろげた。道は開かれた。まもなく君が覚醒する。

温かい光に包まれた君がいる。私は、泣いていた。

 

* 冬虫夏草… 漢方薬の中で幻の秘薬と呼ばれるもの

          秦の始皇帝が不老長寿の薬として買い求め、「金一もんめと交換した」という伝説がある。

          その正体は昆虫に寄生して生育するキノコである。


No.14  菊地 隆志 1981年07月11日 O型 千葉研究室所属

     座右の銘: 終わらないワルツ

     弘前大学編入学