クリニックの歴史

当、阪上クリニックは寛政5年に吉原の花魁に蔓延した奇病(今で言う梅毒)の治療にあたった阪上鶴寄与氏によって設立されました(1)。その後阪上氏の子孫によって運営されたクリニックは 泌尿器のパイオニアとして日本初のカーオブザイヤーを受賞するなど(2)数々の栄誉を各界から頂いてまいりました。しかし、1983年に第10代院長阪上ヘルゲ氏(女医)が患者に無断で性転換手術を行ったことから世論の批判が集中しました。釈明会見の「俺、本当は左ききなんだ。」はあまりにも有名ですね。1993年に規模を縮小し現在に至ります。

               

               阪上ヘルゲ氏 2001年撮影

関連書籍

(1) 「治る梅毒、治らない梅毒」 パンダ書房

(2)  「蒙古斑完全維持マニュアル」 日本夜尿症協会