高2夏 ハッパ隊誕生の原点</head>

ハッパ隊誕生の原点


 

7月下旬、主にサッカー部で千葉・九十九里海岸側にある高田家別荘へ行った。
夜は罰ゲームをかけトランプの激闘が繰り広げられたが、ここでナカムラ4号ことナカムが罰ゲームを提案。
なぜか海に持ってきていた学校の競泳用水着を使い、帰りの電車で競泳用水着一枚で車内をサイドステップするという過酷な罰ゲームを思いついた。

彼は誰かが行なうであろうこの惨めな罰ゲームをはたから見て大笑いする計画だったのであろう。しかし、大抵言いだしっぺは負けるという定説通り、彼は敗れた。


かくして、ローカル線のためわずかな乗客の中の、同世代と思われる女の子に我々は彼をけしかけさせ、大胆にも電車内で競泳水着一枚によるサイドステップは行動に移された。


これを機に、とりあえず翌年の新入生歓迎会を目標に、あわよくばその後の文化祭も、といった感じで競泳水着一枚による我々の「バグリ」を実行に移す壮大なプロジェクトが水面下で動き出したのである。最初にこの罰ゲームをしたナカムがまずリーダーに当確。続き、俺らも誘われた。文化祭での実現性を疑問視していた俺は新歓程度なら、とその場のノリで二つ返事でOKと答えてしまう。まさに「軽はずみな返事」というヤツであろう。その後、リーダー・ナカムラは俺がやると言ったことを忘れることはなく、いつしか自分をハッパ隊レギュラーという名誉余りある座に追い込んだのである。

当初、この時点では悪魔でこの旅行に参加したメンバーからハッパ隊は構成される計画で、そのメンバーには○〜氏、小唄氏というB専コンビらも予定されていた。なぜ彼らはヒヨってしまったのか。今でも疑問に思うとともに、嘆かわしく、ウラヤマシイ限りである。

この時点で、ナラオカが自分がハッパ隊になるとは夢にも思っていなかったであろう。新歓のメンバーにも選ばれていなかったのだから。そしてまだ私たちの認識の中ではナラオカはとても冷静なキャラであり、「ハッパ隊やる?」なんて勧めることは想像もつかないことだったのでした。すべては新入生歓迎会が大成功(自己満?)に終わったことがいけなかったのです。その模様はまた別のページで。
(ちなみに、正式名称はハッパ隊」ではなく「海パン隊」らしい。正しく言わないと皆怒る時期があった。)

ともかく、こうしてハッパ隊は誕生したのです。

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