〜 コラム 〜
はじめに
ついにシュヴァルツのホームページが完成しました。この月見草主義とやらいコラムについてはあんまりサークルとは関係ないですね。はっきりいって自己満足かもしれませんが、誰かが読んでくれることを期待して、書いていきたいです。なるべく一週間に一回は更新できるようがんばりたいです。
この月見草主義はおもにプロ野球について書いていきたいと思います。メジャーなニュースはマスコミにまかせて、コアなネタをのせていきたいと思います。
第一回 名将 野村監督について。
@はじめに
以前友達に好きな監督は誰?と前に聞いたところ、仰木監督、星野監督、梨田監督、さらにピネラ監督が好きだと言う人もいた。女性の趣味と同じで人それぞれだなぁと思った。私はもちろん野村監督が好きなのだが、野村監督のことを好きな人を2ちゃんねるなどでは、野村信者と言うらしい。ということで私も野村信者という事になる。しかし、この野村信者というのは、あまり良い意味で使われていないみたいだ。それは、あまり人に好かれるタイプの監督ではないし、話かけにくそうだし、文句ばかり言いいそうだし、極めつけはあの有名な妻である。そんな悪条件を飲んでまで好きだと言える人達だからだろう。私はあの妻はとりあえずさておき、やっぱり野村監督は魅力的だと思う。だから、しばらくこのコラムは野村監督の魅力について語っていきたい。
Aいちばん有名な手腕
野村監督の手腕の代名詞と言えるのが「野村再生工場」である。他球団をリストラされた選手がみごとに野村監督のもとで復活することである。遠山、広田、吉井、小早川、辻、田端、松田、加藤博人、西川などがその例である。とくに有名なのが広島を解雇された小早川でヤクルトに移籍したその年の開幕戦で、当時の大エース斎藤雅樹から3打席連続アーチを打ったシーンはあまりにも有名だ。なにせ前年8試合しか出場していない選手を開幕戦の5番バッターに使ったのは才能を見抜く手腕と選手を信頼する力、そしてなによりそれに応える小早川の力が合わなければできないことである。その手腕は野球選手のなら誰でも知っており、他球団を解雇された選手が毎年大勢、ヤクルト、阪神の入団テストを受けに来た。
B若手の起用法
野村監督は古田、石井一、宮本、稲葉、伊藤智仁、赤星、井川、浜中、藤本、福原、伊達、浜中などの若手選手を思い切って起用していった。時には我慢して使い続け、時には厳しさもあった。特に井川は野村監督1年目のキャンプで目にとまり、「アイツはいいボールを投げとる。松坂なんか見ても全然かわいいともなんとも思わない。」と全国放送で語っていたのを覚えている。その井川がプロ初勝利をあげた次の日に「勉強して来い」と即2軍に落とした。野村監督は結果を重視せず、プロセス(過程)を重視ししていたからである。それを井川は納得して聞き入れ、見事に成長していった。ヤクルトの宮本も守備のうまさをかわれ、「お前は2割5分打てば、3割打った価値はある」と言い守備だけで使いつづけていった。
C最強のスカウト?
ヤクルトの稲葉は実は野村監督が見つけてきた。現在阪神の息子カツノリの六大学野球の試合を観戦中法大の稲葉が野村監督の目にとまり、ドラフト4位で入団。プロ初打席初ホームランを打った。阪神藤本は大阪ドームの社会人野球観戦中に目にとまった。赤星、沖原もシドニー五輪観戦時に目をつけ、球団にドラフトで獲得を要請した。少し話がズレるのだが、野村監督はあまりアマチュアの試合を見ていなさそうなのだが、「アマチュアや素人を見てると、どこが悪いのか参考になる」とビデオにダビングしてまで見ていたらしい。ぜひうちのサークルも見に来て欲しい。
第1回は以上です。第2回もよろしくお願いします。
※番外編 毒舌野村克也 毒舌集
@FAで獲得した星野伸投手が成績不振で終了。「球が遅い、オリックスにだまされた」。しかし翌年開幕投手は星野だった。A大豊について、「大豊さんももっと問題意識をもってもらわないと。このままではどことも契約してもらえん。」激怒した大豊は次の日無断帰宅し、スポニチの一面を飾った。Bトレードで獲得したフランクリンについて、「あれで3番はきつい。宝クジを買った気分だ。」C星野監督になり大変身した今岡、藪について「彼らには裏切られた。」。Dさよならヒットを打った藤本について、「誰も藤本が打つとは思わなかった。俺も思わなかった。」Eサッチ-について「サッチ-の夫を出来るのは世界中で私だけだと自負しています。」誰もサッチ-の夫になりたくない。