おかげさまで?第2回をむかえました。っうか誰か読んでるんですかね?まぁ一人でもいる限り更新はがんばりたいと思います。

第2回 名将 野村監督について
  
  
@ID野球を学んだ選手達
 野村監督が送り出した選手はたくさんいるが、なかでも古田は誰でも知ってると思う。メジャーな事は書かないコラムという趣旨があるので、コアな選手をとりあげたい。コアと言っては大変失礼だが、ID野球の優等生と呼ばれた選手がいる。土橋だ。キャッチャー、ピッチャー以外はどこでも守れ、何よりチャンスに強すぎる。さらには、チームバッティングが必要な時は確実に実行する。スクイズ、バント、バスター、犠牲フライ何でもでき97年の優勝には欠かすことができなかった。野村監督にとって最高の選手だったに違いない。他にもは飯田、稲葉、宮本、池山、秦、みんな相手にとって、嫌な選手だった。

 
  A名コーチ。
 野村監督の名コーチとして、松井優典氏があげられる。140試合 166打数 33安打 11打点 3盗塁 打率.199 が現役時代の成績だ。決して活躍したとは言えない。しかし、野村監督に頭脳と人格を買われヤクルト、阪神でヘッドコーチとして活躍した。結構かっこいい顔をしているのだが、帽子をとると、髪がない。初めて見たときは驚かされた。さらに、ヤクルト時代にファンから「なんでピンチなのにあの人は笑っているんだ」と松井氏に苦情が来たことがある。実は笑っているのではなく、前歯が出ているだけなのだ。まぁそれはいいとして、松井氏が一度阪神を采配をしたことがある。野村監督の1年目ファーストのアウト、セーフの判定をめぐって、抗議にでた野村監督が暴言を吐いて退場した。そのときの代理監督が松井氏であった。その試合は負けていたのだが、代打攻勢で逆転、全員野球で勝利した。現在は阪神の編成局として、活躍中。がんばって欲しい。
  
  B全国放送で頭を殴る
 1992年7月5日ヤクルト対巨人戦。同点で迎えた9回裏1死満塁のサヨナラのチャンスに代打荒井。初球に入る直前、ベンチから野村監督が声を出してベンチから出てきた。そのまま荒井の頭をぽかっと叩いた。全国放送で放送された有名なシーンだ。荒井が狙い球をわかっていなかったためか、初球スクイズのサインを理解していない様子だったため、という2説がある。
  
  C阪神での3年間
 阪神での3年間はご存知の通り3年連続最下位である。名将と言えども阪神を再生を再生することはできなかった。失敗の原因は@戦力不足A外国人の不振Bエース不在Cファン、マスコミの重圧D野村監督の戦術を理解する以前の問題、ということでまとめられる。@の戦力不足は明らかである。「この戦力では勝てない。」といつもぼやいていたが、はっきり言って本当に勝てるわけがなかった。ドラフト1位の選手は間違えなく活躍せず、4番どころかクリーンアップも固定できなかった。今でこそ片岡、アリアスの補強、浜中、桧山、今岡の底上げに成功した。しかし、当時はブロワーズ、ジョンソン、新庄、大豊、佐々木、八木、タラスコ、フランクリン、クルーズ、ペレス、塩谷などが主軸であったが、どれもこれも2割そこそこの三振かホームランのバッターである。ようやく桧山が01年に活躍したがもう「後の祭り」であった。Aの外国人の不振も深刻であった。どうやったらこんな外人がとれるのかというほど、スカウトのつれて来る外国人選手は活躍しなかった。ブロワーズ、タラスコ、バトル、ハートキー、フランクリン、ミラー、ラミレズ、ペレス、エバンスはとにかく活躍せず、ジョンソン、メイ、リベラ、ハンセル、カーライルが少々活躍したくらいである。Bのエースの不在は否定できなかった。1年目開幕投手の藪は6勝に終わり、2年目の星野は5勝、3年目も星野で、わずか1勝である。また、この3年間に10勝投手は00年の川尻と99年の福原だけである。この投手陣では勝利へはとても遠かった。Cのファン、マスコミの重圧はもの凄かった。阪神ファンは勝てばかなりの声援が返って来るが、負ければ物と罵声が飛び、さらにはマスコミも監督を叩きまくるのである。3年目は野村を解任に追い込めば新聞が売れるという風潮で各社が協力した。Dの戦術以前の問題というのは、まずは戦力不足、足の速い選手が1,2年目に全くいなかったため、理想の野球どころではないのだ。さらにエース、4番、抑えとチームの重役がだれもいなかったのである。チームの中心が一人もいないのにID野球どころではなかったのだ。

   C
希望が見えた3年目。
 悲惨な一、二年目だったのだが、3年目に希望が見えた。赤星、上坂、藤本、沖原ら足の速い選手の加入によりようやく戦えるようになった。また、浜中、桧山らの中距離打者も成長、ピッチャーも井川、谷中、ハンセル、カーライルなどの活躍があり、2002年に希望が見え始めた。しかし2001年12月5日サッチーが逮捕され野村監督は辞任した。せめてもう1年監督をやらせてあげたかった。  
    
   D今岡について。
 
今岡、坪井、藪、この3人は「野村に嫌われた3人組」だと言われている。今岡について野村監督は「覇気がない」と良く言っていたが、今のようにガッポーズなんて見たこともないし、ゲッツーを打ってもくやしそうな顔もせず、ファンから見ても覇気がなかった。どうやって今年は変身したのかは彼に聞かないとわからないのだが、今年は去年とはまるで別人だ。今岡は野村監督には使ってもらえなかったとよく言われるが、むしろ使いすぎるくらい使っていたと思う。これだけ使われて結果を残せなかった、今岡自身に問題があったのではないかとと思う。今年の今岡の変貌ぶりは、星野監督に監督が変わったということが、ちょうど今岡自身が変わるきっかけになっただけなのではないかと思う。

第2回はこれで終わりです。次回は「名将 野村監督について 最終回を書きたいと思います」。ぜひまた読んでください。
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第2回
2002年7月4日 UP