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オタワプロセスに見る「国際貢献」の方法論について

2001.5.30.
2003.4.20.加筆訂正

 

1. Introduction
  高校から一貫して考えているのは、日本が戦後なおざりにしてきた問題を探ることによって現在まで続く日本人の無責任さを浮き彫りにして、現在の解決方法を探るということである。現在の「国家の右傾化」(現在の世界において「右翼」「左翼」という定義がどれほど有効か、「保守」「革新」といった概念がいまだにはっきりしているのかという疑問はさておくとして)がその延長線上で問題とされるのは当然のことであり、必要なことである。
 右傾化、と言ってしまえばそれまでだが、「自衛隊を海外派兵して『国際貢献』しよう」という主張に一定の説得力があるということを意識しなければならない。反対しようとして、「自衛隊の海外派兵反対!送りたいのは平和憲法です」とか言ってみたところで、世界の状況は改善されないし、言っているだけだから、自称「革新」勢力には説得力がなくなり、馬鹿な高校生は小林よしのりを読んで共感してしまったり、一部のおっさんやおばさんが石原を支持してしまったりするのだ。
 もしも九条を守ろうとするのであれば、今の状況において軍事力を増強させることがどれだけ意味のないことであるか、「平和維持」目的で紛争している国に軍事介入することがどんな問題を抱えていて、その代わりにどのような方法論があるのか、具体的に示し、行動していくことこそが必要なのである。

2. 大国主導による「平和維持」の問題点
 現在「平和維持」として一番一般的に認識されているのは、アメリカをはじめとした大国の軍事介入によって紛争行為を停止させる、または大国の仲介によって和解させる方法だろう。しかし、この解決法はいくつかの問題を含んでいる。
 たとえばコソヴォでのセルビア系住民によるアルバニア系住民への虐殺を「ジェノサイド」であるとして軍事介入したアメリカは、ルワンダで起こっているツチ族、フツ族の抗争と大量虐殺は「ジェノサイドではない」と言って何の介入もしていない。何故ならば「どうしてアメリカがそんなアフリカの小国の問題にまで介入し、犠牲を出さなければならないのか」という世論が米国内で「大勢」を占め、軍事介入に「世論の同意が得られない」からだ。早い話、大国による軍事介入は自国の利益を優先として行われ、その結果、同じような人道に対する犯罪に対しても、軍事介入して国益にかなう場合は「人道的に軍事介入する必要」があり、国益にかなわない場合は「内政干渉することになるため、軍事介入することはできない」という、二つの違う態度で臨むことになる、すなわち「ダブルスタンダード」を持つことになり、正当制と説得力に欠けてしまう。「平和を守る正義の軍隊」ではなく、「自国の利益のために紛争国に軍事介入する身勝手な軍隊」でしかないのだ。それが良く現れているのが、ソマリアでの平和維持活動(UNOSMO2)の失敗である。
 また、大国による仲介としてはイスラエルとパレスチナの中東和平問題が知られているが、仲介役として名乗りをあげているアメリカはここでも国内のユダヤ人世論に配慮している傾向がある、少なくともイスラエルよりだとアラブの人々に認知されているために、アラブ側から「中立」の立場とは到底見られることができない。そのせいで、アラブ側からの信頼が得られずに交渉はスムーズに進まない、という結果になってしまう。

3. 地雷の問題
 また、最近マスコミなどで話題に上ることの多い地雷の問題は「政治的にも進んだ先進大国の軍隊が平和を守っている」という構図にさらなる疑問符を投げかける。
 前述のような紛争国では地雷による被害が問題視されていて、特に反政府側の勢力は地雷の被害によって政府に打撃を与えるために地雷を多く利用している。政府は地雷で障害を負った人を保護しなければいけない立場にあるから、地雷による攻撃は戦闘員に対して行われることはもちろんのこと、非戦闘員を攻撃し、障害者を増やして政府の福祉政策への投資を増やすことを目的としている。
 地雷について詳しいことは以下のURLを参照
  地雷のデータ(http://www.brl.ntt.co.jp/paclic14/Info/Stat/HTML/Fall/HTML/Matsui/matsui.html)
  地雷を作っているのは誰だ!?(http://www.peace2001.org/inpaku/who.html)
 結果、紛争国では地雷によって足を失った女性が、一人で4人の子供を育てていかなければいけないとか、年端の行かない子供が親の畑仕事を手伝っていて地雷の被害に遭うとか、そういう「何でこんなに理不尽なことが?」と思うような状況が日常的になっている。
 こういった「非人道的」な行為に対してこそ、アメリカのような世界の警察に力を発揮してもらいたいものであるし、そもそもその地雷は、アメリカ・ロシア・中国などの大国から輸出されたものである。紛争国が国内で地雷を管理することなどできるはずがないから、大国が地雷をせめて輸出禁止にすればすむ話のように思える。
 しかし、「民主的に」そのような政策は採用されない。先に挙げたような大国では軍需産業が軍や圧力団体を通じて、大きな発言力を持っていることが多く、「民主的に」彼らに不利益な政策は採用されないのだ。本来「正義」を行使する立場たるべき、もしくはそう自認している大国の軍の圧力によって、小国の普通の人が被害をこうむるという構造が成立してしまっている。


4.オタワプロセスとは
 旧来の「大国による平和の維持」という方法論では解決できないこの問題は、しかし、97年に対人地雷全面禁止条約(※1)がいくつかの国の間で締結されることによって、解決の糸口が見いだされる。この条約の締結に際し大きな力となったのは旧来の方法論ではなく、ICBL(International Campaign to Ban Landmines:地雷禁止国際キャンペーン)というNGOの活動であった。
 「大国」の中にも、もちろん地雷を廃絶したいと考える人たちはいた。しかし、軍産複合体の発言力に比べればマイノリティにすぎなかった。
 ICBLは地雷被害の問題を普通の人へ非人道的な被害を及ぼす「人道問題」と位置付け、Web pageやEメールを活用して、各国政府やメディアなどに呼びかけを行い、一種のネットワークを構築して、地雷廃絶に向けた国際世論を一気に盛り上げたのだ。結果、カナダ、ノルウェー、オーストラリア、南アなどの国がICBLと密接に連絡を取り合いカナダのオタワにおいて、対人地雷全面禁止条約(オタワ条約とも呼ばれる)は多数の国を加盟国として締結された(日本も参加)。オタワで条約が締結されたためにICBLが中心となった条約締結までの一連のプロセスは「オタワプロセス」と呼ばれ、その功績によってICBLとそのオブザーバー、ジョディ・ウイリアムス(※2)はその年のノーベル平和賞を受賞した。


5.まとめ
 別に僕は軍や大国のすべてを否定しようというわけではない。いまさら戦争できる国なんかないのに、軍事力を保持しつづける人は、イデオロギーが必要なくなった時代に民族主義にこだわる人に似ているような気がするし、主義主張というよりも惰性というか慣れというかって怖いなぁと思ったりしてはいる。けれど、「今、目の前で起こっている暴力をとめるために必要なのはうんちくではなく行動で、しかも今すぐに」ということだって事実なわけだ。軍隊のすべてを頭ごなしに否定することは、団塊の世代ぐらいの「平和主義者」と大差ないし、なにより、警察権力さえ必要でないというに等しい。
 何がいいたいかというと、できるだけ暴力を避けるために、また、純粋にいろいろな手段があってもいいのではないか、と、言うことだ。平和に対するアプローチはひとつではない。全ての国や団体が、「軍事的に世界の平和を守る」よりも、「軍事力を持たないものとして世界の平和を守る」国や団体があった方が「世界の平和」を守ることが出来るのではないだろうか。軍事力の必要性は厳然としてあるのだとしても、もはや大国だけがリーダーシップを取って、世界を進めていくという冷戦の時代は終わりった。旧来の方法論によって生じる矛盾は、新しい方法論によって現に解決されている。現実に今までは発言力のなかった人たちによって平和を実現する方法論は成功しているのだ。

 


※1:Convention on the Prohibition of the Use, Stockpiling, Production and Transfer of an Antipersonnel Mines and on their Destruction.:対人地雷の使用、貯蔵、製造、移譲の禁止及びその廃棄に関する条約。締約国は対人地雷の使用、製造、貯蔵、移動などを禁止する義務を負うほか、現在保有、敷設している地雷についてすべての情報を国連に提出、保有地雷は四年以内、敷設地雷は十年以内に廃棄、除去する。また、地雷除去に関する国際協力や締約国会議の定期開催、条約発効から五年後に再検討会議を開催することを定めたほか、条約違反の検証措置を強化している。

※2:彼女はイラク戦争の反対運動で2003年に米国当局に逮捕された。その時の「これが現在の私たちの民主主義の姿です」というコメントが、まさに現在の米国の現状をあらわしている。(2003.4.付記)