1994 in USA



 1994年3月に米国のまずは、東海岸に行きました。ボストンを中心に回ったような記憶が・・・要は、生活の立ち上げ準備ということもあって忙しかったことしか覚えていません。とにかく、布団に、電話開設、食料品の準備と買い物場所の探索、大学への諸手続、大家さんとの食事・・・あっという間でした。なんとかこの間の知り合った人に聞いて書き出していこうと思います。

 そして、この年の夏、サンフランシスコにも行きました。そこでは、サンフランシスコの案内を知り合いにしてもらい、フィッシャーマンズ・ワーフ、ツイン・ピークス、チャイナ・タウン、ゴールデン・ゲートブリッジ、ゴールデン・ゲート・パーク・・・などなどいろいろ回りました。なんといってもホテルで強烈な便秘になって数時間脂汗をかきながら苦しんだ記憶が鮮烈です(どうでもいいか、こんなこと)。

 サンフランシスコは初めてでした。ジャパン・タウンらしき地区にホテルをとって、そこからいろいろと回っていきました。便利な半日観光のシャトルを利用しました。行きたいところに行って、好きなだけそこに居るという感じだったので、あせる必要もなくものすごくよかったです。もっともケーブルカーには乗らずじまいでしたから、今度行くときは是非・・・観光名所は説明する必要がないと思いますが、ゴールデン・ゲート・ブリッジを徒歩で渡ったこと、ツイン・ピークスから見た風景はまだ記憶にしっかりと残っています。
 チャイナ・タウンではやはり、「飲茶」でしょう。しかし、何故あの「プラスチック」の箸なんでしょうか。長くて掴みにくいし、つるつるすべりすぎます。でも「美味っ!!!」

中華街の入り口です。いかにもって感じです。


アラモ・スクエアからの風景ですね。いい眺めです。こんなところに住みたいものです。そう言えば、「フル・ハウス」というドラマのオープニングの最後の場面ではこの広場でピクニックしてましたね。


坂の街ですものね。ここはどこだったか?まあとにかく眺めは最高です。


ゴールデンゲート公園にある・・・植物園?でしたっけ?とにかく馬鹿でかい公園です。ここでゆっくりと昼ごはんと昼寝をしたいです。


ゴールデン・ゲート・ブリッジです。徒歩で往復しましたが風に吹かれ、霧に囲まれ・・・びっくりしました。


そんで、霧に半分姿を出したゴールデン・ゲート・ブリッジです。いや〜〜絶景!




 そして、パロ・アルトに行って数日を過ごしました。ここでもショッピング・モールを中心に回りましたが、スタンフォード・モールは他のモールとはちょっと顧客層も、取り扱い商品類も違っていたような感覚があります。もちろん、高級ということはそうなんですが。もちろん、スタンフォード大学もぐるりと紹介してもらって、フーバータワーにも潜入。今後お世話になる司書の方ともお会いしました。それにしても蔵書量のすごいこと。1993年のUCLAもそうですが、米国の図書に関する規模はちょっと桁ちがいです。
 パロ・アルトにはサンフランシスコからカル・トレインで行きましたが、そのパロ・アルトの駅の近くに当時はホリデイ・インがありました。これがまた、豪華なこと。平屋で、修道院的構造なので中庭に池とプールがあり、天井もガラスなので太陽の光が燦々と・・・ここで初めて西海岸の研究者の方々がよく「サバティカル」で海外にでるということがわかりました。「ここじゃ、脳みそのしわがなくなる!!!」

スタンフォード大学の内部・・・どこかな?




 その後、サンフランシスコを経由して、Bostonまでもどり、さらに、ワシントンDCやボストン近郊のレキシントン・コンコードという米国史ではもっともと言っていいほどの名所にいったり、フリー・ポートというアウトレットモールを回りました。

 ボストンにもどった時、知り合いが一緒にレキシントン・コンコードに行かないかといってくれました。歴史の授業中にとにかく詳しくレキシントン・コンコードについて聞いていたので(1991年から1992年の留学の際)、是非一度はと思っていたので、「好機」とばかり行ってきました。閑静な住宅街を抜けて、森に入っていくという感じの道路の脇にそれらはあるのですが、普通に走っていれば、そして、知らなければ、通り過ぎるぐらいだと思います。もっとも、観光客はさすがに多かったです。やはり、米国史の大きな転換点の端緒となった場所は「なんらかのアイデンティティ」があるのでしょうか。

レキシントン・コンコードの入り口にある歴史の証でしょう。


これまた銅像ですか。確かミニッツ・マンだったか?


これもそうですね。でも何のモニュメントでしたっけ?



 その後、フリーポートというアウトレット・モールまで行きました。途中ではロブスターを食し、あとは「ソフト・シェル」だけだなと。ここでも、「でっかいモール」を痛感し、米国の広さを改めて実感です。
 そして、翌日はボストンのダウンタウンを散策です。知り合い事とも会って挨拶と食事をしましたが、もちろんお忙しいので散策は私だけです。しかし、あいにくの雨で、クインシー・マーケット?を見て、アムトラックのサウス・ステーションで一息入れて帰りました。
 しかし、ボストンの地下鉄はややこしい上に、うるさいっすね。

 DCではいろいろな人とも出会えてよかったです。

そのほかにも、モールと呼ばれる国会議事堂とジェファソン・メモリアルの周辺を、スミソニアン博物館や国会図書館を中心に、最高裁、ジョージワシントン大学(これはちょっと離れてますが)なども見てまわりました。


キャピトル・ヒルの後からの写真です。


国会図書館です。外は重厚なつくりですが、内部はあらゆる資料でごったがえしてました。自分の部屋を見るようでちょっと親近感??


キャピトル・ヒルからモールをはさんで向かい側にあるジェファソン・メモリアル・・・でしたよね。


当時は、工事中のDCのナショナル空港だったので、地下鉄(ここは上ですが)から、キャピトル・ヒルが見えるという絶好の機会でした。


DCの地下鉄は使いやすいし、なんか堺筋線と特にブルーとイエローとレッドが重なる駅(名前なんていったっけ?)が似ていると思うのは僕だけでしょうか?
 ここでもDCに滞在しておられる研究者ともお会いして、車を出していただいて、ワシントン・ハーバーでちょっと話をしました。DCもちょっと出ると森のようなところにでるんですね。そこに日本料理店があって夕食をいただきました。その後、日本でまさかという再会もありびっくりしました。