3月12日
「首相暗殺」

ジンジッチ暗殺現場の野次馬  初の活動日。コーディネーターとの待ち合わせ場所に向かう。向かう途中でコーディネーターと偶然遭遇。「中止」と言われる。??っと困惑。
 急にフリーになってしまったためとりあえずカフェに立ち寄り、その後各自フリーに。ひとりでドキドキしながら散歩をする。適当に歩いていると、有名な爆撃跡を発見。おぉ、こんな近場にあるのかとビックリしていたら、道路にやけに人だかりができていた。よく見ると、警官やテレビクルーも大勢いる。何かはわからなかったが、とりあえずはさりげな〜く爆撃跡を写真に収める。

 みんなと合流。ネットカフェに行く。しばらくやっていると、急に肩を叩かれた!「何だ!?セルビア人にからまれたか!!?」ちょっとビビりながら振り向くと、そこには一班の人が立っていた。しかし「驚かさないでくださいよ〜」などとふざけ合った後の言葉で、今度は本当に驚かされた。

「首相が殺されたらしいよ」
…えっ??とてもとても冗談にしか聞こえなかった。

 ジンジッチ・セルビア共和国首相は本当に暗殺されていた。ちょうど「事」が起きたあたりの時間、うちらは初の活動に向けての準備やネットカフェ探しをしていた。いつもと変わらぬ活気が街にはあった。
 本当に暗殺されたという事実を知った時、まず思ったのは「コソボに行ったやつらは大丈夫か?」ということ。自分の頭の中には「旧ユーゴ=民族紛争の地」というような図式が染みついてしまっていたため、首相の暗殺がもしアルバニア人によるものだったら、当然セルビア人側による報復があって、そうなったらコソボ紛争が再燃して、ベオにいるうちらはすぐ逃げられそうだけど、コソボ班は…と連想ゲームを勝手にしてしまっていた。
 結局、犯人は民族対立とは関係なく、ジンジッチが取り締まりを強化しようとしていた犯罪組織による犯行だった。しかし、国内改革を進めていた首相の暗殺はコーディネーターを含む国民にとってショックだったようだ。

封鎖された道  軍務省近くの道路は警察によって封鎖されていた。ライフルを持った警官などを見ると、日本では味わえない感覚を覚える。昨日まで、こんなに思ったよりもずっと恵まれていると思っていた場所で、一転した出来事。信じられないという思いと同時に、この国の置かれている状況を思い起こさせた。日本では暗殺という手法ははるか昔に終わったように思える。それがこの国ではいまだに政策に対する反抗手段のひとつなのだ。
 にしても、ひとりで行動していた時に見た人ごみは事件現場だったらしく、それで野次馬がいっぱいいたらしい。そんなところで、写真とか撮りまくっていた俺…捕まらなくて良かったぁ。


↑写真、封鎖された道路

 帰ってからは飯を作ったり、ブッダとセルビア語と日本語の相互勉強。ブッダは賢いし、やはり優しいおじいちゃん。疲れているだろうに、うちらにずっと付き合ってくれる。こんな人がホストで良かったとつくづく思う。

 夜は4人で語り合い。首相のこと、9.11のことetc.