3月18日
「バスでどれくらいかかるの?」

 初の活動日。バスでビディコバッツにある難民キャンプへ向かう。バスでは40〜50分。バスの中から見える景色にはアパート群や露店、果てにはマックまであり、意外に都会チック。降りた場所も同様で「こんなところに難民キャンプがあるの!?」と正直思った。
 しかし、あった。アパート群を奥に入り、アパートの裏の壁を回り込んで行くと、そこにはパッと見ただけでも今までの建物とは違うと思える建物が見て取れた。

 ビディコバッツのキャンプにいる人たちは、3〜4年前にコソボから来た(来ざるを得なかった)国内避難民の人たちのキャンプだ。24家族76人という話。今日ここにいた子どもは4人だった。
アッツァ ピクシーことアレクシ ミロシュ アナ
 左から、アッツァ(15)、ピクシーことアレクシ(?)、ミロシュ(アッツァの弟、12)、アナ(5)

 自己紹介をして名札を作り、その後は人間知恵の輪とストローとんぼしかできなかった。でも、子どもが楽しんでくれているようだったから良いか。
 自己紹介の時、世界地図を広げて、日本の場所とセルビアの場所を指し示した。そうしたら「遠いー」という反応に混じって誰かから「バスでどのくらいかかるの?」と言われた。メンバーみんな、一瞬絶句してしまった。また「日本からは一度船に乗らないとだね」とも言われた。

 飛行機に乗るという概念がこの子たちにはない。飛行機に普通に乗れる自分の生活(もしくは日本の子たちの生活状況)と、ここで暮らしている子たちの状況のギャップというものを考えさせられた。

 帰りのバスでメンバーの人がトイレについてこんな話をしてくれた。「汚かったけど、そこまでではなかった。ただ、ゴミ箱に新聞紙がたくさん捨ててあった。何に使っているかはわからないけど、恐らくトイレットペーパーの代わりではないかと思う。私はそこに白いティッシュを持ち込み、使い、捨てるのをものすごくためらった」と。
 一般的によく見られるアフリカなどの状況にくらべると、同じ「難民キャンプ」とはいっても豊かに見える。しかし、やはり苦しい状況なんだと思わざるを得ない。
 相対的に見てある方が貧しいからそっちに援助を与える、という考え方は間違っていないと思う。すべてに援助なんて物理的にできないっていうのもわかる。でも、こういった苦しみは相対的なものでない。それぞれはそれぞれに厳しいんだと思わされた。

 ただ、子どもたちの笑顔は印象的だった。ストロートンボでもあんなに喜んでくれるとは思わなかったし、子どもってどの国も同じなのかな。

 3〜4年前といえば、例えばアッツァなどの年齢がある程度上の子はコソボからセルビアに来ざるを得なかったことをどう感じているのだろう。想像を絶するものがある。