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3月21日
「詩」
朝起きたら、食卓にみんなが集まっていた。??と思ったが、どうやらブッダがうちらに春分の日を祝して詩を書いてくれたらしい。ピンクの紙に、手書きでメンバーそれぞれに1枚1枚、丁寧に清書してプレゼントしてくれた。またまたうるっときてしまった。「心がこもったもの」というものをいつぶりにか感じた。
日本にいるとすべてコピー。または、買ったものをあげる。便利だけに何か失っているものが多い気がする。
グロツカにある難民キャンプで初活動。グロツカは今回行けそうなキャンプの中で唯一政府に公認されていないキャンプだ。
ただし、活動らしい活動はできなかった。行ったら歓迎され、顔はめをやり、自分ともう1人のメンバーは外でずっとバスケをやる。自分は楽しかったが、もう1人のメンバーは小さな子(3〜5歳)たちがいる方に行きたかったと思う。かわいそうなことをしてしまったかも。
バスケはもちろん外。ゴールは1つ。木の板と針金で作られたもの。足場は普通の地面で、もちろんデコボコ。ルールなんてほぼ無用。言葉も通じない。でも、すごく楽しかった。こんな環境でも、単純に楽しもうと思えばできるのだし、それを彼らは実践していると思った。にしても、何てうまいんだ。あの普通にボールをつくのだって難しいところでドリブルしてくるんだもん…。
一見、どの人も明るかった。うちらがいるからだろうが、心の底ではやはり辛いのだろう…か。
メンバーの1人がふと話したこと。
「99年の空爆でコソボからビディコバッツに国内避難民(IDP)として来たのでは?95年のNATO空爆でセルビア側が弱り、それによってクロアチア軍は国内のセルビア人地域を侵略。この時、ゼリアナさん(グルッパのリーガル・アドバイザー)がクロアチアからセルビアに逃れてきたのではないか?」と。
これを聞いた時、難民や紛争の問題をとても身近な問題として感じた。95年の空爆や99年の空爆、旧ユーゴ紛争、これらのことを教科書的に勉強していただけだと、まだ10年とたっていないのにこれらの出来事を「歴史」上のことと考えてしまっていた。「歴史」にするには早すぎるのに。まだ「今」の問題なのに。
イラク空爆。
イラクで空爆が行われている。テレビを通して映像を見る。たった3年前、ベオもこうだった。
陸続きということもあれば、何となく日本にいるよりは建物とかも似ている感じなので、空爆がすごく近いところの出来事に思えた。
ベオは今、静か。しかしはるか東では空爆が行われている。東の空を見ても、そこにはきれいな空があるだけだ。
わけがわからない。
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