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3月26日
「あらゆる場所にあらゆる歴史」
今日も朝早くからだったから、出発20分くらい前に起きて急いで支度をし、待ち合わせ場所のホースへ。今日も快晴。4日連続くらいかな。上着なしで初めて活動したし、春を感じる。でも、ベオでは「春が来る=NATO空爆」らしい。
グルッパでの活動は前回と同じような感じだった。ミシュのお母さんに“Do you have your e-mail address?”と言ってきた。「持っている」と言ったら、書いてくれと言われたので折り紙の裏に書いた。ちょっと嬉しかった。
活動は14:00くらいまで続いて、その後昼食。
いつものカフェではカプチーノとサンドイッチを頼んだ。サンドイッチはハムとピクルス、チーズとマヨネーズが挟まっていた。パンはなぜかホットドックの時と同じパン。相変わらず大きく、安く、うまい。
2人を残して、1時間半くらいでもうひとりのメンバーと外に出る。そのひとりとも途中で別れて、また別のカフェへ移動。1時間ちょい、日記を書いたり、お土産リストを作ったりする。
18:15の待ち合わせまでは街を散策。
スポーツ用品店に行ってテニス用品を買っていってやろうかと思った。しかし、日本にくらべて安いものの、現地的には高いため手が出ず断念。本屋やCDが売っているところも回った。CDは日本よりちょい安い値段。1200ディナールくらい(1din=2円)。だから、現地的にはかなり高価な品だろう。
帰ってからは鶴を折っていたりと思い思いに過ごす。
メンバーのひとりが観光案内に書いてあったバルカンの歴史の文章を年表にしていた。少し説明を聞いた。ジンジッチの暗殺は、ジンジッチが犯行を行った犯罪組織(マフィア)を市民のために潰そうとしたから行われた暗殺だったと聞いていた。どうやら、それだけではなく、バルカンの歴史が関係しているのではということだった。「古き良きバルカンを変えるやつは許さん」ということらしい。
ミロシェビッチは皮肉にも国際法廷で裁かれる状態にあるために生き延びることができたというようなことも書いてあった。
日本で勉強していたことはせいぜいチトーのちょい前から。薄っぺらいことしか学べてないんだとやはり痛感。
夕食後、メンバーの2人がブッダと話していた。
ブッダは「NATOはナイ・ゴリ(=最悪)」「空爆は恐くなかった。パルチザンに参加していたから」などと言っていたらしい。イラクについてもアメリカやイギリスに反対していた。
鶴を50+2羽折った。明日は遅い。余裕だろう。
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