4月1日
「紛争がもたらしたもの」

ビディコバッツの屋根の上で  ビディコバッツにある難民キャンプで最後の活動。
 着くやいなや「この間のカルタはないの?」と子どもたちに聞かれた。百人一首のことだ。まさか、あのカードゲームがそこまで人気になるとは…。
 缶ポックリやポッキーを口にくわえての輪ゴム移しゲーム、忍者着せ替えをやった。
 落下傘をやった。子どもたちが小屋の後ろに行くからついて行くと、屋根の上に登っていった。「アイデ!(来なよ)」とピクシーに言われた。嬉しかった。
 子どもたちは木登りでも遊び始めた。
←屋根の上で。忍者と対決!

 ここにはナイスなおじさんがいた。俺が脱いだトレーナーを忘れて帰ろうとしたら、声を掛けて知らせてくれた人。耳を手で折り曲げている時に歯ぎしりで「ゴリッ」と音を出して驚かしてきた人。
 このおじさんは、当然、ここのキャンプの人だからコソボから来た。自分の家や土地は今、アルバニア人が使っているらしい。電話をしたが、相手は出るものの、無言で何も話してこなかったらしい。おじさんはコソボに戻るつもりはないが、自分の土地と家なので、少しでもお金として取り戻したいらしい。
 グルッパはその手助けをしているけれど、子ども、孫の代…いつになったら戻ってくるのかはわからないという状況らしい。

 ここの子たちはみんな、活発だし、アナのことを手助けする優しさも持っている。良い子たちばかりだ。やはり別れたくはなかった。グロツカやアバラと違って、バンに乗って運ばれるように去るのではなく、自分たちの足で去らなければいけないのが嫌だった。
 子どもたちにとっては年に2回来る年上の人たちとしか思われていないのかもしれない。でも、自分にとっては、かけがえのない子たちだ。

 ビディコバッツに行く時、コーディネーターのデニーがこんな話をしてくれた。デニーの家はビディコバッツにある難民キャンプからほど近いところにあり、そこから見えるアバラ山の手前にある丘に、NATOは2日に1回くらいは空爆をしていたらしい。
 初めての空爆が起こる前、テレビではもうすぐ空爆がされるだろうと放送されていた。そんな放送がされている時に、初めての空爆はされたらしい。ベオグラードの中心部に住んでいる友達にその話を電話でしたところ、信じてくれなかったそうな。「テレビでは『もうすぐされるだろう』って言っているじゃない」と。
 空爆の衝撃で、家の窓は割れたらしい。何週間か、親戚の家に避難して戻ってきたら、家の窓はすべて割れ、爆風で家の中はグチャグチャになっていたらしい。
 「想像できる?帰ったら家の中がグチャグチャになっているのを…」。デニーはそう僕たちに言った。