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4月4日
「ベオ、バイバイ」
昼前に出かけ、ネットカフェへ。馴染みのプラトーに行くと稼働していなかったので、安い方に行くと、まず入り口でブザーが鳴り、満杯だと言われたのでしぶしぶ出て行くと、また、ブザーが鳴った。焦った。
11:45にはメンバー3人がホースの前で待ち合わせ12:00のガガとの待ち合わせへ。孤児院用だった物品を手渡す。
それからズラトコが来る16:00までフリーになってしまったので、ブッダの家に電話をし、メンバーふたりは日本大使館にお金を返しに、俺は散策に出かける。
お土産を買ったらお金がなくなってしまい、馴染みにしていたカフェに行くために明いているATMを探し回り、カフェで1時間ほど、日記を書く。
15:00から荷造り、部屋やバスルームの掃除。16:00には大使館組が帰ってきて、ブッダが作ってくれていたパラダイースリゾット(トマトのリゾット)とクロンピル&ルークサラダを食べる。
その最中、大使館での話をチラッと聞かせてくれた。この国では警察権限がいまだに強いため、ジンジッチ暗殺で3000人もの逮捕者が出るらしい。
食べ始めて少したつとガガとズラトコが来る。しばしの昼食タイムの後、ズラトコとブッダの忍者タイム。まさか、ブッダが忍者を着るとは…。
忍者タイムが終わると、一転、ズラトコとのトークタイム。時間がないと言っていたのに、最終的にはずっと夕食までいっしょにいてくれた。途中、ジョークを挟みながら場を和ますなど、話のうまいおもしろい人だった。でも、メリハリのある人で、真剣な話の時の迫力はすごかった。
聞けば聞くほど、強い人だった。すごい人だった。途中でメンバーのひとりが心揺り動かされて泣き出してしまった。そうしたら、隣で通訳してくれていたメンバーのひとりももらい泣いてしまった。
彼は25歳。俺は5年後、あんな人になれるだろうか。とてもなれないだろうと思った。すごすぎた。「許すことは必要。だが、忘れることはできない」という言葉は心に残った。
長時間話した後、ブッダが用意してくれた夕食を食べるため、トークを止めてキッチンへ。何時かと時計を見た。20:40だった。一瞬にして時間のなさ、別れを感じ、涙が出てきた。トイレに行ってそれを止めて出てきたが、食卓でも止まらず食べ物はのどを通らなかった。ブッダは抱きしめてくれたズラトコはジョークで俺を笑わそうとしてくれた。みんなが気遣ってくれた。そんな優しさが余計、涙を流させた。人の優しさを思いっきり感じた。
家を出るまでそんな状態が断続的に続いた。家の前でズラトコと握手で別れ、バスターミナルへ。
バスターミナルへの道でブッダと横並びでふたりで歩く時間があった。ブッダは「MacaMaca」と言い肩を抱いてくれた。止まっていたのに、涙がまた出てきた。「Hvala lepo...my deda(おじいちゃん)」と言った。ブッダは「my unuk(孫)」と返してくれた。マルコといっしょだって。そりゃ、涙も出るでしょ。赤の他人、しかもどこの国だってほど遠くから来た孫と同年齢のやつをここまで言ってくれたのだから。
ガガも父親の誕生日だというのにそれを抜けて来てくれた。
いよいよ時間。ブッダは何度も抱きしめ、キスをしてくれた。メンバーのふたりとは握手で別れた。ふたりは怪我持ち&一人旅なので、気をつけてほしい。
コインを渡し、ゲートをくぐる。みんなは柵越しにいてくれた。荷物をバスの下に入れるだけでお金を取られた。驚き。入れた後、柵越しにもう一度、握手をして、バスへ。メンバーのひとりは泣いてくれていた。バスからも手を振り合った。ガガがお茶目だった。
バスが動き出すと、4人もバスの出る方へ動いてくれて、再度、手を振ってくれた。新に最高の瞬間とは、こういう時のことを言うのかもしれない。
ブッダはおやつのようなお土産を作ってくれていた。チーズ、ヨーグルト、リンゴ、バナナ、チョコ、パン、ハムを挟んだサンドイッチ、ビスケット、ナイボリブレッドetc...4人分。同じ袋に同じ量。至れり尽くせりだ。そりゃ、泣くさ。
ナイボリブレッドを指して「シェーチェル(砂糖)」と言ったら、「モジェモジェ」と言いながらたくさんつけてくれた。
バスの中から手を振った時、これを掲げて手を振ってみた。ブッダが少し反応してくれていたように感じた。まだうちらが見えているんだと感じた。
バスが走り出して10分もしないうちにベオから出た。ベオ、バイバイ。
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